第3話 曜日の魔術師
「……ねえ、ちょっと、後ろ向いてくれる」
光悟は言われたとおり、パピに背中を向ける。パピは魔法で短剣を生み出すと――
「刺すのはやめてくれよ」
パピはピクリと眉を動かし、急停止した。
「……は? バカなこと言わないでよ。刺すわけないでしょ」
こっそりと短剣を消滅させる。するとそこでメイドがやって来た。
昼食の準備ができたらしいので、二人は場所を移動することに。
今日はパピの家で魔術師たちの集いがあるらしい。
会場はダンスホール。
そこにはローストチキンやサンドイッチ、ケーキやクッキーが並び、多くの来客が見えた。
するとまずはモノクルを身に着けた老紳士が二人のもとを訪れる。
「これはこれはパピくんに光悟くん。今日はお招きいただき、どうもありがとう」
「えへへっ、グリム様っ、気楽に楽しんでいってくださいねぇ。お酒もありますからぁ」
パピの態度がガラリと変わった。先ほどの仏頂面が嘘のように微笑んでいる。
"グリム"。パピたちが住む『イーリスタウン』の町長であり、元水曜日の魔術師である。
「ありがたい。このグリム、酒とシガーには目が無くてね」
「でもでもぉ、お体には気をつけてくださいねぇ? 飲みすぎは毒ですよっ!」
「お気遣いはどうも。優しい娘さんだ、光悟くんも彼女を大切にしてあげなさい」
そう言ってグリムは離れていく。するとパピが囁いてきた。
「勘違いしないでよね。アタシはアンタみたいなダサいヤツとの結婚なんて死んでもイヤだから。っていうか近づきすぎ。キモいしウザいからどっか行って」
「………」
結果、光悟はホールの隅っこでポツンと立ち尽くしてジュースを飲んでいる。
すぐ傍にある壁に、和久井が映っているモニタが張り付いていた。
【な? クソ女だろ? 可愛くねーだろ? ムカツクだろ? 死ねばいいだろ?】
「いけないぞ、他人をクソなんていうな。それよりどうしてパピは俺を刺したんだろう?」
【クソ女だからだろ。つーか万が一アイツがデレたとしてもツンデレタイプだ。今の時代じゃ終わってんだよ。今は大人しくて何でも言うこと聞いてくれそうなヒロインに人権があるんだ。つまりアイツは時代に取り残された亡霊、ゾンビ! 死んで正解だろ】
「いけないぞ、死とかそういうことを簡単に口にするな。あと気になったのは料理の説明書きが日本語だった。漢字も使われていたし、考えてみれば言葉だって日本語だ」
【それはッ、わかんねぇけど……、今はもっと他に注目するべきところがあるだろ】
というのも、パピの屋敷には現在ゲームのメインキャラクターが揃っている。
まず光悟と同じくホールの隅に座っているのは、白に近い水色の髪の少年だ。
【ヴァジル・ギラフ。オンユアサイドの主人公だ。元々は孤児だったが、さっきのグリムって爺さんが子供がいないもんで、引き取って後継者にしたんだ。そんで魔力増幅装置『賢者の石』を与えられたことで滅茶苦茶強くなった。たしか十五歳だったかな?】
「彼の隣にいるピンクの髪の女の子は?」
【ロリエ・エフェメラ、十五歳。メインヒロインで火曜の魔術師を担当しているエフェメラ家の一人娘だ。でも年齢が幼いことや、魔力が低いことで周りからはいじめられて……、いや周りっつうか主にパピからだな】
パピ・ニーゲラー、十七歳。代々金曜の魔術師を担当しているニーゲラー家の一人娘。
魔術師の中では最強ということもあり、わがままで他者に攻撃的、ロリエをいじめていることからゲームでは嫌われ役のキャラクター。
「ごきげんようパピさん。今日もお綺麗ね」
「いらっしゃいルナ。まあ適当にくつろいでよ」
現在、パピは長身で緑髪の少女と話していた。
ルナ・ロウズ、十六歳。木曜の魔術師を担当しているロウズ家の一人娘で、プライドが高いお嬢様だ。
いつもパピと一緒に行動しており、二人でロリエをいじめている。
しかしパピとは違って裏ではロリエを気遣ったり、優しいところも少しだけあるとか。
「ルナ。そのクッキー、アンタの好きなグリーンティーを使ってるのよ。感謝してよね」
「まあ美味しい! お兄様にも食べさせてあげたいわ……!」
楽しそうにおしゃべりをする二人を見て、光悟は少し複雑そうな顔をした。
「パピにも友達はいるんだな……」
【ルナは友達っていうか、取り巻きだ。ス●オみたいなもんさ】
光悟はそこでパピの笑顔が意地の悪いものに変わったのを見逃さなかった。
「ところでロリエ、お腹すいてない? 向こうにいろいろ――」
ヴァジルがロリエと喋っている。パピはコーヒーを持って、ロリエのドレスに――
「下らないことはやめろ。コーヒーは飲むものだ」
パピはハッとして立ち止まる。右を見ると、光悟と視線が合った。
「なによアンタ……! 別にアタシは――ッ!」
一瞬怯んだが、すぐに持っていたコーヒーを光悟にぶちまける。
「うわっ! だ、大丈夫ですか?」
「大変ッ、火傷をしてしまいます……!」
ヴァジルとロリエが慌てて拭いてくれるなかで、光悟はまだパピを見つめていた。
「なに、なによッ! 来ないでよ! 来ないでったら」
パピはギョッとして後退していくが、光悟は彼女をジッと見つめたままズンズンと近づいていく。
凄まじい威圧感だ。パピは思わず叫び声をあげて逃げ出した。
全力疾走。とりあえず適当な一室へ駆け込む。
「ハァ、ハァ! なんなのよアイツぅうッ!」
廊下を確認するが光悟の姿はない。パピはホッと胸をなでおろし――
「パピ、せっかく淹れてもらったコーヒーを粗末にするな」
「ぎゃぁああ!」
窓が開いて光悟が部屋に転がり込んできた。
パピはスカートを掴むと再び全力疾走。三階へ駆け上がると、物置へ逃げ込む。
「ふぅ。これで――」「ロリエにかけようとしたな。あれはいけない」「ひゃああ!」
天井が外れて光悟が降ってきた。
パピは猛ダッシュで自分の部屋に駆け込むと鍵をかける。これでよし。
そうしているとガチャリと音がして、洋タンスの中から光悟が出てきた。
「どうしてあんなことをするんだ。ロリエは何もしていないだろ!」
「いや、なんでそうなるの!?」
パピは頭を掻き毟る。どうやら負けを認めたようだ。
「分かったわよ! アタシの負け! アタシが悪かったわよ! これでいいでしょ!」
「それは俺ではなく、ロリエに言うべきだ」
「アンタって……! まあいいわ。それよりもちょっと話があるんだけど」
「?」
「この昼食会、抜け出さない?」
なんでも、前々から行きたいと思っていた場所がイーリスタウンの外にあるらしい。どうしてもと言うので、光悟は渋々頷いた。
コーヒーがかかった服を着替えると、すぐに馬車へ乗り込み、屋敷を出る。
「ねえ、一つ聞いていい?」
しばらくするとパピは外を見つめたまま、隣にいる光悟に話しかけた。
「アンタさ、アタシのどこか好きなわけ? 許婚なんだから答えられるでしょ?」
うまく誤魔化せと和久井に話しかけられたが、光悟のルールではついていい嘘とダメな嘘がある。好意に関係するような嘘は、なるべくならつきたくなかった。
「わからない。俺はココではない他の世界から来たからな」
「は? なにそれ? キモッ! バカなの? 寒いんですけど?」
「……だから教えてくれよ。お前のことを。あと他人にキモいとか言っちゃ駄目だぞ」
パピが振り向いた。
しばし沈黙していたが、何かを言いたげな雰囲気だけは伝わった。
だがその時、轟音。光悟の視界が反転して凄まじい衝撃が襲い掛かる。
なんだ――? 何も考えられない。
そうしていると光悟は自分が馬車の外に投げ出されていることに気づいた。
大きな岩が馬車に直撃しており、ぺしゃんこになっている。
落石だ。そこで光悟は汗だと思っていた液体が、血液だということに気づいた。
頭を触るとザラザラした硬い感触がある。岩の破片が頭に突き刺さっていた。
「あーあ……、やっぱり……、ダメ……、なのね」
誰かが呟いたような気がするが、よくわからない。血と共に脳が零れていたから。
光悟は薄れゆく意識のなかで、岩に潰されたパピを見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます