第34話 魂の証明
「頼むパピ! 俺のことを思い出してくれ!」
「キモイから喋んなっつぅの!」
パピは拳に鉄を纏わせると、光悟の腹部を殴った。
呼吸が止まる。臓器が死ぬ感覚はあったが、すぐにヴォイスが治してみせる。
一方の月神は腕を縛られたままだ。思い出してくれ、そう叫ぶことしかできないが、何故かそれでルナは動きを止めた。杖を持つ手が震えている。
「ルナ! 何をしてるんだ! 惑わされちゃダメだって!」
「わ、わかっているわよ! でもやっぱり見た目が人間だもの……!」
「――お父さんとお母さんも活躍に期待しているよ?」
それを聞くとルナは突き動かされるようにして、月神を斬った。
「ルナ……! やめてくれッ! おれはキミを――」
「お黙りなさいヴァイラス! うるさいのよ! 喋らないで!」
ルナは月神を蹴り飛ばすと、震える手のまま斬りかかっていく。
【愛し合うものたちが殺しあう。悲劇ではあるけれど多くの人に刺さってくれるよ。まだ僕は本物じゃないから、キミたちが死んでもちゃんと地球に帰れる。安心してよね】
光悟たちが死んだ後でパピたちを殺す。ヴォイスはテレパシーでそう言った。
「ふざけるな……! パピたちは死なせない――ッ! 俺が守るッッ!」
そのパピが光悟の腹を斬った。わき腹を斬った。腕を斬った。腿を斬った。
光悟は血まみれで地面に倒れる。パピはその返り血で全身を汚しながらも、呼吸を荒げながら嬉しそうに前に出た。
ヴァイラスを殺せば勲章が貰える。そしたらママがよくやったわね、偉いねって夢に出てきてくれるかもしれない。
だからパピは光悟を睨んだ。
血まみれで倒れた彼はみすぼらしくて汚らしい。
見るだけでイライラしてくる。疲れた。呼吸が荒い。涙が零れてくる。
「……あれ?」
興奮して目を見開いていたから乾いたのだろうか? パピは涙を拭って光悟を見た。
また涙が出てきた。拭った。出てきた。溢れた。拭いきれない。
「あァ? なにッ? おかしいなっ! な、なんで……ッッ!?」
ルナも、同じだった。なぜか月神を刺すたびに胸が締め付けられる。
抵抗感からと思っていたが、どうもそんなレベルじゃない。
今すぐ武器を捨てて逃げ出したいほど辛いからルナもロリエも泣いている。
ヴォイスは思わず舌打ちをこぼす。
(ゲーム内では幾度となく巻き戻しが起こったけど、地球の時間は進行し続けていた。僕が本物になろうとしていることで時間の概念が外の地球に近づいているのか……?)
だから時間を戻したのに『思い出しそうになっている』のだ。
これは良くない気がする。ぐっす。ひっく。そんなすすり泣く声ばかりがいつの間にか広場を包んでいた。
「……ヴォイス、これのどこが楽しいんだ」
声を主を探すと、無様に倒れている光悟が見えた。
「みんな泣いてる。どこが楽しい……! お前は間違ってる!」
【ッ、うるさいな。わかったよもういいよ! さっさとパピを殺して終わりだ!】
そこでヴォイスは息をのんだ。血まみれの光悟が立ち上がろうとしていた。
その気迫に誰もが動きを止めた。
パピは青ざめ、怯み、後退していく。
「させるか……! パピは死なせない。今も、これからも……! ずっと!」
「何がそこまで――ッ、貴方を突き動かす……!?」
光悟はいつかのリサを視た。彼女は死にたくないと泣いていた。
光悟はいつかの祖母を視た。火葬場で父は声を押し殺して泣いていた。
光悟はいつかのパピを視た。幸せを求めて彼女は泣いた。
「悲しくて楽しいことなんて! 一つもねぇッッ!!」
声が枯れるほどに叫ぶ。
「勘違いをするなよヴォイス! 死が最高のエンターテインメイントだと? 気に入らない、気に入らないな! 気に入らねぇッ! お前は間違ってる! だから俺がゲームを変えてやるよ! もっとマシな、もっと幸せな物語にッッ!」
嫌なエゴを感じてヴォイスの表情が変わった。怒りの水流弾で光悟を吹き飛ばす。
【オンユアサイドに関わってくれたスタッフ! 感動してくれた購入者! エンディングのために散っていった同士たち! 全ての人のためにパピは死ぬべきだ! そして物語は正しく紡がれる! 今だって同じさ! 僕が彼女を殺し! 地球の人々が死ぬ! それが新しい物語なんだよ! いつか誰かがこの悲劇を見て泣いてくれるだろう。そして学ぶんだ。大切なものや尊ぶべきものを! 可哀そうな人はエンタメのために必要なのだということがどうして貴方にはわからないんだ真並光悟ォオオ――ッッ!!】
その時、うつ伏せで倒れていた光悟が腕に力を込めた。
「――かつて、地球では大きな争いがあった」
いきなり何を? ヴォイスはもちろん、パピやルナたちも動きを止めて光悟を見る。
「多くの人が死んだが……」
祖母の父と母もそうだったと、いつか語ってくれた。
「それが、正しいとされた時代があった」
死にたくなかった筈なのに、死ぬことが素晴らしいとされた時代があった。
彼と言葉が違うから。彼女と髪の色が違うから。あの人と肌の色が違うから迫害してもいい時代があった。
自分と違う人を、愚かだと笑っていた時代があった。
「――でも今は違う。なぜだか分かるか?」
ヴォイスは沈黙したままだ。血まみれの光悟は立ち上がり、まっすぐな瞳を向ける。
「みんな――、違う世界を望んだからだ」
ヴォイスはゾッとした。それはとても大きな、まだ自分が持っていない――
「笑顔の世界を夢見たんだ。誰もが、今も」
悲しいけれど、まだ争いは残っている。
だけどそれでもみんな明日には全ての人と笑い合えると信じてる。
世界が平和になるように願っている。
「プロデューサーや脚本家、俳優や監督、スーツアクターやデザイナー。スーパーやコンビニの店員、ウエイトレス、運転手、芸人、漫画家、会社員……」
正しさを求めたお巡りさん。火事と戦う消防士さん。
お医者さん。バーのマスター。メイドさん。キラキラのアイドル。まだまだある。
「誰かを幸せにするために働いてくれている。お前を作った人たちも、もちろんそうだ」
それが善意、人が持つ魂の証明。人が人になった理由なのだと。
「そういう考えってさ……、ウザいだけだよ光悟さん。空虚で、きっと誰の胸にも響かない。だから貴方は馬鹿にされてきたんでしょう?」
「かもな。だから――、ティクスが生まれたんだ」
「ッ!」
「誰かが苦しんで生まれる娯楽などッ! この世に存在してたまるかよッッ!!」
ヴォイスが悔しさに表情を歪めた時、肩を掴まれた。振り返ると和久井がいた。
「やっぱ最高にカッコいいヤツってのはよ、遅れてやって来るんだよなァッ!」
和久井はヴォイスを一発ブン殴ると、そそくさと光悟のもとへ走っていく。
「和久井! 来てくれたのか!」
「来たくなかったけどな! 受け取れ光悟ォ! 月神ぃッ!」
和久井が投げた物を見て、光悟と月神の表情が変わった。
全ての力を振り絞って走り、それを抱きとめる。
「お前らが学校行ってる間にオレはフォロワー増やしてたんだ。引き籠りナメんな!」
和久井が持ってきたのはティクスと柴丸のぬいぐるみだった。
手当たり次第に繋がってる人間に連絡を取ってみると、近くに住んでいたバーチャルライバー好きのおじさんが柴丸のぬいぐるみを持ってたので貸してもらった。
ティクスはなかなか見つからなかったが、通りかかった一軒家の窓際に飾ってあったので、インターホンを連打すると小さな男の子が出てきた。
扉を開けて号泣してる男がいた場合、普通なら通報するのが正しいのだろうが、その子は和久井の『友達が困ってるからどうしてもあのぬいぐるみを貸してほしい』という言葉を愚直に信じてくれたようだ。
「馬鹿だなぁ! マリオンハートが入ってなければ意味ないんだよ!」
ヴォイスが両手を前にかざすと、ロリエとルナが苦しみ始める。
「もう終わりにしよう! 僕は今日を誕生日にしたいんだ! だから――」
おかしいな。声が出ない。おかしいな。魔法が中断された。ロリエとルナから苦痛が消えた。おかしいな。なんで? あれ? ヴォイスは汗を浮かべた。声が出ない。
「なにしてくれてるんだよ……! え、えぇ? あれ? なん――でじゃないだろ!」
やっと声が出たが、何かがおかしい。
「ロリエを――ッ! 苦しめるヤツは! ボクが許さない!」
自分じゃないヤツが声を出している。ヴォイスはその正体にすぐに気づいた。
「ッッ、ヴァジル! まさかお前ッ! よ、よせ! やめろ暴れるな! いやだ! 暴れるに決まってるだろ! やめ――ッ、やめない! やめろって! やめないッッ!!」
神に触れたことで全てを視た。未来、自分が辿る運命のネタバレだ。師に裏切られ、愛したロリエが苦しんでいるのに何もできず、最後は彼女を失い新たな世界で何もない自分に絶望して魔王になるんだと歪んだ悪意を抱く。今だって好きな人を傷つけて仲間を傷つけて師匠やその仲間を傷つけて地球の人々を危険に晒す。そんなのって――
「ふざけんなぁああああああああああああああ!!」
ヴォイスを中心に巨大な青色の魔法陣が広がった。
それはあっという間にイーリスタウンを超えていき、ヴァジルが二人に分裂する。髪色は、水色掛かった白と黒。
つまり本物のヴァジルがヴォイスから分離してきたのだ。
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