第50話 キス

 

刀が鞘から飛び出して高速で動く。迫る弾丸を切り弾き、月神は尚も加速した。

Zは右腕で月神を押しつぶそうとした。確かに脳天に腕は当たったが、感触がない。

幻影だ。月神は一瞬でZを通り抜け、その間にわき腹を切り裂いていた。


血が飛び散る。Zが振り向く前に胸に雲雀坂が突き刺さった。

さらにその上、鎖骨辺りに沢渡三条も刺さった。

月神は飛び上がり、雲雀坂の柄を蹴って、さらに沢渡三条の柄に足を乗せて蹴りあがる。

跳ね上がる体。そのまま持っていた月牙をZの脳天に突き刺した。


「ガァァアアア!」


Zは思いきり頭を振るい、月神を吹き飛ばす。

しかしここで両肩付近に浮遊していた大袖が分離、月神の墜落地点に先回りすると、月神はそれを蹴って勢いを殺しながら着地した。

Zは口から火炎を発射するが、二つの大袖が月神の前にくると炎を遮断してみせる。

大袖からもバリアが張られているようで、見た目以上に広範囲を守護していた。

そうしているとZに刺さっていた三本の刀が戻ってくる。

腕を伸ばして雲雀坂の柄を掴むと、残りは鞘に戻した。


「鳴神流4式・飛迅衝とじんしょう――ッ!」


風が吹いた。すると炎が消えた。

いつのまにかZの腹部ど真ん中に、月神が持った雲雀坂が突き刺さっていた。

一瞬で距離を詰めたのだ。雲雀坂を中心に風が吹くと、Zの体が浮き上がって後方へ飛んでいく。

月神は刀を鞘にしまいながら風を纏い飛行する。低空で飛びながらZに追いつくと、月牙を抜いた。


「ォオオオオオオオオオ!」


吠えた。高速でZを斬りまくる。

それだけではなく残り二本の刀も抜刀され、月神は適当な一本を掴むとZを斬り、そのままの勢いで刀を投げ、別の刀を掴んで斬る。


そこで月神は地面を踏みしめて刀を下から上に振るいあげた。

Zの巨体が浮き上がった。それを既に上空で待ち構えていた二本の刀が叩き落す。


Zが背中から地面に激突するのを見て月神は跳んだ。

体を捻りながら持っていた柄に力を込める。落下と共に狙いを定め、Zの頭部に刀を突き刺した。

しかし月神は軽く舌打ちを零す。刀は刺さったが、手ごたえがなさすぎる。


刀を刺したままZを持ち上げてみると、その巨体が軽々と浮かぶ。

見ればZの背中に大きな穴が開いていた。そして倒れていた場所にある地面が抉れている。

つまりZは高速で脱皮すると、地面を掘って逃げていたのだ。


「グォオオオオオオオ!」


ボコッと音がした。月神の背後からZが飛び出してきた。

月神は振るわれた腕を大袖でガードしたが、衝撃は強く、体が真横に吹っ飛んだ。

崩壊しかけの礼拝堂が完全に崩れた。月神は瓦礫と共に地面に倒れる。

Zはそれを追いかけたが、そこでルナが滑り込んできた。


「フッ!」


ルナは両手でレイピアを柄を掴んで剣先を地面に突き刺した。

すると一瞬でルナを中心にしてバラの花畑が生まれた。

地面から伸びたバラはZの腰くらいまで高さがあり、無数の花がルナと月神の姿を覆い隠す。

Zは吠え、バラの中に侵入していった。


「オォオオ! ゴォオオオオオオオオッッ!」


太い腕でバラをかき分けて前に進むと、散った花びらがいくつも舞い上がって目くらましになっていく。

さらに次第に茨が絡みついて、Zの足が重くなっていった。


『どけ! 俺がやる!』


飛翔するG。

口を開けると、青白いレーザーが発射されてバラの花畑が炎に包まれた。

あっという間に火の海だ。これならばと期待するが、刹那、全ての炎が切り裂かれた。


「鳴神流3式・天翔破てんしょうは!」


炎を散らし、現れたのは月神だ。

風を纏った広範囲の斬撃。一振りで炎を切り裂き、もう一振りで空中にいるGを斬った。斬撃が命中するとGの周りに竜巻が発生して、風の中に閉じ込める。

激しい風に揉まれてGの体も回転する。平衡感覚が狂っていく中で、ルナが発射した注射針が飛んできてGに突き刺さっていく。


「ゴォオオォォオ!」


Gから大量の血液が吸われ、粒子となって散布された。

それはルナが持っていた剣先に吸い込まれていき、大技を打つためのエネルギーに変換される。

そこでルナは振り返った。目の前に剛腕を振り上げたZがいる。


「三式! レ・ヴィオレット!」


ルナが剣を振ると、その軌跡に赤いエネルギーが残り続ける。

ルナは素早く剣を振るっていき、『Zの文字』をZの体に刻みつけた。

焼けつくような痛みが全身に走り、Zの動きが止まった。


そこへ飛んでいく月神。

右足の飛び蹴りがZに輝く赤いエネルギーを蹴破りながらZへ届いた。

さらに月神は体を捻り、次は左足の裏をZの胴体に当てて、大きくよろけさせる。


まだ終わらない。

月神は最後に刀を抜いて、強力な居合切りである『白線』を当てる。

Zは胸に一本線を残して、そこから血をまき散らしながら後退していき、やがてバランスを崩して倒れた。

一方で着地を決めた月神は、宙に漂う刀を全て鞘に収めていく。


「聞け! モア・エドウィン!」


モアの表情は変わらない。しかし月神は先ほど確かに取り乱した姿を見ている。


「自分の心を殺そうとする覚悟があるなら、自分のために変われる筈だ!」


モアの表情は変わらないが、月神には彼女の苦痛がわかっていた。

心を持つ者の苦悩は割と種類が限られる。

なのに誰もが同じ悩みを抱えてグルグルと同じ場所を回ってしまう。


「それを終わらせる力がここにある!」


月神は発信していた。モアへ、ミモへ、イゼやアイ。

あるいは、アダムへと。


「雪よ!」


沢渡三条が光る。

ヒラヒラと雪が舞い落ちてくる。いつの間にか雪が積もっている。


「月よ!」


かざすホルダー。その中の月牙が光る。

すると辺りが夜になった。月神の背後に巨大な満月が現れる。


「花よ!」


雲雀坂が光る。

