第6話 蟲に殺される
一方、広場の方ではルナとロリエが戦っていた。
ルナの武器は杖だ。形状はアイスホッケーのスティックに近い。
ブレードの部分はヴァイラスを切り裂くだけでなく、木魔法で生み出された種をショットしていく。
種はヴァイラスに命中すると体内に埋め込まれていき、魔法を発動することで急激に成長。標的の肉体を茨が突き破って伸びていき、真っ赤なバラの花を咲かせていった。
「なんなのよコイツら! キモイ! 触るな! 死ねッッ!」
パピの『金魔法』は金属を生成することができ、今も自身の周りには無数の剣が浮遊している。
それらはパピの意思一つで自在に動き、迫ってくるヴァイラスを傷つけていくだけでなく、浮いている剣を掴むことで直接切りかかっていく。
さらに今日は金曜日。
パピの魔力が増幅して生み出せる剣の数や、金属を操れる範囲が強化されているようだ。
流石は魔術師のなかでもトップクラスの実力者、あっという間にパピたちの周りにいたヴァイラスたちはバラバラになって消滅していく。
そこでパピは光悟の姿を見つけた。
襲われた人を庇って怪我をしたのか、地面にへたり込みロリエの手当てを受けている。
パピは呆れたように鼻を鳴らすとそこを目指した。
「ダサ……、無様な姿ねぇ」
「パピ、ルナ。今は魔術師たちが一丸となるべきだ……ッ! 協力してくれ!」
「協力ぅ? 冗談でしょ、グズロリエと一緒に戦うとか死んでもゴメンなんだけど」
ロリエは悲しげに俯き、ヴァジルは怒り、ルナは複雑そうな表情を浮かべていた。
魔術師たちは分かっていないのだ。今は罵り合っている場合ではないことを。
おお見よ、瞬く間に青い空が赤黒く染まっていくではないか。
困惑する魔術師たちも確認した筈だ。地面を突き破って現れた巨大な腕が、逃げていた人間を五本の指でしっかりと掴んだのを。
「やめろ!!」
光悟が叫ぶが無駄だった。
地中から伸びた腕は果物を搾るように人間を握り潰した。
ジュースのように流れ出ていく血液。同時に地中からモンスターが現れる。
成人男性二人分くらいの大きさで、体は人型だが毛に覆われており、腕は大木のように太く、大きく、顔は『猪』のようだった。
ヴァイラスにはカトリック教会の用語である『七つの大罪』の名を借りた強力な固体が存在しているが、現れたのはその『セブン』の一体、暴食を冠する『グラトニー』だ。
「グオォォォォオオオォオオッッ!!」
グラトニーは掌に張り付いていた人間を乱雑に貪ると、吼えた。
【まずい光悟ッ! 逃げろ! お前じゃそいつらには絶対に勝てねぇ!】
もう遅い。同じくして逃げ惑う人々が血を撒き散らしながら倒れていく。
空から飛来してきたのファンタジーの世界には不釣合いな六角形の飛行物体、ロボットだ。
ブブブと特徴的な音を鳴らしながら浮遊している。どうやら蜂の巣の一角をモチーフにしているようで、その中ではやはり蜂型の化け物が座して操縦を行っていた。
セブンの一体『スロウス』である。
乗り込んでいる飛行兵器"ハニカム"には四本のパワーアームがあり、右上と左上には先ほど住民たちを撃ち殺したガトリングガンが装備され、右下と左下のパワーアームには蜂の針を模したランスが装備されていた。
「ビーッビビビ! 愚かな人間共め! よくも僕ちゃんたちを封印してくれたな!」
スロウスが喋った。
セブンともなれば言葉を理解しているタイプもいるようだ。
彼はハニカムを操り、ガトリングガンから針状の弾丸を発射して人や建物を傷つけていく。
ヴァジルは怒りに目を見開き、魔導書を構えた。だが前方に魔法陣が浮かび上がるとそこからグリムが現れる。
白目の部分が黒く、黒目の部分が赤く染まっていた。
「諦めよヴァジル。今宵、人の時代が終わるのだ」
「なんで! なんでこんなッ! お祖父ちゃん――ッ! いやグリムッッ!!」
「もはや過去の名だ。我が名はグリード。偉大なヴァイラス、セブンが一人……!」
ヴァジルとグリードが同時に腕を前に出す。
青い水流と赤黒い水流がぶつかりあい、すぐに赤が青を打ち破った。
ヴァジルは攻撃を受けて倒れるが、それだけではなくルナの背後にも魔法陣が浮かび上がり、そこから水流弾が発射されて直撃、ダウンさせる。
同じ魔法陣がパピの傍にも現れたが、彼女はすぐにロリエの襟首を掴むと引き寄せて盾にしてみせた。
