第7話 針は膝蓋骨を貫いて
和久井が壁に並べておいたクッションのおかげで叩きつけられた時の衝撃は少ない。
ベッドの上の光悟はすぐに立ち上がると、吐きそうにしている和久井の肩を叩いた。
「この後ゲームではどうなるんだ!」
「い、いいいやッ! お前ッ、だ、大丈夫なのかよ! あん、あんな――ッ!」
「大丈夫だ! それより教えてくれ! どうすればアイツらを倒せる!?」
「え、えっと……、本編だとヴァジルとロリエがヴァイラスを撃退するんだけど……」
ゲームでは襲撃された日が火曜だった。
純潔なロリエが放つ聖なる炎はヴァイラスにとっては猛毒らしいが、セブンともなると簡単には倒せない。
結果的にヴァジルがグリムから教えてもらった魔力を増幅させる魔法『クロスフレア』にてロリエの炎の勢いを強めることで、グラトニーとスロウスを焼き殺したらしい。
「でも代償があって、ロリエは痛覚を失うんだ。これがゲームの基本的な流れなんだよ」
セブンを倒すには触覚や味覚など、ロリエの人らしさを犠牲にしなければならず、その損失が重要なものであればあるほど威力も上がっていく。
終盤ではヴァジルとロリエが肉体関係を持つことで聖なる炎の威力が弱まってしまい、結果的にロリエはヴァジルを愛する気持ちを犠牲にして、正体を現したグリムを撃破するのだ。
そしてその影響でロリエは最後のヴァイラス、『シン』となってしまいヴァジルと殺しあうというのが結末だった。
宗教的だったり抽象的な雰囲気が当時のアニメやゲームでは全体的なブームになっており、そこに悲恋のエッセンスをいれた作品なのだ。
「ヴァジルとロリエが……、殺しあう?」
ずっとロリエの味方でいたいと言った姿が浮かび、光悟は拳を握り締めた。
「でもッ、なぜグリムはグリード……、ヴァイラスになったんだ?」
「アイツは簡単に言えばヴァイラス信者だ。元々のグリードは封印前に死んでたらしくて、じゃあその穴を埋めようってんで自分が肉体を捨てて化け物になったんだけど……」
「ヴァジルを騙してた意味は――ッ?」
「あ、あのゲームには『創生魔術エリクシーラー』ってのがある。文字通り、何でも作れる魔法なんだけど、グリムはそれを狙ってた。でも相当レベルの高い魔術師じゃないと使えないらしくて、一般の魔術師は雑念や欲望が邪魔をして詠唱が乱れるとか……。だから何も感じない人形みたいなロリエを作ればいけると思ったんだろ」
グリードは創生魔術で新たな世界を創造し、ヴァイラスと共にその世界を崩壊まで追い込む。
そしてまた創生魔術で新しい世界を作って、ヴァイラスで崩壊まで追い込む。
それを繰り返すことが世界のあるべき姿だと信じて疑わなかった。
「とにかく! ゲームじゃ最初の襲撃にいたセブンはスロウスとグラトニーだけだった。だからヴァジルたちも撃退できたんだけど、今はグリードがいる……!」
「説得はできないのか?」
「無理だ。人の言葉は喋るけど、あいつらは殺意の集合体。生き物に見える破壊装置だ」
光悟はそれを聞いて表情を歪めた。
下手にグリムを刺激してヴァイラスの復活を早めてしまったせいで、多くの人たちが犠牲になったのだ。
「全部、俺のせいか……」
ちょうどPC画面が鮮明になり、パピの死体を映し出す。
まるで眠っているようだ。今までの死に様よりは綺麗ではあるが、腹に風穴が開いている。
和久井は何度もクリックをして、テキストを猛スピードで読んでいった。
ざっと確認した限りではあのあと原作どおりヴァジルがクロスフレアでロリエの感覚を一つ犠牲にしてセブンを怯ませて逃げたようだ。
ポイントは、『逃走』したという点にある。
つまりグリードが追加されたことでヴァジルは勝利ではなく、撤退を選ぶようになっていた。
町の人たちを見捨てて逃げるという取捨選択はヴァジルにとって辛いことだろうが、それでも彼はロリエを選んだのだ。
ちなみにルナも逃げて二人についていった。
そこで画面がブラックアウトして再起動、タイトル画面が表示される。
光悟はロードをクリックしてセーブデータを開くと、すぐにゲームの中へ消えていく。
「……クソ馬鹿が」
和久井は青ざめ、呆れたように舌打ちを零した。
ふと、玄関の扉が開く音が聞こえた。肩を竦めていると、乱暴なノックのあとに光悟の父親が顔を覗かせる。長身で顔が濃く、髭を生やしていた。
「あぁ、いらっしゃい和久井くん。あれ? 光悟のヤツは?」
「ど、ども。お邪魔してます。光悟はえーっと、ちょっとコンビニに行くって……」
「あそう。俺、今からパチンコ行ってくるからさ。光悟によろしく言っておいて!」
そういうと、さっさと父親は出て行った。
(相変わらずギャンブルばっかやってんのか光悟のダメ親父は……。まあオレもソシャゲに死ぬほど課金してっから、あんま人のこと言えんけど)
そこで和久井は顎を触る。
待て、光悟の父に気を取られていたから気づくのが遅れたが、先ほど見えたセーブデータの絵柄や時間に違和感があったような……?
「和久井! 大変だ! セーブポイントが更新されてる!」
今までは鐘の音が聞こえた中庭で目を覚ましていたが、今回は屋敷の貴賓室で目が覚めた。窓の外では町に飛来してくるヴァイラスの群れが見える。
【は!? オ、オレは何もしてないぞ! そもそもセーブできなかったのになんでッ!?】
「とにかくマズイッ! ヴァイラスが既にいる状態でなんて――ッ!」
最悪の状況だ。グリムを刺激してヴァイラスを蘇らせることは失敗だった。
だから次はその点に気をつけようと思っていたのに、スタート地点が変更されているなんて。
とにかく今は落ち込んでいる場合ではない。状況はグリムが闇に紛れて消えた辺りだ。申し訳ないとは思うが、すぐにヴァジルへ助けを求める。
「ヴァジル! キミのショックを俺が完全に理解してあげることはできない。だからとても軽い言葉に聞こえるかもしれないが、今はとにかく戦ってくれ! あの脅威を退けるにはキミの力が絶対に必要なんだ。もちろんロリエも!」
ロリエはしっかりと頷いた。それを見て不安げなヴァジルも釣られたように頷く。
三人は廊下を走り、ホールにいるヴァイラスを撃破すると、屋敷を出て町の広場に向かった。
そこでは既にパピとルナが戦っているが、光悟の表情は曇ったままだ。まったく正解が見えない。
ここから一体どうすればいい?
パピを助けることに注視していては他の命が次々に奪われていく。
それはパピを失うことと同じくらい辛いことだ。
悩んでいると空が赤黒く染まってきた。情報はかつて歩んだ失敗の記憶しかない。
「下だ! 敵が地下から来る! 誰か抑えられる人はいないか!?」
「地下? まあいいわ。御覧なさい、
ルナが地面に杖を突き立てると、そこを中心にして茨が広がっていく。
それは植物で作られた網だ。しばらくすると地鳴りが聞こえ、亀裂が走った地面からグラトニーが飛び出してきた。
すぐに地上に張り巡らされた茨が全身に絡みついていき、もがけばそれだけ針が刺さっていく。
完璧な拘束だとルナは笑うが、グラトニーがなんのことはなく茨を引きちぎると、真っ青になって固まった。
「まだだ! 次は空から来るッ!」
飛来してくるハニカム。
ヴァジルとロリエが水と炎の塊を発射して撃墜を試みるが、それらを真正面から受けても機体は怯まず、スピードを緩めることもない。
「ビビビ! 僕ちゃんに気づくスピードはよし! でも全然パワーが足りなぁい!」
発射された無数の針は魔術師たちの防御を破り、肉体へ突き刺さっていく。
どうすればいい? そんなもの一つしかないから和久井も黙っているのだ。
ヴァジルがロリエの感覚や感情を一つ犠牲にして合体魔法・クロスフレアを放てばいい。
そして住民を見捨てて逃げる。それだけで済む話ではないか。
すると前回の通り魔法陣が現れ、そこからグリードが出てきた。
「諦めよヴァジル。今宵、人の時代が終わるのだ」
創生魔法は純白な心を持ち、正統な血を持つ者でないと拒絶反応が起きて使えないとされている。
だがロリエを感情のない人形のようにすれば心が乱れることはないし、拒絶反応が起きて苦痛が伴っても感覚が死んでいるのだから問題ないのではないかと。
「だが正体がバレては面倒だ。魔力を持つものは遠方の地にも存在している。貴様らは皆殺しにして、新天地での活動に切り替えるとしよう」
グラトニー、スロウス、そして無数のヴァイラスたちが魔術師たちを囲んでいく。
光悟は痛みを放つ体を起こすと、ヴァジルの肩を叩いた。
「俺が時間を稼ぐ。その間に逃げるんだ!」
ヴァイラスの胸を殴ってみるがビクともしない。
むしろ反動で襲いかかる痛みに負けて手を抑えながら後退していく。
スロウスはその無様な姿を見てゲラゲラと笑いだした。
「ダッセー! ブブブブーッ! なんなのコイツ!」
「ダサいのはお前のヘンテコな乗り物の方だ! 悔しかったら外に出てみろ!」
光悟はニヤリと笑ってみせたが、反対にスロウスの表情が醜く歪む。
一瞬のことだった。パワーアームの先にある巨大な
内臓は一撃で破壊され、光悟は大量の血を吐き出す。
「馬鹿にしてんじゃねぇぞクソ人間がァアア!」
スロウスは針を引き抜くと、今度は仰向けに倒れた光悟の膝を突き刺した。
一撃で膝蓋骨が砕け、そのまま皮膚を突き破って地面に穴を開ける。
「弱いくせによォ! 雑魚が! クソ雑魚がァ! ゴミ! おいゴラッ!」
スロウスは何度も針を突き刺し、引き抜き、それを繰り返していく。
さらにガトリングからニードルを発射して、光悟の体はあっという間にハリセンボンみたいになった。
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