第47話 星の民


舞鶴は奇声を上げ、折り紙で手裏剣を作った。

それを和久井の頭から肛門まで走らせるつもりだったが、そこで光悟が撃った弾丸が直撃して、舞鶴は吹き飛んでいった。

和久井はすぐに体を起こした。しかし前のめりになって、しばらくして倒れた。

グワングワンと眩暈がする。ものすごい吐き気がするのだが、それでも和久井は叫ばなければならなかった。


「幻だってわかってんだろ! それともまだ思い出してねぇのか! ここが腹の中だって!!」


舞鶴は立ち上がった。立ち上がっただけだった。動けなかった。


「いつまでくだらねーことしてんだテメェ! ブッ殺すぞ!!」


そうやって叫んだ和久井は泣いていた。

舞鶴にはその理由がサッパリわからなかった。

だが、しかし、彼の言葉がどこかに突き刺さってしまったから動けない。


どこだ? どこに刺さった? それを探っていると、首に腕が入った。

しっかりとしたラリアット。仕掛けた和久井ごと、舞鶴は地面に倒れる。

頭を打った。星が散った。何かが見えた気がしたが舞鶴は見たくなかったので目を閉じた。

視界が真っ暗になって安心したのに、耳が音を拾ってしまう。


「たった一言、寂しいっていえばよかっただけなのに!」


舞鶴は反射的に目を開けた。泣いてる和久井が見えた。


「どんだけ時間をかけてんだテメェは!!」


「――う」


「は?」


「違うッッ!!」


舞鶴は立ち上がると、右ストレートを和久井に放つ。

が、しかし、和久井はしっかりと受け止めた。


「何が違うんだよ舞鶴!」


「言ったところで! お、おッ、お前には!!」


舞鶴はボロボロと涙を零しながら、もう一方の手で和久井をひっかいた。


「お前には何も届かなかったでしょ!」


和久井の頬に赤い線が刻まれ、ヒリつく痛みが襲い掛かる。

それは今にして思えば、舞鶴がずっと心に抱えていたものだった。


「覚えてる? 覚えてないか。覚えてるわけがない!」


舞鶴はとある日付を口にした。

和久井は一瞬、何の日付かわからなかった。

だが想いはまあまあ本当だったので、それが舞鶴の誕生日だということに気づくことはできた。

だからこそ、自分の過ちに気づく。


「何もしてくれなかった! プレゼントもくれなかったじゃない!」


和久井は、真顔になった。

確かにあの日、和久井は何もしなかった。

だがそれはありえないのだ。

愛しているなら、ケーキを買うのは、あたりまえだった。

当然のことだ。

なのに、それをしなかった。


「………ッ」


たとえば、友人同士であるなら、忘れていたなんてことはあっても不思議じゃない。

恋人であったとしても、人によってはそこまで重要視するイベントではないのかも。

でも和久井と舞鶴は同じものを見ていた。だからオタクを自称する人間にとって、誕生日を祝わないなんてありえないのだ。


和久井はそれをしなかった。むしろ、逆だ。

パソコンの周りに無数にいるキャラクターグッズ。表示されたキャラクターへ捧げるケーキ。

ディスプレイに表示された嫁だか、推しだか。名前も知らないオタクが好きなキャラクターの誕生日を祝っているありふれた光景。


和久井は、それを、バカにした。

おぞましい承認欲求。しょーもない自己顕示欲。反吐が出ると笑ってやった。

なんだったら今現在だってアニメキャラの誕生日を自宅で過剰に祝って写真をSNSに乗せるヤツらはチーズ牛丼を食ってるやつと、チーズ牛丼を食ってそうなヤツがやることだと思ってるし、そういう連中は全員下に見ているところがある。


でも和久井はため息をついた。

膝がガグガグして、たまらずしりもちをついた。

舞鶴が走ってきたが、避けられなかった。

舞鶴にはその権利があると思ったからだ。

だから顎を蹴られても許す。一瞬意識が飛んで、頭を打ったことで戻ってきたが、和久井は一秒ほどの気絶時間に夢を見た。


昔、いやそれなりに結構最近、光悟と喋っていた時の光景がそこにあった。


「聞いてくれよ光悟、舞鶴の声優さ、結婚しちまったんだよ。しかも俺が嫌いなイキリ配信者とだぞ。激萎えだ。脳が破壊された。失っちまったよ、情熱を」


そこで和久井は夢から覚めた。あれは和久井の部屋での会話だった。


だから舞鶴、お前も聞いていたんだよな。

わかってる。わかってるよ。あの時、もしもお前にケーキを買ってきてやれば、きっとお前はこんなに拗らせることはなかったのかもな。

わかる。わかるよ。奈々実ならケーキを買ってくれてお祝いもしてくれるから、そりゃオレより奈々実を選ぶわな。


でも仕方ない。

アニメキャラに恋をするなんて突き詰めれば自己愛でしかない。妄想は自分が行うものだ。自分の想像力を愛するだけの歪んだナルシズムだろ。


「そりゃ、鏡に好きだって言ってるのと変わんねーもんな」


もちろんフィクションのキャラクターを愛する全ての人間がそうだとはいわない。

悪い。わかんねーんだよそのジャンルのことが。でも少なくともオレは――……。

だから、オレにはそんなことをしなくてもよくなった日が来たんだ。


「命を愛するべきだ」


「は? は……? はぁぁぁぁ!?」


「あの時、きっとオレは、何かを愛してみたかったんだよ」


「はぁあああああああああああああああああ!?!?!?」


「ただ、それだけだ」


残酷なことを言われたので舞鶴は和久井を殺そうと思った。

だが和久井もただでやられる男ではなかった。

立ち上がり、走り、舞鶴にしがみつく。


「和久井ッッ! お前に巻き込まれた! お前さえ! お前さえいなければ!!」


舞鶴から放たれた言葉は時間や概念を超越していた。

言い方を変えれば、真理に触れていた。その時、その瞬間だけ、舞鶴は全てを理解していたのだ。

アダムの力があったからすぐ忘れるけど舞鶴は自分が和久井の持ち物であったことを一瞬だけ思い出した。

確か、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ。ミリだけ、舞鶴は和久井のことが――

和久井はそれでも舞鶴を殴った。舞鶴も和久井を殴った。

お互いフラついて倒れる。


(あれ? 何やってんだオレ)


