第10話 シャイニングユニオン


そんな彼は今、ゲームの世界で血を流している。

パピを庇い、グリードに蹴られ、スロウスに撃たれ、地に伏した。

それでも光悟が立ち上がろうとするのは、まだ掌にティクスを撫でた感触が残っていたからだ。

光悟にとってはゲームの中だろうが、蜂や猪の化け物がいようが、特に関係のない話だった。

少し不思議ではあるが、生き方を変える理由にはならない。


「俺はッ、知っている――ッ!」


何を? 気になったのか、スロウスが笑うのをやめた。


「死の重さを! だからッ、それを与えて楽しむお前らを、俺は絶対に許さない!」


「はぁー。マジで聞いて損したよ。ウザイから死ねよマジで!」


ハニカムのランスが動く。

しかし次々に着弾していく水の弾丸。ヴァジルが助けてくれたのだ。

彼はロリエと共に光悟を通り抜けて、セブンたちへ向かっていった。


ルナも奮起し、周りのヴァイラスたちを攻撃していく。

それはありがたいが、きっと駄目だ。そして光悟も駄目だ。

血がダラダラと背中を伝っているのが分かる。


息が詰まる。めまいがする。

額からも血が垂れてきた。寒い、眠い、辛い。

光悟は地面に膝をついて蹲る。またダメなのか――?

いや、いや、諦めるな。絶対に諦めるな。そうすれば活路が生まれるとティクスが教えてくれたじゃないか。


「俺は、諦めない」


小さく呟いた言葉だったが、聞いていた女がいたようだ。


「ウザっ! ウザいから、逃げてもいいわよ」


「パピ……? 大丈夫だ安心しろ、俺が――ッ、守るから!」


「それがウザイって言ってんの。アンタは何もできないでしょ? この嘘つき」


「嘘じゃないさ。俺は――……、お前を守る」


「嘘じゃん! ポコポコ死んで、アンタだって本当はもう何も感じてないんでしょ? 笑っちゃうわよね! 雑に死ぬアタシたちは出来の悪いコメディみたい!」


「お前……ッ! 覚えてるのか!?」


「覚えてるわけないでしょ! 夢を視るの! それは――ッ、未来の夢!」


もう本当に最悪だと。

だって夢から覚めたら、いきなり見たこともない許婚が現れ、町に出ようとして死んだ。

夢。化け物に食われる夢。光悟が守ってくれる夢。結局死ぬ夢。

ロリエを殺す夢。ヴァジルに見捨てられる夢。

怖くて泣いた夢。光悟が守ってくれた夢。

光悟が目の前で死ぬ夢。


あれ?

どれが夢だっけ?

どこから夢だっけ?


「頭ッ、ぐちゃぐちゃ! もう最悪! キモイ! キモイッ!」


パピは予知夢だと思っていたようだが、それは違う。

彼女は不完全ながらに記憶を継承しているのだ。光悟はいろいろなことを考えた。

もしかしてロリエに厳しく当たっていたのはそれが原因なのか? 終わらぬ悪夢は心も荒む。


それとも、もっと彼女にしか分からぬ苦しみがあるのか?

繰り返していると心のどこかで分かっていながらも、彼女はどうしてこんなにも冷めているんだ?

でもそれを知ろうとする前に彼女は死ぬ。


「教えてくれ……、教えてくれよパピ。お前も死にたくないよな?」


「……どうでもいい。もうどうでもいいわよ、全部、なにもかも」


パピは疲れたように呼吸を繰り返し、一つ息を吸うたびに瞳を潤ませた。

光悟はその答えを聞くと、すぐに立ち上がった。体は重いが関係ない、立たねばならん。

足を前に出すたびに全身に痛みが走るが、それも関係ない。

ヴァジルとロリエが吹き飛び、地面に倒れるが、それでも歩いた。ルナも倒れた。けれどそれでも歩いた。

スロウスやグリードの嘲笑が聞こえたが、それでもやっぱり前に向かって進んでいく。


「ビーッビビビ! 雑魚がまた来たよ!」


「ヴァジルたちが戦っている間に逃げれば良かったものを。どこまで馬鹿なのだ」


「自分を守るために戦ってくれた人を見捨てて逃げることのほうが、ずっと愚かだろ」


ティクスだってそうだった。"助けを求めた人"を見捨てて逃げたことは一度もない。


「そうだ。俺は……、俺はティクスになるんだ――ッ!」


「うん? ティクス? なにかねそれは」


「正義のヒーローだ」


まずスロウスが吹き出した。グリードも思わず声をあげて笑い出す。


「何が、おかしい」


光悟の目は死んでいない。

血まみれで、死に向かっている筈なのに恐れがない。


「ティクスの言葉はいつだって俺を支えてくれた。みんな幸せになるために生まれてきたのだと。人の夢を邪魔する権利は誰にもないのだとッ! そう教えてくれた!!」


グリードは魔法陣を生み出して水流弾を発射する。

光悟は避けられずに、真正面から受け、地面へ倒れた。


「正義? 実に下らない。観測者次第で価値の変わるものを格言にするとは浅い男よ」


「マジで! ビビビ! うひははは! コイツ馬鹿すぎでしょ! 恥ずかしいヤツ!」


馬鹿、よく言われたものだ。

和久井にもパピにも。正直、少しだけ傷ついていた。

馬鹿なのか。正しくないのか。俺がやってきたことは――


「俺は――ッ! 俺の信じた道を歩み続ける! 正義の道を進み続けるッ!」


――なんて。

そんな想いはとっくの昔に振り切った。光悟は立ち上がり足を進める。


「格好つけてるとこ悪いけどさぁ! テメェは僕ちゃんたちにやられて死ぬんだよ!」


ハニカムの突進が直撃した。光悟は吹き飛んだ。たぶん、いろいろな骨が折れた。

周りがスローになって違う景色が見えた。きっと、これが走馬灯。


『お母さんはね、お父さんとお別れしてね、大好きな人のところへ行くの』


母が見えた。

もう十年近く顔を見ていない母がそこにいた。


『その人には子供がいるんだけど、お母さんはその子のことを愛してるの。でもコウちゃんのこともお母さんは好きだから、だから……』


母が手を差し伸べてきた。一緒に新しいお父さんのところへ行こうと言われた。

光悟は買ってもらったティクスのぬいぐるみをギュッと抱いた。

ギュッと、強く、ティクスと目が合った。声が聴こえた。ティクスを強く抱きしめて俯いた。抱きしめた。


『ぃかない』


『……どうして?』


光悟は母を見なかった。震え消え入りそうな声で呟いた。


『お父さんが……、ひとりぼっちになっちゃう……』


『そう……。コウちゃんは――優しいね』


そう言って母は光悟に背中を向けた。

家とは反対方向に歩いて行ったので、光悟は一人で家に帰った。泣きながら帰った。

翌日、母はもう戻ってこないと父が教えてくれた。


「俺は――ッ! みんなを守る! パピを助けるッ! それがティクスのやることだ!」


後悔はしていない。光悟は一人で帰ったんじゃない。

ティクスと一緒に『二人』で帰ったのだ。それに母がいなくなった後もサンタさんは来てくれたじゃないか!


『ありがとな、光悟』


いつの日か、ホットプレートで肉を焼いていた父に乱雑に撫でられた。

父にティクスの映画に連れて行ってもらった。ティクスがいて握手をしてもらった。

横で寝ていた母の代わりをティクスが務めてくれた。それなりに温かかった。

祖母はケーキが嫌いなのでティクスと食べた。

イチゴをティクスに押し当てるとクリームと果汁で汚れた。

祖母がお風呂でティクスを洗った。綿がゴワゴワになって抱き心地が悪くなったが、いい匂いはした。

俺は独りじゃなかった。

ティクスの真似事をしていろんな人に馬鹿にされたが気にしなかった。

なぜならば救われた男がココにいるからだ。


【もうやめろ光悟! もう逃げろ!!】


PC前で和久井が叫んだ。

きっともう間に合わないが、それでも叫んだ。


【ティクスなんていねぇんだ! お前の親父が言ってたぞ! 呪われてるだけだって!】


光悟の父は、祖母は自殺したようなものだと言っていた。

祖父が入院を続けるうちに弱っていく様子や費用がかかる点を見ていたのだろう。

だから具合が悪くても光悟に助けを求めず救急車も呼ばなかった。

光悟を気遣った言葉は呪縛になっただけだとも。


「たとえいなくても! なれなくてもッ! なろうとすることはできる筈だ!!」


きっと光悟もどこかで分かっていた。分かっていたが、正義の男になろうと思った。


「俺は諦めない――ッ! 俺が憧れたアイツは、いつも困難に立ち向かっていた!」


ティクスと同じことをすれば自分のように救われる人間が必ず存在している筈だ。

きっとどこかにいるんだ。向こうか、アッチか、それともココか。


「その姿に勇気をもらったんだ! アイツの想いは、欠片も無駄になってないんだよ!!」


だから怖くても辛くても馬鹿にされても時代遅れでも――正しさを求めた。


「俺はッッ! 一度たりとも裏切られたなんて思ってねぇッッ!!」


血を失いすぎて意識が朦朧としてきた。だから気絶しないように叫ぶ。


【お前――っ】


和久井は思い出した。

昔、ズラリとならんだヒーローの玩具を見て、光悟をからかったことがある。


『まさかまだヒーローが現実にいるなんて信じてるわけじゃないよな?』


それは本当に、ただ単に光悟をからかうための言葉だった。

そうしたら光悟は小さく、本当に小さな声で言っていたっけ。


『逆だよ』


『へ? 逆? って、どういう意味だよ』


――忘れたくないから。


【お前は、そこまで……!】


そこで和久井は『気配』を感じて振り返る。

信じられない光景がそこにあった。



「知らねぇよバーカ! ビビビ! もう飽きたから殺しちゃうもんねーッッ!!」


スロウスがハニカムのランスで光悟の頭を貫き、殺した。



いや



いや違う。

その筈だったが、何かに吹き飛ばされた。


光だ。

それは虹色の薄命光線。天使のはしごが真っ黒な雲を貫いた。


「なんだッ? なんなのだコレは!!」


グリードが叫ぶ。

周りにいるヴァイラスやグラトニーも悲鳴を上げて後退していく。

凄まじい――、光。眩しくてスロウスもグリードも目を開けられない。


だが魔術師や光悟はそれを目にすることができた。空が割れ、巨大な光の塊が姿を見せる。

徐々に下降してくるなかで、その眩しさを、その温もりを知れば、湧き上がるエネルギー。

おお見よ。あれはまさに僕らを照らす、眩い希望の光。


「――きれい」


思わずパピが呟いた。光悟もその輝き――、見たことのある光を確認した。

なぜだか涙が溢れてくる。血が止まり、全身の痛みが引いていく。

そして光は弾けた。小さなシルエットがクルクルと回転しながら落下し、光悟の前に着地する。


その際に発生した衝撃波でヴァイラスたちが倒れていく。

なんとか踏みとどまったセブンたちにも光のエネルギー弾が次々に直撃していきハニカムは墜落、グラトニーの巨体も地面に倒れ、グリードは魔法陣のバリアを粉々にされた。


『正義のために生きてッ! 何が悪いッッ! 優しさを信じて何がいけない!!』


彼は、代わりに声を張り上げた。

心にあった曇りを払うため、肯定されるべきだと――!


