第32話 ラストワンの焦燥


「いやいや、ちょっと待ってよ光悟さん! それは違うでしょ? だって僕は調べたよ! 地球人が僕をどう思ってくれているかを!」


PCを通じてSNSやブログに飛び込んだ。

ヴォイスとはつまり『声』。多くの意見を学習したつもりだ。言い換えればレビューとも呼べる。

だからこそ自らがゲームとしてどう評価されているのかを知っているし、誇りにも思っていた。


「なぜみんなは僕を評価してくれたの? なぜ感動したの? 魂を揺り動かされたの? それはキャラクターが苦しんで、キャラクターが命を落としたからでしょ!?」


線香花火や桜と同じだ。儚さが人の心を打ち、悲劇が脳に焼き付いた。


「人が死ぬ物語は最高に感動するんだ。そうでしょ? みんな」


親が死ねば泣く。恋人が死ねば泣く。人間だけじゃない、ペットだって死ねば泣く。

みんな感動や学びを求めてる。喪失が尊さを思い出させてくれるから戦争や災害、病や事件、それらを題材にした映画やアニメやゲームが次々に生まれていくのではないか。


「人の心を支えるエンターテインメントは『死』で支えられている!」


もしもパピが生きていたら誰も死なずに平和な終わりになるかもしれない。それではダメだ。この物語で泣いてくれた人のためにも、パピは死ななければならない。


「だって人は! 死を以てでしか学べない生き物なんだから!」


「下らない演説は終わりにしようぜ? キミからマリオンハートを回収しよう」


「それは無理だよ月神さん。だって僕は生きてる! だから夢を抱いたんだ!」


ヴォイスには今、とても素晴らしい大きな夢があった。

たくさんの声を覚えた今なら、もっと人を感動させる最高のエンタメが生み出せる。


「だから僕は、本物になる! 本物の世界になって地球を飲み込むよ!」


星がぶつかり合い、どちらかが崩壊する。

それがダメでもヴァイラスを放つ。野心を抱いた魔法使いを放つ。そうすればきっとたくさんの人が死ぬだろう。


「大人も子供も老人も、たくさん死ぬ。そうすればさらなる感動がきっと生まれるよ」


その過程にも様々な場所で様々なドラマが生まれる筈だ。

それはみんなで集まってグダグダと喋る時よりもよほど刺激的でバラエティーに富んでいる筈だ。


「よせ! 本気で言っているのか?」


「もちろんさ光悟さん! 貴方だってパピの死に心を揺さぶられたからこそココまで粘ってきたんじゃないか! 死は活力になり、残されたものの道しるべにもなる!」


させるわけにはいかない。

光悟と月神は走りだすが、ヴォイスの背中から孔雀の羽が広がると、衝撃波が発生して動きが止まった。

その隙にヴォイスは鈎型の大剣を生み出すと、片手で軽々と振るって光悟を斬り、続けざまに払いで月神を斬る。

血をまき散らしながら転がっていく光悟たちに全身に焼けるような痛みが走った。

針が突き刺さっている。見れば空から無人のハニカムが五機ほど飛来してきた。


「貴方たちは僕の体内にいるんだよ? どうかそれを理解してほしい」


ヴォイスが手を伸ばすと、ロリエとルナが胸を押さえて苦しみ始める。

パピは近くにいたロリエに駆け寄るが、ロリエは地面に崩れ落ちてもがきだした。


「ちょ、ちょっと! この子たちに何したのよ!」


「本来の脚本に修正するんだよ。痛覚、味覚、聴力、視力、触覚、言葉、そして愛を奪い、負の感情の集合体へ。つまり彼女は最後のヴァイラスとなる!」


クロスフレアの発動。

ヴォイスが両手を広げると、朱色の爆発が巻き起こり、光悟たちをのみこんでいく。

爆炎の中に消えていく悲鳴、同じくしてロリエから声が消えた。表情が消えた。彼女はすぐに立ち上がると、パピを蹴り飛ばす。

炎が迸り、剣が生まれた。ロリエは無表情でパピに斬りかかっていく。パピも剣を生み出して攻撃を受け止めるが、どれだけ叫んでもロリエは攻撃を止めてくれない。


「ロリエやめて! お願いだからッッ!」


ロリエはむしろ最大出力で魔法を発動し続ける。剣から生まれた炎は腕に燃え移り、すぐに全身に回っていく。だが痛覚が死んでいるため何も感じない。


「お願いやめさせて! ロリエが火傷しちゃうッ!」


「馬鹿だなぁ。火傷で済むわけないだろ。死ぬんだよ!」


光悟が跳ね起きた。すぐにブルーエンペラーに変わると水を出してロリエを消火しようとする。

しかしヴォイスが腕を前に出すと魔法陣が生まれ、そこから赤黒い液体が発射されてロリエを包んだ。

これは燃料だ。ロリエはあっという間に業火に焼かれて人の形をした何かになる。光悟は水量を上げるが、全く意味を成さない。

そうしているとルナが真っ赤な血を吐いた。胸を押さえて呻き声をあげる。すぐに月神が駆け寄るが、怪我をしている様子はない。


「ルナには毒を与えたんだ。ほっとけば死ぬけど、助けてあげないこともない」


ロリエもそうだ。あることをすれば助けると言う。

それは簡単、光悟と月神が変身を解除して大人しくすることだ。


「『わかった』」


あまりにも一瞬すぎてヴォイスは目を疑ってしまった。

光悟とティクスが変身を解除して両手を挙げたのだ。そして意外にも、月神と柴丸も同じだった。


