第51話 戦えぼくらの虹色戦隊


「五人そろって、虹色戦隊プリズムファイブ!」


五人の背後で虹色の爆発が巻き起こる。

そしてそれを合図にするようにして全員が走り出した。


目指すはモスマンだ。

羽を広げて鱗粉を飛ばしてくるが、イゼが剣を振って発生させた吹雪で全て反射して見せる。

ミモが飛んだ。モスマンの触角を掴んで引き抜くと、背後に着地する。

モスマンは高速移動でミモの前方に回り込むが、イゼが同じスピードで追従してレーザーを剣で受け止めた。


さらにイゼの後ろからモアが二人走ってきた。

同時に飛んだ分身たちは発光する小刀を交差させてモスマンにXの文字を刻み込んだ。

その中央、線と線が交わるところへ光悟の足裏が叩き込まれる。


「ティクスキック!」


モスマンは背中から地面に倒れ、そのまま滑っていった。


「過去を!」


イゼは踏み込み、発光する剣を振るった。


「断ち切るッッ!!」


紫色に煌めく斬撃が地を伝い、モスマンに追いついた。

光が機体を引き裂いた。モスマンは大爆発を巻き起こして四散していく。


「アイたちはね、外に出るよっ!」


アイは振り返って銃を撃った。

発射された小型の機械がネッシーに張りつくと、ハッキングを行い自由に動かせるようになる。


「怖いけど! 辛いけど!」


アイの命令でネッシーは首を伸ばし、水流を発射してユーマたちを攻撃する。


「悲しいけどッッ!」


ネッシーの体からミサイルが発射されてユーマたちに直撃していく。

その爆炎の中から市江が飛び出してきた。手をかざすと冷気がネッシーを包み、水流が凍り付き、口が凍結して開かなくなる。

しかし同じくして光悟が飛んできた。振るったハンマーをバリアで受け止めると、光悟は市江を掴んで転がっていく。


「人間の都合で生み出されたわたしたちの自由はどこにあるですか!」


市江が吠えると、それをきっかけにするようにネッシーがハッキングを書き換えて動き出した。

同時にミモが指を鳴らすと、ネッシーの前に炎が現れて口を覆う氷を溶かしていく。


だからネッシーは口をあけて水流を発射するが、ミモは地面を転がって回避する。

そんな彼女の上を液状化したモアが飛び越えていく。

モアはそのままネッシーが放つ水流に交わると、逆流するようにネッシーの口の中に入っていった。

するとネッシーの前ヒレが飛んだ。すぐに後ろヒレも飛んだ。断面からは水が噴き出している。


ネッシーが叫んだ。

目が取れて水があふれていく。口からも水があふれていく。

そこでネッシーの体がはじけた。大量の水が飛び散り、飛沫とともにモアが着地した。

液状化で体内に侵入して内部から破壊していたのだ。


「神様を信じる前に、自分を信じなきゃダメだったんですよ……。ね? 市江ちゃん」


モアは悲しい目をしていた。

そんなもので見つめられたものだから、市江は不愉快だった。


「市江ちゃんの神様アダムは、なんて言ってた? 市江ちゃんはそれを本当の意味で理解していますか?」


「……っ」


「助けた人には、幸せになってほしい筈なんです……」


「ッッあぁぁああああ! シスターはウザいです!」


市江が吠えた。アブダクションレイによってチュパカブラがモアの背後にワープする。

しかし飛び込んできた光悟がモアをかばい、代わりに舌で首を絡めとられた。

チュパカブラは体を振って光悟を後ろへ投げ飛ばした。さらに全身の棘を発射して光悟を貫こうとする。

すぐに虹のバリアで攻撃を受け止めたが、棘はバリアをいとも簡単に貫き、光悟の体や周囲に突き刺さっていった。

そこで棘が爆発した。光悟は煙を纏いながら地面を転がっていく。


「人間になったつもりです!? だとしても正義を語る資格なんてないですッ!」


アイがに銃を連射して仕留めようとするが、チュパカブラは弾丸の間を縫って走り、あっという間に距離を詰めてきた。

舌が伸びると、先端がアイの太ももに突きささる。


「ひっ! 吸われちゃう!」


思わず声にした不安。

しかしそこで閃光が迸る。イゼが高速移動で駆け付け、舌が切り落とした。


「ォオオオオオオオ!」


雄たけびのような音をたててビッグフットが走ってくる。

同じく走り出したミモ。一歩踏み出すごとに全身に炎が纏わりつき、やがて紅蓮の塊に変わる。

ビッグフットとミモは一切スピードを緩めない。

やがて二つはぶつかり合うと、すさまじい衝撃を拡散しながら、両者倒れた。


先に起き上ったのはビッグフットだった。

すぐにミモを踏みつぶすとするが、そこで水の塊が突進してきて弾かれる。


「ミモちゃん!」


「モア様!」


手を差し出し、それを掴む。

何も変わってない。出会った時と何ひとつ変わってない。

変わってないから、変わらないものがある。


誰に愛してほしい?


そんな声が聞こえてきたような気がする。

わかってる。運がなかっただけだ。

苺さえ生きていれば、わたしだって、向こうにいた。


「それだけで、よかったのに……」


弱弱しく呟いたから、それは誰にも聞こえない。

今も水が激しく流れる音が聞こえている。

空に浮かぶ激流。空中を流れる川は、モアが忍法で生み出したものだ。


ミモは飛び上がると一回転しながらその中に飛び込んだ。

激しい流れだったから、一瞬でビッグフットの前に運んでくれる。

ミモは右足を突き出し、そこへ炎を集中させた。


「超絶美少女バーニングキィィィック!!」


ビッグフットの体を飛び蹴りが貫いた。

風穴がバチバチと音を立ててビッグフットはゆっくりと倒れ、爆発した。


繋いだ手はもう一つある。イゼとアイが一本の剣を持ってた。

空に突き上げた剣先を中心として、ドーム状のエネルギーエフェクトが広がっていく。

空間情報がアイの脳内に送られていき、その中にいるチュパカブラの動きが手に取るようにわかった。


次はここに来る。そう思った場所に光の柱が立った。

だからイゼと共に掲げた剣を振り下ろす。

冷気と電撃を纏ってリーチを伸ばしていた光の刃が、一太刀でチュパカブラが真っ二つになった。


「なんで……! ゲロルの兵器が、こんなっ、簡単に!」


「兵器を破壊するために、ティクスは強くある!」


光悟が右手を広げると、頭上に虹色の光が集まり、『手』の形になった。

セブンスハンド。光の手が市江のハンマーを掴んだ。

振り払おうとするが、どれだけ力を籠めようと手はそこにあって輝き続ける。


「ティクスの力は! 戦いを終わらせるための力だ!」


手が、ハンマーを、イエティを握りつぶした。

市江は大きく目を見開く。残ったユーマはたった一つ、左手にあるカーバンクルだけだ。それが壊れるのを想像した時、市江は叫んでいた。

恐怖、怒り、そして憎悪。

それらがユーマの破片を集め、カーバンクルを守るように覆わせる。


「それがわたしの不幸になるとしても! 貴方はこれを破壊するですか!」


素晴らしいヒーローへ見せつける異形のキメラ。

もはや何をモチーフにしているかもわからないそれを、光悟に向けて突き出した。

口かもわからぬところにチャージされていくエネルギー。


そこで光悟はプリズマーのボタンを押してジャスティボウを三体呼び出した。

口を開いたスパーダがライガーの尻を噛むようにしてドッキング。

さらに翼を広げたジャッキーがライガーの背に重なり、ドッキング成功。

並べて乗っけただけではあるが、それは立派な合体だった。


「完成! ディープストームライオ!」


バズーカーに手を当てていく魔法少女たち。

色が、装填されていく。市江は悔しくて悔しくて涙を零しながら笑った。

どこまでも食いついてくるし、何を出してもそれを超えるものを出してくる。それが正義というのなら――


「わたしは、悪ですか?」


「違う! だが今のままではダメだ! 変わらなければ虹色の未来はない!」


「ッ! あぁあああッ! 決めつけないでッッ!」


キメラからどす黒いレーザーが発射された。

同じくして、ライガーの鬣と口から虹色のレーザーが発射される。


「「「「「アトミッククラッシャー!!」」」」」


重なる五つの声。

虹の光線は、競り合うことすらせずに、一瞬で黒を飲み込んで市江を包み込む。


「あ……」


市江は左手を見て、諦めたような声を漏らす。

キメラが解けていく。中にいたカーバンクルが泣いている気がして、市江は腕で覆った。

しかし気づいた時にはもうカーバンクルが溶けていた。

市江は真顔になった。

苺に会いたくなった。


「もう、ずいぶん、会ってないの……」


「………」


「苺のフィギュアにハートを入れたらどうなるの?」


市江の体が粒子となって空に還っていく。


「どうせ幻が、生まれるだけでしょ……?」


そこで市江の肉が消えて骨になった。その骨が消えて、臓器も消える。

こうして市江の姿をした肉人形は完全に消え去った。

イゼは彼女が立っていた場所に来ると、小さなため息を漏らす。


「どんな魔法が使えても……、返ってこないものがあるのだな」


光の粒を目で追いかけながら呟いた。

ナナコを思い出し、イズを思い出し、それでもイゼは両手を前に出した。

その意味を理解して、一番初めにアイが手を握った。


「すまん。室町」


「ううん。アイも、欲しかったから大丈夫だよ」


すぐにもう一方の手をミモとモアが触れる。


「埋めるものが出てきてくれる。生きていれば……」


でも、それもすぐに消えるかもしれないの。

埋めるものが永遠に出てこない可能性だってあるの。

そう問いかける声が聞こえた気がした。


「そうだ。それでも信じる。信じて続けて前に進んでいく。それが生きていくということではないのか?」


そうだろ、真並光悟?

話を振られたので、光悟は確かに頷いた。





病院のロビーで和久井は座っていた。

肉人形たちの残骸がそこらに転がっている。

偽物だと説明されても、見ていて気持ちのいいものではない。

ライガーたちが残骸を集めて隅っこに寄せてくれたものの、これがまた肉の塊であることを強調している気がして、和久井は鬱々としていた。


気持ちの置き場所がよくわからない。

光悟たちが戦ってくれているなかで、和久井は椅子に座っていて、その隣には舞鶴がしがみついている。

舞鶴は和久井の胸に顔を埋めていて表情がわからない。


光悟は和久井に、これはお前の物語であると言った。

だとするなら、いったいこれはどういうシーンなんだ? どのあたりのシーンなんだ? 考えてみるが、サッパリだった。

そもそもオレは、なんでココに来たんだっけ?


「……なあ、舞鶴。あのさ、別に無理にくっついてなくてもいいんだぞ」


「ダメ」


「ん、ダメ? とは?」


「リューシーに魂が入ったら和久井は裏切るでしょ?」


「………」


リューシーとは前に見ていたアニメのヒロインの一人だった。

えげちぃくらい可愛いなコイツ。そう言いながらフィギュアを買った。

あまりフィギュアは買わないが、買う時は買う。

だって、えげちぃくらい可愛かったから。


「捨てる、から。元の、世界に、帰っ……たら。ああいうフィギュア、全部捨てる」


「そういうパターンね。いやいや、それはよくないんじゃないかな舞鶴さん。だってほら、ネットでもそういう女って叩かれてるだろ?」


「不倫してる男だって叩かれてる。ああいうのは永遠に干されればいい。つか、死ね。そういう人間生んだ親とかも死ね。殺されろ。頭のおかしい●●●●に」


「こらこら! そういうことを簡単に言うもんじゃありません!」


「じゃあ言わせんなよ! 悲しいことをこれ以上! 私の口から!!」


「いきなり叫ぶ女になっちゃいけません! つーかお前アレだよ。安心しろよ。オレはリューシーが犯される本で抜いたことあるけど、お前のえちえちな画像は一度も検索したことがないよ? ん? ちょっと待って。これフォローになってる? なってないな。ごめんな。忘れてな。かわりにオレが自分の頬にビンタかますから。いくよ、いくよ? ほらッ! いてッッ! ほらね?」


「セックス、する?」


「どういう流れなんだよ! お、おいやめろ。そんなとこ触るなって!」


正直、本音を言うと、ちょっとしたかったが、こんなところで雑に消化するものじゃないと思う。

そもそも光悟たちは戦いに行ってるわけで、勃つものも勃たない。


(いや、でもちょっと待てよ。童貞卒業がアニメキャラなんてこの先、一生ないかもしれないし、肉人形が解除されたらヤれるかどうかもわからんし……)


結果。


「ごめん舞鶴。やっぱお願いしようかな?」


そこで首に激痛が走った。

悲鳴をあげて立ち上がると、パピが首筋に噛みついていた。


『カス人間が! 死ね!!』


「いでででで! 離せテメェ! ぶっ殺すぞ!」


パピは椅子に着地すると、和久井を睨みつけてから、舞鶴を見る。


『もっと自分を大切にして! じゃないとアンタ、ずっと辛いままなんだから。残念だけど、どうでもいいヤツとでもエッチはできるらしいのよね』


舞鶴の表情は変わらない。淀んだ瞳でパピを見ていた。


「つうかお前、まだネコのままなのかよ」


『アマテラスが遠隔でエクリプスのバグを直してくれて、ぶっちゃけもう戻れるけど、戻ったらそれはそれでヤバヤバなんでしょ?』


「あぁ、お前が死ぬんだ瞬間、アダムが創生魔術を使えるようになるんだっけな」


『ヴォイスが複製してくれた賢者の石は創生魔法を使った時点で消えちゃったんだけど、きっと向こうは別の作品引っ張り出してきて、またなんとかするんでしょ?』


なんだか複雑よね、パピはそう唸った。

創生魔術を発動するにはパピの中にある『曜日の魔術師が持ってる魔力』が必要な筈だ。

だが、これがアダムのものになったらば、彼の中にある『魔王候補が持っている魔力』を増幅すれば発動できるのだろう。


アダムの中にある『魔力』と、パピの中にある【魔力】は作品が違うため、定義に些細な違いがあるはずなのだが、共通する言語ならば設定を超越するらしい。


たとえばどこぞのゲームで、魔法使いが新しい魔法を得られる巻物があったとするなら、パピが読んでもアダムが読んでもそれを得ることができるのだろう。

魔力があるのだから。


「頭がおかしくなりそうな話だな。やめとけ、お前みたいなアホが考えても仕方ない」


パピは爪で和久井をズタズタにしようとしたが、先に和久井が口を開いた。


「なあパピ、一つだけ聞いていいか?」


『ウザウザウザウザウザ! 内容による!』


「お前、何で光悟を好きになったんだ?」


パピは目を細めた。


『アタシの空に虹を掛けてくれたからよ』


気取った言い方してんじゃねぇぞ。なんの参考にもならねぇわカス女が。

和久井はそう言ってやろうと思ったが、面倒なのでやめておいた。

そもそもどんな答えが返ってきたところで参考になるわけがなかった。

なんだか虚しくなって席を立つ。舞鶴はノーリアクションで、和久井を追いかけはしなかった。


ちなみにパピはあえて、あんな言い方をしてみた。

べつに嘘ではない。それでも自分で言っておいて一瞬恥ずかしくなったので、聞こえないくらいの音量でボソッと呟いた。


『……ハートに来たのよ』


そこでパピの胴体が浮き上がった。


『ほぇ?』





「おいおいおい!」


和久井は慌てていた。

パピの悲鳴が聞こえて戻ってきてみれば、見えたのは立っている舞鶴と、そのすぐ傍にある大きな魔法陣だ。

見覚えがあった。あれはベルゼブブが作った『口』だ。

するとそこで病院の待合時間を表示するモニタに、アダムが映る。


『やっぱりアホだねキミたち。腹の中で喋ったことは僕の耳に入るんだよ』


アダムはパピの首を掴んで掲げていた。

バチバチと黒い電撃がほとばしり、パピは悲鳴を上げて気絶する。


『パピがもう戻れるなら戻ってもらえばいい。本人が嫌だと思っても痛い思いをすれば考えも変わるだろう』


やられたと、和久井は思う。

そうか、そうだな。光悟たちが外に出ている今なら絶好のタイミングであることは間違いない。

狙われるのは当然だ。パピが拷問されれば、人間の姿に戻ってしまうかもしれない。

そしてパピが瀕死の状態で胃の中に戻されて死ねば、創生魔法が使えるようになって、地球が大変なことに――


って、まあまあ、そこはわかった。


でも和久井には一つ、どうしても聞きたいことがあった。

確かアダムは自分で胃の中に入れる筈だ。

だったらここに来てパピを直接連れていけばいい。


「……なのに、なんで舞鶴を使った」


アダムは薄ら笑いを浮かべていた。


「ってか、てか、え? つか、お前もお前だろ。何で裏切ってんだよ……?」


もう思わず笑ってしまった。

掠れた笑い声に釣られたのか、舞鶴もひきつった笑みを浮かべていた。


「だって……、だって」


