第49話 翼ひろげて


「アイちゃんは優しいね」


「えへへぇ、そうかなぁ?」


室町アイは、リボンがたくさんついたフワフワのお洋服を着て、恥ずかしそうに微笑んでいた。

撫でている猫のニィちゃんは、とある雨の日にダンボールに入れられているところを見つけて家に連れて帰った。

寒くて衰弱しているニィちゃんを、アイは必死に温めて、つきっきりで看病したおかげで元気になったのだ。


助けなければならない。

そう思ったからアイは一睡もせずニィちゃんの傍にいた。

すぐ傍で、おへそを天に向けている犬のポポちゃんは、ペットショップで目があってしまったものだから無茶を言って買ってもらった。


連れて帰ってぇ。

そう声が聞こえたのだと、アイは必死に訴えた。


アイは気が弱いが、とても優しい少女だった。

カラスが地面に落ちていた時も、翼が治るまでは必死にお世話した。

乱暴な男の子が毛虫をいじめている時も可哀そうだからと止めた。

それが原因でしばらくいじめられた時も、悲しかったが後悔はしていなかった。


アイは優しいパパとママが大好きだった。

パパとママもアイちゃんが大好きで、ありったけの愛情を注いだ。

ママと一緒にお菓子を作ったり、パパと一緒にハイキングしたり、家ではポポちゃんとニィちゃんを抱きしめて眠る。

アイは誕生日プレゼントに魔法少女キューティセブンの、キューティオレンジの変身アイテムを買ってもらった。それは生涯の宝物である。


アイは成長しても変わらなかった。

その日も、可愛いお洋服を着て家族と一緒に出かけていた。


「ずっと仲良し家族でいようねっ!」


アイの提案に、パパもママも、もちろんと言ってくれた。

周りに誰もいなかったので、パパが右手で食材がたっぷりはいったマイバッグを持って、左手でアイの手を握った。

ママが左手でポポちゃんのリードを持って、右手でアイの手を握った。

その後ろをニィちゃんがついていった。


「アイね! とーっても幸せだよっ!」


アイは満面の笑みでそう言った。

これからもっと楽しくなる。いろんな人と出会って、そして――


「アイ、いろーんな人と、お友達になりたいな!」


ヂュイイイイイイイイイイイイイイイイイイン


「あぁぁぁあーーーーーー………」


明るい部屋で、アイは鼻血を出していた。

彼女を拘束するベッドの周りにあるドリルが頭蓋を削り、回転するカッターで頭を切り開かれている。

腕や足には太い針が刺され、管から緑色の液体を注入されていた。

隣のガラス張りの部屋ではママがミイラになって転がっていた。傍には、その血を吸いつくしたゲロルの兵器、チュパカブラが立っていた。


「ほひっ! ひほほははへはほほへはお」


両腕を失ったパパは気持ちよさそうに笑っていた。

ゲロル星人775型-Zは、宇宙電波でおかしくなってしまった地球人男性を掴み上げると、棺桶のような装置に入れる。

そのままスイッチを押すと、すぐにパパの悲鳴が聞こえてきた。


「ホギャァアァアァアアァアアアァアアアア」


骨を砕く音と、肉を引き裂く音が聞こえてくる。

装置にあるチューブから、ペーストとなったパパが流れ出てきた。

ゲロル星人はそれをワイングラスの中に注ぐと、椅子に大きくふんぞり返る。


「フギッィイィィィィイイ」


ニィちゃんが痙攣し、血を吐き出している。

外から見ただけではわからないが、内部には無数のゲロルが侵入しており、手当たり次第に食い散らかしているのだ。

皮だけになったあとは、宇宙シリコンだか、宇宙ゴムだかを詰めて、翼をくっつければ『みゅうたん』の完成である。


「これを量産する。ナビゲーターとして機能させるために」


一方でゲロル星人773型-Gは、ポポちゃんを調理していた。

ポポちゃんは必死に暴れまわるが、宇宙人の腕力にはかなわない。

そうしている間にGはポポちゃんの尻尾を引きちぎった。


「ギャアゥァウアウウアアアアアァ!」


ポポちゃんが悲鳴をあげる。ゲロルに良心など存在しない。

何も感じず、慣れた手つきでポポちゃんを五等分にしていった。


「次のインベーダーゲームは少女を使おう」


ゲロル星人本体が、パパを啜りながらポポちゃんの尻尾を喰った。

Zはパパの左腕をバリボリと食らっていく。

薬指にあった幸せの証明もボリボリ食い破っていた。


「魔法少女だ」


モニタには魔法少女を題材にしたアニメが映っている。

それを見ながらGは笑い、パパの右腕を貪る。

室町一家が狙われたのは本当にたまたまだ。理由があるとすれば幸せそうだったからである。

UFOが光を当てて、一家を誘拐アブダクション。あとは御覧の通り。


ゲロルは次々にゲームのシナリオを組み立てていく。

アイがキーキャラクターだ。このミイラになった母親に役を与え、魔女狩りを生き延びた少女による復讐譚のプロットを組み立てていく。

少女たちを誘拐し、偽りの記憶を植え付ける。

魔法少女計画。誰も疑わない。誰も真実にたどり着けない。

今までの星がそうだったように何が幻想で何が真実かもわからぬままに死んでいくのだ。


「あっ、あ! アギィッ!」


ベッドに拘束されているアイが苦痛の声を漏らした。

脳に電極を刺され、モニタに彼女の記憶が映し出されていく。


『もぉ、やめてよぉ、恥ずかしいよぉ』


『あははっ、かわいいねぇポポちゃんは』


『アイの尊敬する人はパパです! 理由は――』


ゲロルの笑い声が木霊した。

ゲロル星人は楽しそうにパパを飲み干していく。


「人を殺そう。星が壊れるまで」


たくさん殺そう。苦しめて悲しませて大勢を殺しつくそう。

ゲロル星人の提案に、ゲロルたちは賛同する。


「疑心暗鬼、復讐、哀れな執着。魔法少女たちは悩みながら前に進み、そして全てを知って絶望する」


「戦争を起こす! 人間同士が殺し合い、国同士が憎みあう。最高のショーだ!」