舞い落ちるのが雪ではなく桜になっていた。月神の背後に巨大な枝垂桜が現れる。


「お前は何に手を伸ばした? モア!」


モアの表情は変わらない。


「いいだろう。届かないなら、おれが背中を押してやるぜ!!」


月神は三本の光る刀を携えて腰を落とした。居合の構えである。


「聴いてるか? お前にも言ってる。始祖よ!」


黙れと、アルクスの叫びが聞こえた気がする。

まるでそれを証明するかのようにZが吠えて、月神を捻り潰そうと走ってきた。

二人の距離が近づくその中で、月神は目を細めた。


今だ――!


月神は三本の刀のうち、中央にある沢渡三条を掴んで左下から右上に振るう。


参爪さんそう破業はごうォオッッ!!」


三本の刀が同時に抜刀され、エネルギーを纏った斬撃を作り出す。

Zの体に刻み付けられた三つの斬痕は、まさに爪痕。

三等分になったZは雪の上に散らばり、月の光を浴びて溶けるように消滅していった。

同じくして月も、雪も、花も消える。


『ゲロルを殺すだと!?』


「そう、そして次は貴方よ!!」


ルナは赤く発光する剣でGを切り裂いていた。

装甲が剥がれ、Gが抵抗に腕を伸ばすよりも早く、ルナの蹴りが胴体に入った。


「ウゥゥゥッ!」


衝撃で後退していくG、飛び散ったゲロルたちが一斉にルナに向かうが、回転させたレイピアから舞い散るバラの花びらが、ゲロルに触れると、蒸発させていく。

さらに地響き。地面を突き破って桜の木が次々に生えていく。

あっというまにルナとGの間に桜並木が出来上がった。ルナは剣を構え、そこへエネルギーを集中する。


「フランソワ流、砲帝式! 駆けよ猫神ッ! 覇道の先へ!」


ルナは踏み込み、そして前に出た。


「ポンセブル・ポンセブロンシュ!」


一瞬でGへ到達する。

深く突き刺さる剣先、そうやって肉体に打ち込まれた種は一瞬で成長し、無数の茨がGの全身に張り巡らされる。

一方でルナの頭上に巨大なネコの形をしたエネルギーが構成された。

猫神ロージエ。二つの腕が交差し、爪の残痕がXの文字を形作った。


『これは……! なんの冗談だ……ッ!』


バラが散った。花びらが舞い散る中で、Gは膝をつく。


『インベーダーゲームのシナリオにこんな――ッ! こんな筋書きはッッ!』


そこでルナからシャルトの声が聞こえた。


『バラの花と共に散る。外道にはこれ以上ない終わりだ』


「ッッッ!」


怒りから、Gは口を開く。

レーザーを発射しようと思ったのだろうが、出てきたのはバラの花吹雪だった。


『その無数のバラはさしずめ、お前たちが踏みにじってきた命。その重さを感じながら、死に絶えるがいい!』


「ォォォォオオオオオオオォォォ……!」


Gの体、その至る所が崩壊していき、断面からバラの花びらが溢れてきた。


『ふざけるなァアア! 俺様はもっと人間でアそぶンダ! コンナ! バカナコトガアッテハナラナイ!!』


触角が折れ、眼球が取れ、血のように溢れる赤いバラ。


「チェックメイト。ゲームは私の勝ちのようね」


「ゴギィィィィイアァァアァ!!」


ルナのウインクと共にGの体が爆ぜた。

残っていたのは赤い花びらだけ。


「どんな悪夢もいつかは終わる。アンタを苛む蟲は、おれたちが殺したぜ」


月神は、ミモに支えられていたモアの前にやって来る。


「おれたちと共に来ればこれからも殺し続けてやる。だからもう、蟲を飼うのはやめときな」


モアの表情は変わらない。

しかしそれは未だ続く彼女の防御反応でしかないことに月神はとっくに気づいていた。


ゲロルは対象の脳を損傷する。

そうやって生物を意のままに動かして支配するという意味もあれば、後遺症を残すことで元の生活に戻さないという残忍性の証明でもある。

しかしそもそもモアたちはフィギュアだ。ハートが入って成長すれば『脳』が生まれ、脳の機能を発揮するかもしれないが、それは疑似的なもの人間とは大きく違う。


フィギュアの体を制御するのは脳ではなく魂だ。

損傷したとしても意のままに修復できる。

ましてや今の体はあくまでも肉人形、自分の核が人形であると自覚して受け入れることができれば解決される。


「自分の魂と向き合えるかどうかだ。全てを拒めばもう傷つくことはないか? それは違うな。アンタは結局、目を逸らしているだけだ!」


月神だって弟の死から目を逸らしていた。

いや、本人からしてみれば顔を背けたことにすら気づいていなかったのかもしれない。逸らしたら逸らしたで、そこにあるものが見えるから、それが全てだと錯覚する。

月神の場合は激しい憎悪であり、モアの場合は虚無だろう。


「だがそれはありえない。いいか? モアエドウィン。心を持つものに無は訪れない。そうであるように錯覚しているだけで生を望めば、また傷がやってくる」


月神はミモを見た。


「彼女がそうだろ。アンタのワガママで傷ついた、ってね」


「………」


ピクリとモアの眉が動いた。


「飛鳥ミモにもアンタと同じ魂が宿ってる。視線を元に戻さないから本当に大切なものが見えてないんだ」


「………」


モアは動かない。

しかし膝が折れ、地面にへたり込んだ。


「……期待したら」


モアが小さな声で言った。


「それが壊れた時に余計にショックでしょ?」


「うん、そうだな」


「おかしいことですか?」


「いいや。でもアンタのやり方は違う。それじゃあ永遠に救われないぜ」


「失うよりはいいから!」


モアは、震えていた。


「ママもパパも大好きだったのにッ! いきなり死んだ! なんの脈絡もなくおかしくなって死んだの! 明日また同じ景色になるかもしれない! どれだけ平穏が続いてもある日突然壊れるかもしれない! ミモちゃんがまた子供を産みたいとか言い出したら私はきっともう――ッッ」


