第8話 哀れな男より


もちろん既に息は無かった。だというのに光悟は今、ぼんやりと宙を漂っている。

幽体離脱というものだろうか? 虚ろな意識で逃げのびたヴァジルたちを視ていた。

傷だらけの彼らは空き家の中で激しく言い争っている。


これからどうするのか? どうするべきか?

対立するなかで、パピがロリエを刺した。

ロリエがパピを気遣ったことが気に入らなかったらしい。

それが何故か逆鱗に触れたのだ。ルナは口を覆い青ざめている。ヴァジルは事切れたロリエを抱いて叫んでいる。

返り血で汚れたパピは涙を浮かべて怒りをむき出しにしている。


「アタシは絶対にアンタを許さない――ッ! 死ねロリエ!!」


そこで空き家の扉が吹き飛んだ。追ってきたグリードの仕業だった。


「賢者の石を回収しに来た。ついでにその命を頂こう」


戦いが始まりパピが襲われた。

彼女が傷つくのを見てヴァジルはざまあみろと叫び、空き家を飛び出していく。

ルナもグリードに勝てないと悟ると、助けを求めるパピを見捨てて逃げた。

そこでPC画面がブラックアウトして光悟はベッドの上で目を覚ます。


その光景は外にいる和久井も確認していた。

しばらくの間パピたちの様子を映し出したのは何故なのか?

一方でセーブデータの方も気になる。改めて確認してみたが、やはり開始ポイントがヴァイラス復活時まで進んでいた。

和久井はずっとPCの前にいたがセーブをした記憶はない。

つまり自動的にセーブデータが更新されたというわけだ。


よく分からないが、これはマズイ状況だ。

もう何をしてもヴァイラス復活は止められないし、下手にゲームを繰り返せば余計に苦しむ人を増やすことになる。

しばらくすると画面が切り替わり、パピの死体が映った。眠るように死んでいた。

ただし首だけで。グリードに切り落とされたのだろう。


「ちょっと考える。次はどうすればいいのかを」


「本気で言ってんのか? も、もうこんなゲーム捨てようぜ? 絶対ヤバイって! アイツらはデータなんだ。心なんてない偽者だ! これ以上、関わる必要なんてない!」


「……だからかな? 死ぬ時あまり痛くないんだ。そんなに眠れてもないけど、向こうの世界に行けばどうしてだか頭もスッキリするし、だから俺は大丈夫」


そこでクッションの魔法陣に異変が起こった。徐々に薄くなっていく。

このまま消えてしまえばもう二度と向こう世界に行けないかもしれない。

だから光悟はすぐにロードをクリックしてセーブデータを選択した。すると魔法陣が元に戻る。

和久井が何かを言おうとする前に、光悟はクッションに座って異世界へ飛び込んだ。


【LOAD】


光悟は思った。

自分が戦えるようになればいいのでは?