『お前らは二つ! 絶対に許されないことをした!』


かつての時代、世の中では不幸な事件ばかりが目についた。

誘拐、殺人、強盗。それは時代のせいだと、お金がなくなって来たからだと、誰もが仕方ないと言っていた。

それに納得できなかった男が本気で怒り、叫んだ。


そんな情けない諦めを子供たちへ聞かせるつもりか。

我々が未来に伝えなければならないのは夢と希望と、そして正義の心じゃないのかと素面で本気で泣いた。

だから男は狭いスタジオに子供たちの千年王国を作ろうと夢を抱いたのだ。そこに共感したものたちが集まり、作り上げたのが――


『ひとつ! この世界に生きる人々に恐怖を与え、命を奪ったこと!』


それが"極光戦士ティクス"。その、ぬいぐるみが、光悟を庇うように立っていた。


『そしてもうひとつは俺の一番大切な親友を傷つけ! 志を笑ったことだ!!』


温かな虹色の光が、みんなの体に刺さっていた針を溶かし、傷を治療していく。


『暴食魔獣グラトニー! 怠惰機針スロウス! 強欲魔人グリード! 殺意という愚かな感情を崇拝するお前たちをッ、俺は絶対に許さないッ!』


ずっと一緒だった『あいぼう』が、すぐそこで動いていた。


にじきらめけッ! えよ閃光せんこう! 俺は正義せいぎッ! 極光きょっこう戦士せんしティクス!!』


三頭身のティクスが決めポーズを取ると七色のスパークが巻き起こる。

光の中でティクスは振り返る。つぶらな黒目はしっかりと動いて光悟を見ていた。


『よく頑張ったな光悟くん! キミは、俺の誇りだ!』


その時、その瞬間、光悟は救われた気がして安心したように微笑んだ。


【こ、こここ光悟! おまッ、お前のぬいぐるみが動いて魔法陣に――ッ!】


「ああ。分かってるよ和久井! 俺の目の前にいるっ!」


かつてない高揚感、それが希望という感情だ。

ヴァイラスにとっては最も忌むべきものであるため、グリードは地面を殴りつけて立ち上がった。

グラトニーやスロウスもすぐに続いた。彼らは体から煙こそ上がっているものの、明確にダメージを負っている様子はない。

それを見て、ティクスが口を開いた。


『光悟くん。良いニュースと悪いニュースがある。まず悪いほうだが、俺では敵を怯ませることはできても、ダメージを与えることはもちろん、倒すこともできない』


【はぁああ!? じゃあなんのために来たんだテメェ!】


和久井や魔術師たちは不安げな表情に変わるが、光悟だけは違った。


「だってティクスは、いつだって負けなかった」


『うん。良いニュースは単純さ。俺じゃ勝てないが、俺たちなら勝てる』


そこでティクスが光となって光悟の右腕に纏わりつく。

光が晴れると、そこには腕輪があった。変身アイテムの『プリズマー』だ。

腕輪中央には『門』があり、それを囲むように七つのボタンがついている。


「なつかしいな……。父さんに玩具を買ってもらったんだ。無くしてしまったけど」


『俺も覚えてるよ。よく一緒に遊んだね。変身コードは覚えているかい?』


「大丈夫。忘れたことなんて一度もないさ」


腕輪の下部にあるレバーを肘の方に向かって引くと、カシャンと音がして中央の門が開かれた。

中にあったのはダイヤモンドのような宝石だ。

光の屈折と反射で、七色の光が生みだされたかと思うと、同じくして空に大きな虹が出現する。


光悟を中心にして広がる巨大なアーチ。

宝石を指で押し込むと、カチッと音がして七色の強い光が生まれる。

光悟はそのまま右腕を前に突き出すと、ありったけに叫んだ。


「シャイニング! ユニオンッッ!!」


巨大な虹が光悟へ向けて収束していく。

七色の光が光悟を隠し、弾けた時、そこに立っていたのは極光戦士ティクス――ではなく、真並光悟だった。


【お、おい! なんも変わってねぇじゃ――】


言いかけて止める。

光悟は確かに『変身』していた。


"右腕"だけ。


肩から指先までが特撮ヒーロー・極光戦士ティクスに変わっていたのだ。


「なんなんだよマジで! ムカつくなァアア!」


ハニカムが浮き上がる。

スロウスは再びガトリングから針を発射するが――

思わず間抜けな声をあげて前のめりになった。針は確かに光悟に直撃しているが、次々に弾かれて地面に落ちていく。


右腕以外は生身に見えるが、プリズマーから発生するバリア、『レインボーベール』によって防御力が格段に上昇しているからだ。

スロウスは震えを自覚する。光悟の眼差しに刺し殺される。本気でそう思った。


「う――ッ! かッ、噛み殺せヴァイラス!!」


大量のヴァイラスが三百六十度、どこを見ても大口を開けて向かってくる。

光悟は右腕を見つめた。七色の光に包まれた時、ティクスと魂が交じり合うのを感じた。一心同体、自分の中にいるティクスが語る。右腕だけで申し訳ないと。


「充分さ。いつか俺の手を、しっかり握ってくれた右腕だ」


いつも不確かなものを求めていた。いつだって空虚なものを探していた。


「だけどこの手なら、きっと掴める」


渇いた正義が満たされていく――!