舞鶴の頭の中にアルクスの声が響いたのはついさっきのことだった。

魔法陣を展開するから、そこにパピを投げろ。そうすれば、アダムが奈々実に会わせてやると言っていた。

なんてことを言われたので、投げただけだ。


「お前……! ぐふっ! うぅぅァ」


変な声が出た。悲しいのに、ひどく笑えてしまう。


「お前、信じたのか? アダムが本当に奈々実に会わせてくれると思ったのか? 奈々実はゲロル星人がお前を騙すために作った妄想なんだぞ」


和久井は、遠くにある受付モニターに舞鶴の映像を見た。

その日、舞鶴は必死に頼み込んで母親と一緒にお出かけした。

牧場があったので、そこにいった。おいしいソフトクリームが食べれるらしいが、その前に空飛ぶUFOに牛と一緒に連れ去られて脳を弄られた。


孤独や寂しさ、大きなストレスが生み出そうとするイマジナリーフレンドの種を見つけられ、それをより鮮明に感じさせるように改造してあげようと。


「だ、だじゅげでぐだざい……! なんべぼじまじゅがら……!」


鼻血を流し、白目をむきながら舞鶴が懇願していた。

一緒に来てくれた母親は丸焼きにされて、皿の上に並んでいた。

ゲロル星人は笑うだけで、その言葉を無視して脳に電極を突き刺す。


「うぎぃぃぃいいぃぃい」


待ってて、もうすぐ会えるよ。

めちゃくちゃな世界でその言葉を聞いた。

本当の意味で、それが奈々実との初めての思い出だった。


「わかってる。わかってる……ッッ、けど!」


舞鶴が大声をあげるものだから、和久井は肩をビクっと震わせた。


「出会えるかもしれない! だって! 不思議な力があるんだから! そうでしょ? 現に和久井だって私と会えたでしょ!」


「オレに乗り換えてくれたんじゃないのか? そんなにオレが嫌いなのかよ……」


「だって、そりゃ、消去法! でも奈々実がいればッ! 全部ッッ、やっぱりそれは大切なのは! 奈々実だけだから!!」


舞鶴はアダムを見た。


「言わ! れ、たとおり! に! したから……! 奈々実に会わせて!!」


アダムは噴き出した。


『会えないに決まってるだろ。お前は本当に屑で馬鹿で救いようがないな』


「ぇ」


『嘘だよ。お前は簡単に騙された。お前みたいな屑は存在自体が害悪だ。少しでも良心が残っているなら、地球に赴く前に自殺しろ』


そこで映像が切れて、モニタは真っ暗になった。

舞鶴はしばらく固まっていたが、やがてガリっと音がした。

口から血が出てきた。舌を噛んだようだ。


ガブガブ噛んでいた。

噛みちぎろうとしたが、なんだか悲しくなって泣けてきたので上手くいかなかった。激痛でさらに泣けてきた。

だがもうすぐ神様に会える筈だ。ならば舞鶴は聞いてみたかった。


どうしてこんなゴミをお創りになられたのですか。

もしかしたらミスですか? ミスならばさっさと心臓マヒか事故か何かで殺して捨ててくださればよかったのに。

舞鶴はそこで倒れた。真っ青になって、口からはダラダラ血を垂らしながら。


ゴポッと、喉が鳴っている。

和久井は何もしなかった。肉人形を傷つけているだけなので死ねるかどうかは怪しいが、本人が死んだと思ったのなら、もしかしたら死ねるのかもしれない。

なので、和久井は何もしなかった。


「神はいるか、いないか。そもそも定義とは何か? それを考えていると、人は寿命を迎えて死ぬ。だから誰も答えにたどり着けない」


声が、聞こえた。

和久井はため息をついて俯いた。


「そんなことを月神が言ってた」


「本当に、テメェはどっからでも湧いてくるよな」


舞鶴に虹色の光が当てられた。真並光悟は和久井の隣に座る。


「俺は思う。その道の途中に、人は答えに近いものを見つけたんだ。それを可視化していく」


「はぁ」


「ティクスがその一つだ」


和久井はよくわからなかった。だから悪態をついておく。


「お前さ、いろんなヤツにやばい宗教やってるとか噂されてたよな。今ならマジで理解できるわ」


「みんな、正義という言葉を見失った」


「え?」


「光、希望、平和。そのあまりにも愚直な言葉を人は信じられなくなった。それを利用する人間がいたことは事実だが、それでもきっと信じ続けることはできた筈なのに。いつからだろうか……? わからない」


それは光悟の言葉なのか、それとも、彼の中に入っているティクスの嘆きなのか。


「和久井、これがお前の望んだ未来か?」


和久井はなんだか悔しくなった。


「これがお前の正義の末路か?」


和久井はなんだか情けなくなった。


「和久井、それはきっと『彼』も、同じ気持ちなんだろう」


「うるせぇ、わかってる!」


和久井は気を失っている舞鶴を見つめた。


「なあ光悟、お前ってさ、なんでもできるのか?」


和久井が一つのプランを口にする。


「できる。ティクスが第三十八話で同じようなことをしていたからな」


「すげぇな。はは……、じゃあ頼むわ」





ルナが、父と母になる人へ挨拶に向かった時のことだ。

二人はルナのことを快く迎えてくれた。まあ一緒に住むのではなく、あくまでも戸籍上だったからというのもあるだろうが。


「紅茶が好きだって聞いたから口に合うといいけど」


養母は、やたらと高そうな紅茶をごちそうしてくれた。とてもいい香りだった。

隣にはこれまた高そうなケーキがあって。ルナはそれを美味しく頂いた。

そこでルナは部屋の奥に、女の子の写真を見つけた。


それは箱の中にあった。

隣にいた月神が、あれは仏壇というもので、中にいる少女は、養母たちの一人娘であると教えてくれた。

名は、美琴みことというらしい。


「治ったら、紅葉を見に行こう……」


ふと、養父はそう口にした。

それがあの時の口癖だったと教えてくれた。

病院のベッドで寝ている娘へ、かつて元気だった時に家族で見に行った紅葉が綺麗なお城へ行こう。

そこであの時みたいにソフトクリームを食べようと、何度も言って励ましたらしい。


「同じ夢を見ていた。虚しい夢を」


そう呟いた養父の顔を、ルナは一生忘れない。

彼は、いやきっと彼らは、幻想の中で旅立った。

奇跡か、はたまた医療の超進化により娘が治り、家族揃って紅葉を見にいって、甘くて冷たいソフトクリームを舐める。

美琴はきっとあの時みたいにほっぺにクリームをつけて無邪気に笑うのだろう。


それをずっと妄想した。

病院の中で、受付の中で、帰宅途中の車の中で、シャワーの中で、ベッドの中で。

繰り返す妄想は真実ではない。うなされる娘が目の前にいるのに彼らは夢の中で笑顔の娘と戯れる。

大丈夫。必ず治る。笑顔で嘘を隠し続けた。微笑みながら死に向かって歩いた。

家族の明るい未来を夢見ながら、癌患者とすれ違う。


元気になった美琴と遊園地に行った。

温泉でおいしいご飯を食べた。

美琴が彼氏を連れてきた。

結婚して、子供を産んで、結婚式で泣いて、孫を産んで、帰ってきて。お祖父ちゃん。お祖母ちゃん。私は、私たちは幸せで――


「すべて幻だった。美琴は一度もよくなることなく死んだよ」


「………」


「行けもしない場所、ありもしない幸せを夢見た」


ルナは養母が泣いていることに気づいた。ハンカチを握りしめて静かに泣いていた。

ルナは美琴を見る。彼女は紅葉の下で笑っていた。


「魔法が欲しかった。美琴が元気でいてくれれば、それでよかったのに……」


養父が消え入りそうな声で呟いた。

この人たちはどんな気持ちで私を受け入れてくれたのだろうか。ルナは考えた。

考えて、考えて、考えた。

その日は養父たちの家に泊まった。

翌日、目覚めた養父と養母は、庭へ飛び出した。

そこで泣き崩れた。

庭いっぱいに季節外れの紅葉があった。


「ホホホ! お義父様! お義母様! 私、魔法が使えますの!」


紅葉がヒラヒラと舞い落ちるなかで、ルナは腕を組んで笑った。





「あの時、私が感じたとても大きなものこそ、命の重さなのだと思ってるわ」


「そう。それがお前たちの中にある。そしてこれから抱えて生きていくものだ」


ミモたちの間を、月神とルナが歩いていく。


「重いぞ。落とさないようにせいぜい気をつけな」


月神は小さく笑った。そこで虹色の薄明光線と共に光悟が舞い降りてくる。

三人は同じ方向を睨む。だからなのか、そこにあった大樹ユグドラスが大きく揺れはじめた。

幹が崩壊していく。そこにあったのは樹ではなく、巨大な機械のタワーであった。

大きく広がる葉も同じくして湖に落ちていった。


「とことん性根の腐った連中ね」


ルナの言うとおりだ。

大樹の葉に隠れていたものが姿を現す。それこそゲロルの超巨大UFOだった。

つまりユグドラスこそゲロルが拠点にしていた場所だった。


『インベーダーゲームにおいて、まさかこれを使うことになるとはな』


ゲロル星人の声が聞こえた。

巨大UFOでの直接破壊行為。寄生して、内部からジワジワとなぶり殺しにしていくスタイルを好むために使ったのは一度か二度だった。

しかしいずれも星ごと塵になった。それは今回も同じだ。


「ってか、マジでッ、やばくない?」


ミモが真っ青になってモアの背に隠れる。

確かに、超巨大なUFOは迫力があるが、なんとなく消えていない安心感。


「月神、頼む」


「ああ」


月神は前に出る。その表情には欠片の焦りもない。


「墜とす」


ホルダーから三本の刀が鞘に入ったまま分離し、宙に浮かぶ。

刀はそのまま一列に並んだ。するとどうだ。鍔以外が光となって一つに交わったではないか。


三つの鍔も重なり合い、やがてそれは一本の太刀を作り出す。

月神がそれを掴むと、激しいエネルギーが体を駆け巡り、エクリプススーツが耐え切れずに粒子となった。


犬の耳と尻尾が見えるが、服装が変わっている。

鎧に陣羽織、そして桃の紋章が刻まれた鉢巻き。

長くなる髪も、さらに長く。さらに背中には『日本一』と書かれたのぼり旗があった。


「我こそは正義!」


桃牙とうが

それは漫画『月牙の刃』にて、柴丸が手にした最強の刀である。

ちょうどその時、UFO下部にある無数の赤い円が光った。


『死滅しろ!』


ゲロル星人が操縦席にてボタンを押した。

すると赤い円から無数のレーザーが発射され、フィーネに直撃した。

