第31話 声


「そうか。じゃあ話しておこうかな、おれの考え」


マリンハートはパピに入ったのだということ。そして他の予想も話した。

それを聞いて光悟は真っ暗なPC画面を見る。

パピに『コア』が入ったというなら、どうして向こうの世界に行けるようになったのか、わかった気がする。


「死ぬのが嫌だったんだろ? そう言っていたし、実際に死んだら納得できなかったから戻してたんだろ? 死にたくないから俺の言葉を信じたんだろ?」


パピを助ける。今にして思えばあまりにも軽い言葉だった。

でも彼女はそれを信じたから光悟を招いたんだ。だったら今も聞いている筈だ。


「俺はパピが好きだ! 今なら心の底からハッキリ言えるんだ!」


彼女は傍にいてくれると言った。

それがどれだけ嬉しかったかパピには理解できるのだろうか?

光悟は恋に落ちた。パピの虜になった。なのに彼女は拒絶する。


「そりゃないぜパピ! 確かに俺は愛が怖かったが、今はパピに会えなくなるほうが何億倍も怖いんだ! わかってるのか! いやッ、わかってくれ頼むから!」


正義の化身を崩したのはパピだ。

光悟は直視する。自分もただの人間、生きている存在なのだと。

だから醜い欲望や願いがある。パピだってその筈だ。だから綺麗ごとみたいな感じで身を引くのはやめてくれ。お前はそんなできたヤツじゃないだろ。

それにここで終わればロリエたちが苦しむ。それはとても気持ちの悪いことだろ?


「今まではパピのためにループを続けてきたけど、もう終わりだ。これからは俺のために戦う。俺を信じろパピ、絶対に幸せにしてやるから、早く呼んでくれ!」


ゲームが、起動する。

画面に現れた魔法陣はパピが伸ばした腕だ。

だから光悟は掌を合わせた。ベッドの上で目覚めると、パジャマ姿のパピが涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら飛びついてきた。


「ごうごぉぉおおおっ! あいだがっだよぉおぉぉぉ!」


「安心しろ! 俺は逃げない! だからお前も逃げるな! 愛し合おうぜパピ・ニーゲーラー! 死ぬほど! 死ぬまで! いや死んでからも果てしなくな!」


遅れてティクス、月神と柴丸もやってくる。

パピはゆっくりと全てを話し始めた。


翌日、光悟は魔術師たちを広場に呼び出した。

既に変身は済ませてある。


「単刀直入に言う。ヴァジル、お前は誰だ?」


ヴァジルは目を丸くする。ロリエやルナも不思議そうだった。


「え? どういうこと? 何を知ってるの師匠?」


「俺はヴァジルの全てを知ってるわけじゃない。でも今まで一緒にいて、彼はロリエを悲しませることだけはしなかった。それをしないように生きてきた筈だ!」


ロリエは今、パピと一緒にいられることを幸せに感じてる。そういう少女だ。

気を遣っているんじゃない。本当にそう思えるのがロリエという存在の素晴らしいところだ。

だからヴァジルだって恋に落ちたんじゃないのか?


「そんなロリエの優しい想いをヴァジルが踏みにじる筈がない! だから二人が主人公とヒロインに選ばれたんだ! どうやらお前にはそれが理解できていないようだな!」


光悟は右腕を前に出す。収束していく七色の光り。


「正体を現せ! 受けてみろ! ティクスフラッシュ!!」


幻想を払う技を発動する。眩い光が全ての『真実』を照らし出した。


「うぅッ! ははは……、まいったな。そんな技まであるんだね」


目を覆いながら笑った。声も、身長も、顔も、服も、全てヴァジルのままだったが、どうしてだか髪が水色かかった白色から黒に変わっていた。

右目も青く染まる。その眼球は、よく見れば『星』になっていた。


「僕は、ボイス……。いやヴォイス・オンユアサイドだよ」


「なるほどね。やっぱりそうことだったか」


月神も刀を抜いて変身した。


「マリオンハートのコアはパピに入ったが、ティクスや柴丸ような分離した欠片も一つ、オンユアサイドに入っていたようだ」


つまりあのディスクにはマリオンハートが『二つ』入ったのだ。


「パピがマリオンハートの所持者である自覚がなかったのは、お前のせいか」


光悟に指をさされたヴァジルは、静かに頷いた。


「まあ、ハートの量や質は彼女のほうが上だけど、存在は僕のほうが強い。僕は世界そのもの。システムにアクセスすれば思考にロックをかけることは難しくなかった」


それだけではなく、光悟や月神にゲーム内での居場所を与えたのも彼だ。


「人間に楽しんでいただくため、不自由がないように手配するのは当然のことだよ」


ヴォイスは親しげだが、パピが理不尽に死んでいったのは彼の仕業でもある。


「なぜそんな残酷な運命を課す? 俺には理解できない!」


「だって困るじゃないか。彼女にはシナリオ通りに生きてもらわないと!」


ゲームは舞台と同じだ。幕が上がって下りる。

それが一連の流れであり、エンディングまで行ったら、みんなでお疲れ様、次の出番までさようなら。それが全てだ。

なのに魂が宿ったパピは自らの運命を夢で視て、ヴァイラスに殺されると知ったら、その運命を放棄して町の外に逃げようとした。

それじゃあダメだ。パピは町でヴァイラスに噛み殺されて死ななければならない。だから山を動かして石を落とした。


演劇の本番で俳優が勝手なことをやり出したら怒るのは当然だ。

なのにパピは石に潰されて死んだ時、死にたくないと思ってしまった。

コアが入ったパピはもう驚くべきほど成長していて、人に近い存在になっていた。

ゲームは人を殺せないから、パピが死にたくないと願えばそうなるのは当然だ。

だからゲームはエラーを起こす。


「でもパピが死ねばロードまでの間、肉体が消えるからその分ハートが漏れ出るんだ。月神さんも回収してたみたいだけど、僕のほうがたくさん吸えたよ。特にあの夜は!」


パピはビクっと肩を震わせる。『生きていたくない』という想いが彼女の肉体から大量のマリオンハートを排出させたようだ。ヴォイスはそれを奪って吸収、成長していく。


「でもそれでいいんだよパピ。僕らはゲーム、たとえ魂があったとしてもその役割は物語を紡ぐこと。客の人間に手を出すなんて控えたほうがいい」


「それでもアタシは光悟を好きになった! 光悟を好きでい続けたい!」


そこでロリエが前に出てきた。もう我慢できない。心配で不安でたまらない。


「あ、あのッ! ところでヴァジルはどこに行ったんですか? 無事なんですか!?」


「この体がヴァジルなんだよ。僕は『世界』だから、今は彼を借りて話をしてるだけさ」


ロリエは何を言っていいかわからずに固まった。ならばと月神が口を開いた。


「キミはパピがイレギュラーな選択を取ったから殺害したように言うが、それはロリエも同じ筈だ。むしろメインヒロインという点においては影響力は遥かに大きい」


「プレイしてくれたんだね! ありがとう月神さんっ!」


「いや。ネットでネタバレや、プレイした人間の感想を見たただけさ」


ヴォイスの表情が歪んだ。明らかな嫌悪であった。


「とにかく、キミはロリエを狙っていたようには思えない。この差は何か……?」


月神の仮説。制作陣の意図は知らないが、『賢者の石』という単語には覚えがあった。


「錬金術。魔術に並んでファンタジーで用いられることの多いテーマだ。自然哲学の四大元素に基づき物体の錬成させる技術で、三世紀頃のエジプト辺りが起源とされている」


なかでもフィクションで注目されるのは、黄金錬成や人工人間の存在である。

もちろん荒唐無稽ではあるが、空想の世界ではそそられるポイントが多いのだろう。


「創成魔術エリクシーラーも錬金術にて生み出される不老不死の薬、エリクサーから取っていると思っていい筈だ。それに錬金術には占星術と絡めた7金属という考え方があるようだね。銀は月、鉄は火星、水銀は水星、錫は木星、銅は金星、鉛は土星、そして金は日、つまり太陽の影響を受けて育つ」


これらから、ゲームモチーフの一部に錬金術が使われている可能性はあった。


「創成魔術の発動条件の一つに無垢な心とあるが、彼女は両親の影響で黒く染まるほど純粋だったとも言える」


「素晴らしい! そうさ、パピの金魔法の本質は鉄の剣や盾を生み出すことじゃなく錬金術なんだよ。創成魔術の正体は特別な魔法じゃなく、金魔法の一種なんだ」


パピが賢者の石を使って魔力を上げれば、創成魔術を発動できるだろう。

たとえばパピが新しい世界を生み出して、そちらに人を移住させれば、ヴァイラスを封印したまま古い世界を消滅させることができる。

という――、裏設定があった。


「パピがいれば誰も苦しまず、誰も犠牲にならず、世界は平和になるんだ」


「素晴らしいことじゃないか! なぜ彼女をそこへ導かない!」


光悟の言葉がヴォイスには本気で信じられなかった。

思わず笑ってしまうほどに。

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