だめだダメだ駄目だ。感情を消さなければならない。

いちいち心を動かしていては、いつかまた痛い目を見る。

楽しいと思ってはいけない。嬉しいと思っちゃいけない。

心の位置を一番底に沈めておけば、どんなことが起こっても大丈夫だから。


「モア様! あたしがそばにいるよ! ずっと隣にいさせてくれるならッ!」


ミモが引き上げようとしてきたので、モアはつい泣きながら叫んだ。


「ほっといて! ほっといてよ!」


「ほっとけないよ!!」


はじめてモアに怒鳴られてショックで心臓が止まりそうになったが、即答した。


「ほっとけないからっ! 何度でも言ってやる! あたしは貴女をおいてかない! ずっと傍にいてやる! ずっと! ずっとッ! あたしがモア様の神様になってあげる!」


「わたしがいたら、みんな不幸になっちゃう。みんなおかしくなっちゃうの!」


「でもあたしは幸せだったよ? モア様と一緒にいられて!」


「誰も助けてくれないよ!? どうせ続くでしょ? わたしたちの中ではずっと!」


それがモアには苦しかった。ミモといると心がグチャグチャになる。

好きとか、ずっと一緒がいいとか、そういうことを気軽に言わないでほしかった。

希望なんて持っていても、また別の宇宙人が壊しに来るかもしれないんだから。そういう、好きになってしまうようなことを考えなしに言うのは本当にやめてほしかった。


「ミモちゃんは誤解してますよ? 愛すれば、同じだけ愛が返ってくるわけじゃないんだよ……」


「ッ」


モアに目を逸らされて、ミモは怯んだ。

折れそうになるが、そこでルナに背中を押された。

それを合図と受け取って、ミモはしゃがみこんでモアと視線を合わせた。

ただ息を吸ってみたものの、何と声をかければいいのかわからない。


だからこそモアと出会って感じたものを、ほんの少しだけ与えたい。

今の自分の気持ちをほんの少しだけでも感じ取ってもらえればそれでいいと思った。

その方法は――、わからない。わからないから悩む。

そうしていると、かつてルナに言われたことを思い出した。


「あ」


ルナが目を丸くする。

というのもミモはモアの頬に顔を近づけ、舐めたのだ。


「まあ……!」


ルナは両手で口を覆う。

ミモは恥ずかしそうに頬を赤くしながら、震える舌で優しくモアをぺろぺろ舐めた。


「ッッッ???」


月神は困惑して言葉を詰まらせる。隣ではルナが嬉しそうにコクコクと頷いていた。


「お兄様! 私がねぶりまわしなさいと言いました!」


「ね、ねぶ……?」


月神は意味を聞こうとしたがやめておいた。





頬が温かい。

モアは昔を思い出した。

あれは寒い日だった。雪が降っていた。

小さなモアは、モタモタと雪が積もった道を歩いていた。


お顔が寒い。耳が痛い。もう少しで家に帰れる。

そうすればママが温かいスープを作ってくれている。

でも痛い。苦しい。モアは泣きそうになった。

一瞬だけ母の顔が見えた気がする。口から鉄骨が伸びていた。


「モアさまぁー!」


気づけばモアは成長していた。雪が降っていた。とても寒い日だった。

でも痛くて苦しくはなかった。


「寒いでしょ?」


ミモはニカッと笑って、自分の両手をモアに耳に当てた。

ミモの両耳は真っ赤になっていた。モアは微笑んで、自分の両手をミモの両耳に添えた。


「これじゃあ歩けないよ」


二人で笑った。



鐘が鳴っていた。

幼いモアはそれだけを覚えてる。

朝、目覚めた彼女は怒った。たくさんたくさん怒った。


パパとママと一緒に新年を迎えたかったのにと。

そうしたらパパは申し訳なさそうに、気持ちよく眠っていたから起こしたくなかったと笑っていた。

そのパパは――


ダメだ。モアはそれを思い出したくない。

だからモアは別のことを思い出した。


あの雪がチラチラ舞う日の夜、ミモは首がカクンとなって動かなくなった。

しばらくするとスヤスヤと寝息を立てていた。

モアはそれを見て笑った。パパの気持ちがよくわかったからだ。

でもそれじゃあ昔の自分と同じ想いを味合わせてしまう。だからモアはミモを起こした。すると彼女は嬉しそうに笑った。


「モア様と一緒に新しい年を迎えたかったから!」


そう言って笑ってくれた。

モアは、幼いモアに戻っていた。彼女は誕生日が嫌いだった。

パパとママを思い出すからだ。思い出して、悲しくなって、誰もいない部屋で泣く。

そんな辛いイベントなら、無くなってしまえばいい。

でも大人になったモアは誕生日になるととっても嬉しかった。

子供たちがお歌を歌ってくれる。一緒にケーキを食べてくれる。


「お誕生おめでとー! モア様! 生まれてきてくれて本当ッ! マジでありがとね!」


ミモがプレゼントをくれた。

私のためを思って必死に選んでくれたんだと、モアはとても嬉しくなった。


「モア様、大丈夫だよ」


夜。モアは酷い汗をかいていた。

うなされていたのだ。両親が死ぬ。鉄骨。よくわからない奇声。モアは必死に何かを掴もうと手を伸ばした。

そして掴んだ。それは隣にいたミモの手だった。


「ここにいるから。あたしはどこにも行かないから……」


ミモは両手でモアの左手を包み、そして額に当てる。


「神様、あたしが全部請け負いますから、モア様を苦しませないで……!」


それは、確かに耳に入っていた。



「わー! やばッ!」


ある日、それはいつのかの日、モアはミモと一緒に映画を見ていた。

ミモが興奮しているのは、主人公とヒロインがそれはそれは熱いキスをしていたからだ。

まじまじと舌を入れあっているのを見て、ミモさんはたいそう興奮してらっしゃった。モアはシスターという道を選んだこともあってか、恋だの愛だの、それがどういうものなのかは、よくわからないが、彼らが歩んだ道のりを追体験するのだとしたら隣にいるのはミモがいいと思った。

とても楽しそうなことをして、二人は幸せそうで、手を繋いだり、テレビを見る時は肩にもたれかかったり――

寂しい時は一緒にいてくれて、いつも隣で笑ってくれる。


「!」


ミモはしょっぱいものを感じて、ハッと顔を離した。


「ふふ……、猫ちゃんか、ワンちゃんみたいだね」


モアは泣いていた。


「ミモちゃんが好きです」


ミモは少しして、同じようにポロポロ泣き始めた。


「あたしもモア様が好き。でも……、あたしの好きと、モア様の好きは――」


「一緒だよ」


「え?」


「きっと、私の好きと同じだよ。ううん、一緒がいいの」


モアは自分の胸、心があるだろう位置に手を置いた。


「苦しくて切なくて。でも、ずっと心にあって離れてくれない、そんな気持ち……」


「……!!」


一瞬、大きな期待が迫る。しかし何かがブレーキを掛けた。


「あッ、でも、その、あたしとモア様は正反対だから。だからきっと」


「それがいいんだよ」


「え?」


「私は見ての通りすっごいネガティブだから、ミモちゃんの明るさに何度も助けられてきた」


「あたしもッ! ずっとバカみたいに騒いでるわけじゃないから! そのッ、たまに疲れちゃった時に、モア様みたいな人が傍にいてくれるとすっごい落ち着くッ!」


「じゃあ相性バッチリですね! ふふふ!」


ミモはパァアっと笑う。

モアが大好きな笑顔を浮かべてくれたからだ。


「人間はね、傷つくことを酷く恐れてる。自分が、周りが、だから過敏になる」


でもねと、モアは笑った。


「貴女といられるなら、私はどれだけ傷ついてもいい」


ミモはそのまま飛びつくようにモアを抱きしめた。

二人は見つめ合い、照れ臭くなって笑ってしまう。そんなことをしているとお互い、ルナに肩を叩かれた。


「キスをなさい」


「えぇ!? な、なんで!」


「いいから早く! ねッ、お兄様!」


「それで囚われのお姫様が目が覚めるなら。ってね」


「いやッ! マジ? 恥ずかしすぎで――」


そこでミモは目を見開いた。柔らかな感触。モアが唇を重ねてきたのだ。


(あ、これマジで、ガチでやばい)


ミモはモアを強く抱きしめていた。

改めてやばいと、もう一度思う。飛びそうだった。


モアの優しい匂いをもっと近くで感じたい。

もっと、あたしを感じてほしい。そう思ってモアを強く、強く、抱きしめた。

モアも同じだった。ミモで溺れたかった。

全ての苦しみも悲しみも寂しさもミモで塗りつぶしてグチャグチャにしてほしかった。


でもそれは今までの破滅的な思考ではない。

圧倒的な、幸福だ。


「ッッ!」


モアの耳から何かが飛び出してきた。

ゲロルだ。このあまりにも強い幸せが侵略宇宙人の居心地を悪くする。

これはフィギュアの中にいたハート持ちである。

すぐに害虫のような体から変形しながら巨大化していき、地面に着地した時には全く違うシルエットに変わっていた。


人間の体だが、腕がない。代わりに頭部がいくつも縦に重なっていた。

モアの母の顔だった。耳がある場所から細長い虫のような腕が生えていた。

そしてその顔の上に、同じように腕が生えた顔がある。モアの父だった。

その上にミモの弟の顔があり、ミモの母、父、孤児院の子供たちの顔が団子のようになって歪なタワーになっていた。


"ゲロルタワー"。

すぐに全ての顔の目を光らせる。

レーザーが発射されてミモとモアを焼き殺そうと――


「五式! ベアトリーチぇエエッ!」


空中からルナが剣先を下に向けて降ってくる。

下突きが全てのレーザーを切り裂いて、さらに顔の群れが悲鳴を上げた。

三本の刀が飛んできて、体に突き刺さったのだ。


「推しカプの未来を奪おうとするヤツはァアア!!」


着地したルナは明らかに怒っている。

とはいえそれが交じり合うハートに悪影響を与えたのか、ルナの体からアイとイゼが飛び出してきた。


「ぐッッ!」


「落ち着たまえルナ。スマートにいこう」


「申し訳ありませんお兄様――ッ! 素敵な光景でせっかく心が勃起していたのに!」


「……わざわざ口に出して言うことかな」


そこで虹色の光がモアを照らし、破れた鼓膜を修復していく。

光悟がパピを肩に乗せて後ろから歩いてきた。休憩が終わったらしい。

とはいえまだ本調子ではないようで、ルナも複数融合を維持していただけに疲労もしている。

月神とて刀を操作するのは疲れる。それに大技も放った直後だし……


「よし。真並くん、ルナ、合体といこう」


「わかった」


「了解ですお兄様!」


そこでパピがギョッとする。


『合体? マジ!? そんなの聞いたことないけど!』


「編み出したんだ。少し離れててくれ」


光悟がパピを降ろすと、月神とルナが跳んだ。

空中を一回転して、月神が光悟の肩に座った。

そしてルナは月神の肩に座る。


「「「合体完了! トリプルユニオン!!!」」」


『えっ?』


………。


『乗っただけじゃん!!』


肩車。まあ、そうだ。そうなのだが――


「浅いな」


『なーんでアタシが怒られなきゃならないのよムカツクなァアアア」


光悟は月神とルナを乗せたまま、のしのし前に出て行く。

ゲロルタワーは全ての顔から再びレーザーを発射するが、光悟が腕を前にかざすと虹のシールドが張られて攻撃を無力化していく。


こうして距離が詰まった。

月神とルナは武器を、ゲロルも腕を振って打ち付けあうが、すぐにゲロルから悲鳴があがった。

腕よりも早く剣とレイピアがタワーに刻まれていく。


虹の波紋が広がった。光悟の掌底で、ゲロルタワーが後退していく。

ここで光悟はプリズマーを操作して橙色・トワイライトカイザーに変わると、手にした光線銃を上に投げた。

それをルナが掴み取ると、持っていたレイピアを下に落とす。

それを月神がキャッチすると、持っていた月牙を下に落として光悟に渡した。


つまり、三人の武器が入れ替わる。

光悟が力を込めると月牙に電撃が纏わりつき、刀を払うとスパークと共に縦横無尽に電撃が迸った。

ゲロルタワーの全ての顔が白目をむいてブルブルと震えている。

そうやって感電していると、そのまま満月状のエネルギーの中に閉じ込められた。


そこに月神がレイピアを打ち込んだ。

月はバラバラに砕け、ゲロルタワーは大きく吹き飛び、背中から地面に倒れた。


そこへ発砲音。

追尾する種が発射されてゲロルタワーの全身に命中する。種は体の奥深くに侵入し、そこで発芽した。

張り巡らされる茨。そこから咲き誇る赤いバラたち。

そこで三人は武器を元の持ち主に戻し、月神とルナが地面に着地した。


走り出した二人は、刀とレイピアで次々にバラを切り落としていく。

ゲロルタワーから悲鳴が上がった。

体から出たバラが痛覚と連動しているようで、摘み取られるだけで激しいダメージが入る。


すぐに立ち上がろうとするが、網のように張り巡らされた茨が邪魔でうまく立ち上がることができない。

そうしている間に全てのバラが切り取られた。


「愛するお兄様へ」「愛する義妹いもうとへ」


エクリプススーツを一部だけ具現して、黒い布を作る。

二人はそれをラッピングペーパーにしていた。

切り取ったバラを集め、それぞれできあがった花束を月神はルナへ。ルナは月神へプレゼントする。


そこでルナが二つの花束に魔力を込めた。

二人が花束を投げるとバラの花びらが全て分離して、花吹雪が立ち上がったばかりのゲロルタワーに纏わりつく。


バラの花びらが目に張り付き、視界を奪う。

腕に張り付き、口に張り付き、全身に張り付いて瞬く間に赤い塊ができあがった。

何も見えない。聞こえない。感じない。

ゲロルタワーが目からレーザーを出そうとしても、バラの花びらが蓋になっていてうまくいかない。


そうしていると衝撃を感じた。

ゲロルタワーは理解していないだろうが、光悟に蹴られたのだ。

よろけて後退している間に、光悟は両腕を交差した。


『「レインボーバースト!」』


光悟とティクスの声が重なり合ったが、それもわからないままゲロルタワーは虹の光線に包まれた。

悲鳴が聞こえた。ゲロルタワーが倒れると、大爆発が巻き起こる。

爆風が光悟たちの髪を揺らした。

光悟は無表情、月神とルナは涼しげに笑っていた。





『プランが、崩れたの……!』


イブは肩を落としていた。

アルクスも憤っているようだったが、隣にいたアダムだけは笑みを浮かべていた。


『確かにモアの感情を奪いきれなかったのは計画の失敗だけど、それならプランを変更すればいいだけだとも』


「簡単に言うものだ」


『簡単だからね』


アダムはパピをズームにする。


『今はみゅうたんだけど、彼女をパピに戻す』


「できるのか? 向こうにも仕組みはわかっていないみたいだが」


『向こうは気づいてるさ。芝居が固いね、僕には大根に見える』


アダムはマウスを動かして光悟をズームにする。


『トワイライトカイザーはありとあらゆる機械を操ることができる。彼を消化してあの力を貰うことができれば、パピのエクリプスを弄ってバグを治せる』


パピを戻して、パピを消化して、エリクシーラーを貰うことができれば、あとはもう一押しだ。


『僕が誰かの感情を食い尽くして、からっぽの人形にすればいい。あとはそのステッキを使って、魔法を使う』


誰よりも早くイブが手を挙げた。


『ワタシを使ってほしいの! ワタシの全部を食べて、エリクシーラーを使ってほしいの』


イブは悲しそうに嬉しそうに笑った。

アダムはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。


『そうだね。それがいいかもしれないね』


