第35話 正義


「いい加減にしろよオンユアサイド! ボクの体で勝手なことをしてんじゃないよ!!」


「ヴァジルゥうウ……! どうして! 完全に存在を封じてたのに!!」


「そりゃあボクはアンタの一部だったからね! でも今は違う! ボクは生きてる!」


それを聞いたヴォイスはハッとして自分の胸に手を当てた。

何かを探っているようだが、その表情が怒りで歪んでいく。だって魂がごっそり減っているんだもの!


「僕のマリオンハートを奪ったのかぁぁ……ッ!」


マリオンハートを持ったヴォイスがヴァジルとなった時、ヴァジルの中にマリオンハートが宿ったことになった。

ティクスが時間と共に動きだしたように、ヴァジルも次第に自分を確立させた結果、ヴォイスとは異なる存在になったため分離したのだ。


「アンタは世界だろ! そしてその世界の主人公はボク! ヴァジル・ギラフなんだ。忘れてもらっちゃこまるんだよッ! それになんだよ、ロリエが死ぬ? ふざけんな、そんな未来は認めない! 地球だってそうだ! ボクが守ってみせる!」


「ふざけてるのはそっちだろ! 認めないってなんだよ? それがお前の役割なんだ。ロリエが死ぬのは悲しいだろうけど、それで大勢が楽しめるんだよ! 僕はお前らの神様だぞ? 逆らうなよ! 僕の中で生きてるんなら僕に従えよヴァジル!」


「だからッ、逆らってる! 生きてるから! 心が生まれたから悲しいのは嫌なんだ! ボクはロリエが大好きだから! ロリエを失う運命は変えてみせるッ!!」


そこでヴォイスは、いつの間にか『夜』になっていることに気づいた。


「ごうごおぉぉ!」「お兄様!!」「ヴァジル!」


パピは光悟に、ルナは月神に、ロリエはヴァジルの傍に駆け寄ってきた。


「ごめんなざいぃぃ! いだがっだぁあぁ!?」


「あ、ありがとう。でもすまんッ、抱きつかれると傷が! うぐぐ!」


泣きじゃくるパピを見て、ヴォイスはハッとした表情でヴァジルを睨む。


「そう、分離する前にアンタの力を使わせてもらった! ボクの記憶をセーブポイントとし、ロードを行使する! みんなの記憶はそのままにしてね。これがボクの魔法『RE:LOAD』だ!」


「ッ、僕とは違うと謳っておきながらロードの力はちゃっかり使うなんて矛盾している。ロリエのためなら何をしてもいいのか? エゴにもほどがある!」


その殺意に気づいたのか、光悟はパピを、月神はルナを、ロリエはヴァジルを抱きしめて倒れた。

刹那、彼らの頭上を赤黒い闇の斬撃が通り抜けていく。

危なかった。立っていたら真っ二つだった。和久井のように。


「ぎゃああああああ! 死んだぁぁぁあぁああぁ!」


壁に叩きつけられた和久井は真っ青になってのたうち回るが、すぐに大人しくなる。


「あ、そうか、ゲームの中で死んだだけか……!」


でも颯爽と現れて一人だけ死ぬなんて最悪だ。

仕方ないとはいえ、誰も駆け寄ってくれなかったのも最悪だ。なによりも死の感覚は本物だった。即死とはいえ最低最悪だ。


「光悟アイツ、マジか……ッッ? こんな怖いのを何度も繰り返してたのかよ!?」


震えが止まらない。脳がまだ死んだと錯覚してるのか、手足の感覚が鈍い。

いや、冗談とかじゃなくて本気でヤバイ。ショックが強すぎて精神がおかしくなる。

本気でそう思った時、なんだか急激に落ち着いてきた。なんでだろう?

体が淡い光に包まれている気がするのだが、これは気のせいなのだろうか?


『すごいね』


真顔になる。机の上にあった筈の舞鶴のフィギュアが無かった。


「……あぁ、死ななくてよかったぜ」


和久井はうっとりとした表情で画面の中にいる舞鶴を見つめていた。


『私の中に入っていたマリオンハートが微量すぎて、やっと今動けるようになったの』


舞鶴のフィギュアは光悟の掌に着地すると、ヴォイスを睨んだ。


『他にもいくつか別の道具に入ったマリオンハートもいたけれど、みんな私に心を差し出してくれた。ヴォイス、貴方には何故だかわかる?』


「ッ? 何を言ってるんだよ! そもそもお前は誰なんだ!」


『……まあつまりはみんな、貴方には賛同できないってことが言いたくてきたの』


その道具はずっと見ていた。その人を、その家族を。

そりゃ上手くいかない日もあるさ。荒れた日だとか、褒められない行動をした日もあるさ。

それでも、少なくとも、心を持ったその道具は共に過ごした『君』を愛していた。

舞鶴は魔法を発動して、道具が見ていた景色、つまり地球を映し出した。


モニタが現れる。

そこには震える小さな男の子が映っていた。

青い瞳が、空に浮かぶ魔法陣と謎の大陸を映している。怯えるのは当然だ。よくわからないことは、怖い。

何よりも男の子を抱きしめている母親が泣いていた。


神よ。この子をお守りください。まだ六歳なんです。

これからたくさん楽しいことを経験する筈なのに何故? 母は、世界の終わりを確信して泣いていた。


でもそれはただの一部でしかない。他にもいろいろな場所でみんなが震えていた。

どこかの町では人々が逃げ惑い、どこかの村では喧嘩が起こる。どこかの民族は誰もが呆然と空を見上げていた。

そしてどこかの誰かは、必死に許しを乞うている。

画面が切り替わり、子供たちが見えた。彼らはみんな泣いていた。


「不安、恐怖、涙! 独りよがりなエンターテインメントの果てに何がある?」


光悟は歩きだす。一歩一歩、力を込めてヴォイスへ向かっていく。


「黙れ……! 黙れェエエッ!!」


ヴォイスは螺旋状のエネルギーを発射して光悟へ直撃させた。

が、しかし、どうしたことか光悟は倒れない。

足裏が地面を擦り、大きく後退したものの、確かに踏みとどまっていた。

ヴォイスが目を凝らすと光悟の前にバリアが見えた。四角くて白いシールドの中央には赤いまどかが輝いている。

なにそれ? パピが呟いたので、光悟は答えた。


「俺が住んでいる日本という場所の印だ。地球にある」


ヴォイスは激高する。何が起こっているのかはわからないが不愉快だ。

手当たり次第に発射したエネルギー。あまりのスピードに誰も防御が間に合わなかったが、突如また四角いバリアが現れるとパピを守った。

バリアの模様は光悟を守ったものとは違っていた。たくさんの星に赤と白のストライプ。

それはアメリカという場所の模様だと光悟が教えてくれた。

また闇のエネルギーがせき止められて消し飛ぶ。ロリエを守ったのは、緑と黄色い菱形の旗に、星が瞬いているあるブラジルという場所の証だった。


「俺の世界に生きる人々は! 一つの答えを見つけ、信じた!」


光悟が叫んだ。同じくしてヴァジルを襲ったエネルギーが遮断される。

星が瞬き、左上に輝く南十字星。オーストラリアの旗がバリアになっていた。

ルナの前には赤、白、黒、中央に鷲が輝くエジプトのマーク。

月神の前にユニオンフラッグ、イギリスの旗がバリアとなって命を守っていた。


「全ての争いは! 愛には勝てないッ!」


光悟の声を聴いたパピは空にあるモニタを見た。

そこには子供がいて、不安そうに空を見上げている。一人じゃ心細いから、お気に入りの人形をギュッと握り締めていた。

それはティクスではなかったけれど、光悟が信じたものときっと同じものなんだ。

そう思ったから祈った。お願いだからみんなを守ってくださいと。


『ヒーローは!』


聴こえた。


『救いを求める声をッ、絶対に聞き逃したりはしない!』


男の子は泣いている母親の頭を撫でた。少しでも悲しみが消えるように。

名前も知らない誰かが喧嘩をしていた人を止める。その必死さが伝わったのか、他の人も仲裁に加わってくれた。

どこかの場所では誰かが楽器を演奏する。馬鹿らしい? でも、その人はそれが必要だと思ったんだ。

別の場所では白い服を身にまとった人々が必死に患者を誘導していた。

ずっと部屋に閉じこもっていた男は、年老いた父を背負って走った。

どこか安全な場所へ。何も孝行することができなかった罪滅ぼしとして。

大丈夫だと誰かが叫んだ。怖がる人を安心させたかったからだ。

怖かったけど必死に勇気を振り絞って叫んだ。きっと大丈夫、そう叫んだんだ。


『人々の心に他者を思いやる優しさがあるかぎり!』


光悟の周りにたくさんのマークが出現していく。

日本だけしかなかったものが、アジア大陸のものがどんどんと増え、パピの周りには北アメリカが、ロリエの周囲には南アメリカが、ルナの周りにはアフリカが、ヴァジルはオーストラリア、月神はヨーロッパの証が次々に生まれていく。

あっという間に広がっていく百九十を超える紋章たち。和久井もPC画面でその光景を見ていた。彼は昔、水族館で買ってもらったペンギンのぬいぐるみを思い出した。


『人々の心に平和を信じる希望がある限り!』


日本のマーク。その中央の円が赤く輝き、空に光が伸びていく。

それは他のマークも同じだった。己の持つ『色』を空に上げていく。

赤を、橙を、黄を、緑を、青を、藍を、紫を。そこでヴォイスはこの一連のバリアが舞鶴の力ではないことに気づいた。


『人々が生み出す正義の系譜があるかぎり! 俺は不滅だッッ!!』


地球に住む人々の願いが巨大な虹を作り上げた。

そのアーチの頂点で腕を組んでいたのは、間違いなく極光戦士ティクスのぬいぐるみであった。

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