過去の光悟が答えてくれた。いつの日か、和久井は呟いた。


「夢の叶え方がわからない。見方も忘れちまったよ……」


光悟は無表情で言った。


「心の中にある」


虹色の光が和久井を照らした。

さっきまで顔がズキズキ痛んでいたのに、それが嘘みたいに引いていく。


「超介護だな。自分が情けねぇぜ」


でも、ありがたかった。サンキュー光悟。

和久井は体を起こすと、同じく虹色の光に照らされた舞鶴を見る。


「……なあ舞鶴、この前さ、テレビで見たんだよ。ネットで芸能人に殺害予告して逮捕されたヤツ。笑えるよな。いくらなんでもダサすぎる。見た目はまあ、普通だったよ。なんていうか特徴がない。オレはもっとチーズ牛丼を特盛にして温玉つけてそうなヤツを想像していたんだけど、なんか違ってたわ。はは」


「好きだね。ネットで転がってる蔑称が大好き。あんたは自分で言葉を作れないんだ」


「自分がないからって? おいおい、そりゃねぇだろ。だがまあ待て舞鶴、オレが言いたいのはつまりだな……」


「?」


「オレ、不思議に思ったんだよ。ラインを越えたヤツらって本当に怒ってたと思うか? 本気でソイツを殺したかったと思うか? 会ったこともない人間に本気でどうしようもない怒りを覚えてたのか? いやそりゃ嘘だろ。向こうはソイツを知らないんだから、どれだけ不快感を抱いたとしても、それは本当にお前が今までの人生で出会ってきた人間のなかで『殺したい』と思えるほど大きな存在だったのか? 本当か? 疑っちまうぜ。そりゃオレもムカつくヤツはいっぱいネットにいるけど、パソコン買うためにやったバイトで来た客のほうが千倍、いや一億倍は殺したいね。お前もレジ打ちするタイプのバイトだけはやめとけよ。特にジジイとババアは気をつけろ? ●●●●が多すぎる。ああ、あと思い出した。いい歳してキテーちゃんの買い物かご持ってきたオッサンもマジでブチ殺してぇわ。アイツに比べればインターネットの人間なんて――」


和久井は急に言葉を止めた。

信じられないくらいの早口だったのに、いきなりピタリと喋るのをやめた。


「人間ってのは自分より上手くいってるヤツを見るとイライラするんだ。嫉妬とかじゃねぇ、純粋に不愉快なのさ」


着地地点が見つからない。

ため息をついて首を振る。呆れた目で舞鶴を睨んだ。


「何に怒ってんだ? 何に泣いてんだ? お前は本当に理解してんのか? 本気でわかろうとしてんのかよ」


「………」


「そんなことをしても、お前の不安は消えねぇよ」


どうにも上手くいかない。こんな説教臭いことを言いに来たんじゃないのに。


「でも無理だ。流石に言わないとダメだ。テメェのその不幸せを追いかける姿勢がたまらなく気に入らねぇ。自分のことも、周りのことも嫌いなヤツが、幸せになれるわけねェだろ」


和久井は怒っていた。


「答えろクソ女。誰かを憎めば、テメェの地獄は終わんのか?」


たぶん、それなりに、かなり。


「テメェ、このオレ様をハメておいて、今の今まで謝罪の一つもねぇ。そんなカス人間、お前が変わろうとしなきゃ一生クソのままだ。奈々実様には会えねぇよ、永遠にな」


舞鶴は表情を変えた。オレは本当にこの女のことが好きだったのか?

そう疑いたくなるほど、醜く歪んでいた。


「奈々実は私の全てよッ! 彼女が私を救ってくれる!」


「無理だな。お前の不幸を心から願ってるのは、お前自身だ。気に入らねーよ安平舞鶴、奈々実が来てくれても、お前自身がまたお前を不幸にする」


良心を、常識を、モラルを破壊して、それでも奈々実に手を伸ばそうとする舞鶴がたまらなく好きで、どうしようもなく嫌いだった。


「お前はいつもオレを軽蔑の眼差しで見つめてきやがる。はいはい、まあでも、誕生日忘れてたのはオレが悪かったよ。翌年からはショートケーキとチョコケーキを一つずつ買ってやる。それでいいだろ? 許してくれ。ガチで。土下座するわ。モンブランもつけるか?」


和久井は土下座した。

髪を掴まれて引き起こされると、顔面を殴られた。


「いいわけねーだろッ! 奈々実なら本心で祝ってくれる! お前はいらねーんだよクソボケカスがァあ! 死ねよゴミッッ!」


「……祝ってくれる? ふざけたことぬかしてんじゃねーぞ底辺カス屑ヘドロ女。お前のどこを見て祝ってくれるんだよ。奢ってんじゃねーぞゴミウンコ野郎」


「奈々実はいい子だから!」


「いい子ってのは都合のいい奴のことか? テメェ自分が何をしてここにいるか理解してんのか? おーん?」


「ッッッ!!」


「全肯定、都合のいい理解ある彼女くんが欲しいってか? なら人間性を磨けよカス」


「奈々実はそれでもッ! それでもッッ、私の味方で! 守ってくれるッ! だって、だってッ! だってッッ!!」


一筋、涙が零れた。


「奈々実は私のッ、唯一の友達なんだからッッ!」


「………」


和久井にはまだ、奈々実の正体が、アイが見せた幻だということはわからない。

でも舞鶴が欲しいものは、わかってる。

一緒に線路の上を歩くようなツレが欲しかったんだろう。

星空の下で将来の夢を語り合う相手が欲しかったんだろう。

気だるい授業をサボって屋上に寝ころんで青空を見る友達が欲しかったんだろう。


残念ながら舞鶴はいずれも手に入れることができなかった。

自分を理解してくれる友達の幻想を視ながら便所の個室で一人でご飯を食べていた。

学校の屋上はいつも閉鎖されている。


和久井はそれら全てを見たわけではないが、『痛み』はとっくに見抜いてた。


「お前にはもう魂がある。そろそろ創作あそびは、終わりにしようぜ……!」


和久井は光悟を見る。光悟は頷いた。

とはいえ和久井を守るためや癒すために、それなりに力を使っているので、まず、ルナの名を呼んだ。


「了解よ!」


ルナは走りながら変身を解除して、シャルト掴んで投げた

シャルトの体が一本の薔薇になる。そのまま光悟の王冠に突き刺さると、赤い瞳のイグナイトキングへと姿が変わっていく。

さらにローブが現れた。煌びやかなそれはまさに『王』の姿に相応しい。

言い方を変えれば、ボクシングをはじめとした格闘技の選手が、試合前に着ているガウンにも見える。

右腕だけではなく、浸食が全身に及ぶ。両手にオープンフィンガーのグローブがあって、それが燃えていた。


「ブレイジングローズ」


光悟が右の掌を前にかざすと、赤いバラの花びらと共に熱波が拡散し、舞鶴を包み込んだ。激しい衝撃と熱を感じて舞鶴は悲鳴をあげながら後方へ吹き飛ぶ。

すぐに立ち上がると、折り紙の手裏剣を作って飛ばしていくが、いずれも光悟に着弾する前に熱で溶けて消えていった。


「う……、あ」


血の気が引いた顔になる。

近づいてくる光悟、舞鶴は一歩だけ後ろに引いたが、すぐに刀を持って走り出す。


「奈々実に会うんだ! 奈々実に会えるんだ!!」


舞鶴は笑顔になった。渾身の力で武器を突きだした。

だが剣先が光悟に触れるまでもなく赤くなると、融解してしまう。


「あ」


舞鶴の顔から笑顔が消えた時、彼女の体も熱波で吹き飛んだ。

地面を転がる舞鶴は、自分の体が軽くなっていたことに気づく。

顔をあげると、サンダーバードが分離していた。

どうやらこのままだと危険だと判断したらしい。

空に逃げようとしたが、その前に光悟は指を鳴らした。

するとサンダーバードの右翼が爆発して、バラの花びらと共に落下していく。


「うぎゃあああああああああああああ!」


舞鶴は叫んだ。しかし、その声に爆音が重なる。

サンダーバードの左翼が爆発して分離した。

飛行機能を失ったサンダーバードが地面に墜落する。


「やめてやめてやめてぇええぇええ!」


舞鶴は光悟の腰に掴みかかった。

光悟の体を纏う熱はコントロールできるようで、舞鶴に害はなかった。

しかし彼女のお願いを聞いてあげるのかどうかは別だ。


「すまない。舞鶴」


光悟は叫ぶ舞鶴の腕を掴み、強く引いた。

勢いで舞鶴は前のめりに走り出し、ほどなくしてうつ伏せに倒れた。

光悟は舞鶴には目もくれず、サンダーバードを目指して歩く。


両翼を失ったターゲットは光悟に向かって走り出した。

嘴で頭をついばみ、殺すつもりだったのだろう。

しかしそれよりも早く、光悟の右ストレートがサンダーバードに叩き込まれた。

サンダーバードは地面を滑っていき、ほどなくして停止した。


「やめてよぉおッ! いっじょに花火を見るって言っだもんッッ!」


舞鶴が泣いてしまった。

光悟の胸は痛んだが、もう遅かった。

サンダーバードの中に、紅い炎の薔薇が咲いた。肉体が粉々に爆散し、破片が地面に落ちていく。

地面に広がる炎の中で、光悟は振り返った。


舞鶴は目を見開き、固まっていた。

光悟の背後からたくさんの集めた魂が空に昇っていくのを見て、放心していた。

光悟はシャルトを分離させると、黒いスーツ姿に戻る。


「ありがとよ」


和久井が光悟の肩を掴む。


「頼んでおいてアレだけど、よかったのかよ? テメェのやり方じゃねぇ」


すると光悟は舞鶴を見た。

奈々実に会うのがまた遠のいてしまったので、舞鶴は泣き崩れていた。


「……ああ。だが、俺はお前を信じたんだ。和久井」


「くはッ! 正義マン失格だな。お前!」


和久井は笑っていなかった。


(俺はただ、お前にマシになってほしいだけなのに……)