「かわいそうな奴が見たい……! 哀れなヤツがいてほしい!」


「もちろんだ。全てを叶えよう。調べた限りでは人間というのは、知能レベルの低い愚かな生き物のようだ」


遅かれ早かれ滅んでいた。

だったらゲロルの玩具になったところで、そう変わらない。

そこでカプセルが運ばれてくる。アイを入れて保存しておくためのものだ。

時が来たら出すし、計画が変更したらデザートにでもなってもらおう。


『アイちゃんは優しいね』


『アイちゃんは優しいけど、心配だわ』


『アイは、優しい子だよ』


『優しい!』


ゲロル星人はそれを聞いて指示を出す。

頭をいじれば性格も変わる。ゲロルが創り出す室町アイは攻撃的な性格のほうがいい。

というわけで変えよう。口調を。性格を。好きにできる。なんでもできる。


それが支配者というものだ。

今まで思い出を積み重ねてできあがったアイデンティティも、瞬時に破壊する。


「だじゅげで……」


涙と鼻水でグシャグシャになった顔で、アイが懇願した。

何もわかっていないが、それでもろくな未来が待っていないことだけは理解できたのだろう。


「ごろ……じッッ、でッッ!」


ゲロルは笑う。

ゲロル星人は縮小化光線を浴びて小さくなると、アイの耳元に立った。


『それは無理だ。玩具を壊すかどうかは、我々の意思で決めるのだから』


インベーダーゲーム地球破壊編。タイトル『魔法少女』の開幕であった。


「お前は私の椅子として生きるのだ」


その時、アイの脳裏に愛された記憶が蘇ってきた。


「アイはいずじゃない……! にんげんだもん……っ!」


椅子じゃない。椅子なんかじゃない。道具なんかじゃ――


「いずじゃな――、あぎぃいいいいいいいいいいい!」


頭蓋が削られていく。そこでアイは記憶を失った。

次に意識を取り戻した時、アイは母親から魔女狩りの歴史を教えられる。

と、本人は思ってる。実際はミイラになった母親の前で、ゲロルから与えられた情報を信じ込んでいるだけ。



そして現在。

アイは目を覚ました。

世界が緑色に見える。それは緑色のガラス越しに見ていたからだ。

彼女はケースの中にいた。服は着ておらず、四肢が謎の装置の中に埋め込まれていた。


『目覚めたか?』


「ひッ!」


モニタがあった。そこにゲロル星人が映っている。


「な、なんだテメェは!」


そこで迸る電流。アイは悲鳴を上げたが、そこで脈打つ記憶があった。

フラッシュバック。記憶していた母とは違う、優しく微笑むママがいた。

復讐に燃える科学者の父ではない、優しいパパがいた。

かわいい、かわいいポポちゃん。ニィちゃん。


「――ァ」


全 員 死 に ま し た と さ。


「うぎゃああああああああああああああああ!!」


絶叫し、アイは暴れまわった。

しかし四肢がガッチリと固定されているため、装置から脱出することができない。

そしてその様子を見て、ゲロルたちは笑っていた。


いつ見ても、こういった光景はたまらない。

アイは涙を流し、一方で絶望と恐怖で大きく顔を歪ませた。

これから一体何が起こるのか。想像しただけで死にたくなる。


簡単だ。

アイはこれから改造手術を受け、パラノイアに生まれ変わるのだ。

装置が回転することで腕と足がねじ切れ、新しいものがくっつけられる。

そのあとは胴体を改造し、最後に頭部を別に用意していたものと挿げ替える。


『椅子は、用済みだ。武器になれ』


「ま、待ってくれよ。ね、ねえ! 待ってくださぃ! もう許してぇえ」


モニタが切れた。同時に装置が起動する。


「やだ! やだぁああ! やめてェエエエェエエ!」


無理だ。抜け出せない。

そのまま腕がねじ切れるのを待つだけだ。

しかし、その時、爆音が響き渡る。

それは獅子の咆哮とバイクのエンジン音が混じったものだった。


扉が打ち破られた。

飛び出してきたライガーは着地とともにブレーキをかける。

光悟の後ろに座っていたイゼは反射的にシートを降りた。


「アイ!」


名前を呼ばれ、アイはどうしてだか笑みを浮かべた。しかし機械音を聞いて一気に表情を青ざめる。


「たすけてぇえ!!」


気づけば叫んでいた。

そしてイゼも反射的に走っていた。理由は彼女自身、わからない。

だが走っていたことだけは確かだった。


そこで銃声が聞こえた。

オレンジ色の光弾がイゼを追い越すと、アイを閉じ込めていた装置に直撃する。

トワイライトカイザーは機械を操るメカニックガンマンだ。

ハッキング弾で、アイの腕をねじ切ろうとした装置を停止させる。


が、しかし、すぐに起動音が聞こえた。

ゲロルが遠隔でプログラムを書き換え、再起動したのだ。

このままではマズイ。イゼは加速した。


「!」


光が迸る。アブダクションレイ。

現れたのは対人恐怖症のリゲル。祖母、イズが改造されたパラノイアだ。


「ッッッ」


イゼの足は――


「ッッッ!!!!」


止まらない。


「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


リゲルが放つ恐怖の叫びに負けないように、イゼも吠えた。

リゲルが刀を抜いても、イゼは止まらなかった。震える足を無視して、ただひたすらに前に進んだ。0.1秒前よりも速く走れるように全力を込めた。

走る。ひたすらに。そしてリゲルも走り出した。


『ちょ! 無茶でしょ! 引き返して!』


光悟の肩に乗っていたパピが叫ぶ。

イゼは何の力も持っていない。リゲルには勝てない。

バラバラにされるだろうが、それでもイゼは走った。走らねばならなかった。

加速する魂を、自覚したからだ。


「そうだ! 心があるから走るのだ!」


イゼは歯を食いしばり前に進んだ。

そこで声が聞こえた。これはなんだ? 幻聴か?


「いや違う! 私の心は! 幻などではないッッ!」


だからその声に従う。変身コードと方法を、たった今、教えられた。


「シャイニングッ! ユニオン!」


その拳は光よりも速く。

七色の輝きを纏いながら、リゲルの頬に直撃する。


「どれが幻で、何が真実か、もはや私にはわからん! だがこれだけは言える!」


イゼは、変わっていた。

間違いない。その右腕は極光戦士ティクスのそれだった。


「私の祖母は人を傷つける人ではない!!」


イゼはリゲルを殴り飛ばす。

光悟がティクスを向かわせており、だからイゼは変身することができた。

装置の前まで来ると右腕を打ち付ける。


「私は何もかも失ったと思っていたが、それは違った! まだお前たちがいる!」


緑色のガラスを破壊し、イゼはアイの右腕を覆っている装置を掴んだ。


「私は人を守るために戦っていた!」


それを握り潰し、破壊する。

次は左腕を覆っていた装置を破壊し、アイの両腕を解放させた。


「魔法少女も人だ! お前たちだけは嘘じゃない。だから守りぬいてみせる!」


魔法少女がいる限り、イゼの信念が折れることはない。

イゼが腕を払うと、虹色の光が迸り、アイの脚を覆っていた装置を破壊する。

解放されたアイはイゼを見た。彼女は手を伸ばしていた。


「掴め室町! 私のこの手は、嘘偽りではないぞ!」


「う、うんっ!」


その強い言葉が光に見えて、アイは縋るように手を伸ばした。

イゼはその手をガッシリと掴むと、強く引き寄せて抱き止める。


「ぐッ」


そこでイゼの表情が歪む。

腕が元に戻り、ティクスが排出されるように飛び出していった。

ティクスに変身するための条件は満たしていたが、もう一つ、イマジンツールには道具と使用者の絆が重要になってくる。

ティクスとイゼの関係性では、基本形態ですらこれだけの時間しか維持できなかったのだろう。


「まあいいさ、カッコはつけられたからな」


イゼはニヤリと笑って見せるが、すぐに頬を赤く染めると、アイから目を逸らしてソワソワし始めた。


「ど、どうしたの?」


「室町、その、格好が……」


「ふぇ!? きゃあ! み、見ないでイゼちゃん……!」


「すまん! あ、ちょっと待っていろ……!」


イゼはシャツを脱いでアイに被せた。

さらに巻いていたスカーフを外すと、アイの変形した頭を隠すように巻いた。


「今はとりあえず、これで許してくれ」


「ありがとう。えへへ、このシャツ、イゼちゃんの匂いがするね」


「むっ、嫌か?」


「ううんっ、そんなことないよ! アイの好きな香り!」


「ならばよいのだが……、どうした室町、なんだか雰囲気が違うな」


「えぇ? そんなことないと思うけどぉ。アイはいつもどおり……」


そこでアイは青ざめる。


「あぶないっ!」


イゼが振り返った時には、既に刀が振り下ろされていた。

しかしリゲルの刀はイゼには当たらない。それよりも早く光悟が剣を伸ばして受け止めたからだ。

排出されたティクスはすぐに光悟と合体して紫のティクス、ライトニングロードとなり、駆けつけたのだ。


「イゼ。おそらく、それが本来の室町アイだ」


部屋の至る所にあるモニタで映像が流れている。

アイが脳を直接かき混ぜられ、失禁していた。

それをゲロルたちは楽しそうに笑って見ていた。そういう映像がまるで見せつけられるように流れ続けている。


「ゲロルに人格を変えられたようだな」


おぞましい光景だった。少なくとも、それを見ていたパピは思わず口にする。


『なんでこんな酷いことができるの……?』


パピ自身、できた人間ではないという自負はあるものの、それでもやはりゲロルの見せる光景は地獄と呼べるものだった。

すると一同の脳裏にゲロルからのメッセージが届く。

それは非常にシンプルでわかりやすい回答だ。



・楽しいから



「外道共が……!」


イゼは目を細めた。

光悟はリゲルの剣を弾くと、肉体を数回斬りつけた後、腹を蹴って後ろに飛ばした。

さらに剣を払って冷気を飛ばし、リゲルの体を氷で覆った。

そこで光悟はイゼに肩を掴まれる。


「感謝するぞ真並光悟ッ、私の答えが見えた!」


イゼは胸を抑える。


「ゲロル星人の野望を叩き潰す! この安槌イゼ、やられたままで終わるほど腑抜けてはいない!」


ここに来る途中、イゼは光悟から自分の肉体構造を教えてもらっていた。

なぜフィギュアであるイゼが光悟に近い身長なのか?

