第三章 Roots
第24話 寂しいけれど
「相応しい跡取りにはなるけれど、これからは見たいものを見てやるわ!」
ルナが啖呵を切ると両親は目を丸くしたまま固まっていた。
というわけで今日はパピを連れて前から気になっていたミュージカルを鑑賞しに来た。
演じているのが全て女性で、男性役は女優が男装して演じているのだが、ルナ曰くこれがたまらんらしい。
なかでも男性同士の愛が育まれるストーリーがもうたまんねぇらしい。
ただしあくまでも美しい女性が演じる男性同士でなければ嫌らしく、それがわかってないヤツなんてのは身体をグチャグチャにしてさしあげましょうか! などと怒っていた。
劇が終わるとルナは真っ赤になって、それはもう興奮していらっしゃった。
「ぐふっ! ぐふふっ! んほぉっふ! し、失礼。余韻が、ほふっ! ぶひひっ!」
「え? 笑い方キモ」
「シュルルルル! シュバッ! ヒュバッ! ジュロッッ」
「音キモ。どっから出てんのそれ?」
「でもあれかしら。お兄様もなんていうかこう、光悟さんと戦う中で高ぶる感情がいつの間にかなんかこうイイ感じに劣情とか恋愛的な感情に錯覚するとかってありえるのかしら? だとしたら光悟さんに嫉妬するのだけれど、それはそれで私的にはアリ寄りのナシみせかけのアリっていうか。お兄様は美しいし光悟さんもまあ合格点っていうか、光悟さんだったらお兄様が絆されても仕方ないっていう解釈があって。ただ月×光の方とは仲良くなれなさそうなんですけどもパピさんはいかがかしら? 普通逆よね?」
「ごめん。ちょっと何言ってるかわかんない」
「あ、すみません。そのグッズを下さる? ええ、六つずつ。あとそれもくださいな」
ルナは劇団の商品を大量に購入すると、パピにも持たせて劇場を出た。
迎えの馬車が停まっており、その前では月神が二人を待っていた。
「荷物を乗せよう。貸しておくれ、ルナ」
「い、いえ自分でやりますわ。私ッ、今、凄く手に汗をかいていて……!」
「気にしないさ。さあ貸してごらん」
月神はルナの手に触れて荷物を受け取ると、馬車に乗せていく。
「金を使わずに最推しに触れられるなんて、生きててよかったわ。ホホホ……!」
ルナは自分の手を舐めるかどうかを真剣に悩んでいた。
いいことだ。一生悩んでいてもらいたい。
パピはルナと別れると、そのままロリエの屋敷に向かった。
この前いつでも遊びに来てと言われたのだ。ワクワクしていたが、門の前まで来た時にふと思った。
(遊びに行っていいのよね……? え? もしかして社交辞令? それ信じてノコノコ来たってクソダサくない? やばっ! き、緊張してきちゃった。そもそもいきなり馴れ馴れしいと嫌われちゃうかも。まずは今までのことを謝りつつ、今後のことを――)
「どなた?」
門の前でウロウロしていたからか、屋敷からカネルが出てきた。
「……遊びに来たわ! ロリエいる?」
「え、ええ。家の中に。どうぞ」
パピは門をくぐると、カネルを睨んだ。
「アタシはアタシ、ママはママ。アタシはアンタのことがあんまり好きじゃないけど、ロリエは好きよ。それでおしまい。ダリアにもそう伝えといて!」
カネルは打ちのめされたような表情で固まった後、深く頭を下げた。
パピにはどうでもいいことだ。メイドによればロリエはキッチンにいるらしいので、そこへ向かう。
すると何やらドタドタと騒がしい音が聞こえてきた。
「ねえヴァジル! 待ってってば! ダメだよちゃんとピーマンも食べないと!」
「ダメなんだよ! ボクはピーマンを食べるとカエルになる呪いをかけられてるんだ!」
「えーッ! うっそー! そうなの!? 早く言ってよ! ごめんねヴァジル!」
「ごめん嘘ッ! ただ嫌いなだけ! あッ、パピ! ロリエがお昼作ってくれたんだけどボクお腹いっぱいで! か、代わりに食べてあげて! それじゃあまた夜ね!」
「あッ! ヴァジル逃げないでよ! んもーっ! せっかく作ったのにぃ!」
そこでロリエもパピに気づいたのか、恥ずかしそうに頬を染めた。
◆
「うんまっ! こんなに美味しいのに食べられないなんてヴァジルもおこちゃまね」
パピはロリエが作ったピーマンの肉詰めをパクパクと胃袋の中に納めていく。
「でもビックリした。さっきのヤツが本当のロリエってわけ?」
「本当ってほどじゃないですけど……、ヴァジルの前だと安心してしまうんです」
年齢も同じだし、過ごした時間も長い。誰だって親しい人といたほうが素を出せる。
「いつか、その、アタシといる時も、あんな風になってくれると嬉しい……、なんて」
「はい! わかりました! じゃあもっと一緒にいてお互い知らないとですね!」
嬉しそうに何度も首を縦に振ったが、その前に聞かなければならないことがあった。
「あ、あの、ヴァイラスから守ってくれてありがとう。背中、大丈夫?」
「……はい。もう痛くないですよ。ちょっと痕は残っちゃったけど」
本当はティクスの治癒を受けても、それなりに酷い痕が残ってしまった。
しかし、傷を負ったからこそ得られたものもあった。
「ヴァジルが、どんなロリエでもずっと一緒にいてくれるって言ってくれたんです!」
「そ、そっか。よかったね。やっぱりアレなの? ロリエはヴァジルが好きなの?」
「は、はい。でもなかなか告白できなくて。ヴァジルもそういうのは……!」
ロリエは恥ずかしそうだったが、とても嬉しそうだった。
確かにずっと一緒にいてくれる人がいるというのはとても素敵なことで、羨ましいことだと思う。
ふと一人の男性が頭を過り、パピはすぐに首を振った。
「こ、恋ってどんな感じ? ずっと一緒にいたいっていう他にはなんかある!?」
「思い浮かべるとドキドキして、苦しい時に真っ先に顔が浮かんで、楽しい時には一緒に笑ってほしいって思える人! あとは手を繋ぎたい人でしょうか」
言われたことを指を折りながら考える。次々と同じ少年が浮かんだ。
◆
「恋とは何かですって? そりゃもう直視していると全身を舐めまわしたくな――」
「アンタに聞いたのが間違いだったわ。近寄らないで! 穢れが移る!」
ルナとパピが口論をしている。
外は暗い。現在パピの屋敷には町中の人々が集まっていた。
みんな煌びやかなドレスやスーツを着ており、ヴァジルとロリエは用意された料理を食べながら楽しそうにしている。
隅のほうでは光悟と月神、モニタに移る和久井がいた。
【しかし本当に信用していいのか、月神さんよ!】
「いけないぞ和久井。人をすぐに疑って。月神、気を悪くしないでくれ」
「かまわないよ。今にして思えば……最初から誰かに赦してほしかったのかもね」
「?」
「本当に信念や覚悟があるヤツはペラペラ過去を話さないってね。でもきっと多数派だろ? 誰だって過ちから逃げるために毎日言い訳を探しながら生きてる」
いずれにせよ今の月神に殺意はない。
とはいえ、このままではいけないのも事実だ。
確実にオンユアサイド内にあるマリオンハートは成長を続けている。
このままではこの世界が現実、つまり地球を侵食してファンタジーのルールが適用されてしまう。
「ただ現状、パピを殺す以外にハートを回収する方法がわからない」
【アンタんとこの会社に、吸い出す装置みたいなのはねぇの?】
「それを作る前におれが持ち出したからね。仕組みはまだそれほどわかってないのさ」
「だがハートは柴丸やティクスにも入っているんだろう? それはどうする?」
「柴丸曰く、彼自身が『柴丸のぬいぐるみ』から出ていくということはできるらしい。ティクス共々、全てが終わればぬいぐるみの体を出ていくとの了承は得ているよ」
「……そうか。そうだな」
それは寂しいことだが、仕方ない。
オンユアサイドも同じ方法で魂を抜けるのではないかと思ったが、ティクスも柴丸もキャラクター、つまり生きている存在ではあったがオンユアサイドはゲームだ。
魂が宿って世界が広がったものの自我があるのかわからない。
「ダメもとでハートを返してくれるように空に向かって叫んでみたけど、無駄だったね」
あと気になるのはやはりパピが死ぬ回数があまりにも多すぎる点だ。
意図的ではないようだが、かといって偶然にしては違和感がある。
【だからそれは、パピがヴァイラスに殺されるっていう運命があるからだろ? セブンを全滅させれば元に戻るさ】
「……だといいけれど」
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