第4話 魔術師集会


「もう一度、向こうの世界に行ってくる」


部屋に戻った光悟は淡々と口にしてた。

三回も死んだくせにパニックになっている様子はない。

和久井はなんだか無性に腹が立って、いつのまにか声を荒げていた。


「勝手にしろ! この大馬鹿野郎ッ! オ、オレはもう知らねぇ!!」


踵を返すと、むき出しで床を転がっていたウマチュウを踏んづけた。

靴下に張り付いたのをむしり取ってごみ箱へ叩き込むと、そのまま404号室を飛び出していく。

一瞬、光悟は何かを口にしようとしたが、それを飲み込むとロードをクリックした。


【LOAD】


礼拝堂でパピと会った後は似たようなことを繰り返した。

メイドに案内されてダンスホールへ向かう途中、パピとの交流を図ってみる。


「好きな食べ物はあるのか?」


「………」


「趣味はなんだ?」


「………」


「中庭の花、綺麗だよな。好きな花を教えてくれないか?」


「………」


「元気か?」


「………」


結果、オール無視。

だというのに会場について来賓たちが目に付くと、パピはニコニコしながら猫なで声で挨拶を行っていく。

もちろん来賓たちは光悟にも深く頭を下げた。


「これはこれは光悟様、新たな日曜の魔術師に会えるなんて光栄の極みでございます」


礼を返してみたが、『曜日の魔術師』が何のことやらサッパリわからない。

確かに日曜というのは特撮が最も熱い曜日ではある。

だいたい朝八時から十時くらいまではヒーロー番組が連なっているので、光悟にとっては馴染み深くはあるが――


「ねえ、いつまで傍にいるわけ? キモイしウザイから、どっか行って。シッシッ」


しばらくするとパピに拒絶された。

光悟はホールの隅で立ち尽くし、前回の記憶を辿る。

たしかこの後はパピがロリエにコーヒーをかけようとしていたっけ?


(だとすれば、あんなくだらないことを繰り返す必要はないな)


光悟はパピを抑止する意味も込めて、先にヴァジルたちへ話しかけてみた。


「あ、光悟さん……、ですよね? はじめまして、ボクはヴァジル・ギラフです」


はじめましてと、隣にいたロリエも口にした。つまり『初対面』であるようだ。

直後、パピが大きく手を叩く。一同の視線を受けると彼女はニコリと微笑んだ。


「今から魔術師集会を食堂で開きます。来賓の皆様は引き続き、このホールでお料理をお楽しみください。曜日の魔術師の皆様は移動をお願いしますねぇ」


五分後。

別室の食堂にヴァジル、ロリエ、パピ、ルナ、そして光悟の姿があった。

テーブルにはメイドたちがテキパキ運んでくれた料理が並んでいる。


ロリエはスープが入ったカップを両手に抱え、ふぅふぅと必死に息で冷ましていた。猫舌らしい。

ヴァジルは目を輝かせながらローストチキンにかぶりついていたし、ルナはナイフとフォークでローストビーフを食べやすいように切っていた。

そこでルナは周りを見る。何かを探しているようだが、見当たらない。


するとロリエが傍にあった器を差し出した。

そこには刻んだタマネギやセロリがたっぷり入ったマリネソースが入っている。ルナはいつもコレを肉にかけて食べるらしい。


「あら、ロリエさん、どうもありが――」


そこでルナはハッとして言葉を切る。

そしてロリエからソースを奪うように取ると、すぐにパピを確認した。

彼女はひたすらコーヒーに砂糖を投入しているようで、視線には気づいていない。

そんな様子を見ていた光悟は手を挙げて立ち上がる。


「すまない。一ついいか? 実は今朝、頭を打ってしまって記憶喪失になった。今から話し合うらしいが、正直自分の状況すら全く理解できてないから説明をしてほしい」


「……だるー。何そのつまんないジョーク。最低ね、超ウザウザなんですけど」


「申し訳ないと思ってる。でも魔術師のことや今の状況を詳しく教えてくれないか?」


「やだ。面倒だから出てって。そのまま帰ってこなくていいから」


そこでヴァジルがムッとした表情で立ち上がった。


「冷たい態度を取らなくてもいいじゃないか! 困ってるんだし教えてあげようよ!」


ロリエもコクコクと頷いていた。ルナは困ったような表情でパピを見る。


「チッ! ああもう本当にムカツクッ! いいわよ勝手にすれば?」


だったらと、まずヴァジルはオンユアサイドの歴史を説明してくれた。

七人の魔術師やヴァイラスの出現と封印。魔法を受け継ぎし魔術師たち。


「なるほど。じゃあココにいるのは」


何気なく呟いた言葉だが、意外にも食いついてきたのはパピだった。


「ええそうよ! 世界を救った魔術師の後継者! アタシは純血、正当な血筋! キラッキラってわけ!」


ヴァイラスを封印した魔術師の子孫が純血で、どこかで他人に魔術を継承させたのが異子である。

どうやら長い歴史で純血はパピの家だけらしい。

そこに誇りを持っているようだが、反対にロリエやルナは気まずそうに俯いていた。


「やっぱ純血こそ才能もあって気品もあるわけよ。ルナんとこはまだマシだけど、グズロリエのお家とか才能もないくせに継承しちゃって。ヴァジルだってせっかくグリム様までは純血で続いてたのに、こんなクソガキが異子になって本当に最低最悪ッ!」