なぜ怪我をすれば血が流れるのか? それは全て、アダムがそう創っていたからだ。


この世界にいる人間は全てアダムが作った『肉人形』である。


暴食魔法がゲロル星人を分析し、餌である『人間』の構造を把握した。

カルシウムで骨を作り、ホルモンや白子などで、疑似的な脳や内臓を作り、血や肉を用意して、それらを組み立てることで精巧な人間を作った。

それを登場人物として動かしていたのはアダムが契約したベルゼブブだが、魔法少女たちは少し違う。


彼女たちを動かしていたのは彼女たち自身だった。

アダムは始祖アルクスから授かった四つのマリオンハートをイゼ、アイ、ミモ、モアのフィギュアに入れたうえで、彼女たちそっくりの肉人形を作った。


そしてその中にフィギュアをコアとして埋め込んだのだ。

マトリョーシカのように、大きな自分の中に、小さな自分が存在している。

"細工"を施してフィギュアと肉人形をリンクさせ、フィギュアが動けば肉人形が同じ動きをとるようにした。

フィギュアが考えることを、肉人形が考えるようにした。


そしてフィギュアがフィギュアであることや、魂を入れられたなど、すべての不都合な『記憶』を食らうことで、自らの中にフィギュアが入っていることさえイゼたちは忘れていたのだ。


しかし今、イゼはそれを自覚し、受け入れる。

ティクスの正義の光が彼女を照らした。

すると記憶が鮮明になる。


「そうだ。私は人形だ!」


しかしだからこそ、歩める道もある。


「私の体から出て行け! ゲロルッッ!」


イゼの鎖骨下を、何かが突き破った。

虹色の光によって傷は癒えるが、感じた痛みは確かなものだった。

イゼは自らの肉体から飛び出した小さなナナコを睨みつけた。


アダムは魔法少女の情報を手に入れた時点で、体内にゲロル星人が潜んでいることに気づいた。

だからこそゲロル星人にコンタクトを取り、肉人形の中にもゲロル星人を仕込ませておいたのだ。


今出てきたゲロルは魂を与えられたフィギュアの中に潜んでいたものだ。

小さなナナコは、そのまま巨大化して着地する。


『不愉快な光だ』


振り返ったナナコは怒りの形相だったが、イゼを見るなり一瞬で笑顔になった。


『お姉ちゃん……! お願い。光悟さんは敵なの! 私の味方になって!』


瞳を潤ませてみる。

しかしイゼの瞳に殺意を感じて、真顔になった。


『流石にそこまでバカではないか』


ナナコが指を鳴らすと、リゲルを包んでいた氷が砕かれた。

さらにナナコの体から頭が分離して飛んでいく。

後頭部が割れると、そこには牙のようなものがたくさんついており、まるで口のようだ。


ナナコヘッドはそのままリゲルの腹に食らいついたかと思うと、瞬く間に融合して一つになる。

リゲルの体がボコボコと膨れ上がって大量のコブが生まれていき、やがてそのシルエットがブドウに手足をつけたようなアンバランスなものに変わった。


『きん……ッも!』


思わずパピは物陰に隠れる。

コブの一つ一つにナナコの顔があった。

同じく頭を失った体もボコボコと音を立てながら球体状に変形していき、リゲルが持っていた長い刀の剣先にくっついて融合する。

そこで球体が形を整えた。それはイズの顔だった。

苦悶の表情なのは、死に際の顔を再現しているからだ。


「どこまで死者を愚弄すれば気が済む」


光悟に睨まれ、ナナコたちは笑う。


『人間は我々の玩具だ。壊れるまで遊ぶ。全てはゲロルの遊戯、インベーダーゲームの礎なのだ!』


周りが騒がしい。

光悟が辺りを見回すと、部屋の至る所から光線銃を抱えたロボットが歩いてくる。


『機械兵。これもゲロルの兵器だ!』


光悟たちがいるのはイゼたちが通っていた学校の地下だった。

ジャスティボウたちの力でアイの居場所を突き止めたが、ここが兵器開発施設とまではわからなかった。


『これで文明を滅ぼしたり、ユーマのように貸して民同士を戦わせたり、いつもよい働きをしてくれる!』


その数は全部で百五十体。

この部屋だけでなく、学校の周りやグラウンドにすべてを集結させていた。

戦えるのは光悟一人。もはや勝ち目はない。


『フィギュアの中にいたゲロルは、マリオンハートにも寄生する!』


ナナコは体を撫で、体内に宿るハートを自覚した。


『我々はマリオンハートを成長させて本物になる。そしてお前たちの星を滅ぼし、次なる星へと向かうのだ!』


それこそ、アルクスの望んだ未来だった。

人間は時代とともに成長し、大いなる創作で、滅びを作り出した。

ただ人を殺して復讐するのでは意味がない。アルクスが望んだのは、世界の形が変わることだ。


あの時、村の人間を見殺しにしたのが人の世のルールを守るためであれば、それを変えることがアルクスの願いだった。

善悪や良心を超越したのルールを超えるものが未来にはあると思った。

そして見つけた。それこそが、ゲロル星人だ。

アルクスは光悟たちの脳内に自らの考えを吐露していく。


「人は狂気の世界に足を踏み入れ、そして滅びていく」


あの逃げ惑う愛しき村人たちのように、同じ苦しみを味わい死んでいく。

そしてアルクスは創生魔術において、あの村を創りあげるのだ。笑顔に溢れ、歌が聞こえていたあの村に帰るのだ。

共にいると誓ったあの子の腕の中に再び舞い戻る。

それこそがアルクスが望んだ未来。


「あの花を創る。あの空を創る。あの家を創る。あの村人たちを創る……」


あの子を創る。

そして、そこにはゾフィもいる。幸せがあるのだ。


「哀れなヤツだ」


月神の声が聞こえてきた。


「生きる中で、おれたちは必ず大切なものを失っていく。それは悲しいけれど、いつか必ず乗り越えなければならない!」


それは自分の手で、誰かの手で、背中を押して、前に進んでいく。


「アンタは過去に囚われたあまり、変化も進化も見落とした。千年は無駄にしたな!」


あまりに残酷な言葉ではあるが、月神もそこまで無神経な男ではない。

口を閉じることはできたが、あえて言葉をぶつけなければならないと思ったのだろう。

しかしアルクスにはその意図は届かない。激しい怒りが伝わってきた。

それが面白くて、ゲロルたちが笑う。


『心配せずともうまくいくさ。始祖は己の星に還り、我々は地球を破壊する!』


ナナコが合図を出すと、機械兵たちが光線銃を一斉に光悟やイゼたちに向けた。


「命乞いをすればペットにしてやるぞ? さあどうする?」


「問題はない」


光悟の目は青い。

水しぶきが上がると、どこからともなく光悟が現れ、飛び回し蹴りで機械兵の光線銃を弾く。

別の場所でバシャンと音がして光悟たちが機械兵にとびかかっていく。

気づけば部屋にいる機械兵一体一体に光悟が短刀を持って戦っていた。


『そういえば分身をする能力があったか。だが機械兵はまだまだいるぞ?』


「ゲロル、お前は一つ勘違いをしている」


光悟は無表情だった。そこに恐れは欠片もない。


「俺のほうが多い」


抑揚のない言葉だった。

そこでナナコの中に今まで感じたことのない何かが芽生えた。

おかしい。なにかがおかしい。イゼやアイですら僅かな恐怖が感じられるのに、光悟からは一切の恐怖心を感じない。

まさか。そう思って、ナナコは学校の周りを撮影した映像を表示させる。


