第25話 繰り返すループ


現在ホールでは新しく町長に就任した人間が挨拶を行っていた。

内容は魔術師の活躍を称賛するものだ。なにせかつての英雄たちが封印にとどまったヴァイラスを既にほぼ全滅させているし、残るセブンもあと一体、光悟たちは間違いなく英雄なのだと。


そこで名を呼ばれた。

ズラリと一列に並ぶ曜日の魔術師たち。

住民たちが手を叩いて彼らに感謝する。

彼らの活躍を称え、今後の無事を願った。

こうして挨拶も終わり、あとは自由時間だ。

するとどうしたことか、住人たちが一気に光悟たちに駆け寄ってきたではないか。


「光悟様! 活躍は伺っております! 私の名前は――」


「月神様覚えていらっしゃいますか? 朝、劇場前で貴方に道を聞いたものですが!」


ドレスを着飾った無数の女性たちが次々に押し寄せ、光悟と月神を囲んでいく。

他の魔術師たちはもみくちゃにされると、やがて人の海から排出された。


「な、なんなにょ! もぉぉ!」


パピは涙目になりながら黄色い歓声をあげる女性たちを睨んだ。

隣では胸倉をつかまれて後ろへ投げ飛ばされたヴァジルが大きなため息をついている。


「知らないの? 師匠と月神さんって町の女の子にめちゃくちゃ人気なんだよ」


恐怖の象徴であるヴァイラス、セブンを一人で四体も倒した光悟や、同じくセブンを撃破し、美しい容姿の月神は少女たちの憧れというわけだ。

さらにこの世界では曜日の魔術師の称号は相当価値のあるものらしい。

娘と光悟たちを結婚させて、家系入りを狙っているところは多いのだという。


「は!? お兄様と婚約ですって!? あら大変! 害虫は駆除しなきゃ! ●●●●どもめ!」


「ルナさん落ち着いてください! 武器をしまってくださいっっ!」


ルナはロリエに羽交い絞めにされている。それを見てヴァジルはため息をついた。


「ちぇ! ボクもセブン倒したのになぁ。なんで師匠と月神さんばっか」


そこでピタリとロリエが固まる。


「……へぇ。ヴァジルもモテモテがいいんですか。そうですか」


「え? ロリエ? ど、どうしたの? 顔が怖いよ……?」


「へー、ふーん、あっ、へぇぇえぇ。ほうほう、ふーんッッ!」


「あぢぢぢぢぢ! ロリエさん! 魔法を使うのをおやめになって!」


ロリエを中心にメラメラと燃える炎。

パピはそんなリアクションを見て、焦りのような感情を覚えた。

上手く説明できないが、そうしている間にも女性たちに動きが見える。

なにやら月神からは離れていくではないか。

よく見てみると――


「悪いがキミには興味がない。キミの声は嫌いだ。邪魔だ、目障りだから消えてくれ」


月神の態度に少女たちはドン引きである。

しかし逆に光悟のほうは逆に寄ってくるではないか。


「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。でも俺はパピの許嫁だから……。大丈夫キミはとても素敵な女性だ。すぐに俺なんかよりもずっと素敵な男性と出会えるさ」


相手を傷つけないように言葉を選ぶから、女性も食い下がってくるわけだ。

光悟は困ったようにパピを見た。助けてくれとアイコンタクトだったが、そっぽを向かれてしまう。


「いいの? 師匠、取られちゃうよ?」


「……いいんじゃない? 許嫁なんて本当は、う、嘘なんでしょ? アタシも……ぐっす! ひっく! うぇえぇ、ぎにじでないもんねぇえぇ! ぐっす!」


「その台詞を言うなら、せめて涙は堪えなよ……」


ふと、ヴァジルは少し離れたところにいる女性に目がいった。

ずいぶん綺麗な人だ。露出度の高いドレスで、なかなか刺激が強い。

彼女は舌なめずりをしながら光悟を見つめ、周りに何かを話していた。


「いい? アンタたち。私がアイツを落としてやるわ。え? 婚約者? 関係ない。男なんて奪ってなんぼのもんよ。見るからに誠実そうだし、ちょっと抱かれりゃ一発よ」


すごい会話だ。赤くなるヴァジルやロリエ。

ルナは何かをメモっていたし、パピはより激しく声を殺して泣いた。

そうしていると、光悟は女性たちから逃げるように歩き始めた。


「和久井、助けてくれ……! どうしたら上手く断れるんだ?」


【お前は裏切りものだ犯罪者め! それともお前、性欲ねぇの? チンコある?】


「あるに決まってるだろ。あと親しき中にも礼儀ありだ。チンコなんて簡単に使うな」


【うるせぇちーんこ。簡単ってなんだよ。ちんこちんこちんこちん――っ、わかった。わかってる。大丈夫、今回はオレが悪い。もう喋らないわ。すいませんでした】


すると先ほどの女性が、他の女性陣をかき分け前にやって来た。


「はじめまして光悟さま。私、酒場で働いている『ルクス』って言います。実は少し飲みすぎて気分がよくなくて……!」


「それは大変だ。今、メイドの人たちを呼んでくるから水でも飲んで――」


「私、実は女性アレルギーでして、触られたりするとダメなんです。少し横になれば治りますから。どうかベッドがある部屋まで連れて行ってくれませんか?」


「そうだったのか。気づかず申し訳ない。来客用の部屋があるから、そこに行こう」


そんなアレルギーあるわけないだろ! パピの心の声はもちろん届かない。

そうしていると光悟がルクスを連れて来客用の部屋にやって来る。

扉を閉めた瞬間、ルクスが光悟をベッドに押し倒して腰へ跨ってきた。


「い、いきなり何を!?」


「やだわ光悟様ったら。本当はわかってて連れてきたんでしょ? 大丈夫大丈夫、一滴残らず搾り取ってあげますから。ほらさっさと服脱いで。あ、まずキスしましょ!」


ルクスは光悟の頬に手を添えると、唇をゆっくりと近づけていく。

そこでバン! と扉が開いた。涙目のパピが立っていた。


「だめぇええぇぇええ! 光悟をどらないでぇえぇぇええ!」


もう遅い。今まさにルクスの唇が光悟の唇に触れようと――


「!?」「!!」「なにッ!」


一瞬の出来事だった。

ブツッと電源を切ったように真っ暗になったと思えば、衝撃を感じていた。

驚いた顔の和久井と目が合ったことで、自分がいる場所に気づく。


PC画面は真っ暗になり、直後オンユアサイドのタイトル画面が表示された。

散らばったジェンガブロックを見つめていると、和久井の携帯に月神からの着信が入る。


『おれだ! 月神だ! どうなっている! 会社に戻された!』


「こっちも光悟が……! え? つーことはまさかッ!」


「パピが死んだ!? いやッ、そんな様子はなかった!」


光悟の隣にはティクスが、月神の隣には柴丸が倒れている。

共に屋敷の外の見回りを行っていたようだが、彼らにも何が起こったのかはわからないようだ。


『即死したとでもいうのかい……? あるいは遠距離からの攻撃か?』


月神は会社の地下研究室にある亀裂の発生装置を見た。

マリオンハートの近くにインターネット回線の電波があれば接続を行い入り口を作ることができるものだが、今は閉じており、周囲には漏れ出たハートが光の粒となって浮遊していた。

腕時計をかざすと粒子がそこに吸い込まれて数値が変化する。

同じ現象がパピが死んだ際にも発生していたので、やはり彼女は命を落としたのだろうか?


「和久井、最後のセブンは確か――」


「え、えぇっと見た目は孔雀の化け物なんだけど、なんかッ、能力を披露する前に死んじまったからよくわかんねぇんだよな……」


ティクスたちに聞いても、それらしい影は見ていないようだ。

ただ幸いというべきか、ロードを押すとセーブデータが更新されていた。

同じくして亀裂が再び開く。中に入る準備が整ったので光悟たちはすぐにゲームの中へ向かった。


【LOAD】


気づけば周りは女性だらけ。場面は夜のパーティだ。

光悟は謝りながら彼女たちをかき分けると、パピの腕を掴んで中庭に向かう。


「な、なによ! 放してよ! 触るなってば!」


「パピ! 夢を見なかったか? その……ッ! なんて言えばいいか」


「え? も、もしかしてアタシまた死んじゃったの……?」


「いや――ッ、そうじゃないんだが」


「見てない。だってアタシ言ったでしょ? もう死にたくないって……」


光悟は眉を顰めてパピから目を逸らした。死んでいないなら、一体なぜ……?

すると衝撃。ルクスが駆け寄ってくると光悟の腕に抱きついて胸を押し当てた。


「ねえ光悟様ぁ。パーティ抜け出しましょ? お部屋に連れてってぇ」


ルクスはパピに気づくと下卑た笑みを浮かべてみせる。

光悟とパピの関係は知っているが、それがどうしたという話だ。


「光悟様ぁ。昨日みたいに朝まで愛してくださいよぉ。今日こそ妊娠させてぇ」


パピが真っ白になって固まった。ルクスは心の中でガッツポーズだ。


「そうなんだ。光悟はその人とそういうことしたんだ。うっ! ぐすっ! ひぃん……!」


「パピ? いやッ、誤解だ。そもそもお前、昨日は俺といただろ!」


「こっそり会ってぞういうごどじでだんだ……! ひっぐ! ぐっす!」


「パピッ? パピ!? 聞いてるか! おい! 大丈夫か?」


「やだあああああああああああああ!」


ブツンと意識が途切れた。光悟はベッドの上で目を覚ます。

和久井は口を開けたまましばらく光悟を見つめていたが、やがて小さな声で言った。


「……お前、ちょっと今からオレが言うことやってみろ」

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