第11話 フォームチェンジ
「ば、馬鹿な!! 二百体を超えるヴァイラスをッ、い、一撃で!?」
その時、グリードが明確にその表情を歪ませた。
さらにスロウスの悲鳴も聞こえてくる。完全に氷で覆われたマシンが墜落したのだ。
中からスロウスが飛び出してきて、大きくうろたえている。
「う、嘘だ! 全ての存在の頂点に立つ僕ちゃんがッ、こんな! 人間なんかに!!」
スロウスは後退していくが、その腹部のど真ん中に剣が突き刺さった。
「ビビャエバァァ!」
「俺の勝ちだスロウス! 俺は、お前たちが齎す恐怖を超えるッッ!!」
「ふざけるなァア……! 僕ちゃんはもっと人を殺して! 絶望させて! 苦しむ姿を楽しむんだよォォオ――ッッ!」
スロウスが腕を伸ばして光悟の目を抉り取ろうとするが、その前に冷気が流し込まれた。
スロウスの腕が完全に凍りつき、物言わぬ氷塊となる。
光悟が剣を引き抜くと、スロウスは粉々に砕け散り、消滅していった。
「グルルルルッ! ゴガァァアアァア!!」
グラトニーが動いた。とはいえ突進する獣を前にしても光悟に恐れはない。
プリズマーにある赤いボタンを押すと髪が赤に、瞳が緋色に染まる。
背中のマントが消えると代わりに頭に王冠が現れ、右腕は赤を基調にしたオープンフィンガーグローブが目立つものに変わっていた。
これが赤のティクス、紅蓮の王者だ。
「ガアアアアアアアアア!!」
グラトニーの拳が光悟を襲う。豪腕は先ほどパピの盾を簡単に破壊してみせたが――
「ガ……! ゴァ――ッ!?」
どうしたことか? グラトニーは腕を震わせ、戸惑うように唸っていた。
グラトニーの拳が、確かに"右の掌"だけで受け止められている。
「グガアアアアアアアアアア!」
グラトニーは信じられず、再び拳を引き戻して突き伸ばす。
右、左、左、右、次々と繰り出されるラッシュではあるが、光悟は右手を動かすだけで全てを受け止めていった。
【"イグナイトキング"……! 第六話で登場ッ、炎を操るパワーファイター!】
光悟が右手の指をパチンと鳴らすと、目の前で爆発が巻き起こった。
グラトニーは衝撃で怯み、動きを止める。その隙に握り締める拳。
炎が収束していき、赤く燃え滾る腕でボディーブローを叩き込んだ。
直撃した拳から大爆発が巻き起こり、グラトニーは凄まじい勢いで地面を滑っていく。
「ガ……! ウガァァア――ッ! ガァァアアアアアアア!!」
グリードの真横を抜けたところでグラトニーの全身を炎が包み、そのまま爆散した。
「偉大なセブンがッ! なんだコレはッ? 何が起こっている!?」
瞳を震わせているグリードが見たのは、青色のボタンを押している光悟だった。
彼の頭にあった王冠が消えると、次は顔の下半分を隠すマフラーが巻かれていく。髪と瞳が染まり、できあがるのは青のティクス。
水を操る忍者ファイター、"ブルーエンペラー"。
光悟は小刀を逆手に持って前進していく。グリードは焦り、叫び、無数の水流弾を発射して歩みを止めようとするが、それらは光悟の体をすり抜けていくだけだった。
液状化。ブルーエンペラーは自分の体を『水』のように変えることができる。
刃物も、拳も、ましてや同じ水の弾丸だって効果はない。
さらにどこからともなく現れた水が固まって、光悟そっくりに変わる。
分身の術。
できあがった水人形たちは小刀を構えてグリードへ切りかかっていく。
始めこそ防がれていたが、既にグリードの周りには八体もの分身が飛び回っていた。
『「正義忍法! ヤマタノオロチ!」』
八体の分身が青く光る小刀でグリードを同時に切り抜いた。
「グッ! ォオオ……!」
黒い血を撒き散らしながら地面に膝をついた男が震えた。それは痛みを超える驚愕。
「馬鹿なァアァ……ッ! 生態系の頂点に立つヴァイラスが一体なぜこんな惨めな姿を晒さねばならん! ふざけるなよ真並光悟ッ! 何のために私が肉体を捨ててまで化け物になったと思っているのかぁァァ――ッッ!」
「なんのためだ? 俺には理解できない」
「破壊と創造だ! 神話を作る力がヴァイラスにはある! 彼らは世界の自浄を担ってくれている偉大な救世主だ! 人が死に、命が潰え、崩壊していく世界の果てに新たな創造が生まれる! その美しさがなぜ貴様には理解できないィイィイッ!!」
奇しくも、それは、早口だった。
グリードは立ち上がると、水の剣を作って近くにいる分身へ斬りかかる。