『なん……だ、これはッ』


そこには光悟が映っていた。


「俺は八百人いる」


光悟しか映っていなかった。




『グアァアァアアアアッツ!』


玄関のガラスを突き破りナナコが転がっていく。


『ガァアアアアアアアア!』


体を起こしながら、ナナコは全ての口から光線を発射する。

それらは光悟たちを蒸発させていくが、そこで背中に痛みを感じて前に倒れた。

周りには無数の光悟が短刀を持って迫ってきていた。


『ウォエェアア! ガアアァアラア! 死ねェエエ!』


ナナコは立ち上がり、刀を振り回す。

次々に光悟が切り裂かれていくが、血は一滴もできない。

全て水になって弾けるだけだった。周りにはスクラップになった機械兵が転がっている。試しに反応を探ってみたが、起動中の個体は一体もいなかった。

つまり百五十体、全て光悟に破壊されたというわけだ。


『ダァアア! ゼァアアラア!』


何もないのにまだナナコは剣を振り回していた。

そう、なにもない。気づけば光悟がいなくなっていた。

やったのか? ナナコは一瞬笑みを浮かべたが、すぐにそれを消した。

学校中の窓が割れた。全ての窓から光悟が顔を出し、水でできた手裏剣を投げる。

それは空中で軌道を変え、次々にナナコに命中していく。


『グッ! ガァアァアア!』


のけぞり、後退していくナナコは見た。

無数の光悟たちが水になって空に昇っていく。

それらが交わっていき、蛇のような龍ができあがった。


それも、八体。


正義忍法・大蛇オロチ龍閃波りゅうせんは

巨大な怪物がナナコを見下した。八個の口が開くと、そこから青く発光する水流が発射されてナナコを飲み込んでいく。

ナナコは何もできない。何かをしようとしたが、全て青い水に飲みこまれた。

激しい水圧にもまれて平衡感覚が消え去ったのち、やがて自分が地面に倒れていることに気づく。


「真並光悟!」


イゼが叫ぶ。光悟は振り返った。


「頼む!」


イゼはそこで言葉が詰まってしまう。だがそれでも前に進み、続きを叫んだ。


「お婆さまを……ッ! 救ってくれ!」


光悟は頷いた。腰を落として短刀をなぞる。すると刃が青く発光し、そこで地面を蹴った。


『アアアアアアアアアアアアアアアア!』


ナナコも立ち上がると、天を仰ぎ、吠え、刀を持って走り出す。

お互いの距離が近づいていき、さらに加速する。

眼前。迫った。交差する刃。

何かが飛んだ。首だ。リーチの差が勝敗を分けたようだ。光悟の首が宙を舞って体は地面に倒れる。


『ははは! やったァア!』


ナナコは声をあげて笑った。

その時、光悟の頭が地面に落ちる。

パシャンと音がして、体と一緒に水になった。


『え? あ――! ぐぁあ!』


まるで海面からイルカが飛び跳ねるように、光悟が地面から飛び出してナナコを斬った。着水するように地面に潜り、消えていった。

するとまた別の場所から光悟が飛び出して、短刀をナナコに刻み付ける。

ダメージを与えた光悟は再び地面の中に潜り、完全に消えてしまう。


『グアァァ! ヅゥウウォオオオ!』


それが続いた。光悟は次々に現れてナナコを切り裂いていく。


「「ハァアアアア!」」


前宙で飛んできた二人の光悟の飛び蹴りが直撃し、ナナコは倒れまいと後退していく。

その中で見た。またも飛んでくる光悟の姿を。


「正義忍法奥義――!」


光悟の右手に青い光が集中していき、竜の頭部のオーラが纏わりつく。

ナナコは剣を前に出した。すると剣が伸びて、先にあったイズの顔が大口を開いて光悟の喉元に食らいつく。

しかしそこでパシャンと音がして光悟の姿が水となる。

水はそのまま空中を流れていきナナコの背後で実体化した。そして腕にあった竜の頭部を背中に叩きつける。


九頭竜くずりゅう蒼光破そうこうは!」


『グアアァァアァァアァアアア!』


手足をバタつかせナナコは地面に激突。しばらく地面を滑っていく。


『あ、ァァア! そんな! ことがッッ!』


立ち上がろうとしたが上手くいかない。

激しい眩暈と、あとは体内を暴走するエネルギー。

体が熱い。そうしていると肉体の一部が弾けて光が漏れ出ていく。


『まさか――ッ! そんな! 侵略者の頂点なのに! どうして――ッッ!?」


肉体が崩壊していく。今までもゲロルに歯向かってくる種族はたくさんいた。

しかしいずれもゲロルを殺すことはできなかったのに。


『それが、なぜッ!?』


「正義には勝てない」


光悟は何も変わらぬ表情でゲロルを睨み貫いた。


「助けを求めている人がいる限り」


アイやイゼが少し、表情を和らげる。


「俺に負ける理由はない」


そこでナナコは、先ほど感じた未知の存在が『恐怖』であることを理解した。


「イィイ……! イギギイアアァァアァアァア!!」


叫ぶ。口の中から光が溢れ、ナナコは爆発と共に粉々に砕け散った。


「………」


アイはチラリと隣にいるイゼを見た。

彼女は泣いていた。しかしまっすぐに前を、未来を見ていた。

その後、アポロンの家に戻ろうかとしたところ、イゼはあるものを見つける。


「むっ」


ゴミが落ちてる。アイスのパッケージだ。

歩く。手を伸ばす。そこで手がぶつかった。

光悟と目が合った。二人はニヤリと笑った。





アポロンの家。

ミモは自分の部屋で泣いていた。泣いていることが悲しくて泣いていた。

今までは涙を流そうものなら、すぐに誰かが声をかけてくれた。


何泣いてんだと茶化しながらも気にかけてくれた弟。

食べて忘れろと外食に連れていってくれた父。

親身になって話を聞いてくれた母。

釣られて泣いてくれたチビたち。


いつまででも傍にいてくれたモア。


でも、もう、誰も来てくれなかった。モアはリビングで座っているだけだ。

ミモの泣いている声は聞こえている筈なのに人形のように表情一つ変えないで。

なんかもう、いろいろわからない。疲れた。最悪だ。だから泣く。


(さすがに気の毒だな)


