第2話 血まみれのボーイミーツガール
ゴーンと、鐘の音が、一回。光悟は土の上に立っていた。緑の匂いがする。
水の音もして、右を見ると美しい装飾が施された噴水が見えた。
これは、おかしい。先ほどまで部屋の中にいた筈なのに。
【お、おい光悟! 光悟? お前ッ、どこにいるんだ!?】
背後から声が聞こえた。振り返ると、上空に大きなモニタが浮かび上がっている。
そこにはオロオロとしている和久井が映っていた。
「和久井! 俺はココだ!」
【え? え!? えええええええぇぇぇえ!?!?】
和久井の驚いた顔がモニタいっぱいに広がった。
「最近のゲームは凄いな!」
【いやッ! いや! いややややや! そんな機能はねぇよ!】
「だったら俺はゲームの中に入れたみたいだな」
【もっと驚けよお前ッ!! えッ、嘘だろ!?】
すぐにPCを調べてみるが何のことはない、ただのノートパソコンだ。
そもそもこれは電化製品に詳しくない光悟のために和久井が選んだ代物である。
和久井はそこでクッションの上にある魔法陣に気づいた。
まさかと思い、試しに机の上にあった個別包装されたソフトキャンディ・ウマチュウぶどう味を一つ、クッションの上に投げてみる。すると光が迸り、光悟の頭の上にウマチュウが落ちてきた。
「和久井、これは?」
【お前が座ってたクッションに変なマークがあって! そこに投げた!】
「なら確定だな。それが世界を繋ぐトンネルだ」
光悟はウマチュウを拾ってポケットに入れると、そのまま歩きだす。
携帯を取り出してみるが、画面は真っ暗なまま反応しない。充電はあった筈なのに。
【ま、待てよ、どこに行くんだ! まず救急車を呼ぶか? いやッ、それとも警察!?】
後ろのモニタもついてくる。
和久井がパニックになっている間にも光悟は迷わずに足を進めていた。
ここはどこかの中庭らしい。すぐ近くには西洋風の大きな屋敷が見えた。
目指したのは鐘の音が聞こえた方向だ。
そこには小さな礼拝堂が建設されており、扉を開くと長椅子が二つ置いてあって、その前には女神らしきものが描かれた大きなステンドグラスが設置されていた。
そこから漏れる淡い光が紫色の髪の少女を照らしている。
彼女が『パピ・ニーゲラー』、光悟が助けたいと思った少女である。
「よかった無事で。俺の名前は真並光悟――」
安堵して微笑む。彼女へ近づいていくと腹部に激しい熱を感じた。
足下では赤黒い液体が床を汚しているが、これは血液である。パピが魔法で短剣を生み出し、それを発射して光悟の腹に突き刺さしたのだ。
咳き込むと口から鮮血が溢れた。たまらず膝をついて蹲る。
【おい光悟! おい! え? 嘘だろ!?】
光悟は心配ないと口にするつもりだったが、上手く喋れなかった。
ボウッとする。眠いような気持ち悪いような。
「すまな――……ぃ。驚かせるつもりは……なかった……ん…だ」
「ブツブツ、ウザい。目障りだからさっさと死んで」
ゲームではボイスがないらしいが、彼女はとても綺麗な声で喋った。
しかしすぐに何も聞こえなくなる。光悟は倒れて動かなくなった。息をしていなかった。死んだのだ。
「え? えッ? な、なんだよコレ。お、おい光悟? 光悟ッ!?」
画面の外。和久井はパソコンを掴んで強く揺すってみる。
しかし画面は真っ暗になってしまい、そこから何をしても反応は無かった。
「冗談だろ? え? は……? い、意味が――ッ! え? アイツ死んだ?」
吐き気を感じて口を覆う。
でも、きっとこれは何かの冗談に違いない。人間がパソコンの中に吸い込まれて、そこで刺し殺された? そんな馬鹿な話があってたまるか。
でも光悟はいなくて。クッションには未だ魔法陣がクッキリと残っていた。
和久井が呆然と立ちつくしていると、やがてPC画面が真っ暗な状態から一枚の絵を映し出した。
パピがヴァイラスに襲われて殺されるシーンのイラストだ。肉を食い破られて内臓を露出させ、助けを求めるように伸ばした手も、指が噛み千切られている。
和久井の震える腕がマウスを掴み、クリックで先に進もうとした時だった。
画面が乱れて、激しいフラッシュが巻き起こった。
PC画面から光が飛び出してくると、和久井をすり抜けながら人型のシルエットを構成する。
それはそのまま壁に叩きつけられるとベッドの上に落ちた。
輝きが晴れると、死んだと思っていた光悟が呻き声をあげているではないか。
「お、おおお前! だッ、大丈夫だったのかよッ!?」
「和久井? あれ? 俺は……、確かッ、刺されて――ッ!」
光悟はすぐに立ち上がると画面を見つめ、そして拳をグッと握り締めた。
「俺は、結局……、助けることができなかったんだな」
いつの間にかゲームが再起動されていた。
画面にはオンユアサイドのタイトル画面が表示されている。光悟が【LOAD】をクリックしてみると、なぜか一つだけセーブデータが存在していた。
まさかと思い、それを選ぶとゲームが始まった。同じくしてクッションにあった魔法陣が鈍い光を放つ。光悟はポケットの中に入っていた私物――、といっても携帯電話しかないが、それをテーブルの上に置くとクッションに座った。
すると彼は再びPCの中へ。つまりゲームの中に入っていた。
【はぁああああ!? お前ッ、何やってんだよ!!】
脳内に響く怒号には一切怯まず、光悟はスタスタと歩き出す。
「俺はセーブポイントをロードしてココに来た。立っていたのは一回目と同じ場所で、今聞こえた鐘の音は一回。さっきと全て同じだ。時間が巻き戻ってる可能性は高い」
【だからッ、落ち着きすぎだろ! もっと驚けよ!! どうなってんだお前の頭は!】
「パピに会いに行く。データをロードしたなら彼女は同じ場所にいる筈だ」
OK、和久井もバカじゃない。
今でも信じられないが、光悟がゲームの中に入れたのは本当のようだ。
幸いにもそうした題材は、この令和の時代にたくさん存在している。
そういえばこのゲームにはいろいろな情報を教えてくれる機能があった筈だ。
和久井はクッションに座らないようにしながらマウスを操作して右クリックでメニューを開くと、『tips』をクリックしてキャラクターの相関図を表示してみる。
【すげぇ、真並光悟の項目があるぞ……! マジでどうなってんだ?】
詳細をクリックしてみると『日曜の魔術師、パピの許婚』という説明があった。
和久井は思わず首をかしげて目を細める。そもそも先ほどから光悟の服装が変わっている点が気になっていた。部屋にいた時は普通のTシャツ姿だったのにゲームの中に入ったとたんファンタジーの世界観に合うように衣服が変わっていたし、靴まで用意されている。
まるで異世界にやって来たのではなく、元々この世界で生きていたような。
【でも朗報だ。お前、パピの許婚ってことになってるぞ。これだったらワンチャンある】
しかしすぐに光悟のステータスを見て唸った。そこには知力や体力といった情報が五角形のレーダーチャートで表示されているが、各数値が非常に低い。しかも魔術師なのに魔力の項目に至ってはゼロではないか。これでは魔術師なのに、魔法が使えない。
【ハリボテってことか? 異世界行ったら強くなるっていうのが王道なんだけど、お前はただの雑魚みたいだぞ。魔力があれば魔法で自分の防御力を上げたりできたのに】
「力が無いから行動しないっていうのは言い訳だ。ティクスが二十六話で言ってた」
淡々と言う。そうしていると、先ほどの礼拝堂にたどり着いた。
扉を開くと紫色の髪の少女が立っている。目を見開いており、驚いているような表情だ。彼女がパピ・ニーゲラー、光悟が助けたいと思った少女である。
「無事でよかった。俺の名前は真並――」
立ち止まって後退。
危なかった。このままだと先ほどと同じく刺されて終わりだ。
【おいパピ、オレの声が聞こえるか?】
パピはノーリアクション。どうやら和久井の声は光悟にしか聞こえていないらしい。
「なんなのよ、いきなり」
痺れを切らしたのか、パピが口を開いた。腕を組んで不機嫌そうだ。
【おい光悟、上手く誤魔化せよ。お前は許婚なんだからココにいても不思議じゃない】
確かに。今は不信感を減らしたいので、言われたとおりにしてみる。
「……顔が見たくなったんだ。今、どうしてるかなって」
「あっそ。どうでもいいけどさ、ちょっと後ろ向いてくれない?」
「後ろ? 分かった」
パピに背中を見せる。直後、感じる衝撃と痛み。
「が――ッ」
パピは刺した短剣を右へ振るう。光悟のわき腹を裂いて肉や血液が飛び散った。
光悟はたまらず膝をつき、傷口を押さえるが――すぐに倒れて動かなくなった。
死んだのだ。
直後PC画面は真っ暗になり、時間をおいてパピの死体を映し出す。
ゲームディスクが激しく回転する音が聞こえ、エラーを起こして再起動。タイトル画面が表示されたと時を同じくして、光悟がPCから排出されて壁に叩きつけられた。
ベッドの上に落ちた光悟はすぐに立ち上がると、PCへ向かっていく。
「いやいやお前アホか! 屑女だってわかっただろ!? いきなり刺してくるヤツなんだ。これ以上かまうなよ! つかお前ッ、二回も殺されてんだぞ! 分かってんのか!?」
「それでも助けたい。ゲームの中に入れるなんて、これはまたとないチャンスなんだ」
即答である。声色ひとつ、ましてや表情も変わっていない。
もしかしたらオレのほうがおかしいのかもしれない。和久井は一瞬、本気でそう思った。なんでそこまで? それを聞こうとして、すぐにやめた。どうせまた理解できない答えが返ってくるに決まっている。そういうヤツだった。昔から。
「今度は、戻れないかもしれねぇぞ……!」
「心配かけて悪いな。でも俺は行くよ。パピを助けたいんだ」
すぐに【LOAD】を押してクッションの上に座った。
一瞬で中庭にたどり着いた後は、迷うことなく礼拝堂へ向かう。
パピと顔を合わせるのはもう三度目だ。彼女はやはり驚いたような顔をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます