第13話 首は刎ねられた


光が溢れた。光悟の右腕が赤く染まり、頭には王冠が出現する。

赤・イグナイトキングはパワーファイター。馬車から飛び出した光悟は岩を殴りつけて粉砕すると、続いて指を鳴らして爆炎を生み出した。

次々に降ってくる岩石が消し飛んでいくが、そこで光悟は目を細めた。落石だけでなく土砂が崩れたのだ。


そこでボタンを押してプリズムチェンジ。

青・ブルーエンペラーは忍者の力を持っている。

忍術で生み出した巨大な泡の中に馬車を入れると、次々に分身を生み出していった。

九人の光悟はマフラーを伸ばして泡に結合させると、すさまじい跳躍力で空に舞い上がる。馬車が入った泡も引っ張られて、そのまま土砂を逃れた。


「な、なんなのもぉ……!」


安全な場所に着地すると、泡が弾けて馬車が地面にドスンと落ちる。

運転手や馬は目を回して気絶しており、真っ青になったパピが中から這い出てきた。

そこで光を放つ空。晴天だというのに落雷が起きてパピを狙ったのだ。


雷が直撃してパピが死ぬのは前回までの運命だ。

紫・ライトニングロードは高速の剣士、光悟はパピを抱きかかえながら次々に迫る落雷を避けて走っていく。


「ひえぇええぇええ!」


パピは情けない声をあげて光悟にギュッとしがみついた。

そうしていると、あっという間に目的地だ。

落雷は未だしつこくパピを殺そうと襲い掛かってくるが、光悟は剣を思い切り振るって電撃をかき消した。


「失せろ」


誰に言ったのかはわからないが、いずれにせよそこで落雷はピタリと止まった。

パピはそれをジッと見ていた。複雑そうにしながらジッと。ただジッと。


「ねえ、光悟……。アンタは、そのッ、別の世界の人なんでしょ?」


光悟は頷いた。一応、軽く事情は説明してある。

ゲームの中に入ったとは言わなかったが、とにかく地球という星からこの世界にやってきたのだと。


「なんでアンタはコッチに来たの? なんで日曜の魔術師になってんの?」


「お前を助けたいと思ったからだ」


パピは以前、何度も死ぬ夢を視たと言っていた。その意味を話し合ったことはない。

お互い察している上で、あまり深く掘り下げなかった。

パピとしては現実を知りたくなかったと言えばそうだし、軽々しく口にしていいのか迷ったところもある。

いずれにせよ彼女はとても儚げで、曖昧な表情を浮かべていたということだ。


「じゃあ何? アンタは本気でアタシの味方になってくれるっての?」


「ああ」


「本当に本当? 嘘じゃない? 後でやっぱり違うとかある? 嘘ついたことある?」


「安心しろ。俺はお前の味方だ。たとえ世界中が敵になったとしても、必ずお前を守る」


「キモ。よくそんな恥ずかしいこと言えるわね」


「いけないぞパピ。他人をキモいとか言うな。ところでココはなんだ? おもちゃ屋さんか? おもちゃは好きだぞ」


レンガの家があった。

ピンクの屋根で、可愛らしいぬいぐるみが窓の向こうに見える。


「ばか。ケーキ屋さんよ。ぬいぐるみはただのインテリア。キモイって言ってゴメン」


パピは光悟の手を引っ張ると、さっさと中に入っていった。



「ぅぅぅぅぅ! あんまーぃ!」


パピはクリームがたっぷりついたケーキを口いっぱいに頬張ると、満面の笑みを浮かべた。

テーブルには他にもタルトやシュークリームがズラリと並んでおり、目をキラキラ輝かせて美味しそうにバクバク食べていた。


「あ、そっちも美味しそうじゃん! ちょっとちょーだいっ!」


パピは光悟のシフォンケーキを七割くらい持っていく。ちょっととは一体……?


「クリームがおいひぃのよねッ! もぉー、さいこぉ! しぃあわせぇ!」


「パピはケーキが好きなのか?」


「うんっ! っていうか、あっまあまなもの嫌いな人なんていないでしょっ!」


ここは最近オープンしたらしいが、近くにある畑でフルーツを育てているだけではなく、広い土地に牧場まで作ってクリームに拘ったらしい。だから町の外にあるようだ。

そうしていると女性が紅茶のおかわりを持ってきた。なんだか手が震えている。


「ねえ貴女! このお店ぜんッぜん宣伝してないでしょ! どうして? ルナが教えてくれなかったらこのスイーツマスターであるパピ様が恥をかいてたじゃない!」


「あッ、その……、お菓子に限りもありますし、お抱えの常連さんもいます、ので」


そういうと店主の女性は、まるで逃げるように奥へ引っ込んでいった。


「ちょっと光悟、もっと美味しそうに食べてよ。コッチは朝からお腹をペコペコにして準備万端で待ってたってのにっ! アタシだけ盛り上がってバカみたいじゃん!」


「え? わ、悪い。美味しいとは思ってるんだが……」


「ウソ! さっきから、ぜんッぜん笑ってないし! なんかムカムカする!」


「もともとこういう顔なんだ」


「――ごめん。言い過ぎちゃった。アタシのこと嫌いになった?」


「ッ? どうしたんだ突然?」


「嫌いには……、ならないでほしい。アタシだって馬鹿じゃないから……」


紅茶を見つめるパピの肩が震えていることに気づくと、言葉の意味も察することができた。

それは窓際で他のぬいぐるみに紛れて外を監視していたティクスも同じだ。

パピの中では夢とはいえ、何度も死ぬ恐怖が心に焼き付いているのだろう。

もしも光悟の機嫌を損ねてしまえば、守ってくれる人がいなくなる。それを想像したのだろう。


「……俺の世界に、たいやきっていうお菓子がある。魚のドーナツなんだ」


「げ! なにそれ! そんなのあるワケないでしょ! 嘘つかないでよ!」


「嘘じゃないさ。魚の形をしているだけで、魚が入ってるわけじゃない。臭くないよ」


「なぁんだ。そうなんだ。それじゃあちょっと興味あるかも!」


「他には、そうだな。少し前にはタピオカっていう黒くてモチモチしたカエルの卵みたいなものを、たくさんの人がミルクティーに入れてジュボジュボ啜ってた」


「な、なによそれ。全然美味しそうじゃない……。アンタの世界って変なヤツばっかね」


あくまでも呆れた様子ではあったが、パピは笑ってくれた。


「ね、ねえ、ところでさ。ちょっと、どうしても食べたいものがあるんだけど……」


「?」


「いやッ、ゴメン、なんでもない。ほらケーキ食べましょ! ティクスも食べる?」


『ありがとう。でも遠慮しておくよ。この体は食べることができないからね』


光悟はそれを聞いて少し切なげに微笑んだ。

ただ少し、嬉しかったところもある。パピがティクスにケーキを勧めてくれたという点だ。

それは紛れもなく他者を思いやる優しさだ。


こうしてスイーツを堪能した二人は屋敷に戻った。

少しはパピと仲良くなれた気がする。

以前は何を聞いても無視されたが、今ならば。


「パピ、趣味はあるのか?」


「……絵は、描く。結構、好き。なんなら、もしよかったらだけど、見る?」


見たいと言うと彼女はすぐに何枚かの作品を持ってきてくれた。


「へえ、上手いじゃないか! うん、かわいいキリンさんだ!」


「……猫よ」


「――こっちのカニさんもキュートだな。水の中にいる感じがよくできてる!」


「お馬よ」


「……このお猿さんは」「白鳥」「ごめんなさい」


話題を変えよう。そうしよう。光悟は中庭の庭園を持ち出す。


「綺麗な花がたくさん咲いていたし、手入れも行き届いていた。花が好きなのか?」


「べつに。あれはママが好きだったから――」


パピは、光悟を睨んだ。なんだかずいぶん冷たい表情に感じた。


「出てって。アンタとはもうお喋りしたくない」


光悟と隣にいたティクスは部屋を追い出されて廊下に立ち尽くした。


「怒らせてしまった。申し訳ないことをした。せめて俺に絵心があれば」


『………』


光悟は罪悪感に苛まれていたようだが、一方でティクスは腕を組んで別のことを考えていた。それはケーキ屋に行くまでの『殺意』である。


『明らかに世界がパピちゃんを殺そうとしていたようだね』


「ヴァイラスに殺されるという事実が、まだ彼女に纏わりついているのかもしれない」


下級ヴァイラスは全て正義の吹雪で倒したが、セブンはまだ三体しか倒していない。

和久井のいう死の確定――、因果とでもいえばいいのか。『パピはヴァイラスに殺される』という決まりがあるとするなら、残りのセブンが存在している時点でパピに未来はない。


和久井でもセブンのアジトはわからないようだ。

奴らは唐突にヴァジルたちの前に姿を現して戦いを挑んでくるらしい。

そしてそのセブンの一体『憤怒隻狼・ラース』は、町はずれの湿原で吠えていた。


「気に入らねぇ! 気に入らねぇぜ人間ンンッッ!」


ラースは人型の狼だ。

その先にはジットリとした目つきの犬耳の少年、月神がいた。


「テメェらは俺様たちにビビッてガタガタ震えてりゃいいんだよォオッ!」


ラースが水しぶきを上げて走り出す。

右手の爪を振るうが、月神は左手に持った納刀状態の日本刀でしっかりと受け止めた。

すぐにラースは左手の爪を振るうが、月神は刀を払って爪を弾いた。

ラースは衝撃でよろけたが、すぐに踏みとどまって両手で月神の頭を潰そうと腕を大きく振るってみせる。


が、それよりも速く月神の足裏がラースの腹部に直撃した。

ラースはわずかに後退したが、すぐに飛び上がって月神の喉に食らいかかる。


しかし牙に伝わったのは固い感触だった。

月神が刀を前に出して、鞘を噛ませたのだ。

ラースは噛み砕いてやると顎に力を込めるが、月神は付き合うつもりもない。


ラースが鞘を噛んでいる間に、そこから刀を引き抜いて前に出た。

抜き胴でラースを切りながら背後に回った後は、背中を思いきり蹴り上げてみせる。


「グゥウァア!」


ラースは呻き声をあげながら放物線を描いて飛んでいき、そのまま着水する。


「……先人というのは流石だね。キミにピッタリの言葉が既に地球にある」


月神は鞘を拾い上げて刀を収めると、腰を落として構えた。


「弱い犬ほどよく吠えるってね。下らない言葉を並べるのが遺言だなんて、同情するね」


「弱い? 弱いだと!? 俺様はセブン! 弱いワケがねぇだろうがァアア!」


頭にきたのか、ラースのスピードが上がった。

鋭利な爪で月神を引き裂こうとする。


「ナンセンス。それがキミの全速力か? 止まって見えるぜ……!」


抜刀。次の瞬間、ラースの頭が宙を舞っていた。

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