第14話 すしめろん


「お見事です! お兄様!!」


月神が湿原を抜けると、ルナが馬車を用意して待っていた。

月神を見る目がギラギラと輝いており、頬は真っ赤に染まっている。


「ぁあ! お兄様のおみ足が泥と草で汚れてッ! いけない! イーリスの宝がッ!」


ルナのアホ毛が一本ぴょこんと揺れる。

月神にもアホ毛が二本あった。いつのまにか犬耳や尻尾が消えており、長かった髪も短くなっている。

服装も和装から洋装に戻っていた。


二人が屋敷に戻ると、すぐに両親が紅茶を淹れてくれる。


「依夢、見事だった。これでロウズ家の評価も上がるというものだ」


父は嬉しそうに月神の肩を撫でる。


「依夢さん。旅はどうだった? お勉強はできた?」


母も笑顔を向けていた。

たとえ淡々とした相槌しか返さずとも、両親は視線はもちろん、体を月神のほうに向けて話をしている。


「依夢、先日、集会があって、お前を正式に月曜の魔術師として認めることになった」


「……わかりました。イム・ロウズではなく、月神依夢として、この町を守ります」


「うむ。鼻が高いぞ。だからこそわかっているな、ルナ」


後頭部に言われて、ルナはビクっと肩を震わせる。


「これからはお前がロウズ家の全てになるのだ。パピさんとは一層仲良くしてもらいなさい。グリムがいなくなった今、彼女が唯一の純血だ。気に入られておいて損はない」


「は、はい。それはもちろん、わかっております……」


「いいか? 異子でありながらも純血に勝るとも言われてきたのがロウズの誇りなのだ。代々受け継がれてきたものを忘れるな。お前はやがて頂点に立つべき存在なのだから」


それで話は終わりだった。月神とルナは部屋を出ていく。


「ルナ、パピというのはどういう人間なんだい? おれは彼女をあまり知らなくてね」


「……ろくな人間じゃないわ。ワガママで乱暴で、近づかないほうが正解でしてよ」


「意外だね。友人だと思っていたが?」


「まさか。嫌いです。一緒にいるとお父様が喜ぶから……、それだけですわ」


ルナは窓の外を見て、スカートをギュッと握りしめた。

しばらく歩いていると階段の上でルナが振り返った。

彼女はなぜか月神よりも下の段にいるのが好きみたいだ。彼女はとてもスタイルがよく、身長は月神よりも高い。


「あ、あの、お兄様。これからは私たちは他人になるのでしょう? だ、だったら、あの――」


ルナは月神の腕時計が震えていることに気づいていない。


「ルナ。話の途中だけど用事を思い出してね。おれは部屋に戻るけど、いいね?」


ルナはコクコクと頷いて、どこかに行った。

月神は自分の部屋に入ると、腕時計の液晶をタッチして通話を開始する。


『依夢様、お客様です。和久井という男性なのですが、ゲームのことで話があると』


「……わかった。すぐに行く」


月神の部屋には『亀裂』があった。大きな大きな裂け目が広がっていた。

それを潜り抜けると、まったく別の場所に出る。月神はその部屋を出てエレベーターに向かった。


そして十分後。

和久井と月神は回転寿司屋のテーブル席で顔を合わせていた。


「百円だから、まあ、なんでも食ってくれや。アンタの口にゃ合わないかもしれんが」


「いや。今まで回らない店にしか行ったことがなくてね。楽しみだ」


月神様がタッチパネルでメロンを四つ注文したあと、和久井が訝しげな表情でマグロを注文する。

和久井は月神という名字に覚えがあった。月神グループは最新のAIを開発、研究している会社だ。

AI技術があればギャルゲーをはじめとした疑似恋愛システムなど、オタク文化が進化してくれると注目していたのだが、まあ今は黙っておこう。


とにかく名前を検索したら月神依夢という少年の情報はすぐに手に入った。

十七歳、次期社長だとかいろいろ出てきた。ダメもとで会社に連絡してみたら会ってくれるというので、特急に一時間ほど揺られてココに来たわけだ。


「アンタは何か知ってんだろ? なんでゲームのなかに入れるんだよ……」


和久井が事情をかいつまんで説明すると、月神はジットリとした目つきを向けてくる。


「真実の愛は幽霊のようなものだ」


「へ?」


「誰もがそれについて話をするが、それを見た人はほとんどいない。フランスのモラリスト文学者、ラ・ロシュフコーの言葉らしい」


「……はぁ」


