エピローグ
「ありがとう。本当に助かったよ。キミたちは世界を救ったヒーローだ」
光悟はしゃがみ込み、ティクスのぬいぐるみを男の子に返した。
「でも珍しいね。ティクスは極光戦士の中でも昔なのに」
「一番最初だから……、この前も映画で……!」
「ああ。俺も見たよ。春映画は全員集合するからいいよな!」
特オタにしか理解できない会話である。光悟は同じように柴丸も返却しに行った。
その後マンションに帰ると、入口の前で少女が腕を組んでいた。
「地球ってなーんか辛気臭いところね」
パピが創成魔術で生み出したのは『地球で活動できる肉体』だった。
彼女は光悟と共に生きることを望んだのだ。ホムンクルスという存在らしい。
戸籍など諸々の手続きがとても面倒だったが、月神が上手くやってくれたようだ。
和久井は教室で携帯を弄っていた。
ネットでオンユアサイドを検索してみるが出てこない。
あのゲームが発売された『事実』が消えていた。公式サイトもなく、通販サイトはもちろん熱心なレビューもない。
(改めて、とんでもないことに巻き込まれたんだな……)
そういえばこの前たまたま見かけた、やたらほんわかした雰囲気のノベルゲームにヴァジルとロリエに似たキャラクターがいたような気がする。
ああ、そんなことをしている間に休憩が終わる。和久井は遅れた勉強を取り戻すために補修を受けていた。
しかしとにかくダルくして仕方ない。終わったら遊びに行こう。
『今度みんなでバーベキューでもするか』
『いいね、ハイセンスなメロンを持っていくよ』
返信を終えた月神は、携帯をしまうと隣にいたルナに微笑みかける。
パピが創ったホムンクルスは二つ。自分とルナの分だ。ヴァジルとロリエは残ることを選んだ。
生きていればまた会えるから。そう言ってそれぞれの道に進んだ。
一つのマリオンハートを二つに分け、パピとルナが所有する。
体に慣れるまで少し時間はかかったが、今はもう二人とも完璧な『人間』だ。
「ルナ、本当に良かったのか?」
「お兄様ったら。その言葉、さすがに聞き飽きてよ?」
そりゃ寂しい想いもあるが、前に両親に啖呵を切った際、こんなことを言われた。
『重圧を与えていてごめんなさい。貴女は家のためじゃなくて、自分の人生を生きて』
ルナはその言葉を思い出した。だから月神について行くことを選んだのだ。
「でもルナ。待っててくれ、いつか必ずまたご両親に会えるようにするよ。世界をよくするためには、まずは大好きな人を幸せにしなければ意味がないからね」
「え? え……!? ジュルッ! はッッ!? お、おおおお兄様! それはどういう意味かしら! 詳細を聞かせて! お兄様? ねえお兄様! お兄様ァアアア!」
先を行く月神を、ルナは前のめりで追いかける。
そうしていると二人は目的地についた。現在、二人が立っているのはチリ領の太平洋上に存在するパスクア島という場所だった。日本ではイースター島とも呼ばれている。
月神は持っていたタブレットを確認しながら移動する。
舞鶴のような欠片の所持者はあの時点では全く気づけなかった。
だからルナに協力してもらい、マリオンハートをさらに研究、探知能力を向上した。
月神は目の前にある石像に勉強してきたスペイン語を披露する。しかし反応はない。月神は咳ばらいをし、そのワードを口にした。
「マリオンハート」
『ああ、大丈夫わかってるよ。日本語を思い出していただけなんだ』
モアイが喋った。わかっていたが、それでも月神とルナは思わず怯んでしまう。
「昔からオーパーツとは言われていたけれど、まさか生きていたとは」
どうやってあちこち建てたのかはいろいろ言われていたが、彼は自分で歩いてその場に鎮座したらしい。
昔からモアイは墓標や祭壇、何かを祀るためのモニュメントだと言われていたが、少なくとも月神の前にいる彼は違うと笑った。
『私は観測者。オンユアサイドは新しい自分を望んだようだね』
「地球もそれに合わせて形を変えた。マリオンハートとはいったい何なんだ……?」
『人類が見落としていた世界のルールさ』
月神グループはそれをチベットで見つけた。しかし考えてみれば一つだけとは考えにくい。
というよりも破片ですらティクスたちはすさまじいスピードで成長した。
過去どこかでマリオンハートが砕かれ、分裂していたとしたら?