魔法少女たちの悲鳴が聞こえる。すさまじい衝撃と轟音だった。建物が破壊され、学びの校舎は一瞬で粉々になる。

それだけじゃない。住んでいた家も、よく行っていたカラオケも、公園も、蒸発し、融解し、分解され、消えていく。


『!』


ゲロルは見た。爆煙の中でさえも燦然と輝くピンク色の結界。

それは魔法少女たちや光悟たちをまるごと包み込む。大きな大きな『もも』の形をしていた。


「ノブレスオブリージュ! おれの力は何にも屈しない。最強であるがゆえに!」


月神が持っていた旗がシールドを展開していたようだ。

そのまま大きく振るって靡かせる。『日本一』の文字が揺れると、桃がパカンと割れて吸収していたレーザーが割れ目から発射されていき、UFOに直撃していく。


『ヌゥウウア!』


衝撃と警告音。ゲロルは苛立ちからコックピットを殴りつける。

UFOから小型の無人戦闘機がいくつも発射され、猛スピードで月神たちのもとへ飛んでくる。

月神は鼻を鳴らし、持っていた旗の石突を地面に打ち付けた。

すると彼の周りに桃型の光球がいくつも出現する。

さらにもう一度地面を突くと、光球はさらに増加される。

最後にもう一度地面を叩くと、光球がまだまだ増えて月神の周りに留まる。


「どんッ!」


旗を振った時、桃型の光球が飛んでいく。

それは目にもとまらぬスピードで縦横無尽に飛びまわり、向かってきた戦闘機に直撃して破壊する。


「ぶらァアッ!」


月神は旗を大きく振る。

光球はさらに加速して、戦闘機を撃ち抜いた。


「こォーッッ!!」


気づけば、UFOから出てきた戦闘機は一機も残っていなかった。

見えたのは炎と破片だけ。


「強い――ッ!」


イゼから漏れた声。すると月神はウン! と大きく頷いた。

イマジンツールには一つ大きなシステムがある。

ティクスが相手の悪レベルに応じて強くなるように、共通する強化ポイントがあった。


「当然だ!」


それは融合している道具を"愛している"かどうかだ。

柴丸を、そしてその裏にある月牙の刃を。その愛によって能力は上昇する。


「おれの思い出が! 殺意に負ける筈がない!」


旗を投げ捨てると、太刀を構えて腰を落とす。

鞘のサイドに隙間があり、そこから刀をスライドさせて抜くと、鞘を地面に落とす。

長い刀を両手で持って、月神は狙いを定める。


一桃いっとう両断! 悪をッ、断つ――ッッ!」


そこで、踏み込んだ。


総牙そうが星破斬せいはざんッッ!!」


空間に一本の線が走った直後、UFOが綺麗に割れた。


「グッ! ガァァァアァアアァァ!」


警告ランプで真っ赤に染まったコックピットの中、いたるところから火花のシャワーが噴き出る中でゲロルが叫んでいた。

UFOは次々と爆発を起こしながら落下していき、やがて完全に地上へ墜落すると大爆発を巻き起こした。


しかし月神たちは目を細める。

見逃してはいない。爆炎から飛び出してきた小型のカプセルを。


「……六秒」


ルナがそう言って月神の隣に立つ。


「いや、四秒だ」


月神が言う。二人にジロリと睨まれ、光悟はため息をついた。


「二秒」


光悟がルナの隣に立つ。

それぞれエクリプススーツを解除すると、月神も刀を三本に戻して元の姿に戻った。

ルナがレイピアを前に出す。右にいた月神が刀をレイピアに重ねる。左にいた光悟も、剣そこへ合わせた。

三人はそのまま武器を上に掲げ上げて剣先を天へ向ける。


「正義よ!」


ルナは上から下へ、月神と光悟は斜めに剣をふるう。

三つの斬撃が発射され、それが交わり、飛んでいく。


『ゲロルは死なない! ゲロルは――ッ! 不滅だ!!』


脱出カプセルの中でゲロル星人が吠えていた。

そこで再び警告音。センサーが捉えた高エネルギー。

ゲロル星人が振り返ると、そこに見えたアスタリスク型の斬撃。


『うッ、あぁあぁあぁあああああぁあああ!!』


直撃。墜落していくカプセルは無数の火花を散らし、四秒で爆散した。


「おれの勝ちだね」


「流石です、お兄様」


「………」


弾かれる二つの五百円。月神がそれをキャッチすると、三人は踵を返した。

唯一、光悟だけが振り返る。月神が斬ったのはUFOだけではなく、その向こうにある空をも切り裂いた。



だから外で、アダムは膝をついて咳き込んでいる。

隣ある魔法陣は強制的に生まれたものだ。

和久井はアダムをジッと見ていた。アダムもすぐに和久井を睨んだ。


空に生まれた切り傷から飛び出したということは、空を飛んだということだ。

それを可能にしたのは、和久井の手にある光の球体が原因だろう。


『あんな方法で、あの悪女を説得するなんてね』


「催眠術な。まあ正確な呼び名は違うだろうけど、全部ティクスにやってもらいましたよと」


レインボードリーム。

以前、少女が悪夢を見せてくる敵に狙われた際にティクスが使った技だ。

快眠できて、ティクスが描いた夢を見せることができる。

しかも眠っている間は催眠状態となり、命令すれば好きなように動かせるので現実に実体化して直接狙ってきた怪人を少女がボコボコにしていた。


『とんでもないね。悪用できそうだ』


「まあ、ティクスはそんなこと、しないだろ」


『でもマリオンハートがあるならできるかもしれない。事実、キミはおそらくとても残酷なことをしようとしている』


「……かもな。でもそれはきっと必要なことなんだ」


和久井は散乱したDVDを見た。壁に空いた穴を見た。


「これがお前の望んだ未来か? これがお前の正義の末路か? 光悟のヤツは、オレ様にそうほざきやがった。偉そうでムカつくぜ」


光悟は『彼』も同じ気持ちであると口にした。

彼とはきっとアダムのことだと、和久井は勝手に思っている。


「オレの記憶が正しけりゃ、お前は悪いヤツじゃなかった。いや、むしろ良いモンだったよな? お前が善であるということを前提に進めるなら、こんなイカレたシナリオなんざ見るに堪えない筈だって」