和久井が様子を見に行こうとすると、舞鶴に裾を掴まれた。


「ど、ど、こ、いくの?」


「いやぁ、ちょっとッ、ミモが泣いてるから」


「慰めて。それで、乗り換える、ん、だ」


「はい?」


「私には! あ、貴方しか、い、いないのに……! 見捨てるんだ!」


「いやいやッ、別に。そういうわけじゃ――」


「死ね!! 死ねよ!! 裏切りものがぁぁア!」


「えー……」


「貴方に。買われ……た、せいで! 私はこんなに! 傷ついたのにッッッ!!」


「びっくりした。いきなり叫ぶんだもん。びっくりしたな」


その時、舞鶴は和久井にキスをした。

やり方がわからないので、とりあえず真正面から迫り、鼻と鼻を押しつぶしながら唇をべったりとくっつけた。

ガチッと音がして歯がぶつかった。歯茎もめちゃくちゃ痛かった。

こんな雑に消費して。でも無事に和久井の頭は真っ白になり、ガチガチに固まる。


「いかないで」


「はい」


舞鶴はニヤリと笑った。

だが問題はない。既にミモの背中には、ルナの手が優しく添えられたからだ。


「難しいものね。こういう時、どうすれば正解なのかしら?」


放っておいたほうが嬉しい人もいるだろうし、声をかけたほうがいい場合もある。

はじめルナは前者を選んだが、やっぱりダメだと思って駆けつけた。

かつてそれで失敗したからだ。あれは放っておいたというよりは見て見ぬふりだったが、それでもやっぱり黙っておくのは気持ち悪い。

ミモもしゃくりあげ、ただただルナにしがみついて泣くことしかできない。


「ハハッ、時間の無駄だろ」


突如なにやら人間性に欠ける言葉が飛んできたので、ミモはびっくりしてそちらを見た。月神が腕組んで、壁にもたれかかっていた。


「ぐすっ! マジ? えぐくない? ひっく!」


「喚くな。うるさいのは嫌いだ」


「ひっぐ! ぐぅっ! さいでー……!」


ルナは苦笑しながらミモの頭を撫でる。


「お兄様ったら。誤解をされてしまいます」


「キミがわかってくれていればいい。ってね」


月神は泣いているミモの前に来る。


「どうすれば泣き止む? なんでも言ってみな。すぐに叶えてやるぜ」


「そんなの……、決まってるじゃん。モア様に前みたいに笑ってほしい」


「それだけ? つまらないヤツだねアンタ意外と」


「はぁ!?」


「隠し事はよくないな。気づいてないだけかな? とにかくスマートに進めたい」


月神はリビングに戻ると、ジッとしているモアの腕を掴んだ。


「来い」


モアはされるがままに引き起こされ、月神に連れて行かれる。


「ちょっと! モア様に乱暴しないでよ!」


フールなヤツは黙ってろ」

月神はスタスタと歩いていく。ミモはグッと堪えて、隣にいるルナに耳打ちした。


「フールってどーゆー意味?」


「あら、知らないの? かわいいって意味よ」


「さすがに嘘ってわかったわ」


ミモはすぐに月神を追いかけた。つ

いたのは礼拝堂だ。月神はモアを入り口に立たせると、傍に来た柴丸をソードホルダーに変身させて、それを掴み取る。

三本の刀の一つ、月牙がひとりでに鞘から離れると、ステンドグラスに描かれていた神の喉元に突き刺さった。


「!」


モアの瞳が少し、揺らぐ。

大きな音がした。月神が椅子を蹴ったのだ。

木製だったためにバラバラに砕かれ、木片が床に散らばった。


「ちょちょちょッ!」


ミモが慌てて止めに入ったが、月神は彼女を突き飛ばすと沢渡三条を抜いて壁を切りつける。さらに鞘からは雲雀坂が発射され、花瓶や蝋燭を破壊していく。

モアはそれをジッと見ていた。

すると月牙が神の喉から離れ、月神の手に戻った。歩く。神のもとへ。


「――て」


「うん?」


「やめてッッ!!」


モアの表情が怖れに染まった。彼女は走り、月神の腰へしがみつく。


「神様になんてことをッ! 裁きが下ってしまいます!」


「キリストや仏陀――、まあとにかく、おれの世界にいる神なら絶対にやらないさ。ばちが当たってしまう」


月神はモアを突き飛ばした。

そして月牙を一度鞘に納めると、振り向きざまに抜刀する。

白い線が空間に浮かび上がると、神は粉々に砕けて、落ちていく。


「――……ァァ」


モアは目を見開き、そこからボロボロと涙が零れた。

掠れた声が漏れる。それは徐々に大きくなり、やがて叫び声に変わった。

しかし月神はモアの肩を掴み、負けないように声を出す。


「創作の究極的な本質とは何か? それは神の領域に足を踏み入れることだ!」


モアは首を振る。しかし月神はモアの耳に顔を近づけた。


「お前たちの神は、おれの世界の人間が生み出した! だからおれはアンタの信じるものとそう変わらない。だから話を聞け!」


モアは首を振る。月神は舌打ちを零した。


「キミが信じていたのは本当に神か? それとも自分が作ったつまらないルールか? どっちなんだ!」


そこで壁が吹き飛んだ。

ゲロル星人775型-Zが巨大な腕で月神の頭をガッシリと掴んだ。

躊躇なく握り潰そうとするが、それよりも先に刀が全身に突き刺さる。

Zは苦痛に叫びながら月神を投げ飛ばした。壁に叩きつけられた月神は、そのまま壁を破壊して瓦礫と共に転がっていく。


『余計なことを吹き込むな!』


うるさい羽音と共に773型-Gも着地する。細い指で呆けているモアの頭を小突いた。


『コイツには空っぽの人形になってもらわなければ困るんだよ!』


「モア様!」


ミモは走ろうとして、自分の足が震えていることに気付いた。

ゲロルを見ると感覚がおかしくなって、自分がいま呼吸をしているのかもわからなくなる。

父と母の姿がフラッシュバックして、凄まじい吐き気が込み上げてきた。

だが同じくしてモアの姿を見た時、ミモの体は前に出ていた。


「モア様から離れろッッ!!」


モアの目に、一瞬だけ光が宿る。

だがGの羽音を聞いた時、モアは深い闇を求めた。

表情が消えたのを見て、ミモは悲しくなった。もしかしたら自分の声が届いてモアが戻ってくれるかもしれないと期待したのだ。

やはり、自分では変えられないのか。彼女の心に希望の光を灯すことは――


『ゴミが』


Gの胸が左右に開き、そこにいる小さなゲロルが一斉に羽ばたいた。

それらはミモの耳、口、あるいは服を切り裂き、体内への侵入を試みるだろう。

そうして脳に到達して狂わせる。ネズミ中毒になった父のように。


『決めた。お前は自分の体を喰え』


Gが笑う。


『どれだけ喰ったら死ぬか、賭けのテーマにしてやる』


ミモは両腕で顔を覆うが、そんなもので防げるものではない。

しかし突如、地面が割れた。巨大なウツボカズラが二つミモの前に現れて、飛んできたゲロルたちを吸い込むようにして全て捕食してみせた。


「下がってなさい!」


後ろから走ってきたルナがミモを抜けて電動ガンを連射する。

Gは触覚を高速で振るわせて種を粉々にしてしまう。

ルナはレイピアを思いきり突き出すが、Gはそれを手で掴み取った。


力を込めるが、少しも前にいかない。

ルナは武器から手を離すと、ケープマントをなびかせて風が起こす。

Gの体からキノコがいくつも生えてきた。特殊な胞子で動きを拘束しようと思ったのだが、そこでキノコが瞬く間に腐食して溶けていった。


さらにGの長い触角がルナの足首に巻き付いた。

踏みとどまろうとしても、ルナの体は簡単に浮き上がり、投げ飛ばされてしまう。

空中で身動きが取れなくなっているところへGの目から放たれるレーザーが直撃し、ルナは地面を転がっていく。

すぐにミモが駆け寄ってきた。


「大丈夫ッ!?」


「ええ。このくらい問題なくってよ」


「でもッ、月神も倒れたまま動かないし」


「はぁー。貴女ってば本当にアホ――、ではなくて、馬鹿女なのね」


「言い直した意味なくない?」


「よく見ておきなさい。確かにやられているお兄様は妖艶で素敵だけれども!」


ルナは立ち上がる。


「お兄様が負けるなんて解釈違いよ!」


月神が倒れていたのは、会話の途中だったからだ。

耳元にあったステンドグラスの破片にアダムの姿が映っていた。


『神の領域に足を踏み入れるか。うーん、面白い考え方だ』


「人は常に創作の中で生きてきた。救いを求めて救済の国を作り、過ちを認めさせるために裁きの王国を想像した。違うところでは神々の物語を口にして、星の並びに名前をつけた。おれはそう思ってる」


アダムは笑っていたが、欠片も笑っていなかった。


『だからマリオンハートなんて存在してはいけないんだよ。キミたちが培ってきたものを破壊する最悪の存在だ』


対して、月神は鼻で笑う。


「使い方だろ? 爆弾だって人を殺すが、隕石を破壊するのに使えば70億人助かる」


『使えていないからこうなった』


「時間はかかる。でもやがては導いてみせるさ」


話が終わったので、月神は立ち上がった。


「千年後にはおれを祀る神社がどこかには建ってるよ」


そこで月神はアダムが映っていたガラスを踏み潰す。

月神の真上に飛行機雲が伸びる。すると、空からアイとイゼが降ってきた。


「流石は真並くんだ」


ジャッキーと合体していた光悟が飛んでくる。

モアを抱えるとミモの隣に着地させて、再び上昇した。


「すまない。少し力を使いすぎた。ここは任せた」


月神とルナが頷くと、光悟はもう一度お礼を言ってアポロンの家に向かった。

イゼとアイが光悟についていかなかったのは、ここに来るまでにマリオンハート所有者としての立ち回りを聞いていたからだ。


「行くぞ、室町」


「う、うんっ!」


目を閉じて、意識を集中する。

自らの中にある『心』に意識を向けた時、二人の体は光る球体に変わっていた。

意味を理解したのか、ルナが腕を伸ばす。


「来て!」


二つの光球はルナに向かって飛んでいくと、その体の中に吸い込まれていった。

ちょうどアポロンの家で光悟が和久井に説明している。

ティクスや柴丸たちと同じで、自らの力を与えようというのだが、和久井は訝しげな表情である。


「一心同体だから強いんだろ? 一つの体に三つも四つも魂入れても大丈夫なのかよ? それに持ち主でもないんだから……」


「俺と月神なら難しいかもしれないが、ルナならいけるかもしれない」


「まァ? なんでだよ」


「ルナには才能がある」


言われてみれば月神の研究にずっと付き合っていたとはいえ、光悟がいまだに変身箇所が右腕だけなのに対してルナはシャルトの力が全身に及んでいた。

ルナのハートは元は始祖の一部、同じマリオンハートだから浸透しやすいのかもしれない。なにより――


「ずっと誰かさんにペコペコしてたから、合わせるのは慣れてるわ」『THE・WISEMAN――……!』


ルナはエクリプススーツを剥ぎ捨てる。

猫耳の剣士。その姿は以前見せた時と何も変わっていない。


『役立たずを纏ったところで何になる! ゴミの鎧なんて俺様が食い尽くしてやる!』


Gがルナに飛び掛かる。するとそこに合わせてルナは武器を突き出した。


『無駄だ!』


再び腕で武器を掴む。

が、そこで気づいた。武器の形状が違う。

機械的な印象のレイピア。ガシュンと音が聞こえると、剣先が伸びてGの腹部に突き刺さった。


「グッッ!」


ピンポイントな衝撃。硬い鎧を貫いて剣先が肉体に侵入した。

ルナは柄についていたトリガーを引く。

装置が動く音がして剣の中央部分、クリアパーツになっている部分に緑色の液体が入っていくのが見えた。


Gは不快感に吠えた。血が吸われているのがわかった。

目からレーザーを発射しようと光を集めた時、ルナのマントが広がった。

するとマントに『眼』の模様が浮かび上がり、衝撃波が発生してGが吹き飛んだ。

全身に付着していた鱗粉が爆発していき、衝撃に包まれながら地面に激突する。


『これは、まさかッ!』


ルナは腰から別の武器を抜いた。

トリガーガードに指をかけてスピンさせながら掲げた銃は、前まで使っていた電動ガンではなくアイが使っていたチュパカブラが与えた銃と同じデザインだった。


ルナは弾丸を発射。

Gは触覚を高速で震わせてそれを粉砕しようとするが、違和感を感じて止めた。

銃から発射されたのは種ではなく、注射器だ。針先が触角に突き刺さっており。その中に入っていた種が注入される。

瞬く間に蔓が触角を突き破ってGに纏わりついた。


「フランソワ流・一式!」


ルナは柄についていたボタンを押す。

すると吸い取って剣にチャージしていたゲロルの血液が、赤く染まった。


「アスカニウス!」


剣を振るうと、バラの花びらが舞い、赤い斬撃が発射される。

がんじがらめになっていたGに直撃すると、大量の血液をまき散らした。


「グアァアアァ!」


無様に倒れるGを見て、ルナは笑う。


「素晴らしい! 力が溢れる!」


『クソ! ユーマは我々の力だというのに! 何故だ!!』


「創造の翼だ!」


月神が答える。

彼もまたエクリプススーツを剥ぎ捨てて和服姿に変わった。

犬耳と尻尾、そして両肩の前に浮遊する赤い大袖のシールド。

これらもまた、人が創造の翼で空に羽ばたいたから見つけたものだ。


「人は雲に手を伸ばし、手が届かないとわかってもなお伸ばし続けた!」


月神は自分の胸の辺りをグッと掴む。


「やがて夢は翼を授けた! 空に羽ばたいた人々は雲をちぎって食べたのさ!」


それは甘くておいしい。わたあめのような味だった。

そう記す。それを見た人々は雲に夢を見た。そしていつか自らも創造の翼を広げて空にむかって飛んでいく。


「人はこれからも翼を広げ続ける! 心ある限りッ!」


月神はホルダーをかざし、ゲロルたちを睨む。


「その自由を! 可能性を奪う貴様らはおれが許さない! これがゲームだというのなら面白い! お前が死ぬまで遊んでやるぜ!!」


「ォオオオオオオオオオオオオオオオ!」


今まで沈黙を守っていたZが吠えた。あまりにも不愉快だからだ。

剛腕が歪むと、まるでレンコンのように変形し、無数の穴を月神に向ける。

そこから弾丸が発射されていった。しかし月神は姿勢を低くして加速、ヤマイヌのように駆けていく。

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