というよりも月神はとても根本的なことを見落としていたのではないか?
「まさか既に地球は生きているのか?」
『……この世に存在するものは、みんな生きているよ』
だから人間も奢ってはいけない。愚かなものは、排除されても仕方ないから。
『支配者への憧れは誰にでもある。魂が芽生えれば。心が成長すればね』
なぁに、大丈夫さ。もしも不思議なことが起こり始めていたとしても、長い目でみれば不思議は不思議じゃなくなる。人間だってかつては存在していなかった生き物だ。
『それを進化と呼ぶんだろう? 新しい世界形態が始まるかどうかはキミたち次第さ』
モアイはそこで沈黙した。何も語ることはなかった。だから月神は踵を返す。
「何も問題ない。なぜなら地球にはヒーローがいるからね」
モアイが笑った気がした。
◆
ぬいぐるみのお医者さんは、かなり損壊が激しいが、なんとかしてみると言ってくれた。
その後は蕎麦屋に行って天丼セットが二つ注文した。
「いただきます」
光悟は手を合わせるが、パピは無言で食べ始める。
「いけないぞパピ。何か言うことがあるだろ」
「え? あ、そっか。光悟大好き」
「……あ、いやッ、その、いただきますを、あの、その」
パピは真っ赤になっていただきますと口にした。
しばらくは本当に恥ずかしそうにしていたが、やがて割り切ったのか美味そうに天丼をムシャムシャ食ってた。
デザートに注文したたいやきもバクバク食ってた。おかわりもしてた。
蕎麦屋を出ると肩を並べて歩く。特に行先は決めてない。
パピはポケットに入れてるウマチュウを取り出すと、口に入れてモゴモゴしていた。
「ねえ光悟、アンタのことなんて呼べばいい? アンタってなんか乱暴でやだし、光悟は和久井、光悟くんはティクスと被るからやだ。特別がいいの」
「こーちゃんとか」
「マヌケっぽいわね。ボツ」
「こーくん」
「だっさ」
「ウゴ」
「逆にそれで呼ばれたいっての? 真面目に考えなさいよ。ぶちのめすわよ」
「いけないぞパピ。言葉が悪い」
「あなた」
「………」
「ダーリン」
「………」
「あなたの方が顔が赤い。決まりね。あ・な・た?」
光悟は真っ赤になりながら歩く。パピはケラケラ笑っていた。
だがふと、パピの表情が暗くなる。野良猫が道を歩いていたのだ。
「ここから始まりだ」
光悟が言った。
「だからこれからは、にゃんにゃんには優しくするように」
「猫のことにゃんにゃんって呼んでるの? キモ」
「………」
「キモイって言ってごめん」
ちゃんと生きるから。パピはそう言った。光悟も頷いた。
「ところでさ光悟、ティクスっていっぱいいんのね、知らなかった」
「ちょっと待て。それは極光戦士シリーズのことを言ってるのか? 確かに似てると言えばそうだがティクスから始まったシリーズは昭和を経て平成でそのエッセンスを――」
パピは嬉しそうに笑う。
熱心に好きなものを夢中で語る光悟はとても楽しそうで、見たことのない表情だった。
もっと彼のいろんな顔を見たい。思わずニヤけてしまう。
「よし! じゃあ決まり! 今からティクスのでぃーぶいでーってヤツを借りに行きましょ! お菓子もたくさん買って、ブッ続けで見てやるんだから!」
そこでパピが立ち止まる。そうだ。忘れていたと。
「せっかく二人の人生を歩めるようになったんだから」
パピは光悟を抱きしめると、唇を重ねた。
ぶどうの香りがする。唇を離すと、二人は真っ赤になって固まる。
「あの、パピ、あまり外では……」
「ご、ごめん! あはっ! あははっ!」
パピは恥ずかしくなって、早足で前を行く。
「気をつけろよ。もう死んでも戻れないぞ」
「あーっ! もーっ! 分かってるっての!」
パピは振り返ると、とびっきりの、最高の笑顔を見せた。
「だから、あなたが守ってよね!」
二人は笑って歩いていく。
今日は人生で一番きれいな青空だった。
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