パピを拉致する際に、舞鶴を使ったことがどうしても引っかかった。

あんな回りくどいやり方をしなくても、舞鶴も和久井も戦う力を持っていなかったのだから、アダムが直接パピを回収しにくればいいだけだ。

だから舞鶴を使ったところが重要だと思った。

きっとアダムは舞鶴がどんな選択を取るのかが見たかったのだ。


「もういい加減こんな回りくどいやり方はやめようや。テメェは本気で世界を滅ぼそうなんて思ってないんだろ?」


『……フッ、まあ、ねえ。だからその本気を見つけたかったんだ。そして今の理由があるとすれば二つ。まず一つは仲間のためだ』


アルクスの願いは叶えてあげたいと思ってる。

境遇には同情するし、なによりも生みの親みたいなものだから。

とはいえ、地球を滅ぼすようなことは感心しないので、創生魔法で故郷の村や住民を創ることだけに集中して、ゲロル星人を地球に解き放つのはやめないかと提案はした。


ただ、却下された。

一応、食い下がったが、やっぱり却下された。

念のため、もう一度提案したが、これ以上の会話はしない。もしも抵抗するなら敵対すると言われてしまったので、アダムはアルクスに全面的に協力をすることにした。


『それはいい。べつに不思議じゃない。それだけアルクスの憎悪が大きかっただけだ。大事なのは、もう一つのほうなんだ……』


アダムは立ち上がり、まっすぐに和久井を見る。


『お前とのゲームが、まだ続いてる』


和久井もまた、アダムの目を睨んだ。


『僕らは、悪意も善意もデフォルメされてる。その先にあるもっと超越した感情が見たい。それは僕らと同じ空気感の真並光悟じゃダメなんだよ……』


「確かにアイツは人間じゃねぇ。オレみたいな屑のほうがピッタリかもな」


『でも感動したよ。まあもしかするとそれはひどく普通のことだったのかもしれないけど。でも今、和久井はまた僕の前に立っている』


シナリオという絶対的な力。

仕組まれた運命の中を歩んでいた自分たちの前に、シナリオを超越した和久井ホンモノがいる。

それはアダムにとって、あまりにも大きな存在だった。


「今にして考えてみれば腑に落ちる点がいくつもある。あそこで彼がああ動いたのは、あそこで彼女があんなことをしたのは、そういう意図があって、役割があって、ストーリーやテーマが破綻しないようにとしたならば不思議じゃないと……」


「……そうだな。オレもそう思うぜ」


「キミは何の力も持っていない。それはキミ自身が一番わかってた筈だ。なのになんであの時、ココに来た? あんな女のために。それは色欲からなのか? それとも純粋な情だというのか?」


いつしかアダムの顔からは笑みが消えていた。

それは苛立ちであり、それは怒りであり、それは大きな悲しみである。

なぜだ。なぜだ。なぜだ。なぜだ……。


「なぜ和久井は舞鶴を助ける?」


見限られ、騙され、殺されかけ、裏切られ、なのに今もココに来ている。

もちろんそれは光悟の存在があってのことだろう。事実、和久井は舌を噛んだ舞鶴を見捨てようとしていた。

そう、一度は切ろうとしていた筈なのだ。ならなぜココに来た?

好きだという感情を知っている。だが真の意味で理解はしていないのか?

シナリオライターは、自分に『愛する人』を与えてくれなかったから。


「ごちゃごちゃ考えてんのか? 単純な話だろ。仲間を助けに来るのは当然だ。お前だってそうしてた」


『……僕の仲間だった人たちに、屑はいなかった』


「じゃあもしも屑なったらどうしてた? 人間生きてれば、生き方を変えられる」


『それは――』


「オレだってもしかしたら誰かが作ったキャラクターなのかもしれねぇぞ。なあアダム、これは別に複雑な話じゃねぇ。当たり前のことなんだって」


和久井は親指で胸を示した。


「心に従えよアダム。そしたらそれは嘘でも、嘘じゃない」


『……でも、そこに至るまでの道に霧がある。それがたまらなく腹立たしい』


「強情なヤツだぜ。まったく」


だったら、従ってやろうじゃないか。アダムの目が据わった。


『世界の行く末がどうとかは後だ。とにかくアイツをここから出すわけにはいかない! 自分の憎悪にふさわしい罰を受けながら死んでいくべきだ!』


「……どの道、テメェの言う通りオレはゲームの決着をつけにきた! そこに転がってるパピを回収して、アダム! お前はここで倒す!」


和久井が持っていた光球を前に突き出すと、それがボタン付きのチャームに変わる。


死にたくなるほどの青い空だった。


「アイス、買ってきたんだ。一緒に食べよう?」


「うん」


舞鶴は笑顔で氷菓を受け取った。


「不思議な夢を見たの」


クーラーの効いた部屋で舞鶴はそう言った。


「どんな夢?」


「あまり……、覚えてなくて、でも、あんまり、良い夢じゃなかったかも。奈々実がいなかったことだけは、覚えてる」


「ふふっ、だいじょうぶ。わたしはココにいるよ」


「そう、だよね。うん。ふふ、ごめんね変なこと」


「いいよ。大丈夫。それよりもうすぐ夏祭りだよね。一緒にまわろうね」


「うん。楽しみ!」


「みんなも来るって言ってたし、ふふ、たこやきをね、おなかいっぱい食べるの。おなかがはちきれるまで食べちゃおうかな!」


「私は! うーん、かき氷に、フランクフルト!」


「花火が見れるよ。楽しみだね!」


「うんっ!」


ひまわりのような笑顔を舞鶴は浮かべた。


「気持ちは理解できなくはないが、あまりにも哀れだ」


フィーネの空に広がるモニタ。

そこに和久井の『二次創作』が表示されている。


「女装したピエロがキミの正義か?」


「――ひどすぎだろもっと言葉を選べ。それにピエロ?」


光が晴れていく。


「おいおい目腐ってんじゃねぇのか月神さんよ。なあ、光悟」


「ああ。ピエロじゃない。どこからどう見ても」


奈々実が、アダムの前に立っていた。


魔法少女スーパーヒロインだ」

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