第36話 生きているもの


それだけじゃない。

月神の傍には柴丸のぬいぐるみも立って尻尾を振っていた。


「そんな馬鹿な! 一体どうして! 確かに殺した筈なのにッ!!」


そこでヴァジルが名乗りを上げた。

ヴォイスと分離する際、彼はヴォイスの中にあったマリオンハートの一部を掴み取っていた。

まだ取り込んで結合されきっていなかったのは、ティクスと柴丸の中に入っていた魂である。

それをヴァジルが再び和久井が持ってきていたぬいぐるみに与えたのだ。


ぬいぐるみは別個体だが、取り込まれた心がまだ完全にヴォイスに吸収され切っていなかったことや、ヴァジルの魔法によって光悟たちと過ごしていた記憶を与えられ、ティクスたちは以前の時と限りなく同じ存在になっていた。


「フッ!」


同じくして舞鶴が飛んだ。

己を含む、全ての散らばっていたマリオンハートを集合させて、ティクスへ送り込んでいった。


『お願いね……!』


舞鶴がただのフィギュアに戻る。落下した彼女は光悟が掴んだのでご心配なく。

一方で集まったハートを吸収したティクスはヴォイスと視線を交わした。残るマリオンハートはパピ、ヴァジル、ティクス、柴丸、そしてヴォイスの中にある五つだけだ。

ティクスは虹から飛び降りるとプリズマーとなって光悟の右腕に装着される。

その際に生まれた七色の衝撃波がヴォイスを吹き飛ばした。


「真並くん! 柴丸を頼むッッ!」


月神は申し訳なさそうに叫んだ。

自分から始めておいてなんだが、今の彼には前に進む活力が足りない。

死の恐怖によって心が折れ、今も足は竦んでいた。


「だからッ、キミが光を見せてくれ!」


光悟は頷いた。柴丸も頷き、刀に変わると光悟の腰に装着される。

ちなみにその頃、地球では光悟の父親が帰ってきていた。

仕事なんざやってられるかとのことだ。和久井の母親も慌てて光悟の部屋にやってくる。


「ほらアンタ何してんの! 早く逃げるわよ!」


母親が近づいてきたので、和久井は子供部屋の扉を閉めて鍵をかけた。


「うるせぇババ――ッ! 母さん! こっちは今ちょっと世界救おうとしてんだ!」


和久井はPCを掴み、画面をかじりつくように見つめる。


「頼むぜ光悟ッ! オレにとってのティクスはお前なんだよッ! ここまで来て負けんじゃねーぞッッ!!」


光悟は確かに頷いた。左手で鞘を掴むと、右手で刀の柄を掴む。


「……やっと言える。十七年、温めてきた言葉だ」


光悟が月牙を引き抜いた。同時にプリズマーが展開し、宝石がむき出しになる。


「俺が、世界を救う」


巨大な虹が光悟に収束した。

七色が弾けると右腕がすぐに紫の形態・ライトニングロードに変わり、和柄のマントがケープのように装着された。


「シャイニング・ユニオン!!」


右手に日本刀、左手には氷の西洋剣。

アブソリュート・ムーン。ティクスと柴丸の合体形態である。


「ヴォイス・オンユアサイド! 人々の心を無視したエンターテインメントを行使しようとするお前は! 俺たちが絶対に止めてみせる!」


「黙れッ! 世界の崩壊こそが新たな娯楽の幕開けになる! それを邪魔するなァア!」


そこでヴォイスも立ち上がるり、大剣を構えて走り出した。


「地球の平和はッ! 俺たちが守る! 行くぞ!!」


互いに全力で疾走する。その途中で光悟が急激に加速した。

月の光を纏い、光速でヴォイスを斬り抜けて地面に倒す。

ヴォイスはすぐに立ち上がって大剣を振るうが、スピードに全く追いつけない。


光が迸り、次々に刀と剣が刻まれていく。

一撃を加えるたびに冷気が体を凍てつかせ、理解する時間すら与えずにヴォイスは厚い氷に覆われた。

そこで光悟は踏み込み、二つの武器を思い切り前に突き出した。

剣先は氷を打ち砕きながら進んでいき、ヴォイスの胴体へ突き刺さる。


「うあぁぁあぁぁ!」


ヴォイスは手足をバタつかせながら後退、そのまま地面に倒れた。

すぐに大量のハニカムを出現させるが――


「正義流・一式! ファイナルクレッセント!」


光悟が刀を振るうと、軌跡をなぞるようにして巨大な細長い三日月が空間に現れる。

そこから発生するエネルギーが次々とハニカムを爆破していき、やがて煙のように消滅させてみせた。

ヴォイスは舌打ちと共に次の魔法を発動する。


苦しみだすロリエとルナ。

ヴァジルにはハートがあるが、彼女たちはまだヴォイスの一部として存在している筈だ。

傀儡に変えてやろうと意気込むが――


「正義流・二式! ビリーフオブライト!」


光悟が剣と刀を振るうと、金色の斬撃がルナとロリエを切り裂いた。

しかしダメージはなく、むしろ苦痛が消えて笑顔を浮かべている。

さらにヴォイスがもう一度魔力を注いでも、ロリエたちが苦しむ様子はなかった。


「なんだ? 何をした!?」


「正義の斬撃だ! 彼女たちを苦しめる悪意を俺が断ち切った!」


ちょっと考えるが――意味不明。


「なんだよそれェエエエ!!」


ヴォイスは光悟に殴りかかる。

拳がヒットしたが、光悟の体が粉々に砕け散った。

ルナティックブリザード、氷の分身を生み出す技だ。

バラバラになった破片は次々とヴォイスに突き刺さり、直後爆発、ヴォイスは煙をあげて転がっていく。


「う、うぅう嘘だッ! どうして僕の世界で僕が負けてるんだ!」


冷たい風が光悟の髪を揺らす。

舞鶴が集めてくれたハートと柴丸のハートも合わさり、マリオンハートの量はヴォイスに引けを取らない。


「それに、人を殺すために戦うお前と、人を守るために戦ってきたティクス。俺たちが負けるわけないだろ!」


ましてや新フォームのお披露目回で負けたヒーローを俺は見たことがないと叫ぶ。


「お約束なんだ。格好いい歌とかも流れる」


「お話じゃないんだぞココは! もうすぐ本物の世界になるんだ! 現実なんだ!」


「だったらわかるだろ! あの人たちはお前の求めるものを望んでない!!」


ヴォイスは改めて空中に浮かび上がる数々のモニタを見た。


(楽しくない? そんな嘘だ。ずっとそれを信じてきたのに。ずっとそれを目指してきたのに。じゃあ僕はどうすればいい? 僕はなんのために生まれて――ッ!)


地球ではまた悲鳴が聞こえた。

魔法陣が消え去り、空に広がる大陸や海がより鮮明に視覚できるようになる。

空間が震える。お互いの世界が引き寄せあっている。


「まずいぞ光悟! もう時間がない!!」


和久井が汗を浮かべて画面を見ると、ヴォイスが巨大な孔雀の羽を広げていた。


「絶対に認めないッ! 人が死ぬ物語は素晴らしいに決まってる!」


孔雀の羽には目の代わりに無数の口がついていた。


「僕が見たボイスは本物なんだァアア!」


無数の口が叫び声をあげた時、轟音と共に凄まじい衝撃波が生まれた。

視界が大きく揺れ、魔術師たちの体が地面から浮き上がる。あまりの威力に光悟も踏みとどまることができずに激しく地面を転がっていった。

さらにヴォイスの前に生まれる三つの魔法陣。そこから狼の頭部型のエネルギーが発射されていく。


光悟は立ち上がると刀を振るい一匹を、剣を振り下ろしてもう一匹を破壊するが、最後の一匹は光悟を超えて高速で飛んでいった。どうやらルナを狙っているらしい。

それに気づいた月神はルナを突き飛ばして両腕を広げた。

ルナはすぐに茨の壁を作るが、狼はそれを簡単に噛み千切ると月神に迫る。


「月神ィイッ!!」


だが既に光悟は動いていた。柴丸との融合を解除すると、刀を思い切り投げる。

虹色の光を纏った刀は狼を超えて月神の手に収まるが、眼前にある殺意の塊を見れば足は震えてしまう。

恐怖に心が喰われそうになった時、後ろでルナの声が聞こえた。


「お兄様ッ! 私に貴方のカッコいい姿を見せて!!」


月神は目を見開いた。刀を抜くと、犬耳と尻尾が生まれる。


(なあ正彦――ッ、覚えてるか? 一緒に月牙の刃を見たよな。面白かったよな)


お前は柴丸の絵がとても上手かったよな。

おれは絵が苦手だから素直に褒めるのが悔しかったんだ。馬鹿だな、もっと褒めればよかったな。

お前は本当に優しくて頭がよかったんだ。おれはお前に負けたくなかったんだ。愚かだよな。もっと褒めてあげればよかったな。

もっとお前と一緒に笑えばよかったな。俺たちはきっと同じものを愛し、同じものを目指せた筈なのにな。


もう遅いか? 遅いよな。

ごめんよ。あの時のおれは何も理解できなかったからお前を死なせたんだ。

だからな正彦、おれは今ルナを守りたいんだ。ルナはおれを叱ってくれたんだ。


言ってくれたんだ。

本物にしてくれって。おれは最低な人間だ。

だけどそれでも、もしもルナを守ることができたなら、今度は取りこぼすことがなかったなら、そしたらきっと――


「大切な何かを、また、掴めるかもしれない」


犬のエネルギーが狼のエネルギーと激突し、互いに牙を突き立て合う。


「残されたものにしか持てない武器ハートがある! おれたちの意味はッ! おれたちにしかわからない! 五式・砕破ッ! 月哮牙――ッッ!」


犬が狼を噛み砕く。ルナは月神に駆け寄ると怒りだした。

人間の月神より魔術師の自分が盾になるほうがよかった。

もしも世界が融合していたら月神は本当に死んでしまうのに、わかっているのか? そう言ってルナが涙目で怒っている。


「……おれは世界を救おうと思ってた。世界を変えようと思ってたんだ」


「え?」


「大切なものを守ることができなかったからだ。だからもっと大きなものを成し遂げようと思ってた。でも違った。おれはお前が大切だ。おれはどうなってもいい、お前が生きていてくれれば、それで良かったのさ」


「……お兄様はとっても素敵だけれど、まだまだ心はお勉強しないといけないわね」


ルナは嬉しそうな、悲しそうな、複雑な表情を浮かべて月神を抱きしめた。

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