窓の外を見た。何も見えない。


『地球に、キミの居場所はないからね……』


そこでアルクスが口を挟んだ。

一つ気になることがある。アダムの今のプランは確かにエリクシーラーを発動させることができるかもしれないが、一つだけ越えなければならない壁がある。


「そのやり方で創成魔法を現実に適応させるには、当然ながら使用者やステッキが本物になってなければならない」


幻想トワイライトカイザーで、現実エクリプスに干渉するのも不可能なため、そうなるとトワイライトカイザーを本物にする必要がある。


「お前、本物になる覚悟はあるのか? 体内に入れたハートを、少しずつ食っては消化しているな」


『気づかれていたか。それはただ、月神たちに見つかると思って――』


「だがもうバレた。むしろお前は一刻も早く完全体になるべきだ。魂を本物にして、地球に適応する」


アダムは肩を竦めた。


『わかってるさ。ただその前にちょっと、答えが見たいんだよ。僕は……』





「どう、かな……? えへへ」


ジャスティボウたちによる手術はあまりにも高速で終わった。

ものの三分ほどでアイは包帯を取ることができた。

それは肉人形の脳が飾りであるということが大きく関係している。椅子状にされた頭蓋骨を、一般的な形状に変形させるだけならばすぐにできた。


「見事だな。傷が目立たない」


イゼはグイッと顔を近づけてアイを見る。

アイは少し困ったような表情で視線を泳がせた。


「むッ、どうした? 顔が赤いぞ。気分でも悪いのか?」


イゼは手でアイの額を押さえたが、わからないので、額と額をくっつけてみる。

熱はないと思うが、ますますアイの顔は赤くなった。


「あっ、その! イゼちゃんがすぐそこにいるから……!」


「それがどうしたのだ?」


イゼはアイの瞳をまっすぐに見つめる。

近くて見ると綺麗なブルーだ。それにとにかく顔が整ってる。綺麗だ。

それになぜかいい匂いがする。アイはパニックになって、目がぐるぐるになってきた。

すぐそこにくっつきあっているミモとモアもいるし。そうしているとまたイゼの距離が近づいて――


「ちけぇよ! 離れろコラ!!」


「わッわッわッ! どうしたのだ! いきなり?」


イゼはビックリして後ろに下がる。アイは真っ赤になって息を荒げていた。


「グイグイ来るんじゃねぇ! まだそんな仲でもないだろ!」


「それはそうだが、また急激に雰囲気が……」


そこで壁にもたれかかっていた月神が口を開いた。


「コアになっている室町アイのフィギュアが、ゲロル星人に改造された状態がベースになっているから、二つの人格が交じり合ってる。ってね」


ティクスや柴丸も持ち主たちと過ごした記憶と、ぬいぐるみのモデルになったフィクションでの活躍の記憶が混在している。それと同じことだ。

ゲロル星人に連れ去られる前の穏やかな性格が戻ってきているが、興奮したりすると改造後の荒々しい口調になってしまうらしい。


「そう、か」


「ご、ごめんねイゼちゃん。アイもまだ……、うまくコントロールできなくて。ふえぇ」


やがてまた穏やかな性格に戻ったようで、モジモジしていた。


「許せんな。ゲロル……」


「手術の際アイのフィギュアを調べたが、額にいたゲロルが消えていた」


「イゼやモアの中にいたゲロルにもハートが入っていたね。そうなるとおそらくソイツにも入ってる」


ゲロルが本物になる前に潰さなければならない。


「ところで考えてみればアレはどういうことなのかしら?」


ルナは先ほどアイとイゼから力を借りていた。

二人がイマジンツールで一度エネルギー態になって、今また元に戻っているわけだが、肉人形を纏っているのになんであんなことができたのだろう。


「フィギュアの体を自覚したのなら、周りの肉は剥がれると思うのだけれど……」


「きっと、市江ちゃんがいるんだよ」


アイは、己を自覚し、ルールを理解したからこそわかる。


「市江ちゃんはね、苺っていう空想の姉妹をすごく大切にしてた」


アイは事情を知っていた。だから自分の家の鏡や窓を二人のために破壊していたのだ。

市江は常に苺といた。本人はずっとそう思っている。たとえ一人だけだったとしても。


「やっぱりそうだったのか」


「和久井、心当たりがあるのか?」


「アニメじゃ、ずっと二人で一緒にいたが、今にして思い返してみると違和感があったシーンがチラホラとあったからな」


「カーバンクルが喋ってたでしょ? あれは市江ちゃんが、苺ちゃんの言葉として喋らせてたんだよ。どういう経緯で苺ちゃんが生まれたのかはわかんないけど……」


とはいえ察することはできた。

幻の苺が、ろくな理由で生まれていないことを。


「………」


隅っこのほうにいた舞鶴は爪を噛んだ。

幻の姉妹。何をバカなと思った途端、奈々実の笑顔が浮かんできた。

あの優しさ、あのぬくもり、あの笑顔、あのときめき。

全てが妄想だった。


「お、おい! お前っ、何やってんだ!」


舞鶴は思わずニヤリと笑った。

親指を食いちぎる勢いで噛んでみた。

オタク女の顎の力じゃ血が出るだけだったが、ビュンと音がするような勢いで和久井は駆け寄ってきてくれた。


「大丈夫か!」


和久井は青ざめながら、止血するために舞鶴の親指を抑えた。

舞鶴も青ざめていた。痛いのは苦手だ。

気絶しそうになって白目をむいた時、虹色の光が迸って傷が塞がった。


「いけないぞ舞鶴。自分を傷つけるな」


「和久井くん。そいつをしっかり抑えておいてくれ。真並くんに無駄な力を使わせたくない」


月神は話を続けた。


「おれが戦った市江にはハートが入っていなかった。おそらく、ハートが入っているフィギュアの市江が外にいて、アダムに協力してるようだ」


月神もアイの頭部を治す手術に少し立ち会ったが、そこで気づいた。

どうやらアダムはフィギュアの中に入れたハートを僅かに噛みちぎって、肉人形の中に入れていたようだ


「普通なら単にフィギュアと肉人形がそれぞれ別の人格を獲得するだけだが、今の話を聞いてなんとなく見えてきた。イマジナリーフレンドや死別、あるいは二重人格や体が繋がっていたとか……、いずれにせよアダムは市江の持ち主となり、彼女のバックボーンをイマジンツールで世界に適応させたんだろう」


市江によって、『二つの体の中に同一の魂が存在することは正しいことである』という概念のようなシステムが生まれた。

物語が『悲しみ』を綴った結果、アダムたちにとって都合のいい設定が生まれたのである。


「アダムは食ったナナミプリズムのハートを市江に入れて世界の核にしてるから、そのルールが適応されてる。この世界を作った暴食魔法といい、ピッタリの力が出てくるね」


創造の翼。

今や人の想像は、ありとあらゆるものを創作できる。

創作物に不可能はない。たった一日で世界を終わらせることができるし、逆にたった一日で死滅した星を再生することだってできる。


「………」


イゼはギュッと胸を抑えた。それに釣られてアイたちは自分の心を視る。


「哀れだ。アダムはマリオンハートなど存在するべきではないと言っていたな。正論ではないか。我々の存在は世界においての癌でしかない」


「いや、おれはそうは思わないけどね」


「?」


「おれの祖父と祖母は癌で死んだ。本当の病のほうでね。医学は進歩したが、まだ人間はその壁を超えることができていない。あるいは奇病と呼ばれるもので今も多くの人間が苦しんでいる。だがマリオンハートがあれば医療のレベルを何段階も確実に跳ね上げることができるだろう?」