舞鶴が号泣している。

止め方がわからない。

それがただ、悔しかった。


「!」


突如、アブダクションレイが起こる。

アイが島の裏側に待機させていたパラノイアを呼び出したのだ。

三度傘に道中合羽、太刀を持った対人恐怖症のリゲルは周りにいる人々が、自分を見ていることに気づいた。


「宇戯ャ阿亜唖吾亞阿亜唖吾亞ッッ!!」


リゲルは顎が外れるほど大きな口を開けて叫び、走り出す。

シャカシャカシャカと早送りをしたようなスピードで月神のもとへやって来た。

甲高い悲痛な叫びをあげて、リゲルは太刀で頭を割ろうとしてくる。振り下ろされた刃を刀で受け止めるが、そこで月神の靴が地面にめり込んだ。

月神がもしも柴丸と融合していなかったら今の一撃で全身が砕けていただろう。


「ぐあぁッ!」


次の瞬間、月神の体が後方へ吹っ飛んでいった。

ホルダーを盾にして突きを受け止めたのだが、踏みとどまることができずに凄まじい勢いで地面を滑っていく。

リゲルは恐怖していた。人が怖い。目が怖い。激しい重圧に押しつぶされそうになり、思わず緑色のヘドロを吐き出した。歪な嘔吐のさなか、太刀を強く握りしめる。



怖いから殺す。



走り出そうとして、できないことに気が付いた。

月神は攻撃を受けながらも刀を二本飛ばしており、リゲルの両足の甲にそれぞれ突き刺さしていた。

刀は足を貫通して地面に突き刺さっており、動こうとしたら激しい痛みが襲い掛かってくる。

しかしリゲルの恐怖は痛覚で抑えられるものではない。足を引き裂きながら前に進んでいった。


しかしそこへ飛んでくる犬神・荒星あらぼしのエネルギー。

五式・砕破さいは月哮牙げっこうが。鋭い牙で、リゲルに食らいかかった。


「へぇ、やるね……!」


月神が思わず唸る。犬神が細切れになって消滅していく。

リゲルが腰を落として刀を構えている。目にもとまらぬスピードで切り裂いたということだ。


「でももうゲームオーバーだ」


リゲルは衝撃を感じて叫んだ。肉体を貫くレイピアと西洋剣。

後ろにルナがいて、右には光悟がいて、次の瞬間、リゲルの腹に月神の刀が突き刺さった。


「ッ!」


その時、光悟の表情が変わる。


「どういうことだ?」


思わず呟く。

そこでリゲルが吠えた。衝撃波が発生し、月神たちの体が吹き飛ばされる。


「おかしい……!」


最初に体を起こしたのは光悟だった。

橙に変わり、メガネ越しにリゲルを睨みつける。

何かを調べているようだが、リゲルは太刀を持って光悟に向かってくる。おちおち調べ物をしている場合ではない。

銃を連射してリゲルを狙うが、迫る光弾を次々に切り弾いて、あっという間に光悟との距離を詰めていった。


気づけば目の前だ。

光悟は銃を突き出してリゲルを狙うが、それよりも早くリゲルが銃を掴んで上にあげた。

引き金をひいた時には、弾丸は空に向かって飛んでいくだけ。


リゲルは肘で光悟を打つと、刀を振るう。

光悟は前転で転がって刀の下を潜ると、再び銃を突き出した。

しかしリゲルは回し蹴りで銃を弾くと、下から上にすくいあげるように刀を振るう。


光悟は右にズレて紙一重でそれを回避するが、そこで首を掴まれた。

首の骨をへし折れるだけのパワーだった。

だがそこでヒラリと舞い上がるシルエット。


ルナがマントをはためかせながら跳んでいた。

体操選手のように体をひねりながら脳天が地面に向く形になる。

ルナはそのまま腕を頭上に伸ばし、レイピアを突き伸ばした。

つまり――


「ハァアア!」


レイピアの剣先が、リゲルの右肩に叩き込まれた。

衝撃で力が緩む。光悟はリゲルを蹴って腕から抜け出すと、地面を転がって距離をとった。

その隣にルナが着地する。光悟とルナの視線の先でリゲルは刀を落として震えていた。

ルナの突きを受けた影響だ。しっかりとレイピアの剣先に種を仕込んである。それを突きの衝撃でターゲットに植え付けたのだ。


「愚ぉ御男緒汚嗚悪御男緒汚嗚悪御男緒汚嗚悪!」


リゲルが叫ぶと右肩を太い芽が突き破り、瞬く間に急成長していく。

根がリゲルを拘束し、芽は瞬く間に幹となってリゲルを取り込んでいった。

そして葉が生い茂り、あっという間に一本の木となった。

リゲルは体を動かそうとするが、幹の中に埋め込まれており完全に動きを封じられているようだ。

好機である。ルナと月神がそれぞれ武器を構えた。


「待ってくれ。ティクスの補正が効いてない!」


相手の悪レベルによって、強くなれるのがティクスの能力ではあるが、リゲルにはそれがまったく機能していなかった。

パラノイアは人を殺し、恐怖に叩き落す存在だ。にも関わらず下された判定はゼロ。


「リゲルは『悪』じゃない」


「しかし真並くん。真実を見ろ。マリオンハートが宿ってないものに善も悪もない」


そういって月神は走り出した。ルナも釣られて走り出す。

精巧に再現された敵という駒。それ以上でも以下でもないのだ。


「!」


空から伸びてきた光に包まれて、一瞬でリゲルが消えた。


「逃げられたみたいだな。まあいい」


月神は周囲を見て気づく。アイと桃山姉妹がいなくなっている。

しかし問題はない。この戦いが始まる前に光悟がジャッキーを上空に待機させてある。

空からしっかりと逃げるアイを補足しており、位置情報が腕時計のディスプレイに表示されている。


「おれが追うよ」


月神が歩き出し、入れ替わりでミモたちが駆け寄ってきた。


「これで……! えーっと」


ミモは言葉を探す。とにかく一旦は落ち着いた筈だ。

倒れていたイゼもそこで目を覚ました。

すぐに自分たちが負けたのだと理解し、地面を弱弱しく殴りつけた。

口を開く気力は残っていない。泣きじゃくる舞鶴の嗚咽だけがそこにある音だった。


