第二章 Execution
第12話 嫉妬VS弾丸
真並光悟はヒーローの力を得て、ヴァイラスを倒し、パピを守り――
そしてパピを死なせたのだ。
傍にあった壁を殴りつけようとした時、体をポンと優しく叩かれた。
『光悟くん。物にあたってはいけないよ。そんなことをしている暇があるなら、一秒でも多くパピちゃんを守る方法を考えるべきだ』
やはり夢などではない。
ゲームの世界から帰ってきたのは光悟だけではなくティクスのぬいぐるみも同じだった。
彼は確かに動いて喋っている。和久井は思わず椅子から立ち上がり、ティクスから逃げるように後退していった。
「お、おい光悟! そのぬいぐるみどうなってんだよ!」
「どうって、動いてる」
「そんなの見ればわかるわ! そうじゃなくてッッ」
とはいえ、光悟は頷くだけだった。
また勝手に納得したらしい。立ち上がってセーブデータを確認すると、データが更新されていた。
光悟は迷わずそれを選択してゲームの世界へ飛び込んでいく。ティクスもすぐに追いかけ、二人で一緒に消えていった。
「あ、あのッ! ありが――」
パピの唇がぎこちなく吊り上がる。
すると光悟は猛ダッシュ。パピを抱きしめると、そのまま地面に倒れた。
「は!? ちょっと! 何すんの!!」
パピは真っ赤になって光悟をベチベチ叩いた。
しかしすぐに沈黙する。頭上を通り抜ける三日月状の斬撃を見たからだ。
光悟が顔を上げると、日本刀を持っていた犬耳の少年と目があった。
「俺の名前は真並光悟ッ!」
犬耳の少年がヴァイラスとは違うことは既に察していた。
『まあ美味しい! お兄様にも食べさせてあげたいわ……!』
ホール内で聞いた言葉が耳に残っているが、ルナは確か『一人娘』だった筈だ。
「……
犬耳の少年はそれだけを告げ、建物の向こう側に飛んで消えていった。
◆
セブン・嫉妬翼迅エンヴィーは体は人型だが、頭は鷹で、背中には翼があった。
彼は丘の上の茂みの中で鼻歌を口ずさむ。スナイパーライフルのスコープが捉えたのは十㎞離れた屋敷の窓だ。その向こうにはパピの後ろ姿が見えた。
「さようなら、お嬢さん」
ドンと音がした。
超高速で放たれた銀色の弾丸は、わずか一秒ほどでパピの屋敷に到達して窓を突き破る。
パピの後頭部がザクロのように弾け飛び、肉片や脳をまき散らす。
――筈だったが、どうしたことか? パピの後ろ姿は何も変わっていない。
思わず二度見するスコープ。パピの後ろ姿にノイズが走ると肉体が消えて、代わりにメガネをかけたオレンジ色の髪と瞳の光悟がフェードインしてきた。
恥ずかしそうにしているパピを抱き寄せているのはメカニカルな橙色の腕だ。
同じくそれが握っているサイバーパンクな光線銃。橙のティクス・"トワイライトカイザー"は機械を操るメカニックガンマン。
銃から発射された超小型ドローンはパピのホログラム映像を空間に投影することができる。
つまりエンヴィーはパピの偽物を狙撃したということだ。
既に必殺技を発動しているのだろう。銃口から橙色の光が溢れている。
(マズイっ!)
エンヴィーはすぐに踵を返して丘を飛び降りると、森の中を飛行する。
入り組んだ地形に加えて、樹木がその姿を隠した。しかし光悟は銃を両手でしっかりと構えると遥か彼方のターゲットを睨みつける。
瞬間、そこへ重ねる未来。
「答えはただ一つ! パピは――ッ! 俺たちが守るッッ!!」
ラストバレット。銃口からオレンジ色の光弾が発射された。
「ば、馬鹿なッ!?」
飛行中のエンヴィーは背後に光を感じて振り返った。
見る。木々の隙間を縫うようにして向かってくる光弾を。
そのスピード。気づいた時にはエンヴィーの腹部に風穴が開いていた。
「し――ッ、嫉妬するぜ! その強さッッ!!」
爆散して消滅する肉体。光悟は銃をクルクルと回し、銃口から上がる煙をフッと吹き消した。
トワイライトカイザーで装備されるメガネには、ターゲットの位置や距離情報が正確に表示されている。
その情報をもとにして、どこまでも追尾する弾丸を発射したのだ。
「大丈夫かパピ、怪我はないか?」
「……平気。まあまあやるじゃん」
パピは光悟の腕の中から抜け出すと、腕を組んで恥ずかしそうに目を逸らした。
◆
ヴァイラスの襲撃から二日。
町の混乱も今は収まり、人々は復旧や支援活動に勤しむようになっていた。
光悟も瓦礫を掃除したり、壊れた建物や道の補修を手伝っていた。
しばらくするとヴァジルが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「師匠! 西の方はだいぶ元通りになったよ! 果物もらってきたし、一緒に食べよ!」
「ああ、ありがとう」
あの一件があってからヴァジルは光悟を強い尊敬の眼差しで見つめてくる。
使ったのはティクスの力なので師匠と呼ばれるのは複雑だが、慕われて悪い気はしない。
二人は木陰で肩を並べると、さっそくリンゴを齧りはじめた。
「朝、ロリエから聞いたよ。引っ越したんだって?」
「大きな川があるでしょ。下流の畔に古い小屋があってさ。師匠も遊びに来てよ」
もうグリムの屋敷じゃ暮らせない。ため息交じりにシャリシャリ音を鳴らしていた。
「……悪かった」
光悟がポツリと口にする。
ヴァイラスは虚空の存在だという。殺意の集合体、もはやそれは生き物ではないと。
だからこそ容赦はしなかったが――、そう簡単な話でもないだろう。それですぐに割り切れるなら苦労はしない。
「仕方ないよ。誰も師匠を責めないって。ボクも、みんなもね」
むしろ感謝してる。それは本心だった。
「でも、ボクは一体、何を信じてたんだろう。馬鹿みたいだ……」
「俺が言うことじゃないかもしれないけど、大切にしたいと思ったものがあるならヴァジルはこれからもそれを大切にしていけばいいさ。ティクスが三十話でそう言ってた」
ヴァジルは少し困ったようにありがとうと笑った。
光悟はそこでふと人だかりができているのに気付いた。
二人の男女を多くの人たちが囲っているのだが、なるほど美男美女だ。
特に女性の方は優しそうで、いろいろな人に話しかけられていた。
「師匠。あの人たちはロリエのお父さんとお母さんだよ」
ロリエの母カネルは元火曜の魔術師で、昔から奉仕活動などを頻繁に行っており、住民の相談にも真摯に対応していたため人気が高いのだという。
「川に落ちちゃった子猫を溺れそうになりながら助けたり、お年寄りの畑仕事を手伝って泥だらけになったり。危なっかしいけど、すっごく素敵な人なんだよ」
「そうなのか。確かに優しそうな笑顔がロリエと似てる」
今日も朝早くから復旧作業を町の人たちと一緒に行っていたらしい。
そこで光悟はハッと表情を変える。いけない、そろそろ約束の時間だ。
急いで屋敷に戻ると、門の前に馬車が停まっており、パピが腕を組んで待っていた。
「おッそいんですけど。アタシを待たせるなんて最低最悪。今すぐ謝ってよね」
「すまない。だがまだ約束の時間の十分前だ」
「アタシは三十分前からいましたぁッ! 楽しみだったんだから察しなさいよ!!」
蹴られそうな勢いだ。光悟はひたすら謝りながら、部屋にあったティクスを取ってきて馬車に乗り込む。
しばらくしてパピはチラリと光悟の膝の上に座っているぬいぐるみを見た。ティクスは視線に気づくと首をグリンと動かしてパピに視線を合わせる。
「う、動いた……!」
『そりゃあ動くさ。どうしたんだいパピちゃん。なんでも言ってごらん』
「しゃ、喋った!」
『そりゃあ喋るさ。生きてるんだから』
「うそつけっての! 人形は喋らないもん! こわこわっ!」
確かに。
それはオンユアサイドにおいてもイレギュラーな事態らしい。
現在ティクスには光悟の『ぬいぐるみ』としての記憶と、そのモデルになった『極光戦士ティクス』として戦ってきた記憶が混在していた。
その理由や、そもそもなぜ動けるようになったのかはティクス本人にもわからないらしい。
『ただ一つだけ言えるなら、俺に魂が宿った感覚はあった』
意思の獲得、ただはじめは思考は鈍り、体も重く、動けなかった。
ベッドの上で光悟が何度も繰り返すのをただ見ることしかできなかったが、やがて動けるようになり、喋れるようにもなった。
さらに本来は備わっていなかった力まで自覚できるようになったとか。
『"イマジンツール"。俺自身がプリズマーとなり、光悟くんに力を与えることができる』
「へぇ、すごいじゃん。アタシにもくっついてみてよ!」
パピは細い腕をグイグイおしつけてくるが、ティクスは困ったように首を横に振った。
『ごめんよ。心を通わせてないとダメみたいで、今のところは光悟くんじゃないと』
「何よソレ! このパピ様とじゃヤダっての? 最低!」
頬を膨らませてそっぽを向くパピを置いておいて、光悟は思い出していた。
あれからPCの外、つまり地球で変身しようとしてみたが、無理だった
プリズマーへの変形はもちろん、ティクスが光弾を出すということもできず、かなり制限がかかっていたように思える。
理由はいまひとつわからないが、変身ヒーローとしての力を使えるのは、このゲームの中の世界だけらしい。
そこで馬車の運転手がアッと声を荒げた。山から落石が降ってきたのだ。
しかし瞬時、ティクスの目が光った。すると虹色に光るドーム状のバリアが現れ落石をしっかりと受け止めた。
これくらいならば光悟と合体しなくとも、ぬいぐるみのままでできるようだ。
『だけど長時間はバリアを維持できない。それに落石はまだ来るぞ!』
「わかった。なら壊そう。シャイニングユニオン――ッ!」
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