六の幕 後のこと トンネルの向こうは

黒騎士との遭遇の後、彼を追って私達は先へ進んだ。

すると、ある居場所から唐突に足元をかすかな日の光が照らしていた。


(これは……空間のつながりまで歪められているのか?)

(どこか転移点に落ち込めば、最悪戻ってこられないかもしれないな)


同じようなことを考えたのか、単純に違和感によるものか。

隊列がおのずから密となってきたところで、突然に周囲の光景が変容した。


そこにあったものは、陰りながらも光の差し込む山麓の風景。

入口へとつながらない坑道の先に、文字通り開けた世界が広がっていた。

"外気温"はカルタキアやその周辺から随分と下がり、植生も異なる。


(どことなく見覚えを感じさえするな。まるで、ここはアトラタンじゃないか)


私はそう思いながら漫然と周囲を見回していた。

遠眼鏡を持つ従騎士は何者かを見つけたのか熱心に見回っている。

どうにも協力する気になれず、わたしは彼らをぼんやりと眺めるだけだった。

しばらくすると、南北の入り口より指揮をとった二人から帰還の決定が下った。


(名残惜しいな、もう少しここに……)

(いや待て。なぜ、ここにいたいと思うんだ私は。)

(此処は別に、私の居場所じゃないだろう)


自分の浸っていた感情に戸惑いを覚えつつ、置いて行かれる前に隊列に戻る。

カルタキアへ、私達の拠点である街へと戻っていった。


・・・・・・


再び書庫へ赴き、剣の世界についての資料を引っ張り出す。

興味と、二度目の遠征までの期間の長さゆえに幾度となく開いた資料。

そのせいか、目当ての記述はすぐに見つかった。


【呪われた島の黒騎士について】


廃坑で遭遇した男と、記録に残された者の装身具に使われていた装飾が一致する。

彼と共にいたとされるダークエルフの名は、やはり彼の呼びかけた名と同じ。


(これについての記述は、おそらくわたしが一番見てきた)

(なら、あの場所の探索にも行かなくてはいけないわね)


まるで誰かに言い訳するような言葉が、頭に湧き出でる。

どうしても行かねばならないと確信する気持ちが離れない。


”既視感をあんまり重要視すると厄介だぜ”


同輩の言葉が頭をよぎる。

それでも、できることを並べ立てる自分が止まらない。

何かをなさねばと思うせいか、あるいはほかの理由か。

もやついた思考はそのままに資料を見返して、できることを改めて見直していく。


・・・・・・


"呪われた島、雪の降る山々として名高きは白竜山脈"

"この地にも、古には地続きであった大陸から荒事をも請け負う者たちが訪れる”

"武器を携え、あるいは魔法を駆使して、仕官を望むことなく依頼を遂行する"

"困難に挑む彼らは畏敬と、隔意の両方を以て冒険者と呼ばれる"


(乗り込んだ時のわたしたちの身分も、そんなものとしておけばいいかしら)

(遠き地から来た、という分には嘘ではないわけだし)


記述を基に、異境でとるべき振る舞いを思案してみる。

聖印の存在を知らず、けれど究理の道では見出すことのできない異能を知るもの。

もしもこの世界アトラタンがはじめから魔法の存在を受け入れていたならばありうる世界。


(あるいは、皇帝聖印の成った後のわたしたちの世界になりうるだろうか)


聖印は歪んだ世界を正し、その統合の成った皇帝聖印ならば根絶も叶うという。

それはおよそ無条件に受け入れられているが、一方でその先の世界を語る者はない。

たとえば幾千もの時が過ぎ、混沌の血を継ぐ者は絶無ではなくなった。

混沌を狩るべき君主にすら、美貌を称えてと称す例すらある。

世界が正されたとき、彼らは皆泡のように消えるのか。

あるいはその影響を失い、昨日までと異なる姿を見せるのか。

または彼らには何も起こらず、ただ混沌のみのない世界が現れるのか。

ともすれば流れる血のもたらす力が、正しき世界の中でも見出されるのだろうか。

無論、私にはどんな未来が訪れるかを予想することはできない。


(いずれにせよ、わたしは聖印を預かるだけのただの人間だ)

(わたしそのものが、変わるわけではない)

(だがもし、もしも皇帝聖印がなれば)

(この世界も、鮮烈な色を持たない彼の地のようになるのだろうか)


朧なままの自らの聖印を掌の上に浮かべ、その光に目を細める。

そして目を閉じ、記憶に焼きついた幾人もの聖印の光を思い出す。

戦場で遭遇した、己の流儀を肉に、世界に刻まんとする邪紋使いの戦いを思い出す。

覚えていることを許された、魔法師の描く意味を理解できない魔法を思い出す。


けれどどれも鮮烈な色だというのに、輪郭は自らの聖印のようにおぼろげで。


(活き活きとした、英雄たちの力が放つ色)

(魔境を征し、正しい世界に戻って見上げる青い青い空の色)

(戦場で私が対峙した者たちの流した、鮮やかな赤色)

(それらは平穏と当然の日々の中で記憶に埋もれ、私の中で褪せていくのだろうか)


自分の中で答えの出ない淀みが少しずつ積み重なっていく。

けれどそれが何なのか、その輪郭も未だ明らかでないままに。

わたしは、次の遠征の準備のためと、書庫を後にした。


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