なのでまずヴァジルに全てを打ち明けてみると、始めは驚いていたが状況が状況なのですぐに理解を示してくれた。


だが結論から言えば、魔力を持たない人間はどれだけ努力しても魔法は使えないようだ。

ヴァジルが持っている賢者の石も魔力の増幅装置であって0を1にはできない。

しかし念のため町の図書館に向かい、方法はないか調べてみることにした。


一方で広場も気になる。

理由は分からないが、パピはロリエを異常なほど毛嫌いしていたので、まずはヴァジルにパピたちのところへ向かってもらい、光悟はロリエと共に図書館に入った。

もちろんヴァイラスが進入していたが、全てロリエに倒してもらい、光悟は必死に魔法についての文献を探ってみる。


「チョロチョロ目ざわりなハエめ」


魔法陣が現れ、グリードが出てきた。

ロリエが必死に守ってくれたが、彼女一人では対抗できなかったようだ。自分を守ったせいで彼女が傷つくのは申し訳ない。

光悟はロリエを逃がし、ウォーターカッターで首を刎ねられた。

ブラックアウト。しばらくすると画面には食い破られたパピの醜い死体が映る。


【LOAD】


光悟だけ図書館に向かった。

魔法が使える方法がないかを必死に探したが見つからなかった。そうしていると徐々にヴァイラスの数が増えていく。

気をつけていたが見つかってしまった。光悟は逃げたが、なにせ数が多いので追いつかれて噛みつかれた。指を骨ごと持っていかれた。すぐに耳も噛み千切られた。


光悟は倒れた。

出血が酷い。たくさんのヴァイラスが群がってきた。彼らはトラバサミのような口でまず光悟のアキレス腱を噛みちぎり、逃げることを封じる。

光悟は激痛に表情を歪めたが声が出せない。喉を食い破られていたからだ。


もはやどこが痛いのかもわからないまま呼吸ができなくなって、目が見えなくなる。

やがてヴァイラスたちが離れた時、そこには肉の破片しか転がっていなかった。

しばらくしてPCの画面にはパピの死体が映る。眠っているように安らかだった。


【LOAD】


全力で戦おうと魔術師たちに提案した。

パピは協力的ではなかったが、戦わなければどうしようもないので、一応共闘はできた。光悟も武器を持って戦いに加わった。

しかしセブンは強い。まずはルナが倒れ、ロリエを守るためにヴァジルが倒れ、パピがロリエを盾にして、そのパピがグリードに負けた。


光悟は必死に暴れた。

少しでも自分に狙いが向くようにもがいた。その隙にヴァジルは右腕でロリエを支え、ついでに近くで倒れていたルナに左手を差し伸べる。


パピは叫んだ。ロリエを見捨てて自分を連れて行け! でも無視された。

その間にグラトニーは光悟を掴み、指で顔を潰して、足からバリボリ喰った。

光悟が目を覚ますと眠っているパピが見えた。違う、それは死体である。


【LOAD】


逃げるべきだと提案した。

なるべく町の人の避難や、自身の生存を考えてくれと念を押す。

魔術師たちは言うとおりにしてくれたが、グリードという男がどこまでも追いかけてくるので結局光悟が囮になった。敵を怒らせると、敵はまんまと光悟を狙った。


腕を引きちぎられ、足を食われた。

まだかろうじて息があるところでグラトニーが光悟をヴァイラスの群れのなかに放り投げた。

何秒で死ぬのか? スロウスとグリードは楽しそうに賭けを行っていた。


やがて光悟はPCから排出され、しばらくすると画面には綺麗なパピの死体が映る。

光悟の父親が帰ってきた。べろべろに酔っていて玄関でスヤスヤ眠っていた。


【LOAD】


正面から戦ってもセブンには勝てないので奇襲ならばどうかと提案する。

ヴァジルたちが戦い、ルナとパピが遠距離からの攻撃を仕掛ける作戦を立てた。


これならばと期待はしたが――

合図を送ってもパピたちは一向に現れなかった。

裏でパピがルナを気絶させ、ジッと隠れていたのだ。パピはセブンがロリエを殺したら姿を見せるつもりだった。


もちろんこのパピの裏切りによって作戦は失敗し、光悟はセブンを挑発することで時間を稼ぎ、ヴァジルはロリエと共に逃げた。

光悟はバラバラにされ、しばらくしてからPC画面には綺麗なパピの死体が映る。


【LOAD】


逆を提案した。

ヴァジルとロリエが後から奇襲を仕掛ける側だ。それ自体は成功したのだが何のことはなくセブンに逆転され、光悟は瀕死のまま火の中に投げ込まれた。

激痛の中、スロウスがゲラゲラ笑っている。グラトニーがパピを握りつぶして食っていた。


ちなみにロード機能によって何度も繰り返していると打ち明けてみたが、何かの役に立ったとは思えない。

優しい言葉を少しかけられたくらいである。どうせ次のロードでは忘れてる。

わかっていたことじゃないか、光悟はなぜ打ち明けたのだろう?


【LOAD】


スロウスが乗っているハニカムを奪えばいいのでは?

そう思い、いろいろ努力はしてみたが全てグリードに邪魔された。

怒ったスロウスは針で光悟の右目を潰し、左目も潰し、ランスで穴だらけにした。その間にヴァジルはパピ以外を連れて逃げた。

自室で目覚めた光悟はPC画面の中に、穏やかそうに死んでいるパピを見た。


【LOAD】


努力したつもりだったが無駄だった。光悟が死んでからしばらくしてパピも死んだ。


【LOAD】



【LOAD】



【LOAD】



【LOAD】



【LOAD】



【LOAD】



【LOAD】



【LOAD】……









「まだ行くのか……」


「ああ。俺はみんなを、パピを助けたいんだ」


まるで機械のような男だった。真っ青になっていた和久井は力を振り絞って叫ぶ。


「もう無理だ! 何かが変わったか!? なんッも変わってねぇだろうが!」


「……俺が醜く死ねば、パピの死体は綺麗になるみたいだ」


「結局死ぬなら意味ねぇだろ! 何のために行ってんだよお前ッッ!!」


和久井の声は、たぶん届いているけど届いていない。

分かったことは逃げればグリードがどこまでも追いかけてきて決して逃げられない。戦えば必ずセブンに負ける。

ヴァジルがロリエの感覚を犠牲にして魔法を放っても、パピは死ぬし町の人も全員死ぬ。

パピの生存だけを優先させてみても町の外に出る前に必ず死ぬ。地割れが起こったり、晴れた日の落雷で死んだりもした。


光悟はただの人間なので役には立たないが、光悟の死が凄惨なものであればパピがあまり苦しまずに死ねて、遺体も綺麗なままなので、できる限りそうした。

今も光悟はハニカムのランスで胸を貫かれて持ち上げられていた。腹には穴が開いており、腸が引きずりだされている。

グリードが魔法で腸の強度を上げると、グラトニーがロープのようにして光悟の首を絞めはじめた。光悟は自分の腸で窒息していく。

人間とはそういう構造なのか。絞殺されれば、いつの間にか失禁していた。


「ビーッビビビ! おもらしとか、だっせぇええぇええぇえ」


和久井はPC前でブルブルと震え、ゲラゲラと笑うスロウスの声を聞いていた。

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