第5話 ヴァイラス
翌日、和久井は午前九時に目覚めた。
食パンにハムを乗せてモソモソ食べているがどうにも味がしない。
昨日は心音がうるさくて寝付きが遅かったものの、考えてみれば嫌いなヤツが変なことに巻き込まれて死んで復活して、また死ぬ。結構なことじゃないか。
まあ……、とはいえ一応顔を出そうと思った。
インターホンを鳴らすと、すぐに光悟が扉を開けた。
見るからに疲れており、ほとんど寝ていないらしい。
「やっぱ夢じゃねぇんだよな。あれからもお前、その……、入ってんのか?」
「ああ。何度か」
その発言からして上手くいっていないのだろう。
とはいえ光悟が沈んでいる理由は自らの死ではなく、パピの死についてだ。わかってはいたが和久井には光悟がわからない。
「二次創作にしろよ。お前が自分でパピちゃんが生き残るストーリーを書けばいい」
「それじゃダメだ。俺が救いたいのは、このゲームの中にいる彼女なんだ」
「あああああ面倒くせぇな! つうかお前な、そもそも勘違いしてんだよ! パピみたいなキャラクターは死ぬことで輝くんだ! アイツは意地悪なクソキャラだろ? ヒロインをいじめてヘイトをためて、その結果モンスターにグロく殺される。そうするとこの作品はこういうハードなものなんですよっていう説明になる。そういう役目なんだよ! はじめから殺すために作られてるってわけ! っていうかむしろウザキャラなんだから死ねば喜ぶだろ! ざまあみろってな。B級ホラーとかスプラッターでもそうだろ? 死んでお客を楽しませる! そういうジャンルなんだから仕方ねぇじゃん!」
マシンガンのようにして撃ち出される言葉、流石の光悟でもわかってくれただろう。
「……俺はそうは思わない。ティクスが言ってたんだ。困ってる人がいたら、どんな人間でも救いの手を差し伸べてやれってな」
「現実にいないキャラに何を言ってんだ! ヤバイことに巻き込まれてんのに――ッ!」
和久井はそこで言葉を止める。頭を掻いた。掻きむしった。歯を食いしばった。
「ダアア! わかった! わーッたよ! オレも協力してやるからッ! クソ!」
「本当か和久井! ありがとう! 助かるよ!」
なんでこんなことに。
和久井は泣きそうになりながら自分の部屋に戻ると、ゲーミングチェアと大切にしてきた推しキャラのフィギュア、『魔法少女ナナミ☆プリズム』に登場する魔法少女・
光悟の椅子をどけるとゲーミングチェアを設置して、PCのすぐ近くに舞鶴を置く。
「応援してくれ、舞鶴……!」
和久井は画面の中にいる光悟を睨んだ。
現在、またパピと仲良くなろうと奮闘しているが冷たくあしらわれている。
和久井は試しに右クリックでメニューを表示してみるが、セーブとロードが消えていることに気づいた。
つまり和久井が再スタート地点を自由に決めるのは無理のようだ。
なのでまず光悟が一人で奮闘していた時の話を聞いてみる。
和久井が注目したのは、パピが落石や土砂崩れで死んだ時の話だった。
これがそうなのかは知らないが――そう前置きをして、光悟に『ループもの』というジャンルを説明する。
何度も時間を巻き戻して繰り返し誰かを救おうというお話は多々あるが、こういったケースでは往々にして失敗が続くものだ。
因果や宿命、設定は作品ごとに違っているため断定はできないが、命を落とす運命にある存在はどんなことをしても『死』から逃れられないというのが、お約束らしい。
【だがよ、それを突破したケースもある】
この世界でもパピを普通に救うのは困難だろう。
彼女は未来での死が『確定』されており、ちょっと小細工をしても助けることはできない筈だ。
その証拠に町で死ぬ彼女を町の外に連れ出そうとすれば、その時点で強制的に死がやってきた。
これはつまり『パピが町で死ぬ』という事実が確固たるものであるということだ。
それを変えることができないなら、彼女が死ぬ原因を根絶してしまえばどうだろう?