「これでいいだろ、ヴォイス……! ロリエとルナを助けてくれ!」


「へぇ、びっくりだよ。月神さんは特にね」


まさか、こんなに、馬鹿だったとは。

ヴォイスがスナイパーライフルを構えると、空間にもう一丁同じものが出現して、赤黒い弾丸がそれぞれ光悟と月神の腹部を貫いた。

地面に伏した二人の口からは大量の血液が漏れ、腹からは臓物が零れていく。


「時代は移ろう。今の特撮に正義を煩く語る作品があるかい? ないんだよ」


ティクスと柴丸が主人を守ろうと攻撃を仕掛けてくるが、ヴォイスは器用にそれらを回避していく。

その中で両腕が巨大化した。まずは柴丸を掴み、尻尾を引きちぎる。

綿やビーズが散乱した。柴丸を投げ捨てると、次はティクスの頭を掴んで持ち上げた。


右腕を掴む。力を込めるとブチリと音がして、簡単に取れた。

次はまた柴丸を掴み、足をもぎ取り、目を引きちぎる。舌を引っこ抜いて、耳をむしり取った。


『ぐあぁぁああぁあッ! アァァアアアア!』


苦痛の中で柴丸は思う。依夢ちゃんが怖がるといけない。

腕を伸ばそうと思ったが、腕が無かった。腹を裂かれ、そのままビリビリに破られて、いつの間にか死んでいた。


「正義なんてもう需要がないんだ。時代の敗者は消え去るのみ、でしょ?」


柴丸の残骸が散らばっているが、唯一、輝く球体が浮かんでいた。

これこそが魂。マリオンハートだ。ヴォイスは逃げようとするその魂を掴み取ると、無理やり体内に押し込んでいく。

すると間もなく魂が肉体に沈みきって取り込まれた。


ヴォイスはそのままティクスを掴み取る。

光悟と月神の意識は朦朧としているが、だからこそ伝えなければならないことがある。

最後の力を振り絞って名前を叫んだ。


『光悟くんッ! 忘れないでくれ――』


何かを言おうとする前にブチリと首を毟られた。

ヴォイスはティクスの頭を捨てると、そのまま体の皮を剥ぐようにして綿を散乱させる。魂が露出し、それを取り込んだ。


「されど! 人が死ぬ物語は永久不変!」


二人の周りに集まっていくハニカム。ガトリングが回転する。

月神はかつてない恐怖を感じていた。痛い、熱い、息ができない。

柴丸が簡単に殺されちゃった。もうダメだ。勝てない。怖い。本能が知らせる死。だから叫ぼうとした。

助けて、待って、でも声が出せない。ガトリングから針が発射された。目を潰された。

見えない。痛い。針が全身に突き刺さっていく。苦しい。もう嫌だ。吐いても吐いても血が出る。血で溺れ死ぬ。


やめて。

もう刺さないで。助けておかあさん、痛い。ぐるじいだずげでだずげ――

月神は倒れた。死んだ。ヴォイスは襲い掛かってきたパピを裏拳で吹き飛ばすと、爪を強化させて倒れていた光悟の体へ沈めていく。

肺を崩し、心臓を引き裂いた。

光悟は死んでいた。パピは死体を抱きしめて泣きじゃくった。


「なんだよパピ、今さら泣くのかい?」


「大好きな人が死んじゃったら悲しいに決まってるでしょ、アンタ馬鹿じゃないの?」


パピはグチャグチャになった顔で言った。声が震えてるからよくわからないけど。


「泣いてる女に需要がある。同情は愛情に昇華されやすいから心に残るんだ。多くの人が感動したあの恋愛映画だって最後に男が沈まなかったら歴史には残らなかったさ」


PC画面が光ると、光悟と月神が飛び出してくる。

和久井は何も言わなかった。何も言えなかった。壁に叩きつけられた月神は過呼吸ぎみに震えることしかできない。

心が冷えているからフワフワのぬくもりがほしかったけど柴丸はどこにもいなかった。

破片だけが次々と画面から排出されていった。

光悟はすぐに起き上がりPCへ向かう。見るなと和久井が叫んだが、もう遅かった。


【ヴォイス】『あと一回!』


画面に台詞が出ている。まず見えたのは煙を上げている骨だ。

その焦げた頭蓋骨がロリエだと気づくのに時間はかからなかった。

すぐ近くにはルナだったものが倒れている。穴という穴から出血して絶命していた。

美しい彼女の姿はどこにもないが、死臭に釣られた虫はたくさん集まっていた。


【ヴォイス】『あと一度パピが死ねば、僕は完全体になる!』


ヴォイスはまるで釣った魚を自慢するようにパピの髪を掴み、首を掲げていた。

頭だけのパピは薄目から涙を流している。断面から垂れた脊髄からは血が滴り落ちていた。


【ヴォイス】『彼女の中にある全てのマリオンハートが僕の物となり! 進化のスピードは急激に加速するだろう。すると僕はすぐに真実の世界となる!』


外から悲鳴が聞こえた。反射的に和久井は窓を見た。

空に、魔法陣が広がっている。それはクッションの上にあるのと同じだ。

それは地球のどこから空を見上げてもわかる筈だ。南極であれ北極であれ、日本であれブラジルであれ、全ての人が魔法陣の向こうに広がる空を海と錯覚した。


なぜなら空には雲ではなく、大陸が広がっていたからだ。

星が、世界地図が向かい合っている。間もなくぶつかり合って一つに交わる。

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