「それは、そうかもしれぬが……」


「病による死が絶対的な不運不幸だとは言わないさ。人はそれを運命と名付け、終わりの中で生きることに美学を見出すものや、大切なものを再認識する場合もある。あるいは不運を以てして学びを得るものもいるだろう。だがおれは、あくまでも人は寿命で死ぬべきだと思っている」


誠実に生きてきた人間が病に苦しみ、どうしようもない屑がのうのうと生きていると思うと気分が悪い。


「まあ、人は必ず死ぬというルールを変えるつもりはないけど、せめて最期の時まで理不尽なく生きるべきだ。頑張った人間が報われない世界なんて気持ちが悪い。おれが変えてやる」


それを可能にできる力がマリオンハートにはある。月神はそれを信じていた。


「知ってるか? キミたちの移住先である地球はあと五十億年で滅びるらしいぜ? だがマリオンハートがあればきっと滅びない」


「五十億年よりも遥かに早く滅びるかもしれぬぞ」


露悪的と思いながらも、口にせざるを得なかった。


「まあ、こうして悪用されてしまってはいるが……、それはこれからさ」


「前向きな、お兄様も素敵……!」


「とにかく、おれは未来を見捨てない。それが生きている者の責務であると思っている」


そもそも月神たちがマリオンハートを掘り起こさなかったとしても、既に存在していることは事実だ。

他の誰かが使うより、月神が管理するほうがよほど世界のためになると自負していた。


「そう、か」


イゼはそこでもう一つ、大きな問題に向き合うことにした。


「安平舞鶴」


イゼに睨まれ、舞鶴は和久井の後ろに隠れた。


「学校の生徒たちを殺したのはお前なのだな」


「あー、えっと、あれだ。そう、アレだよアレ!」


舞鶴は何も言わない。かわりに和久井が頭をかいた。


「まあ、もういいじゃねぇか。全部アダムが用意した人形だったんだし」


「しかし、あの時はそうじゃなかった」


「ゲロルが悪いんだよ! 舞鶴は悪くねぇ! コイツはただッ、友達に会おうとしただけだ!」


イゼは言葉を探していると、光悟が舞鶴の前に立った。


「安平舞鶴。二度と間違えてはいけない」


ジロリと睨まれている気がして、舞鶴はすぐに視線を逸らす。


「オンユアサイドでお前は俺たちを助けてくれた。あの選択が正しかったのだと、どうかわかってほしい」


「真並くんの言うとおりだ。改めてキミたちに残された選択肢は二つ。地球で生きるか、ここで死ぬか。地球で生きるからには地球のルールに従ってもらう。ここで変われないなら、いっぞ死んだほうがいい」


「え……ッ」


「今ココでおれが殺してやるよ。そう言ったのさ」


舞鶴は和久井の肩を掴んでブルブル震えていた。


「いけないぞ月神。殺すなんて言っちゃダメだ」


「そ、そうだそうだ! ちょっと待てよ月神、皆もわかってるさ。なあ?」


魔法少女たちは頷いた。舞鶴も和久井の後ろでコクコクと頷いていた。

その時、轟音。

和久井が慌てて窓の外を見ると、アポロンの家がある方向から炎が上がっている。


「移動しておいて正解だったね」


月神は小さく笑うが、ミモとモアは泣きそうな顔で胸をギュッと押さえた。

いろいろな思い出がある。たとえそれが偽物だったとしても、そこが壊れていくのは悲しいものがあった。


「……これからどう生きたい? 俺たちにはきっとそれが必要だ」


その想いを汲んだのか、光悟がハッキリとそう口にした。


「俺も答えを見つけた。でもそれは単純なものだ」


ティクスの力は強力だが、その本質はみんなが持ってる。

それはイゼやアイ、ミモやモアの中にもきっとある。


「このままなら地球は大変なことになる」


もしもゲロルが本物となり、地球に降り立てば、多くの人間が死ぬ。

それだけは絶対に阻止しなければならない。


「だから、世界を救いに行こう」


それに、ひとつ付け加える。


「やられっぱなしは、悔しいからな」


イゼは、アイは、ミモは、モアは、バラバラではあるが、しっかりと頷いた。



「どういうことです!?」


サンダーバード、ネッシー、ビッグフット、チュパカブラ、モスマン。

ユーマたちの中心にいる市江は困惑していた。光悟たちがアポロンの家にいるという情報があったから行ってみれば、何かがおかしい。

家を破壊してみたはいいが、中にいる光悟たちは全く傷を負っていない。

炎の中で椅子に座っている。普通に喋っている。

市江は走った。瓦礫を乗り越えて、存在しない壁にもたれかかっている月神に触れる。


「!」


腕がすり抜けた。そして月神の体にジャミングが走る。

そういうことか、イブは周囲を探す。すると上空に浮かぶドローンを見つけた。


「どんな理由があって、アダムたちに協力しているのかは知らないが――」


ゾッとした。そこには何もなかった。


「俺はお前を止める」


しかし空間にジャミングが走ると、光悟と魔法少女が横一列に並んでいた。

透明化して監視を潜り抜けていたようだ。

イゼ、アイ、光悟、ミモ、モア。全ての瞳が市江のむこうにいるイブを見ていた。

瞳の奥に輝く光を見ていると、なんだかとても理不尽に感じてしまう。


「悔しくないの?」


「………」


「悲しくないの!?」


市江の姿ではあるが、誰もがその言葉はイブのものだと理解する。


「そりゃッ、幸せにしてくれたならいいけどッ、そうじゃないの! ワタシたちは宇宙人の駒にされてたの! それだけじゃなくてワタシは――!」


言おうとして、グッと堪えた。


「どぉしてワタシたちを不幸にしようとした地球人パパとママたちと一緒に暮らせるっていうの……ッ?」


誰よりも早くイゼが前に出た。手を伸ばす。イブに向かって。


「私たちがいるからだ」


イゼは、後ろにいる魔法少女たちのことを言っている。

それはわかってる。わかっているからこそ、なんだか腹が立った。


「そんなに仲良くなかったくせに! ここに来て友達面なの!?」


「だったら仲良くなればいいさ! 私たちは同じ苦しみを知っている! ならば、傷を埋めることもできる筈だ!」


「違う! ワタシのほうが何百倍! 何億倍も辛かった!」


市江は俯き、顔を覆う。

あんな想いを味合わせて楽しんでいた人間たちが住む世界で生きるなんて、それこそ死んでいった苺はどうなる?