ヴァジルが不快感を表情に乗せて何かを言おうとしたが、光悟がそれを制す。


「よせパピ、ティクスも第五話で言っていた。人の価値は心だ。家系や地位ではない」


「は? ティクス? なにそれ。っていうかアンタも異子のくせにウザイのよ!」


「いけないぞパピ、人のことをウザイって言うな。そんな言葉使っちゃいけない」


「アタシに指図するな! 超ウザイ!」

「いけないぞパピ、超ウザイなんて言葉を使っちゃ」

「だからそれがウザイって言ってんの! なんなの? マジでウザッッ!」

「いけないぞパピ、マジでウザッなんて言葉を使っちゃ」

「あああああ! ウザウザッッ! 喋るな死ね死ね!」

「いけないぞパピ、ウザウザや死ね死ねなんて汚い言葉を――」


パピはゼェゼェと息を荒げて真っ青になってるが、光悟は涼しげな表情のままだ。


「しかしそうなると数が合わないな。ココにいるのは四人だ。魔術師は七人だろ」


「そうなんです。それが今、問題になっていて……」


ロリエによると、一週間前に何人かの曜日の魔術師が事故にあって亡くなってしまったらしい。土砂崩れが原因で、現在は後継者が不在の状態であるという。


「今は足りない魔術師の分をグリム様が補ってくれているんですけど……」


そこで光悟は気付いた。

そもそも和久井が見せたパピの死体はヴァイラスに食われたシーンのもの。

つまり、魔術師が欠けたことで封印が弱まり、結果としてモンスターたちが解き放たれたのだ。

聞けば日曜の魔術師も事故で亡くなっていたらしく、光悟はグリムが連れてきた後継者ということになっているらしいが、先ほどの通り魔力はゼロなわけで。


「だからボクたちはこの状況をどうしようかって最近は話し合ってるんだ」


「どうするもこうするもこのパピ様がいれば大丈夫よ。グズのロリエと、インチキ野郎のヴァジルはガタガタ震えてればぁ? ねえルナ、アンタもそう思うでしょ?」


「……ええ、おっしゃるとおり」


ルナは少し曖昧に頷き、細かく切った肉を口に運んでいた。口数は少なかった。

こうして結局ろくに話し合いもしないまま解散になった。

ロリエが庭園にある綺麗な花を見て回るなか、ヴァジルは噴水の前に座ってため息をついている。


「やなヤツだよ。光悟さん本当にあんなのと結婚するの? ストレスで禿げちゃうよ」


「どうだろうな。ところで、さっきパピはキミのことをインチキって言ってたけど?」


「ボクが賢者の石を貰ったのが気にいらないんだよ。あ、えっと、賢者の石っていうのは魔力を上げてくれる石でね。お祖父ちゃん――グリム様から貰ったんだ」


「グリムさんはどんな人なんだ?」


「とっても優しいよ。町長としてもみんなから慕われてるし。あとはボク、お父さんとお母さんがいないから昔はロリエの屋敷で働いてたんだ。でもお祖父ちゃんがボクを後継者に選んでくれて本当に感謝してる。これでロリエと肩を並べることができた」


「昔からロリエとは仲が良かったのか」


「うん。彼女は……、ボクの孤独を消してくれたんだ。だからボクもロリエが寂しいと思ったなら傍にいてあげたいし、辛いことがあるなら何とかしてあげたい」


ずっとパピにいじめられているロリエを守りたいと思っていたが、立場や魔力の関係で悔しい思いをしていたらしい。


「でも今は違う、ちゃんと守れるよ」


ヴァジルはグリムから大切なことを教えてもらったという。

魔法とは希望、その力があれば普通じゃできないこともできてしまう。

だからこそ何をするかが大切なのだ。魔術師は神ではない、いずれ死ぬ。限られた時間の中で、どう力を使うべきなのかと。


「お祖父ちゃんみたいな魔術師になりたいんだ。ずっとロリエの味方でいたいから」


「素晴らしい心がけだ。キミならきっとできるよ」


ヴァジルは恥ずかしそうにお礼を言った。

それから他愛もない会話を少ししてから別れると、屋敷の前に馬車が停まっているのを見つけた。

急いで駆け寄ると、今まさに乗り込もうとしていたパピと顔を合わせる。なにやら町の外に行きたいらしい。


「え? 連れてけ? やだやだ。アンタと一緒にいたくないし」


それでも食い下がった。

光悟の真剣な眼差しに怯んだか、パピは舌打ちを零すだけで拒絶はしなかった。


こうして馬車に揺られていると、前回落石があった現場近くまでやって来る。

時間帯は違うが、嫌な予感がして馬車を停止させると本当に岩が降ってきた。

運転手や馬が怯んでいるなか、パピはそれでも目的地に行きたいというので、二人は落石をよけて歩いていく。


「それにしても、そこまでして、どこに行きたいんだ?」


無視された。

次に聞こえたのは土砂が崩れる音。

光悟はパピへ手を伸ばしたが、気づいた時には自室のベッドでうなだれていた。

PC画面には泥に塗れたパピの死体が映っている。

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