「………」


和久井は一歩、前に出て、止まった。

喉が痛い。痛すぎて、正しい言葉が出てこなかった。


「泣かないで舞鶴ちゃん」


舞鶴には優しさだけがあればいい。

それがわかっていますと言わんばかりのメッセージ。

雲が割れ、虹色の薄明光線が降り注ぐ。


「……きれい」


ミモが思わず呟いた。

暖かく、柔らかな光は、見ているだけで泣きそうになる。

光の中で、人影がゆっくり下降してくる。それを見た瞬間、和久井の表情が変わった。

そしてそれは舞鶴も同じだった。時が止まったかのように固まると、直後飛び上がるように立ち上がった。


「え!!」


ぱぁぁっと、すぐに笑顔になる。

虹色の光を連れて地上に降り立ったのは、間違いない。

ツーサイドアップに、まぁるいおめめ、舞鶴の親友である『天乃川奈々実』だった。


「ななみぃ……!? にゃはみぃ!」


舞鶴は嬉しそうに頬を桜色に染めて走りだす。

何が起こったのかわからず、光悟たちは沈黙するしかなかった。

しかしただ一人、和久井だけは違っていた。


「……だ」


やめろ。やめてくれ。


「嘘だろ!!」


違うんだよ。

ダメなんだよ。無理なんだよ。そう思って叫んでみても、舞鶴は止まってくれない。

どうして? 和久井は泣きたくなった。

まだわからないのか。まだわかってくれないのか。

お前の幸せは、そっちにはないんだよ。


「光悟! 頼むッッ!」


和久井の悲痛な叫びを聴いて、光悟は意味を理解した。


「姿を現せ! ティクスフラッシュ!!」


それは悪しき幻想を取り払う虹色の光。

ドーム状に広がって、フィーネを丸ごと包み込んだ。




「……母さん! おかあさん!」


アイは地下室の扉を開いた。

椅子に座り込んでいるアイの母、レムナは心配そうにアイを見つめている。


『どうしたの? 大丈夫?』


「ごめんッ! あいつら強すぎるんだ! アタシの力じゃ勝てないよ……!」


「それは、どうも。実に光栄だね」


アイが後ろを見ると、月神が入って来た。


「ど、どうしてココが!」


「空にいるおれたちの優秀なしもべが、キミを監視してい……」


そこで月神は言葉を止めた。


「おい、キミ」


「は? な、なんだよ」


「それはなんだ?」


アイは、月神が指さした方向を見る。

母が椅子に座り、柔らかな笑みを浮かべていた。

アイは釣られて微笑むが、すぐにムッとした。


「それっていうな! アタシのお母さんを……!」


「お母さん? 母親だって?」


そうだったのか。月神は一瞬納得しかかったが、大きな違和感を感じた。


「ん? それはおかしい。それが喋ったのか?」


「だからそれってなんだよ! テメェ! いい加減にしねぇとブチ殺して――」


「ミイラだぞ」


「……ぁ?」


月神は椅子に座っている『物』を指さしていた。


「そこにあるのは、死体だ」


干からびた女性。

もはや人間にも見えない物体を、母というのなら。





「………」


舞鶴は笑顔を浮かべたまま固まっていた。

脳が処理を拒んでしまったようで、フリーズしている。

何か言葉を発すれば、時が進んでしまう気がして、何も喋れなかった。

しかし否応なく事実は突きつけられる。奈々実の顔が、溶けている件について。


「んぁーーーーーーー」


ドロドロになった奈々実が、声を出した。

高い声、低い声、いくつもの音を重ねたような歪なボイス。

おそらく口を開いたのだろう。顔の下半分にぽっかりと空いた穴からムカデのようなものがいきなり伸びてきた。


舞鶴の体が光悟に突き飛ばされて地面に倒れる。

頭上を通りすぎたムカデは軌道を変えて、再び舞鶴のもとへ迫るが、光悟の手刀で切断された。


「キシィィィゥユゥゥゥウアァアアア!!」


かな切り声をあげながら奈々実は後退していく。

どうやらムカデに酷似したものは、彼女の『舌』だったようだ。

緑色の血をまき散らしながら、舌を引き抜いていた。


奈々実の体が変質していく。

ツーサイドアップ、中央部分の伸びた髪が楕円形に膨らんでいき、棘の生えた長い脚がいくつも生えていく。 

さらにバサバサと煩い羽音が聞こえる。頭から羽が生えたのだ。

さらに二つに結んでいた髪が長い触角に変わっていた。


気づけば、まるでカミキリムシの下に人の体をくっつけたような歪なフォルムになっていた。

変化が起こったのは人間の体部分も同じだ。

服は溶けて消え、硬質化した桃色の皮膚はなんとも形容しがたい悍ましさがあった。

細長くなった腕と脚には棘が生えており、蟲をそのまま人型にしたようだ。


「―――――――――」


蟲が口から音を出した。

誰もが鳴き声にしか聞こえなかっただろうが、光悟だけは意味を理解した。

なぜならばティクスの能力に『ありとあらゆる言語が理解でき、会話することができる』というものがあるからだ。

これがあれば世界中、どこに行っても助けを求める声に反応することができる。

たとえそれが――、他の星であったとしても。



通訳・ゲロル星人の邪魔をしたものは、一人残らず殺害する



アイの家。

月神はニヤリと笑った。我ながらこの至近距離でよく避けられた。


「普通の人間なら殺せただろうが、残念、おれは違うんでね」


大きな魔女帽子の中からレーザーが発射されれば並み人間は反応すらできずに死んでいただろう。


「不愉快」


アイが、そう口にする。月神は一歩、後ろに下がった。

アイは今、白目をむいて涎を垂らしている。どうやら意識がないようだ。

にも拘わらず彼女が喋れるのはなぜか? ずっと被っていた魔女帽子を脱いだ。


『テレパシーを地球の言葉に翻訳しているため意味が伝わらないこともあるだろうが、続けよう。殺害、憎悪、殺人、人を殺す、お前を殺害、私の意志はこの中にある』


