六の幕 壇上にて-2 待ち受けていたもの、予想せざるもの

(目も、慣れてきたか)


小鬼たちが待ち構えると知ったうえで、私達は坑道を進む。

だが無策ではない、足音を消し、松明を持たず、一人私が先行する。

徐々に隊列を崩しても余裕があるほどに坑道は広まり、一種の広場に出た。

そしてそこには、先行した彼の見立て通り、壁となるように木箱が積まれていた。


(足元に鳴子は……なし。あくまで急造か、偽装した射場もない)


身をかがめ、それでも可能な限り速足で壁に近づく。

妖魔の目は闇をも見通す、ともすればすでに私に弓はむけられている。

けれど、そうだとしても射られることはないと思い切って進む。


 確かに、私を仕留めたいのであれば今、闇の中で弓を射ればいい。

 だが、敵はこの壁を以て何がしたいだろうか。

 一番に望むであろうことは、この先に進ませないこと。

 ここにいる敵の数を誤認させるためならば、一度に飛んだ矢の数も隠したい。


坑道でありうる可能性を潰す中で、とある従騎士が語った言葉。

それを信じて進み、私は壁に貼り付けるほどに近づいた。


(見た目は、もともと傷んでいる木箱のように見える……)

(詰み方も乱雑……。上手く狙えば、一撃で……)


両手で握り、縦に振りぬく。

木箱は崩れていく、なまじいくつか結んでいたがために、まるで壁が倒れるように。

そして、後ろから騎馬が松明とともに駆け出す音が聞こえる。

無論安堵することはできない、私はただ嚆矢を放っただけなのだから。

まずは崩れた木箱の両脇から、小鬼が勢いよく石を放ってきた。


(これは、想定内……)


投石具を使っての投擲、もしも身をかがめていた時ならば必殺であったもの。

飛び道具はやはり備えていたもののあくまで壊されてからのつもりだったらしい。

そして、急な反応をすませ、かつ正しい姿勢で放るほどの知性のない小鬼よりも、

女騎士の、騎馬と鎧を置き去り、盾のみを持つアレシアが私を庇う方が先だった。

そしてそれまでの間に、壁の向こうにある景色が私の意識を惹いた。


(だが、体格の良い妖魔も、華美な飾りをつけた小鬼こそいるが)

(あの大きさなら、小鬼の貴種ゴブリンキングではない。せいぜい小鬼頭目ゴブリンチーフ。他の小鬼達もそこまでの大きさではないから、辺縁小鬼ホブゴブリンもいない。むしろ問題は……)


武器を構えるでもなく、祈るようにガラクタを振り回す姿

おそらくは、祭司シャーマンであろう。


「その左端の小鬼を!」


騎馬よりも早く、大剣使いが躍り出る。

しかし、武器を振るう体より、邪な意思のもと紡がれた言葉の方がより早く。

彼女の眼前に、真っ黒な影に作られた存在が一瞬現れた。


(くっ、暗闇シェイドの発動が間に合ってしまったか)


異界に住まう、闇をつかさどる精霊の顕現。

光を、視界を奪うその権能が彼女の周りから光を奪った。

石も矢も、放つことはできず、呪文を維持する祭司のみがこの中の様相を知る。


例え得物を至近の敵に振るおうにも、姿を捉えることは尋常ならばできない。

けれど祭司のいた場所に、小さな、矮躯の小さな足音がなるや否や、


「そこだ!」


光が戻った。


祭司の腕からはぼたぼたと、しかし確実に傷が刻まれ、血が落ちていた。

そしてそのまま恐怖により硬直した祭司の頭に、致命的な大剣が振り下ろされる。

断末魔の声にようやく為すべきを知り、小鬼たちが復讐せんと攻撃を仕掛ける。


けれどもはや、彼らに優位はない。

トレニアの大鎌が頭目を狙い、自らを守れと頭目が叫べども、

怒りの中ではいかな戦術も騒音にすぎず、小鬼たちはそれぞれに戦うばかり。


烏合の衆となった一匹一匹を、後方からの矢が確実に射止める。

射手に向かって突っ込む小鬼は、私とアレシアを忘れて飛び出すばかり。

死角からの攻撃で戦意を奪えば、残る従騎士がとどめを刺す。


(このままなら容易に押し切れ……小鬼のものでない足音、か?)


ただただ数の多さを煩わしく思っていた最中、異質な音が坑道の奥から響いた。

坑道を打つ音は鞭に似て、即ち装身具を纏う何者か。

少なくとも、せいぜいがぼろで身を覆う小鬼ではない。


(例のダークエルフか……?)


松明の灯り届かぬ行動の奥へ視線を移し、近づく何かを伺えば、

響いてきたのは、男の声だった。


「ピロテース! そこにいるのか!?」


漆黒の鎧に長い黒髪、剣を佩いた男。

ともすれば自らを率いる者さえ、比べれば霞む存在感。


(この威圧感……、ヴォルミス団長と同じか、それ以上……?)

(この人物が、「黒騎士アシュラム」ということか……)


そして、それにもかかわらず私の霊感は混沌の変動を感じなかった。

それは、彼が魔境の主ではないことを示していた。

一方で彼は、その覇気によって場の空気を支配したのである。


「お前達は、アラニアの民か? それとも、アトラタンの民か?」


私達の世界を、その男は知っていた。

投影によって刷り込まれた現状への理解か、もとよりの異界への知識か。

幾度となくこの世界に現れ、その残渣が彼を組み上げた異界の律に刻まれたか。

いずれにせよ彼は小鬼と違い、私達の持つ力を想定できてしまう。


「わたしたちは、アトラタンの民です」

「そうか……。この場に、褐色肌で銀髪の女剣士が来なかったか?」


最善の答えを求めて考えを巡らせる中で、最初に口を開いたのはトレニアだった。

しかもこの状況に構わず頭目が放る石から身を躱しながら。

彼女に対して黒衣の騎士が問いかけたのは、おそらくはダークエルフであろう。


「その人なら、数日前に、この廃坑で見かけましたが、あちらの通路から、この空洞の方に向かっていった後、どうなったのかは知りません」


「数日前……? そうか。では、行き違ったのだな」

「この先は、お前達『異界の民』が足を踏み入れるべき場所ではない。『我等の戦い』に巻き込まれたくなければ、早々に立ち去ることだ」


トレニアの言葉に得心が行ったのか、彼もまた警告だけを残しその身を翻した。

一目散に後を追おうにも、短剣を抜きはらった小鬼たちが襲い掛かる。

それを振り切って走るには、いまだ小鬼の数は多すぎた。


勝利を確信しつつも、その先に届かない。

従騎士がそれぞれに武器を振るうも、そこに喜びの色は薄く、

相当の戦いの中、ただ一言発されたのは


「そういえば、あなたは毒を使うんでしたね……」


ぽつりと、トレニアが誰に言うでもなく呟いた言葉だけだった。

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