「面白いとは思わないか? あとはそうだな、嫌よ嫌よも好きのうちってね」


「さっきからなに言ってんだ? オレにはサッパリわかんねぇ」


「定義で説明できない。あるいはニュアンスや態度、額面通りに受け取らないのが人の心だろ」


ばか。やばい。などなど、人はマイナスをプラスに、プラスをマイナスに変換できる非常に複雑で繊細な生き物だ。

AIが人に近づき、その曖昧なものの正体を真の意味で学習するには、最も近いものを与えればいい。そう月神グループは考えた。


「チベットに伝わる秘術に『マリオンハート』というものがあってね。その魂を与えられた道具はまるで人のように意思を持ち自我を獲得する。言わば太古の人工知能だ」


メロンが四つ、新幹線に乗ってやってきた。月神は追加でメロンを四つ注文する。


「はじめは作り話だと思っていたけれど、おれの父が実際にチベットで発見して日本に持ち帰ったのさ。AIの研究に使えると思ったんだろうね」


そう言うと月神はタッチパネルでメロンを四つ注文する。


「だが我々はそれを紛失してしまってね。逃げたマリオンハートはキミのマンションにたどり着き、本体がゲームに、欠片がぬいぐるみに憑依したんだろうさ」


前に光悟と話した白い稲妻、アレのことかと和久井は目を見開く。


「興味深いね。魂が宿ったぬいぐるみは実際に動き出し、魂が宿ったゲームは我々が現実と見間違うほどの広大な仮想世界を生み出した。もはやAIをはるかに超えている」


「お、お前なぁ! そのせいでオレらは酷い目にあってんだぞ!」


「申し訳ないとは思ってるよ。心の適切な保管方法が分からなかったんでね」


そこで月神は腕時計を和久井に見せた。

所謂スマートウォッチと呼ばれるタイプのそれは、マリオンハートの検知や回収ができるらしい。


「あの世界が再構成された時にハートが漏れ出るのを確認した。理屈は分からないけれどパピが死ぬことがトリガーらしいから、死に続ければやがて元のゲームに戻る」


少量ではあるが回収もできている。今後も順調にパピを殺せばミッション達成だ。

そうしているとメロンが八つやってきた。月神はメロンを二つ注文する。


(メロン食いすぎだろ。寿司食えよ……! てか逆になぜオレのマグロがこねぇ!)


月神は淡々とメロンを掬っている。なんだか和久井はイライラしてきた。


「月神さんよ。アンタ簡単にパピを殺すって言うけどよ、抵抗とかねぇの?」


「抵抗? 何故? 擬似的なだけで、あれも所詮AIのようなものさ。人工知能はあくまでも人間を支える従者だ。人類の脅威となるなら削除するのは当然だと思うけどね」


メロンが来た。マグロは来ない。月神は淡々とメロンを綺麗に食べていく。


「それにおれは本物の人間を殺したことがある。それに比べれば心は痛まないよ」


「は!?」


和久井は目を見開く。冗談か? そういうことを口にするタイプには見えないが。

そうしていると月神は近くにいた店員を呼び止め、さっさと会計の手続きを終えた。


「おれが払う。あとキミ、部屋に篭ってああいうゲームに勤しむより、外に出て友人たちとバーベキューでもしたらどうだい? よほど有意義で人生のためになるぜ」



【なあ光悟、オレあいつマジで嫌いだわ】


「……俺はそうでもない。お前に言ったのだって、ひとつの優しさの形だ」


事情を聞いた光悟は本当に月神が和久井のためを想って発言した――

つまり相手を思いやれる人間だと認識したらしい。

話し合えばわかってくれるかもしれないので、月神に会いに行くことにする。


町の人に聞けば場所はすぐにわかった。

大きな川の上にある橋を渡ると、蛾を模した家紋がデカデカと刻まれているロウズ家のお屋敷が見えた。

門を抜けて玄関に向かうと月神が庭で紅茶を飲んでいた。光悟を待っていたようだ。

テーブルの上には皿があり、大量のメロンの皮が見える。


【コイツまたメロン食ってやがる! メロン星人だ!! 逃げろ! メロンにされるぞ!】


「……失礼だね。ノブレスオブリージュ、高貴なものは高価なものを食うべきだ。おれはメロンがこの世で最もハイセンスな果実だと思ってる」


光悟は目を細めた。

月神には和久井が見えているし、声も聞こえているようだ。

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