武器同士がぶつかり合う音が響く中、離れていたところでへたり込んでいたパピが顔を上げた。
目の前には光悟が立っている。どうやらコレが本体のようだ。
「ねえ、一つだけ聞いてもいい? なんでアンタは馬鹿みたいに繰り返したの?」
「また馬鹿か……。いけないぞパピ、それは人に向けて言っちゃ駄目な言葉だ」
光悟は呆れたように笑うが――質問にはきちんと答えた。
「昔、死ぬのが怖いと泣いていた子がいた。俺はその子に何もしてあげられなかった」
「だから同情してアタシを? 冗談でしょ? 普通じゃない」
「……そうかな。それは当然のことだろ? 誰だって傷つきたくない。みんな同じだ」
パピは俯いた。
どんな顔をしていいか分からなかったからだ。
「心に嘘をつくなよパピ。どうでもいいって思ってる人間は、涙なんて流さない」
涙の重さは知っているつもりだ。死にたくないと思って泣いた子も、母親と別れてすすり泣きながら帰ったあの子も、本気で哀しかったから泣いたんだ。
「だから俺は泣きそうな人を、泣いている人を、助けようと思ったんだ」
それを聞いて、パピは顔を上げた。
「なら……、たすけてよ」
パピは涙で濡れた顔を歪ませ、光悟を見たのだ。
「――ない」
「?」
「わだじ――ッ、じにだぐないよぉ……!」
それを聞くと、光悟は真剣な表情でしっかりと頷いた。
「ああ。絶対に助けるから、もう少し待っててくれ」
そこで分身体が消滅した。基本形態に戻った光悟はグリードに向かって歩いていく。
「ま、待てッ、真並光悟くん! 取引をしようではないか! ヴァイラスに入ってくれ。そうすれば望むものを何でも与えよう! たとえばそうだな、金だッ!」
「本気で言っているのか? そんなもの、俺はいらない」
「では何がほしいのだ!? 地位か? 女か! 言ってみたまえ……!」
「決まってるだろ。みんなが――」
ヴァジルたちを見て、そしてパピを見る。
「パピが笑ってくれれば、それだけでいい」
真っ直ぐな瞳だった。故にグリードの中で何かが爆発する。
人は強欲なものだ。ずっとそれが正しいと思ってきた。
欲望のままに生きて、七つの大罪を掲げて、自分だけを大切にして生きる。それなのに光悟は他者の幸福を望む?
「格好つけてんじゃねーぞッ! クソガキがァアアアアッッ!!」
一番嫌いなタイプだから殴り殺そうと思った。グリードは両腕にドス黒い魔力を纏わせて走り出す。光悟もそれを確認すると地面を蹴って走り出した。
交差する拳。ティクスの右腕のほうが先にグリードの顔面に叩き込まれる。
地面を転がっていくグリードを見て、光悟は宝石を握りつぶした。
「お前たちが殺意を掲げ続けるというのなら!」
七色の光が右腕に集中。拳を握り両腕を交差させると、レーザービームが放たれた。
「消え失せろヴァイラス! 俺の正義がッ、お前らの野望を塗りつぶすッッ!!」
巨大なX状の光線を放つ必殺技、レインボーバースト。
グリードはすぐにシールドを張ってはみるが、そんなものはすぐに光によって打ち破られ、全て虹の中に消えていく。
「ギエェエエエエエエエエエエエエエエ!!」
グリードは蒸発するようにして消えていった。
セブンの消滅により赤黒い空が消えていき、真っ青な空が広がっていく。
助かった。そのことを理解してポツポツと上がる歓喜の声。
やがてそれは大歓声に。その中でパピは戸惑いがちに立ち上がる。
「あ、あのッ!」
光悟と目が合った。パピはぎこちなく、それでも必死に表情を探す。
「ありが――」
言葉が、止まる。パピの首から上がズレて――
ボトリと地面に落ちたから。
「パピッッ!?」
すぐに倒れたパピを抱き起こしたが、それは既に物言わぬ亡骸。
頭部は地面に転がっている。すると腕の変身が解除されてティクスが分離すると、地面に降り立った。
『光悟くん! アレを見るんだ!』
少し離れたところにある民家の屋根、そこに日本刀を持った人間が立っていた。
和服に身を包んでいるのは女性かと見間違うほど美しい少年だ。
髪は長く、頭には大きな動物の耳がある。これは『犬』だろうか? 後ろには尻尾まで見えた。
光悟は少年が刀を持っていることに気づいた。
距離は離れているが、おそらく彼がパピを殺したのだろう。
そこで世界がブラックアウトして、気づけば自室に戻っていた。
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