ロリエが代わりに攻撃を受けてくれたおかげで無傷で終わる。
パピはすぐにロリエを蹴り飛ばすと、両手に剣を構えてグリードのもとへ走った。
「殺してあげる! クソジジイ!」
しかしグリードの表情は崩れない。
指を鳴らすと空に巨大な魔法陣が浮かび上がり、そこから雨が降ってきた。
人体に影響はないようだが、パピの剣が急激に腐食していく。
「えッ!? な、なによコレぇ!」
自分の魔法を打ち破られるという、かつてないアンデンティティの崩壊に、はじめてパピの表情が歪んだ。
急ブレーキをかけてすぐに新しい剣を生み出すが、魔法の酸性雨は降り続けている。剣はすぐに錆付き、威力や強度を落としていく。
「今日は金曜だ。金曜の魔術師であるパピくんを最初に殺そうではないか」
グリードの提案にグラトニーが咆哮を返した。その音量にパピの肩がブルッと震える。
右から猪の化け物が四速歩行で迫ってくるのを見て、パピはすぐに魔法で鉄の盾を生み出して自分の前に設置した。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
グラトニーが立ち上がり豪腕を振るった。
拳はいとも簡単に盾を粉砕し、パピは鉄の破片と共に放物線を描いて地面に叩きつけられる。
「あぐぁぁッ、うぎィッ! い、いだぁいぃ……!」
「哀れなお嬢さんだ。ぬるい生活を送ってきたキミら子供と、殺意で構成されたヴァイラス、どちらが生命としてのレベルが上かは考えるまでもない」
グリードの合図を受け、スロウスはガトリングの銃口をパピに向ける。
「え? ま、待って! 待ってよ! や、やだっ! え? 嘘でしょ!?」
パピは何とか立ち上がるが、全身がズキズキと痛みを放っている。
そこで吐き気、パピが咳き込むと口から赤い血が出てきた。
そこで表情が完全に恐怖で染まる。ブルブルと震え、青ざめ、真っ青になった腕を前に出して後退していく。
「ま、待って! やだッ、じにだくない! ゲホッ! うぇ! お、お金ならあげるから! お願いッ、許してッッ! ね、ねえってばッ、ねえ聞いてるっ?」
「……ハァ。無様な女だ。殺せスロウス」
スロウスは笑いながら頷き、操縦レバーにあるトリガーを引いた。
銃口から無数の針が発射されていき、パピは反射的に目を瞑る。痛いのは嫌だから。
しかしその時、何かに体を押されてパピは地面に倒れた。
目を開けると光悟がいて、パピの代わりに全身に針を受けている。
「グアアァアァアアッッ!!」
今まで感じたことのない激痛に口からは悲鳴が漏れた。
庇うことしか考えていなかったため、体の前方に針を受けてしまう。
もちろん顔にもいくつかは突き刺さり、右目に至っては完全に潰されていた。
しかし光悟はそれでも踏みとどまりヴァイラスたちを睨みつける。そうしなければならない理由があったからだ。
「やめろ――ッ! パピにッ、みんなに手を出すことは俺が許さないッ!」
「は? なんのなのコイツ? 僕ちゃんに命令して超ウザイんですけどぉー!」
スロウスは光悟の言葉を無視するように、倒れているパピに向かって弾丸を放った。
光悟はすぐにパピに覆いかぶさり、背中に針を受けていく。激しい痛みに、また声が漏れる。
パピはどうしていいか分からず、ただ困惑したように震えていた。
そうしているとグラトニーが動き、巨大な右手で光悟を持ち上げる。
力を込められたのか、光悟の全身が砕けていく音が魔術師たちの耳を貫いた。
ヴァジルたちがすぐに助けようと動くが、グリードに妨害されて意味を成さない。
そうしている内にグラトニーが光悟の左腕を引っ張ると、簡単に引きちぎれた。
血が吹き出て光悟は目を見開く。苦痛に叫ぶべきか、それとも――
「安心しろッッ、パピ……ッ! 俺が、必ず――ッ、守る……から」
守る。
その言葉を聞いてパピは大きく目を見開いた。
ドクンと、心臓が激しい音を立てる。その鼓動に釣られて世界全体が脈打った気がした。
PCの中に入っているディスクが煩いほどの回転音を鳴らす。
「アンタっ、じ、自分の状況わかってんの……?」
状況というとグラトニーが大口を開けていた。
そのまま光悟の上半身にかぶりつくと、咀嚼を繰り返して、手早く胃の中へ収めていく。
こうして真並光悟は死んだのだ。
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