ドーム状に広がる虹色の衝撃波。光悟は力の限り地面を叩くと迫る全てのヴァイラスが宙に浮き上がった。

光悟は立ち上がりながら右腕を天に突き上げると、三つの光球が螺旋を描いて頭上に浮かび上がり、虹色の風が敵をさらに空へ舞い上げていく。


ヴァイラスは手足をバタつかせながら激しく回転して墜落していった。

背中から、脳天から、次々と地面に叩きつけられていくなかで、光悟は腕を思い切り振り払う。


"トライスパーク"。

三つの光球が地面に着弾すると爆発が巻き起こり、ヴァイラスたちは破裂するように消し飛んでいく。

すぐに別のヴァイラスが向かってくるが、光悟は迫る腕を掴んで引き寄せると、肩を掴んで投げ飛ばす。さらに正面から来たヴァイラスの胸を右手で殴りつけると動きが止まった。


ティクスの記憶が光悟に動き方を教えてくれる。

左のジャブを胸に打ち込んでから右手でアッパー。浮かび上がったヴァイラスを追うようにして光悟も地面をけると、体を捻りながら足を振るった。

飛び回し蹴り。足の軌跡に虹が生まれる。

発光する踵が敵を捉えると、大きく吹き飛ばして消滅させた。


「す、すごい……!」


「う、うん!」


ヴァジルやロリエも体を起こし、反応を示していく。

PC前の和久井もすぐに別ウィンドウでティクスを検索して、詳細ページを開いた。


【極光戦士ティクスッ、虹の力で戦うスーパーヒーロー……!】


光悟はティクスに促されて腕輪プリズマーにある紫色のボタンを押した。

レバーを引いて右腕を天にかざすと、紫色の光が空から伸びてきて宝石へと吸い込まれていく。


光悟の瞳の奥にティクスのシルエットが映った。

ワイヤーフレームで組まれたその姿の隣に、別のシルエットが現れた。

その時、プリズマー内部の宝石が、瞳が、髪が、紫に染まっていき、右腕も紫を基調としたフォルムへ変化する。

背中にに大きなマントが装備され、西洋剣が生まれると右腕で柄を掴み取った。


「『紫音しおんを駆けろ! ライトニングロード!!」』


光悟の声にティクスの声が重なった。

プリズムチェンジ、ティクスが戦いの中で得た形態変化である。

姿が変わって、様々な特殊能力や武器を獲得するのだ。


「クソッ! ちょっと色や形が変わったくらいでウゼぇんだよッッ!!」


ゲーム世界の中、スロウスがハニカムを動かそうとして止まった。


「あ、あれっ?」


光悟がいない。


「な、なんだよ。くそ! 今さっきまでそこにいたのに!」


ふとパワーアームを見た。

なぜか先端が全て切り落とされて地面に落ちている。


「え? え?」


反射的に後ろを見るとヴァイラスが凍っていた。

どうして? なんで? うろたえているとハニカムが氷で覆われていくから、スロウスは思わず悲鳴をあげる。


「ひゃぁああああ!」


ハニカムが正体不明の攻撃を受けている。

それを見て和久井はすぐにマウスを走らせ、詳細を確かめた。

第四話で登場した紫のティクスがライトニングロードだ。画像には騎士のような姿のティクスが映っている。


その能力、『超高速』によって光悟は残像を残しながら疾走。

右手に持った剣は斬ったものを、ヴァイラスであろうが機械であろうが瞬く間に凍らせていく。


光悟は急ブレーキをかけると剣を地面に突き刺し、マントを翻した。

左手でプリズマーのレバーを引いて内部にある宝石を露出させると、そのままレバーを上に倒す。

レバー先端が肘のほうから空に向くと、宝石を固定していたロックが外れ、左手で掴み取ってみせる。


宝石の名前は"レインボーハート"。

文字通りティクスの力の源だ。グッと力を込めると宝石はバラバラに砕け散るが、すぐに紫色に発光するエネルギーの破片に変わり、剣に吸収されることでパワーを跳ね上げる。


これは必殺技を発動するためのプロセス。

紫色に光り輝く剣を抜くと、天へ掲げてみせた。


『「エグゼッ! ブリザード!!」』


重なる声。

剣から絶対零度のエネルギーが拡散し、イーリスタウンを包み込む。

今まさに逃げ惑う人々に噛みつこうとしていたヴァイラスは大口を開いたまま氷に包まれて固まった。

遠くの空を飛行していたヴァイラスさえも一瞬で凍りつく。


「正義の冷気は! 悪しき心を持つ者だけを絶氷ぜっひょうの檻へと封じる!」


光悟の言うとおり、逃げていた人々や魔術師たちはみんな平気そうだ。

光悟が回転しながら剣を振るうと、斬撃が凍っていたヴァイラスだけを粉々に砕いた。

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