山の王
黒豆
第1話 狼の山
狼の遠吠えが聞こえる山の中を、2人の人間が歩いている。大人の男性と、彼に手を引かれる少年だ。
「良いか!カイル。父さんは薪を探しに行ってくるから、此処で待ってるんだぞ」
男性は悲しそうな顔で、少年に告げる。
「うん。ねぇ父ちゃん」
「ん?何だ?」
「兄ちゃんや姉ちゃん、それに母ちゃんに元気でって伝えといて」
「うっ!カイル」
その場で男性は泣き崩れる。
気づいていたのか?気づいていて大人しくついてきたのか!
「すまん!本当にすまん!!」
ボロボロと涙を流しながら、男性は少年に謝る。
「泣かないで。家に居ても、どうせご飯無くて死んじゃうもん」
「すまない!!」
暫く泣いていた男性だったが、立ち上がり、意を決した様な表情を作り、来た道を引き返す。一方少年は、男性の後ろ姿を見送ると、山にの奥に向かってトコトコと歩き始めた。
ー○●○ー
ルベリア王国の第5王子。マクシミリアンはたった1人で山の中を走っていた。速く逃げなくてはいけない。追手が来る前に、安全な場所へ!
「クソ!どうしてだ!兄上!!」
第3王子の顔を思い浮かべて悪態を吐く。妃や子は無事だろうか?それさえも解らない。
事の発端は、ルベリア国王が病で寝込んだ事だ。以前から野心を持っていた第3王子は王太子である第2王子を毒殺し、犯人は第1王子だと言って、彼を殺した。そして、第1王子と同腹である第5王子も加担したとして、追手を差し向けてきたのだ。
「腹違いとは言え、血を分けた実の兄弟だぞ!それを、何故!」
兄弟仲が悪いわけでは無かった。いくら腹違いとは言え、殺すなど、思ってもいなかった。
王族が血で血を洗う権力闘争を行う話は古今東西枚挙に暇がないが、自分たちには当てはまらないと思っていた。
認識が甘かった。
「逃げなければ!とにかく今は」
慣れない山道を徒歩で走るのは相当な体力と精神力を使う。
「あ!」
足元の小さな段差に躓き、マクシミリアンは地面に倒れ伏す。
「ぐぅぅぅ!」
すぐに起き上がって走らなくてはいけないと解ってはいるが、体が重い。鉛の様だ。
「居たか?」
「いや、居ない」
「第5王子マクシミリアンの首を第3王子殿下にお届けすれば、伯爵様は目出度く次代の王の側近。俺達も美味い汁が吸えるはずだ!気合い入れて探せ!!」
「「「了解!!」」」
追手達の声がマクシミリアンの耳に届く。だが、体が言うことを聞かない。
「何処だ?」
「そんな遠くには行ってないと思うんだけどなぁ〜」
「草が邪魔だな。全く鬱陶しい!!」
「気をつけないとな。この山は魔物や魔獣の宝庫。長居すれば俺達が奴らの餌に成る」
「そうだな。急ぐぞ!」
マクシミリアンの耳に遠ざかっていく追手達の足音が聞こえる。どうやら、高い草が上手くマクシミリアンの姿を隠したらしい。
「う、うぅぅ」
命拾いした。しかし、此処が危険なのは変わらない。何時、魔物や魔獣に遭遇するか解らない。
「動け!動け!」
ズルズルと這うようにしてなんとか前に進もうとマクシミリアンは藻掻いた。
ー○●○ー
オババ様は色々な事を教えてくれた。
『カイルやカイル。そこから向こうへ行っては行けないよ。向こうは別の群れの縄張りだ』
『カイルやカイル。角兎の肉は儂らやお前は平気でも他の人間には毒だ。食わせてやるなら魔素を抜きな』
『カイルやカイル。鹿の狩り方はそうじゃない。強い子が前に回り込んで未熟な子が後ろに逃げないようにする。狩りの仲間で一番強い子が後ろから襲うんだ』
『カイルやカイル。その葉は薬だ。そっちは毒。見分けにゃいかんよ』
オババ様は戦い方も教えてくれた。
『カイルやカイル。体の中にはね。『オド』という力の流れが有る。走るもの、食いちぎるのも、その流れを上手く使えるかどうかだよ』
『カイルやカイル。お前の中には『オド』だけでなく『マナ』もある。上手く使いな。体の外へ出して』
オババ様は群れの皆にはすごく優しいけど、敵には容赦しない。
『カイルやカイル。人間が儂らの縄張りで鹿を狩っとるそうだ。しかも、群れのモノも一頭射殺された。許せないね。ああ。許せないよ』
「なっ!何で白銀狼王が!それも何なんだこの大きさ!」
『ガァァァ!!』
「ひぎゃぁぁぁ!!!」
オババ様を怒らせた薄汚い人間は、オババ様が前足を振るうだけでズタズタにされた。
でも、オババ様は必ず人間を殺すわけじゃない。
「オババ様!人間が縄張りに入ってきた!!」
『ん?クンクン。ああ!この人間は良いよ』
「え?」
オババ様の言葉に納得できなくて、入ってきた人間をコッソリ尾行した。
「お!狐だ!こっちは鹿か!大量だな!ん?」
「(あ!)」
群れの仲間が一頭、人間の前に姿を見せてしまう。拙い!アイツは弱い。助けないと射殺される!!
僕は慌てて飛び出そうとしたが、人間は予想外の行動を取る。
「鹿の内蔵が欲しいのかい?私らは食べないからどうぞ」
捌いた鹿の腸を仲間の前に置いた人間。仲間も、特に警戒せずに、その人間に近づき、置かれた鹿の腸に齧り付く。
「山神様によろしくな」
人間は仲間の頭を軽く撫でると、山を降り始める。僕たちの縄張りを出る間際、その人間はクルリと向きを変え、深々とお辞儀する。
「山神様。今日も恵みを分けていただき、ありがとうございました」
そう言うと、人間はスタスタと歩いていってしまう。姿が見えなくなって、僕はオババ様の下に戻る。
『どうだい。大丈夫だっただろう?』
「うん。でも何で?オババ様?」
『あの人間はこの当たりの村の者さぁ。だから儂らとの関わり方を良く知っとる。新年にはお供え物もくれるんだ。だから儂らもこの当たりの村の者が縄張りに入ってきても、牙を剥いてこない限り、襲わないし、縄張りの中で危険な目に遭っていれば助ける。『賢い子達』だけじゃなく、群れの皆に言い聞かせとるよ』
「ふ〜ん。狐も狩ってたね!狐って美味しいの?」
『美味くはないさ』
「じゃあ何で狩るの?」
『カイルや。お前は儂らのような毛皮は無いじゃろう』
「有るよ」
この間、オババ様の縄張りを荒らした余所者の魔狼を殺して剥いだ毛皮を見せる。
『それはあの愚か者から剥ぎ取ったやつだろう。お前に生えとる毛皮さ』
「無いね」
『そうさ。人間は毛皮が無い。毛皮が無いから寒い。だから、他の動物の毛皮を奪うんだ』
「そうなんだぁ〜」
『そうだ。カイルや。こないだ殺した魔熊の毛皮が在っただろう。アレを人間の町で売っておいで。そのお金で皆に魚を買ってきておやり』
「お買い物?どうすれば良いの?」
『人は金を使う。金を使うには物を数えられないといけない。今から教えるよ』
「うん!」
オババ様は口減らしで山に捨てられた人間の子どものうちで、自分の縄張りに入ってきた子は群れに迎え入れてくれた。
群れの中には僕を入れて8人の人間が居るけど、群れの中での序列が1桁なのは僕だけだ。だから、オババ様は特に僕に色々教えてくれる。決して他の7人をないがしろにしてるわけじゃいけどね。
そうしてオババ様に色々教えてもらいながら、気づけば十年の歳月が過ぎた。
「見つけた!!」
「グルルルゥゥゥ!!」
此方を睨むその獣は、オババ様や兄様達と同じく銀色の毛を持つ、大きな狼。牛より一回り大きい。でも、オババ様やガヤ兄様よりは小さいし、毛並みに品がない。
「此処はオババ様の縄張りなの。さっさと出ていけ!!」
「ガウゥゥ!!」
話も聞かずにいきなり飛び掛かってくるとか、本当に品がない。軽く体を傾けて、侵入者の攻撃を避ける。
「馬鹿なの?出てけって言ってるんだよ!それとも死にたいの?」
「ガウゥ!!ワォォォォン!」
「ちっ!」
侵入者の咆哮によって生じた衝撃波を腕を振るった風圧で相殺する。
「まさかお前!狼王のくせに言葉も喋れないの?」
「ガウァァァ!!」
どうやら本当に言葉を解さないらしい。
「もういい。時間の無駄だ」
再度飛び掛かってくる侵入者に此方も接近し、すれ違いざまにその首を捻り取る。
「ガァ!?」
「おやすみ」
力を失って侵入者の胴が、音を立てて倒れる。白銀狼王の毛皮や牙、爪も人間は高値で引き取るはずだ。
「よし!また人間の町でコレを売って、お金にしよう!皆に果物を買ってあげよ!」
いい考えだと思ったけど、オババ様に反対される。
「何で?オババ様?」
『狼王の毛皮は今までの毛皮とは格が違う。騒ぎになるよ。特にお前のような子どもが持っていけばね』
「じゃあ捨てようかな?」
『そう結論を急ぐんじゃない。ちゃんと綺麗に処理して持っておきな。お前が一人前の大人になった時、人の世で生きると選択するなら、当座の金を得るのに売れば良い』
「人の世で生きる?」
『ああ。お前は元々人の子だろう。このまま群れに居続けなくても、人の世で生きる道も有るはずさ。それは後の7人にも言えることだけどね』
「人の世かぁ〜」
3歳の時に山に捨てられて、ずっと群れで生きてきた。魔狼になった仲間の中には年上も多いけど、普通の狼のままだった仲間は大分看取った。
これからもずっと変わらないと漠然と思ってた。でも…
「どんなのかな?」
最近良く、倒した敵の毛皮を売るのに、人間の町に行く。だから解る。自分たちとは全然違う。
それが自分達より良いとは思わない。どちらも一長一短だ。
「でも、興味はあるかな?」
単純に興味がある。人間がどんな生活をしているのか。外からじゃなくて、中から見てみたい。
『どうしたの?カイル!』
「アイ!」
話しかけられて、振り向くと、そこには一頭の狼が立っている。魔狼のアイだ。14歳で、5歳の時に魔狼に成った。僕が初めて狼が魔狼に転じるのを見たのはアイが転じる時だ。
「オババ様と話しててね。人間の世の中ってどんなものなのかと思って」
『カイルは見たいの?』
「どうだろう?どちらを選ぶかは僕次第だってオババ様は言ってたけど」
正直、どっちが良いとかは無いよね。今の暮らしを止めたいとも思わないし。でも、興味はあるな。
『そんなに難しく考えなくて良いんじゃないかな?』
「どういう事?」
『一回、人間の世界に出てみて、嫌だったら戻ってくれば良いよ。オババ様も一度出たら最後、もう戻って来るなとは言わないと思うよ?』
「そうかな?」
もしそうなら、機会が有れば一回出てみようかな?
この時、僕は、この選択をするのはまだまだ先だと思ってたけど、実際には目前まで迫っていた。
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