第16話 月牙の刃


「もしもオンユアサイドをただのゲームに戻すならパピは死ぬし、ヴァジルとロリエの恋は悲劇で終わる!」


「……だから?」


「俺にはもうそれを受け入れることはできない!」


二人は組み合ったまま門を越えて屋敷の前に転がっていく。


「パピたちは俺とティクスが守る! 勝負だ月神ッ!」


「面白い。遊んでやるよ」


二人は拳を、蹴りを交差させる。

すぐに気づいたのは、月神の力はセブンの比ではないということだ。

月神の蹴りが太腿に入ると、骨が軋み、衝撃が全身に伝わってくる。


そうしていると月神は刀を振り下ろしてくる。

納刀状態ではあるが、あれを生身の左手で止めるのは不可能だ。光悟は反射的に右腕を前にして、それを受け止めた。

だがすぐにわき腹に蹴りが入る。刀は囮だ。光悟は衝撃に呻いて動きを鈍らせた。


そこへ鞘が迫る。左頬に衝撃。すぐに前を見るが、次は刀で右頬を殴られた。

揺れる脳。だが光悟は、月神の柄を持つ腕に力が籠ったのをしっかりと見ていた。

命の危険。本能で後ろに飛ぶ。バク宙で距離を取りながら橙・トワイライトカイザーにプリズムチェンジを行い、着地する。

相手は刀だ。近づけさせなければいい。光悟は銃を抜くと光弾を連射するが――


それは漫画やアニメでよく見る光景。

いや、漫画のキャラクターである柴丸と融合しているのだから何もおかしな話じゃない。

月神は刀を抜くと光弾を次々に斬り弾いていく。さらに側宙で銃弾を回避しながら刀を鞘に納めた。

すると鍔にある四つの宝石の一つが光る。


鳴神流なるかみりゅう一式いちしき


居合の構え、刀を鞘から一気に引き抜いた。すると三日月状の斬撃が発射される。


月閃波げっせんは!」


光悟は目を見開く。あれは間違いなくパピを殺した技だ。

反射的に右手を前にして虹色のバリアを張るが、三日月が直撃した瞬間それは音を立てて砕け散る。

勢いが死んでいない三日月はそのまま光悟に直撃。血が飛び散り、衝撃で地面に倒れてしまった。

和久井が何かを叫んだが聞いている余裕はない。光悟はすぐに立ち上がったが、その眼前では既に月神が構えていた。鍔にある二つ目の宝石が光る。


「鳴神流・二式、裂千光れっせんこう!!」


目にも止まらぬ連続突きが繰り出される。

しかし刀は光悟をすり抜けてバシャバシャと音を立てるだけだった。

青・ブルーエンペラーに変身した光悟は能力の一つである液状化を使用して、体を水に変えることで刀による攻撃を無力化していくが――


「――ッ? うッ! グァッッ!!」


痛みが、衝撃がある。

そうしていると月神が渾身の突きを打ち込んだ。

光悟は苦痛の声を上げて地面を転がっていく。液状化していたのにどういうことなのか?

光悟の表情を見て察したのか、月神が唇を吊り上げた。


「鳴神流は森羅万象を切り裂く教えを説いた。我が愛刀、月牙げつがに斬れないものはない。岩や鉄はもちろん、たとえ風であっても、炎も、水も」


光悟がティクスの力を得て様々な能力を使えるようになったように、月神も柴丸が出ていた『月牙の刃マンガ』にある力を使っているのだ。

ブルーエンペラーが体を水に変えて攻撃を防ぐことができるなら、月神は水を斬れる。それだけの話だった。


光悟は青が通用しないと知ると、紫のボタンを押して冷気を解放する。

ライトニングロード、剣を手にすると高速移動を開始。月神の周囲を駆け回る。

一方で月神は刀を構えて腰を落とした。目を細め、意識を集中させる。


「見切った! 鳴神流・三式、白線はくせん――ッ!」


超高速の居合切り。刀が通った軌跡に、白い線が浮かび上がっていた。

光悟は地面を滑り、胴体に刻まれた一本の傷口からは赤い血が流れていく。

光悟は苦痛に表情を歪めながらも赤いボタンを押して、イグナイトキングへ変身を遂げた。

指を鳴らしていくと、月神の前方に次々と爆発が巻き起こるが――


「遅すぎる! 鳴神流・四式――ッ!」


納刀状態の刀を手にし、月神は紫色の光を纏いながら高速で移動する。

襲い掛かる爆炎を次々に回避しながら、月神は残像と共に確実に光悟へ距離を詰めていった。

無理だ。やられる。光悟は右の拳を握りしめ、向かってくる月神を殴った。

しかし捉えたと思ったのは幻。月神の体がぐにゃりと歪み消え失せると、本体は光悟の背後で笑みを浮かべていた。


「大ぶりだね。威力が高くても、おれに当たらないと意味がないな」


光悟が振り向こうとした時には、すでに抜かれた刃がわき腹を抉っていた。


幻狼斬げんろうざんッ!」


「グアァアアァア!」


紫色の光を纏った刀に斬り上げられ、光悟は空中を舞う。

地面に墜落していく中で焼けつくような痛みを感じた。月神が居合切りで光悟を吹き飛ばしたのだ。

ティクスの力で切断とはいかなかったが、気づけば全身から出血しており、衝撃で変身が解除されてしまった。光悟とティクスは地面を激しく転がっていく。


「わかるか? ルーキー! ハートの量が違う」


確かに言われてみれば納得である。

ティクスと柴丸のサイズはほぼ同じだったが、ティクスが光悟を右腕しか変身させられないのに対して、柴丸の力は月神の全身を侵食している。

マリオンハートを入れた時期や量、全てを上回っているのだ。


「え? あ……、光悟、負けちゃうの……?」


パピはどうしていいかわからず、オドオドとすることしかできない。

そうしていると月神が近づいてきた。パピは反射的に剣を生み出し、向かい合う。


「アンタっ、ルナのお兄ちゃんなんでしょ? アタシ、そのッ、ルナのおともだち……」


「だからなんだ? キミもつくづくフールだな。一生言ってろ」


殺そうと思った。しかし立ち止まる。

振り返ると光悟がボタボタ血を流しながらも月神の尻尾を掴んでいた。

パピの前にもティクスが滑り込んで両腕を広げている。


『月神くん。俺には相手の悪レベルが高ければ強くなるという設定がある』


「適当な設定で頭が痛くなるね。昭和特撮の悪い癖だ」


偏見だ――光悟が小さく呟いた。

とにかく、だからこそティクスには相手の心の中にある『憎悪』をある程度把握することができる。

しかしどうだ? 月神はパピを殺すと口にはしているが、戦って感じるのは邪悪なものではなく洗練された感情だ。


言い換えれば矜持や信念とでも言えばいいのか?

本当にパピたちをAIとして割り切っているだけなのか、それとももっと大きなものが彼にはあるのか、それが気になった。


【ッ、そういえばソイツ、人を殺したことがあるって……】


和久井が呟いたのを聞いて、光悟は尻尾を握る力を強める。


「どういうことだ月神。それが関係しているのか? お前は何を見ている?」


「べつに――」


そこで言葉が止まった。

月神は少し迷うような素振りを見せたが、やがて小さく頷いた。

思いきり尻尾を振るって光悟を吹き飛ばすと、過去を語りはじめる。

なに、珍しい話ではないらしい。



ノブレスオブリージュ。

裕福なものは裕福に生きるべきであり、相応の立場になるのならば相応の能力を身に着けるのは当然である。


月神は自分を優秀な人間だと思っていた。

生徒会長になるのは当然のことだし、クラスメイトたちがみんな自分を慕うのだって、当然のことであると。

事実、両親は月神をたくさん褒めた。やがて会社を継ぐのだから、月神は当然だと思っていた。

まあ頂点であるという生活はそれなりに大変ではあったが、そういう星のもとに生まれたので、努力は惜しまなかった。


しかし月神にはどうにもひとつ我慢できないことがあった。

それは弟の正彦まさひこの存在だ。優秀な兄がいれば、その弟も当然優秀でなければならない。

自分たちは月神グループを映す鏡だ。誰もが自分たちを見て両親や会社、なにより未来の評価を改める。

だというのに正彦が努力をしていたのははじめだけだった。


彼はよくヘラヘラと笑っていた。月神はそれが気にくわなかった。

正彦の成績は下から数えたほうが早かった。運動もダメで、話し方もオドオドしていて、美容室が苦手という理由で髪はボサボサだったし、眉も伸びはやしたままだった。

そもそも月神の顔は美しかったが、正彦は美しくはなかった。


月神はよく食事の場で正彦を注意した。

なぜ『月神』であることを誇らないのか? 勉強ができないなら塾か家庭教師をつければいい。

漫画が好き? ふざけるな。お前みたいなおちこぼれには、まずやるべきことがあるだろう。


母は勉強が全てではない、正彦は優しいところが素敵などと庇っていたが、それもまた不愉快な話だった。

母にこんなことを言わせるなんて申し訳ないと思わないのか? 月神は優秀な父と母を尊敬していた。

だからこそ自分たちも優秀になり、正しい血の引き継ぎ方をしたと証明しなければならない。


ある時、正彦の勉強の様子を見に行ったら、彼は漫画を描いていた。

漫画が好きなんだ。漫画家になりたいんだ。そう言われたので、月神は正彦の漫画をすべて破り捨てて燃やした。

少しやりすぎたとは自分でも思ったが、こうでもしないと正彦がダメになってしまうと思ったからだ。

漫画を描くことは月神グループのやろうとしていることに関係がない。関係がないことは意味がないから、やる必要はないと思った。


父も母も正彦がいい学校に行けるようにいろいろとしてくれた。

だから自分たちはその恩を返す義務がある。なぜだ? なぜわかってくれないんだ。

いいか正彦、キミと俺には優秀な血が混ざっている。それを信じればいい。父や祖父が月神グループを大きくしていった。だから自分たちもそれを崩してはいけないのに、どうして……!


そんなある日、正彦が死んだ。

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