【パピはヴァイラスっていうモンスターに襲われて死ぬわけだ。ならそれを全て倒せたら、何かが変わるかもしれない。まあ魔法が使えないお前じゃ難しい話だろうけど】
「後継者探しを手伝えばいいのか? 欠けた魔術師を埋めることさえできれば……」
【いや、封印を継続させるだけじゃダメだ。根絶やしにしないと同じことだろ。そもそもヴァイラスは封印が弱まって復活するんじゃない、意図的に解き放たれるんだ】
和久井から話を聞いた光悟は、ホールにいたグリムを貴賓室に通して向かいに座った。
「光悟くん。私に相談があるそうだが?」
「特定の魔術師が欠けた今、封印魔法がどうなっているかが心配で」
「フム。今日は金曜だ。パピくんがいるから封印は安定しているが、やはり欠けが出た曜日は不安定だね。私が補うのも限界はあるから、早急に新たな魔術師を擁立したい」
「なるほど。ところでヴァジルくんと少し話しました。貴方のことをとても慕っていた」
「フッ、弟子にはなるべく良い所ばかりを見せているつもりなのでね」
「……そんなヴァジルくんのご両親を殺害した理由はなんですか?」
グリムが固まったのを光悟は見逃さなかった。
「ヴァイラスは復活する。いや、正確には貴方の手によって解き放たれるんだ」
欠番の魔術師たちは事故で亡くなったんじゃない、グリムに殺されていたのだと。
「ミスターグリム。ヴァイラスを復活させようとしている貴方の考えを俺は欠片も理解できない。どうか考え直してはくれませんか?」
「……まいったな。ヴァジルではなく、キミを弟子にするべきだった」
本当はもっと物語の後半で明かされる真実だった。
主人公の傍にいる理解者が黒幕というオチだ。だが今はそんなことより、光悟は床に膝をつくと頭を下げる。
「グリムさん。今ならまだ間に合う。どうか、人を傷つけるのはやめてください」
「残念だが光悟くん。キミは牛や豚の話を聞くか? これはそういう話なのだよ」
そこで貴賓室にヴァジルとロリエが飛び込んでくる。
事前に打ち合わせて、何かあった時のために待機してもらっていたが、やはりその表情は二人とも切なげに歪んでいた。
特にグリムを信頼していたヴァジルのショックはあまりにも大きい。
「どうしてッ、お祖父ちゃん――ッッ!!」
グリムは立ち上がると、窓の外を見る。
「記録によればヴァイラスは侵略者と称されたようだが、私はそうは思わない。より強い種が生き残るのは生命のルールとしては何も不思議ではない」
グリムが指を鳴らすと『鍵』が開いた。
空に巨大な魔法陣が浮かび上がると、山々から黒い煙が吹き上がっていく。
これは噴煙ではなく『蟲』の集まりだ。
シルエットは人型だが黒い体には昆虫のような羽があり、それを高速で震わせて飛行している。
顔は装甲で覆われていて、その形状はトラバサミに似ている。
「いかにも。このグリムが封印を解くのだ! 見たまえ、あれがヴァイラスだ。予定よりも早いが、まあいいだろう!」
グリムは楽しそうに笑うと、ローブを翻して大量の闇を噴射して姿を消した。
町からはすぐに悲鳴が聞こえてくる。ヴァイラスの一体が地面に着地して逃げ惑う人々の頭を掴んで引き寄せた。
そしてまるでリンゴを齧るように大きな口でガブリ。
骨ごと、顔が持っていかれた人間は、その場に倒れて動かなくなった。
別のヴァイラスは足で人間の肩を掴むと、そのまま空に舞い上がった。
大人の男が暴れても拘束が解けず、高度が上がったところで掴んでいた人間を放して地面に落とす。
彼らの目的は殺戮だ。人間を食らい、傷つけ、殺し、恐怖を充満させる。
【だから言っただろ! 向こうは野望を抱えた敵だぞ? 説得なんて無理だったんだ!】
和久井の言葉が胸に刺さる。光悟はすぐにヴァジルたちと共に貴賓室を飛び出した。
ゲームよりもヴァイラスの襲撃が早いが、展開は同じだろう。
町が襲われ、人が殺され、そしてパピが死ぬ。
ホールにつくと既にヴァイラスが侵入しており、メイドや来賓たちが悲鳴をあげて逃げまどっていた。
ヴァジルはすぐに賢者の石を握り締めると、武器である魔導書を出現させる。
「ヴァジル、辛いだろうけど頼むッ!」
「う、うん! 分かったよ!」
右手で本を開いて左手を前にかざすと、無数の青い魔法陣が出現していき、そこから水でできた鎖が伸びて次々にヴァイラスたちを縛りあげていった。
それを見てロリエが走り出す。手には魔法で生み出された緋色の刀身が美しい西洋剣が握られており、赤い残像を残しながらヴァイラスたちを切り裂いていく。
すぐにホール内にいたヴァイラスは死んだが、もちろんこれで終わりではない。
光悟たちは急いで屋敷の外へ走るが、とにかく羽音がうるさい。
空には無数のヴァイラスたちが浮遊しており、陸地でも無数のヴァイラスが住民に襲い掛かっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます