第15話 誰が為の殺意


そうしていると月神は自分の腕時計を見せつけてくる。


「これにはマリオンハートのデータが記録されているから、大まかだが場所もわかる。けれどハートが脱走した際には位置情報がロストし、それが四日前にキミらのマンションで再検知できた。意味がわかるかい?」


「いや、察しが悪くて申し訳ない。ちゃんと教えてくれないか?」


「死にかけた魂が再び息を吹き返したのさ。マリオンハートは憑依先で成長し、その量を増やすという特性があるからね」


ティクスが動いて喋れるようになったのは時間が経って内包しているマリオンハートの量が増えたからだ。

彼に入っているのは『欠片』だが、それでも憑依先の能力を使えるシステム・イマジンツールによって、光悟は右腕だけだがスーパーヒーローの力を、フィクションの力を獲得できた。


「魂の量が多い本体コアが直撃したオンユアサイドは、既に短時間で別世界ともいえるほどの異次元を作った。住人たちもそうだ。ヴァジルたちを見てみろ。まるで人間だ」


感覚もそうだ。食べたメロンは地球のものと変わりない。満腹感もある。

だが月神はそれらが全て『偽物』なのだと改めて強調した。


光悟が以前、それほど眠れていないのも関わらずPC内に入れば頭がスッキリすると言っていたが、それはつまり眠れずに疲労している光悟が『本物』で、今ココに立っている光悟はあくまでも『偽物』だからだ。

肉体が実際に消えているから紛らわしいだけで、今の光悟たちは地球で生活している自分と同じ姿のアバターと考えてもいい。


「ゲーム内におれたちの居場所が用意されていることこそ、その証拠だろう?」


ロウズ家はなかなか子供ができず、やっとできたのがルナだった。

跡継ぎには男を望んでいたので孤児院から優秀な男児を養子にしていた。それが月神依夢である。

とまあ、そういう『設定』なわけだ。それをみんな疑わずに信じている。


「ルナ・ロウズ。哀れな女だ。幼い頃のおれと過ごした偽物の思い出を嬉しそうに語ってくる。それが彼女が創作物であるという何よりの証拠だろう?」


――ルナは、それを聞いていた。

愛しのお兄様を物陰から見るのが好きだったから、今日も庭にいる彼を屋敷の陰から見ていた。

そして話を聞いてしまった。


(創作物? 私が……?)


ルナは青ざめ、ブルブルと震えている。一方で月神は話を戻すという。


「このままオンユアサイドがマリオンハートを内包し続ければどうなると思う? 答えは簡単、になるのさ。それはもはや道具じゃない、ってね」


光悟がゲーム内で死んでも現実世界に帰還できるのは文字通り死んでいないからだ。

先ほどのとおり、仮想世界でアバターが消えたところで、現実世界にいる本体には影響はでない。


「偽物の世界で本物の死は訪れないが、マリオンハートが完全に適合すれば死ぬようになる。本物は現実だからね」


同じく時間さえ経てばティクスも本物となる。地球での合体が可能となり、超人的な力を振るうことができるだろう。

それだけではなく、現実は必ず双方の世界に影響を及ぼし始める筈だ。


「オンユアサイドには世界が二つある場合、片方の世界が滅びるという話があるらしいね?」


光悟は後方に浮かんでいるモニタを見る。和久井は複雑そうに頷いた。


【そ、創成魔術で新たな世界を創造すれば、古い世界は消え失せる。それにヴァイラスはもともと異世界からの存在であると示唆されてた。世界を腐敗させて滅ぼすから――】


「世界観なんてどうでもいいよ。重要なのは、そういう設定があるということさ」


オンユアサイドが本物になれば、そこに住む人たちやルールも本物になる。

さあ滅びるのはどちらの世界だ? あるいは崩壊問題が上手くいったとしても人口増加は免れないだろう。

しかも一部は魔法を持った人間だ。差別や争いが生まれるのは容易に想像ができる。


「真並くん。キミもパピを殺すことを手伝え。百回ほど殺せば回収しきれる筈」


「断る。彼女は死ぬべきではない。彼女たちにはもうちゃんとした心がある!」


「そう見えてるだけさ。フェイクを保護し、その後の被害を膨れ上げていく。はたして本物のヒーローは、おれとキミ、どちらかな?」


光悟は何も言わなかった。

月神は唇を吊り上げると、立ち上がって光悟の傍に立つ。

そして、そのまま思いきり光悟を殴り飛ばした。


【お、おい! なにすんだよテメェ!】


「馬鹿は死ななきゃ治らないってね。殴れば少しはマシになるかもしれないだろ?」


さらに光悟を蹴り飛ばそうと動いたが、そこで剣が飛んできた。

月神の心臓を狙った一撃だったが、それは命中せずに弾かれた。

月神の傍に着地したのは和服を着て日本刀を持った『柴犬のぬいぐるみ』だった。


『拙者、柴丸しばまると申す』


柴丸は、ゼロ年代の週刊誌に掲載された和風アクション漫画『月牙げつがやいば』の主人公だ。

登場人物が全て動物なのだが特徴で、犬が中心になっている。

多くのケモナーを生み出した漫画としてネットでは有名だった。

一般人気もそれなりに高く、アニメ化もされているので、和久井も名前だけは知っていた。


柴丸はティクスと同じだ。

月神は自衛と実験の意味を込めて事前にマリオンハートの欠片をぬいぐるみに与えていたのだ。

一方、光悟は剣を飛ばしてきた人物、パピを見つけて表情を変える。


「パピ! どうしてココに!」


「だ、だってアンタ何も言わずにどっか言っちゃうし……! き、嫌われたかと! っていうかそんなのどうだっていいじゃん! な、なによマリオンハートとかって!」


パピは青ざめ、表情を歪めていた。彼女も話を聞いていたようだ。


「ちょうどいい。あの女は死ぬべきだ。今ココでおれが殺してやる」


だが月神は立ち止まる。

パピの前に光悟が立つものだから、前に進めない。


「……キミはあの子に心を与えて何がしたい? 世界を危険に晒してまでやることか?」


「べつに。なにがしたいかはパピが決めることだ。最初は俺の馬鹿な自己満足だったかもしれないが、俺は確かに彼女の口から死にたくないと聞いたぞ」


「マリオンハートを回収すれば全て元に戻る。ゲームはプログラム、生きてなどいない」


「それでも、少しでも笑っていてほしいんだ。だから殺すのは絶対に認められない!」


月神はわずかに沈黙していたが、やがて頷いた。


「……わかった。まあキミの言うことも一理ある。これからは一緒にパピを助ける道を探そうか」


「本当か? ありがとう月神!」


光悟は月神が差し出してきた手を握り、握手を交わす。


「パピさんも申し訳なかったね。おれも頭に血が上っていて」


月神は両手を挙げてパピのもとへ歩いていく。握手を求めたが首を横に振られた。


「やだ。アンタなんか嫌いだし。ウザイから近寄らないでよ」


「いけないぞパピ。人に嫌いだとかウザイなんて。月神も心を改めて――」


「いや、正しい判断だ。頭の悪いヤツばかりじゃなくて安心したよ」


一瞬だった。

柴丸が日本刀に変身すると、飛行して月神の左手に収まる。

刀を引き抜くと、髪が伸び、犬耳が生まれ、尻尾が生まれ、洋服が和服になった。

変身を終えた月神は一瞬でパピの心臓を貫いた。


「フールにも程があるぜ真並光悟。これでまずは一回! さあ、世界よループせよ!」


「月神……! 貴様――ッッ!」


光悟は激しい怒りと後悔に目を見開いた。だがその表情は月神も同じであった。

刀はパピの胸に沈んだが、手ごたえが全くなかったからだ。血液すら出ていない。


『もうループは起きない』


パピの姿がモザイク状に歪み、消え失せる。

透明化していた小型ドローンが映像を終了させたからだ。

光学迷彩が解除されると、橙のティクスが姿を見せた。


『俺たちが終わらせる』


ティクスの姿がトワイライトカイザーに変わっていた。

時間が経ったことで光悟と合体していなくとも自分だけでプリズムチェンジを行えるようになったようだ。

月神は無音で飛行する小型ドローンに気づかず、生み出されたパピの映像を攻撃したのだ。本物のパピはティクスの後ろでへたり込んでいたので傷一つない。


「ヒーローと聞いたがガッカリしたね。キミも所詮、偽善野郎フェイクか」


『かもしれない。だとしても、俺の正義には一片の偽りもない』


ティクスは光に変わると、光悟の腕に宿り、変身アイテム・プリズマーに変わる。

素早く腕輪のレバーを引いて宝石を露出させて押し込むと、大きな虹が生まれた。


「月神、一つだけ教えろ!」


光悟には気になっていたことがあった。

それは月神がいつからオンユアサイドの中に入っていたのかということだ。

ルナが月神の存在を示唆したのは光悟がこの世界にやって来てすぐのこと。

つまり、その時から月神はココにいたということになる。


「おれかい? マリオンハートを再検知した後は、月神グループ本社にゲートを作り、そこからこの世界にやって来たのさ。ルナたちにはイーリスタウンの外に勉強しに行くと言って姿を隠していたけれどね」


「なら、ずっと見ていたのか。パピが死ぬ姿を! 見ていて助けなかったのか!」


「……キミは何度同じことを言わせる? コイツらは生き物のフリをした虚構だぜ」


だから見捨てていた。

ヴァイラスに殺されるパピを。セブンに殺される人々を。

そしてなによりも、そんな偽物を救おうとする馬鹿な男もまとめて見殺しにしていた。


「シャイニングユニオンッッ!!」


光が弾ける。

右腕を変身させた光悟は、月神とぶつかり合い、組み合い、睨み合う。

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