「……悪趣味だね」


『所詮、人間の価値観だ』


性別がないため、男とも女ともいえるが、ここは『彼』と表記しよう。

巨大な赤い目と、小さな赤い目が合計で六個あった。

菱形の頭部。灰色の体。サイズは月神の人差し指ほどの大きさしかない。


その小さな生き物は、椅子に座っていた。

アイの脳天だ。彼女の頭部が改造されて『椅子』になっている。

なぜアイがずっと帽子を取らなかったのか? 本人は母から貰ったからだと思っているようだが、それは違う。

"ゲロル星人"が、崩壊していく文明をより近くで観劇したかったからだ。





「奈々実は?」


中央公園。舞鶴が泣きながら叫んでいた。


「奈々実は!?」


もう一度叫んだ。

愛しの奈々実にやっと会えたと思ったら、奈々実が溶けてカミキリ虫だか、ゴキブリの化け物になっちゃった。

そんなことを受け入れるわけにはいかない。だから叫んだ。


「ねえ! 奈々実はぁ!?」


「773型-G。私が奈々実だった」


光悟はその返答を翻訳することはなかった。

それを舞鶴に聞かせるのは、あまりにも残酷である。


「どういうことだ? 答えろ! ゲロル星人!」


「人間! 俺の言葉がわかるのか? やはりお前は危険だな!」


Gの口は横に開く。無数にある牙を剥き出しにして、光悟を威嚇している。


「ねえ! 奈々実はどこなの!? 誰か教えてよ!」


誰もが引きつった表情で固まっている中で、確かにGは、笑った。


『天乃川奈々実など! はじめからこの世には存在していない!』


テレパシー、これでわかる。

その時、Gの胸が左右に開いた。それを見てしまったミモは思わず口を押えて目を逸らす。

あまりにも悍ましい光景だ。Gの胸の中には、おびただしいほどの小さな虫のような生命体がびっしりと蠢いていた。


「お前たち人間は! 我々、ゲロル星人の玩具なのだ!!」


月神の前にいた『本体』も、賛同するように笑った。


「我は、我々であり、我らなり」





ゲロル星。

地球から遥か彼方、遠く離れたところにある惑星だ。

ある日、そこに惑星調査団がやってきた。

ノーブル星からやってきた彼らは生命体を発見して喜んだが、すぐに後悔することになる。

773型、775型……、数え始めて、すぐに終わった。


ゲロルは『いつ』である。


その理由は、それ以外を、殺したからだ。

ゲロル星人は狡猾だった。ノーブル調査団に気づかれずに、彼らを殺した。

それが寄生生命体であるゲロルの能力なのだ。


調査団が故郷のノーブル星に戻り、歓迎会が開かれたその時から『インベーダーゲーム』は始まった。

ルールは簡単、訪れた星を楽しみながら滅ぼすことだ。

はじめのゲームは百年で終わった。


滅びゆく星のなか、唯一の生き残りであるマシューとテュースが愛し合い、今まさに儚く美しい終わりを迎えようとする時、ゲロルがテュースの子宮を突き破って外に出た。

そのまま唖然としているマシューの喉を食い破って、惑星の住民を全滅させた。


性善説を信じがちな連中が悪い。

なかでもマシューは戦犯だ。最後まで幻の友達を友達だと信じて疑わなかった。

父親が己の性器を噛みちぎって自殺した時点で、この世の人間がどうにかなっていると気づくべきだった。


だがどうにも、マヌケが多い。

ゲロルは船で次の星を目指した。スクモ星の生物は、まだ言葉を理解できるものが住んでいなかったので、ひたすらに殺し合わせて、わずか一週間で全ての生き物が死滅した。


リュグロ星人はとても気さくで明るい――、今の日本でいうのなら大阪府民のような人たちばかりだった。

ゲロルは、真正面から星に入った。歓迎された。

焼肉をごちそうになった。タン塩、もも肉、むね肉。みんなうまいうまいと笑ってビール片手に焼肉に舌鼓を打った。

ゲロルもたくさん赤い液体を飲んだ。宇宙人はワイン派なのかとリュグロ星人は笑ったが、あいつらは全員アホであるとゲロルは思っていた。


ワインではない。血である。

歓迎団は全員血を流しながら焼肉をしていた。

到着、歓迎、その時点でゲロル星人は、体の一部である蟲を、リュグロ星人の体内に入れていた。

脳を侵食して痛覚を遮断し、そもそも幻覚を見せて腹に穴が開いたことを悟らせない。

リュグロ星人は焼肉を食って、穴があいた腹から、そのまま食ったものをはみ出させていた。


そもそも食っていた肉は牛だの豚だと思っていただろうが違う。

お前らの、星の、国の、王様。プラス、その一族だ。

それをうまいうまいと食っていたのだ。

ゲロルはそれを繰り返して、リュグロ星を滅亡に導いた。

この星の結末はインベーダーゲームの中でも焼肉エンドと名付けられた通り、非常に特殊で印象深い終わり方だった。

遊び、終わったら次へ。遊びつくし、終われば次へ。


ある日、ゲロル星人を乗せた船は、太陽系第三惑星・地球にやってきた。

ゲロルは、標的の耳や口や肛門。時には強引に穴をあけて中に侵入する。

そうして脳にたどり着くと、あとは好きな情報を入れれば終わりだ。

人間は視覚や聴覚、そして思い出が全ての生き物である。五感で感じたものを人は絶対に疑わない。

いや、終わりが見えても、人は疑えない。

今まで信じてきたものが幻だと認めたくないからだ。


『傑作だった』


アイの頭に座っているゲロル星人は、踵でアイを叩く。


『魔女狩りの歴史を信じてきたようだが、当然そんなものは存在しない。全てゲロルが見せた幻覚だ。それを生きる糧にしてきたとは滑稽もいいところである』


その歴史、ネタバラシをゲロルは情報として魔法少女や光悟たちの脳内へ送信した。


「そんなの……、ありかよ」


中央公園では、理解した和久井が腰を抜かす。

もう無茶苦茶だ。でも実際そういう展開なのだから仕方ない。

つまりあれだ。わかりやすくいうなら魔法少女ナナミ☆プリズムのオチは――



魔法少女なんて存在せず、みんな宇宙人に騙されたイカレ女ばかりだった。



『舞鶴。お前の母親は今、どこにいる?』


Gはテレパシーで舞鶴へ問いかける。


「え?」


舞鶴は考えた。ママは、お母さんは、からあげも、カレーも、ホットケーキも作ってくれないけれど、それでも――


「あれ? あ、あ、あ……!」


そこで舞鶴は、自分が一人で暮らしていたことに気づいた。

一人で寝て、一人で起きて、一人でパンを食っていた。


「あれ? あ、れ? え? あれ? んっ? え、えっと……」


舞鶴はヘラヘラ笑って頭を抱えた。


「お、お母さん? お父さんも……? あれ? ど、ど、どこに、いっ、たの……?」


独り言だが、Gは反応してくれた。


『食った』


「え? へ……? た、たべ……」


舞鶴が固まる。それを見て、Gは大きく肩を上下に揺らしていた。

笑っているのだ。


「ねえ、マジで、待って」


フラフラと、ミモが、前に出る。


「……ネズミのチュータって知ってる?」


『ああ。あれは傑作だった』


Gはますます笑う。伝統芸能風になった演出がよかった。

人間は過去の人間が残してくれたものを大切にする。それが茶化されたみたいで、ゲロル的にはなかなか高い興奮を得られた。


『だがお前の親父は欠落品だ。俺様ならもっと穴を開ける』


細長い指がミモを指した時、彼女は既に走り出していた。


「うあぁあぁあぁああぁああああぁあああ!!」


弟も、父も、母も、みんな死んだ。

いや、殺されたのだ。頭に蟲を入れられたせいで。


「ッッッ! ブッ殺してやるゥウッ!!」


ミモは巨大なトンファーでGを殴り殺そうと決めた。

しかしその時、電撃が迸りミモは苦痛に叫んだ。それは彼女だけではない。

モアも、イゼも、みんな同じだ。装甲がひとりでに分離し、武器が手を離れ、そして空中で結合していく。

ミモの前にビッグフット、モアの前にネッシー、イゼの前にモスマン。

そして。舞鶴の前にサンダーバードが立ちはだかる。


「どうして変身が――ッ!」


『ゲロルの兵器だからだ! 今まではお前ら下等種族に使わせてやっただけだ』


その証拠に、Gが動けと命じるとビッグフットは剛腕を振り上げた。

ミモが止まれと念じても止まらない。


『ユーマの真の所有者はゲロル星人であって、お前たちではない!』


しかしそこでルナが走り、ミモを抱いて跳ぶ。

間一髪。一秒前までミモが立っていた場所に拳がめり込んでいた。


「キシィィイアアァアアア!」


甲高い声で、Gが鳴いた。

昂りを感じる。ミモのように怒りに燃えるものの顔を見るのは好きだった。

復讐心を抱いたはいいが、何もできず全身を喰われて死んだものたちを何人も見てきた。

そこにあるのは圧倒的な力の差だ。ゲロルは寄生する者、いかなる文明や技術を持っていようが、それを侵食し、乗っ取り、進化していく。


「その中で我々はゲームがより面白くなるようにシナリオを練るのだ。星が滅びるまでに、そこに住む者同士で多くの血が流れていく! 哀れな生き――」


「一つ、聞かせてくれ」


「?」


光悟は平坦なトーンで問いかける。


「パラノイアの正体はなんだ?」


まるで、待ってましたといわんばかりに、ゲロルたちが笑った。

空にいくつもの映像が浮かび上がる。

学生服姿の少年が泣いていた。隣には彼のことを書いた新聞の記事も表示される。


●●●市に住む「前島良斗」さんが行方不明。

部活終わりに姿を消した。携帯電話での追跡は不可能。目撃情報もなし。

いくつも展開していくモニタ。前島少年の母親らしき人が泣いている。

無事ならなんでもいいから、どうか連絡を――


一方で、隣のモニタの中にいた前島くんは泣いていた。

狭い箱の中に閉じ込められた彼は、必死に外に出ようとしている。手からは血が出ている。それだけ力を込めて脱出しようとしたのだろう。

もうすぐ妹の誕生日だったから、家族で旅行に行こうって決めてたのに。

もう家族にも、友達にも、ミケにも、あの子にも会えないのか。とうとう前島くんは情けなく泣き始めた。

同じような光景が、無数にあるモニターの中にいくつも映っていた。


『人間をランダムに拉致アブダクションし――』


映像が切り替わる。

たとえば前島くんは、白目をむいて、涙を流し、泡を吹いて痙攣していた。

頭の上半分が切り取られて、脳が剥き出しになっており、そこに電極のようなものが突き刺さっていた。

ベッドの周りにある無数の機械が高速で動き、手早く手術を行っていく。


注射で緑色の液体を打ち込むと、前島君は絶叫しながら、やがて笑い出した。

皮膚がどんどんと緑色に変色し、ボコボコと泡立つように膨れ上がっていく。

モニタの中にいたGは誰かの左手の薬指を齧りながら、持っていた大きな針を前島くんの体に突き刺す。

前島くんと絶叫と、Gの笑い声が重なり合い、そこで映像が次のカットに切り替わる。


前島くんが寝ていたベッドに、化け物が眠っていた。

先端恐怖症だった前島くんは、アルデバランに生まれ変わった。


『人間を改造して兵器にした。それがパラノイアだ!』


怒り、憎しみ、それをすべて置き去って、ただ、ただ、打ちのめされる。

その中で、イゼの息が止まった。呼吸を忘れるほどの映像があった。

モニタの一つ。手術を受けていたのは、祖母のイズだった。


「お婆様……?」


頭を押さえる。

厳しかった祖母。誰よりも正義感があった祖母。

第三次世界大戦を終わらせた英雄だった祖母。


はて? イゼはいつ、イズと別れた?


葬式に出た覚えはない。

でもイゼの家にイズはいない。それどころか、イゼもまた自分が一人暮らしであることに気が付いた。

イゼはその時、祖母の改造手術が完了したのを見た。

そこにいたのは



対 人 恐 怖 症 の リ ゲ ル。



「ガハッッ!」


イゼは突然、腹部に激痛を感じて咳込んだ。

真っ赤な血が口から溢れ、たまらず膝をつく。

血液は口からだけではなく、鼻や耳からも流れてきた。

なんだこれは? 怯えるイゼは、そこで信じられないものを見た。

吐き出した血の塊の中に笑っているナナコがいた。血まみれの妹が確かにそこにいた。


「ゴォオオオオオオオオオ!」


だが愛しの妹から放たれた声は、あまりにも醜く濁っていた。

轟音と衝撃、イゼの体が面白いように吹っ飛んでいく。

同じくしてナナコがどんどん大きくなっていく。急激に、あっという間に、膨れ上がったナナコはどんどん、どんどん、大きくなっていく。

イゼと同じサイズになっても、まだ大きくなっていく。


腕が肥大化し、足が肥大化し、爪は鋭利に、そして巨大になっていく。

服だと思っていたものは皮膚だった。体毛のようなものが確認できる。

ナナコの顔が溶けた。目が真っ赤に染まり、四つになる。

なおも巨大化していく体は、二メートルくらいになったところで止まった。

そこにいたのはもはやナナコとは似ても似つかぬ歪な巨躯。


「ォオオオオオオオオオオオオオオ!」


野獣が吠えた。

ゲロル星人の一部、775型-『Z』。

大きな体に太い腕が特徴的な個体だった。


「お姉ちゃん。負けないで。悪者なんかかかかかかかか!」


化け物から妹の声がした時、イゼの中で何かが崩れた。

わかりやすくいえば折れた。イゼは腰を抜かして、ただ茫然と一点を見つめている。

それを見てGもZも本体も笑った。小型化していたZは、今の今までイゼの体内に潜んでナナコという幻想を作り上げていたのだ。


『お前たちの役目はもう終わりだ』


公園にいたGが細く長い指で合図をすると、ユーマたちが瞳を光らせた。

それぞれの武器を起動させ、愚かな人間に狙いを定める。


「ちくしょう……ッッ」


ミモの瞳からボロボロと涙が零れてきた。

優しい家族だった。大好きな家族だった。なのに、なのに。ああ。


「うああぁぁああぁぁあぁッゥ!!」


怒りに叫んでみたところで、何にもならない。

身体強化機能もユーマの機能の一つ。それが失われた彼女たちは脆い人間だ。

サンダーバードは口から熱線を発射し、ビッグフットは剛腕を振るい、ネッシーは目からレーザーを発射して、自分を魔法少女だと思い込んでいた一般人を殺害する。

ゲロル星人たちはそれを笑いながら見ていた。







が、しかし。

やはりここは一つだけ訂正しなければならない。

殺害される、『筈』だったということだ。


「――ッッッ!!」


Gは、今まで感じたことのないものを感じた。

それが痛みだとわかるまでに、かなりの時間を要した。

なにせ今までの星にはそれを与えてくるものはいなかった。


でも、違う『作品』には?


「ゴガァアアァ!」


ユーマたちの攻撃は、全て虹色のシールドが遮断する。

魔法少女たちの悲鳴が聞けると思っていたのに、悲鳴をあげたのはGとZのほうだった。


「グゴォォォオオオオオ!」


Gの顔面には光悟の拳が抉り刺さり、Zの右目にはバラの茎が突き刺さった。

そして、ゲロル星人本体の眼前には、刀の剣先があった。


「役割がある」


光悟がそう言った。

創作物には配役というものがあるのだ。それは彼も理解していた。


「同情するが、俺はお前らの野望を叩き潰す」


Gは激怒していた。

立ち上がると胸を開く。無数にいた小さなゴキブリのようなゲロルたちが一斉に飛び立ち、光悟を包み込んだ。

ゲロルは光悟の耳や、鼻の穴、口、それだけではなく服や皮膚を食い破って体内に侵入しようとする。


しかしその時、光悟の体が水になった。

ゲロルの群れは行き場をなくし、うろたえ、水の塊はGの前まで飛んでくると実体化した。


「なぜなら、理由はたった一つ」


ブルーエンペラー。

逆手に持った小刀でGの胸に一撃を刻む。

返しにもう一撃。Gが怯んだところで足裏を腹部に叩き込んだ。

光悟はプリズマーを操作して基本形態に戻ると、再び虹色の光で魔法少女たちを照らす。するとモアが苦しみだし、直後吐血した。


口から出てきたのは、ゲロルだ。

正義の光が体内まで侵食し、たまらず飛び出してきたのだ。

光悟は飛んできたゲロルをキャッチすると、即、握りつぶす。


「――俺の役割が、正義である以上」


そこで光が迸った。アブダクションレイだ。

一瞬でユーマやゲロル星人が消え去る。その光の中に、光悟はアダムの姿を見た。


『正義?』


アダムは椅子に座っている。目も据わってる。


『耳障りがいい言葉だよ。さぞ居心地がいいことだろうさ』


光悟は表情を変えない。

無表情でアダムをジッと見つめた。


「役割は変えることができる」


アダムは少し眉を動かしたくらいで、何も言わずにそのまま消え去った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る