認めては、それが本当の死になってしまう。


「………」


光悟は腕を組む。口を開こうとして、やめた。

同じようなことをイゼがもう口にしていたからだ。


「アダムはお前に何をしてあげたのだ?」


「ワタシを助けてくれたの!」


市江は震えながら、目を潤ませて叫んだ。


「あの地獄から誰よりも早く!!」


「違う!」


大声で叫んだのは、向こうにいるアダムに声を届けるためだ。


「見ているかアダムとやら! 見ているなら問おう! これはなんだ!」


アダムは、見ていた。


「見ろ! 命を救っただけだ! まだ苦しんでる! その証拠に震えているではないか!」


市江はグッと手を掴んで、震えを止めた。

黙れと言わんばかりにサンダーバードの目からレーザーを発射してイゼを狙う。

しかしその光線はすぐに虹の結界に遮断された。たまらなく腹が立つ。

市江も、イゼも。


「いつまで下らないことに固執して彼女を縛り付けるつもりか!」


詳しい事情はわからないが、アダムは市江を助けておきながら、彼女と同じ運命を地球の人々に辿らせようとする。これを下らないと言わずして何を下らないと言うのか。


「痛みを負ったなら同じだけの痛みを他人に味合わせてもいいのか? それがお前が自分の物語で学んだことか! だとするならば愚かにも程があるぞ!」


イゼは両手を広げ、魔法少女たちを示す。


「答えろアダム! 彼女たちを見てもッ、まだお前は同じことを口にするのか!」


「うるさいです! アダムを困らせないでほしいですッ!」


市江は左手にカーバンクルを被せ、そのまま両手でイエティを変形させたハンマーを持った。


「行くぞ」


光悟の声に、少女たちが頷く。


「偉そうです! 変身もできないくせに!」


市江がハンマーを前に向けると、それを合図にしてユーマたちが一斉に動き出す。


モスマンは超高速で突進を仕掛けてイゼを肉塊にするつもりだった。

ネッシーは口から水流を発射してモアを真っ二つにするつもりだった。

ビッグフットは大きな足でミモをサッカーボールみたいに蹴り飛ばすつもりだった。

チュパカブラはアイを母親のようにミイラにするつもりだった。


ユーマたちはご丁寧に元の装着者を狙っていた。

しかし共通することは、いずれも少女たちに傷一つつけることができなかったという点だ。


「そ、それは……! どいうことです!?」


イゼが西洋剣を持っていた。

アイがサイバーな銃を持っていた。

ミモが燃えるグローブをつけている。

モアが小刀を逆手に持っていた。


衣装も変わっている。

イゼは紫を基調としたブレザー。

アイはオレンジを基調としたサイバーパンクをイメージした衣装。

ミモは大きなスリットが入った赤いチャイナドレス。

モアはくのいちをモチーフにした青い衣装。


「ミモにデザインしてもらった」


「そうじゃなくて……ッ!」


そこで市江は理解する。


「真並ッ、光悟……! 貴方はどこまでも邪魔をするんですね」


「"セブンスコード"。ティクスの各形態の力を、俺が指定した人間へ与えることができる力だ」


それを見ていたアダムはおかしいと光悟へ伝える。

ティクスの力のことは調べたし、何よりも捕食したことで把握しているが、そんな力はなかった筈だ。


「さっき作ったからな。これは俺たちだけの能力だ」


「め、滅茶苦茶です! インチキです!!」


市江は否定するようにユーマたちを再度向かわせるが――


「正義の凍志! 魔法少女! プリズムパープル!」


イゼが剣を振るうと、冷気が拡散してユーマたちの足元が凍り付く。


「光で貫く! 魔法少女! プリズムオレンジ!」


アイが銃から追尾する光弾を連射して、ユーマたちの電子機器を狂わせる。


「燃えろパッション! 魔法少女! プリズムレッド!」


動きが止まったところでミモが指を鳴らした。するとユーマの眼前に爆発が巻き起こり、後ろへ吹っ飛んでいく。


「澄み渡る魂! 魔法少女! プリズムブルー!」


分身したモアが竜の頭部状エネルギーを纏わせた掌底をユーマたちに打ち当てていく。


「違う。違う! こんなの私が欲しかったお話じゃないッ!」


ユーマをかき分けて市江が前に出た。

ハンマーを振り下ろすが、そこで視界いっぱいに広がる七色の信念。

辛いことや悲しいことから、人は逃げることができない。


悔しさを耐えるけど、時に器から漏れ出てしまう時がある。

だから拳を振り上げてみるけど、振り下ろす相手はあまりにも大きくて姿が見えないものだから恐れてしまう。

行き場をなくした拳を違う場所に叩きつける者や、下げ方を忘れてしまった者。

いずれもそれは酷く虚しくて、苦い敗北感だけが残り続ける。


あの見えない大きな何かを超えたくて、人は考えた。

あの苦しくて辛い何かとは――、そうだ、見つけた。


悪、だ。


我々の常識を超えた巨悪が存在していて、僕らの心を悪くしようとする。

たとえばそれ秘密結社。秘密にしてあるのだから、そう簡単には見つからない。

探そうと思っても、倒そうと思っても、なかなかうまくいかない。

そんな悪を超えるものがあるとすれば、それはただ一つ。

僕らにはできそうでできないことをしてくれる存在があるとするなら、それは――


「戦えない人たちのためにティクスがいる! 正義の虹よ! 俺は極光戦士! プリズムレインボー!」


「うぁぁあぁっづ!」


光悟が放った虹色の衝撃波が市江を弾き飛ばす。

並び立った魔法少女たちと、その中央にいた光悟は同時にポーズを決めた。


「五人そろって、虹色にじいろ戦隊せんたいプリズムファイブ!」


五人の背後で虹色の爆発が巻き起こった。

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