第23話 切り開く運命
そんな中、少し離れたところで倒れていた月神が体を起こした。
「どうしておれに協力してくれなかったんだ。どうして、どうして……?」
目の前には耳と尻尾を垂らした柴丸がいた。彼は無言で腰にあった刀を置く。
『依夢ちゃん……。其方は、其方の人生を謳歌するべきでござる』
人を殺したことがあるなんて、おかしなことを言う。正彦を殺したのは正彦なのに。
なのに、そう、月神はずっと自分が殺したと言い続けてきた。
あの死に納得できなかったからこそ命を無駄にするヤツがたまらく大嫌いになった。
しかしだからこそルナやパピの叫びは確かに月神にも刺さっている筈だ。
柴丸はそれを知っている。誰よりも月神の傍にいたからこそわかるのだ。
『拙者を抱きしめたあの腕に、偽りなど欠片も無かった筈だ』
正彦がいなくなった部屋を掃除した。
月神は柴丸を自分の部屋に招いた。
そこで月神は柴丸をギュッと抱きしめた。
モフモフの体に顔を埋めて泣いた。
弟を失い、悲しみによって求めたぬくもりを、月神も柴丸もまだ忘れてはいない。
『ぬいぐるみは人を笑顔にする玩具でござる』
柴丸は顔をクシャクシャにして泣いていた。
ぬいぐるみは涙なんて流さない筈だが、月神にはそれが嘘には見えなかった。柴丸は本当に悲しんで泣いていたのだ。
『依夢ちゃんを笑顔のままにできなかったこと。拙者、一生の不覚――ッ!』
月神は柴丸の両脇に腕を通して抱え上げると顔を埋めた。
正彦と一緒に見ていたから柴丸の性格はわかっていたのに。
ああ。ああ――……。
あのフラッシュバックは柴丸の視点だったんだ。
言葉が見つからない。だからただ強く抱きしめる。
彼はそれを答えとみた。
『運命を斬り開け――!』
戦いの神が封印された鍔・『アギト』が世界中に出現した。
それを手にした者たちは野心を抱き、暴力を、支配を、覇道を求めた。
だがその力を正しく使おうと思った侍がいた。
名は柴丸、鳴神流の教えを学んだ彼が手にしたのは犬神のアギト・
その力を与えられた刀は月のように美しく、星をも切り裂くと言われた。
「鳴神流・
柴丸は大切な人々を守るため、困っている人々を救うため、勇敢に戦うのだ!
「これが、月牙の刃!
刀を思いきり鞘から引き抜くと、
光り輝く獣は猛スピードで空を駆け、その大きな口でプライドに喰らいかかる。
牙は分厚い鎧をバキバキと噛み砕き、内部へエネルギーを送り込んでいく。
プライドが吠え、犬神もまた吠えた。爆発が起こりプライドの鎧がバラバラに砕け散っていく。
「あの鎧を一撃で!?」
光悟が思わず声を漏らすと、月神は大きく胸を張った。
「当然だ! おれとキミでは、ハートの量が違う!」
とはいえ月神も力を使い果たしたのか変身が解除されて柴丸と共に地面に倒れた。
だがどこか嬉しそうだ。これでいいんだろ? 月神が聞くと、柴丸はそうだと言った。
一方でルナが吠える。
無数の茨がプライドを縛りあげ、そこへヴァジルが大量の水を浴びせた。
続けざまに光悟が冷気を発生させると、濡れたプライドが凍り付いていく。
光悟ももう動けない。ティクスと共に地面へ倒れた。
しかしプライドはまだ凍っただけで死んでいない。
このままだと氷を剥がしてまた活動を再開する筈だ。だからみんなヴァジルを見た。
彼は本を投げ捨てると、代わりに水でできた巨大な弓を出現させる。
渾身の力で弦を引くと水の槍が生まれ、腕を離せば青い閃光となって発射された。
鎧を失ったプライドの胸に突き刺さる一撃、巨体がゆっくりと地面に倒れていく。
「ボクたちの勝ちだ! ボクもッ、みんなを守るんだ!」
ヴァジルの言うとおりだった。
プライドは爆発して砕け散り、空は元の青に戻っていく。
「お兄様、確かに私たちの記憶には偽りがあるかもしれません」
ルナはへたり込んでいた月神に向けて手を差し伸べた。
「だからどうか、他でもない貴方の手で本物にしてください。私の中には貴方に優しくされた温かい思い出があります」
「けれど、それは――……」
「それはきっと、貴方の弟さんが抱いた想いでもあるでしょうから」
月神は何も言わなかったが、答えと言わんばかりにルナの手を取った。
◆
「命あれば、償いながら生きていくことはできる」
みんなでライラックのお墓を参った時、誰がそう呟いた。
パピはギュッと目を閉じ、彼が安らかに眠れるように祈った。ずっと祈っていた。ロリエたちも付き合った。
少し離れた場所では光悟と月神が空を見ていた。随分と綺麗な月である。
「……キミに協力しよう真並くん。パピを殺さず、世界も犠牲にしない方法を探す」
「ありがとう。でも、いいのか?」
「よくないさ。でも確かに生きていると、おれもそう思ってしまった。だから殺せない」
光悟は頷き、月神と固い握手を交わした。
そんな二人の頭の上でティクスと柴丸も握手していた。少し間抜けな光景だがまあいいだろう。
「せっかくわだかまりもとけたんだし、みんなで遊ぼうよ!」
パピや月神は乗り気ではなかったが、ルナにねじ伏せられてヴァジルの家に引きずりこまれた。
和久井の部屋にジェンガが眠っていたので、それを送ってもらう。
光悟と月神は知識もあって上手かったし、ヴァジルとルナも覚えは早くて器用にブロックを抜いていた。
ロリエは緊張しているのかブロックを持つ手がプルプルと震えていたが、ジェンガとはそういうゲームである。
正しい盛り上がりが起こっていい。
そうしているとパピの番が来る。
余裕よ、それが彼女の最後の言葉だった。
パピが不満げに崩れたブロックを組み立てていると、ロリエがポツリと呟く。
「……お姉ちゃんって呼んでもいいですか?」
「え!? う、うん! いいけど! でもアタシ、ロリエにずっと酷いこと……!」
「そうでしたっけ? もう忘れてしまいました。だから気にしないでください」
いかん、泣く。
パピはコクコクと首を振ってロリエを抱きしめようと――
「次はキミの番だろ。早くしな」
「いや空気! 月神アンタ……、今すっごい大事な話を、あのッ、ああちくしょう!」
パピは月神に言われた通りブロックを狙う。崩れた。がらがら。
「下手糞め。ゲームは人の心を映す鏡みたいなもんさ。乱雑に崩れるのは下品な――」
月神がうるせぇから、こちょこちょしてやった。
「うぷぷぷ!」
「え? 笑い方キモ」
「――失礼だぞ。一生忘れんからな」
こうしてまたパピの番になった。
余裕よ、そういいながらパピはジェンガを崩した。
「やっぱりキミは下手だね。まあ見るからに下手そうだし、別に驚かないけど」
月神の番になった。
即、パピ、後ろ。またくすぐってみる。
「うぷぷぷ! うぴぴぴっ!」
「やっぱりキモ」
「おい、覚えたぞ。名前を覚えたぜパピ・ニーゲラー。覚えたからね」
みんなで笑った。とても楽しかった
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