六の幕 壇上にて-1 再訪と再会と初めての出会いと
カルタキアの西、廃坑が魔境に変貌してしばしの時が経つも混沌核は発見されず、
内部に出現した"ダークエルフ"は不干渉を求める警告を発されるも街は黙殺した。
よって再び、解決の糸口を求めて従騎士たちが派遣されることになった。
私も再びその一行に加わることを志願したが、少しやり口を変えることにした。
前回潜ったときとは逆の、南側の入り口からの調査に志願したのだ。
北側の大百足は確かに脅威だったが、その勢力はどうやら大きくないらしい。
なにせ、廃坑の南側からは顔を合わせることもないほどだ。
そうなると、これだけの魔境の核を内部に収めた個体を持つとは考えにくい。
それでも、南側に現れた知性ある投影体は友好的ではない。
ただ歯と爪のみの強さにあらざる者は極めて危険だ。
だが、それほどのものが現れうる環境、それでも調べるだけの価値はある。
そこで再び指揮を務める従騎士トレニアのもとへ向かったところ、先客がいた。
全身を覆う鎧と、両手でなくば振るえぬほどの大剣に身を包んだ長身の従騎士。
引き絞られた体はおそらく、そうあるべきと育てられた血筋の出を感じさせた。
とはいえ、初対面であれ必要であれば道中で話をすればいい。
そう考え、彼女との会話に一区切りがついたであろうトレニアに話しかけた。
「遅れてすまない。今回も、南側の隊長はキミか?」
「はい、そうですけど、アルエットさんは……?」
「前回は北側の任に就いていたが、良ければ今回はキミに協力させてもらえないか?」
「そうしてもらえるのは嬉しいですけど、なぜです?」
「キミの集めた情報を使わせてもらった。その借りを返したい」
「分かりました〜。では、今回もよろしくお願いしますね、アルエットさん」
不躾な物言いのせいか、どうやら彼女は私の同行に疑問を抱いたらしい。
そのせいか戸惑を感じたようにも見えたが、彼女はすぐさま柔和な雰囲気に戻った。
なんにせよ指揮官の認諾を得て安心したところ、長身の従騎士が話しかけてきた。
「今日から参戦することになった、カリーノ・カリストラトヴァだ」
「今でこそ従騎士だが、いずれ頂点に立つことになる。だから、忘れるなよ、アタシの名を。カリストラトヴァの名を」
かつて夢見た、末席とはいえ連合貴族たらんとした私が聞けば不快に思う言葉。
かつて夢見た、いずれ契約相手を探す魔法師となる私が聞けば興味を引く言葉。
いずれにせよ、初対面の相手にそれだけの見得を切るだけの胆力に少し気圧された。
とはいえ、今の私に相応しい言葉はほとんどなく、故に返した言葉も短く、
「そうか。私は、ただのアルエット。しがない傭兵だ。よろしく」
簡潔に挨拶をして、遅らせてしまった出立を促して私達は廃坑に向かったのだった。
・・・・・・
南側の入り口から廃坑に潜り、トレニアの指示のもと進む。
するとほどなく、斧を持つ妖魔―
「あれは、前回の戦いで廃坑の奥に逃してしまったというゴブリン達か?」
「そうだと思うんですけど、正直、ゴブリンの顔の見分けまでは付かないですね〜」
「まぁ、それはそうだろうな」
前回の探索において、確固たる名を持つほどの精度で投影された小鬼はいない。
だが万一を思い確認を取ったものの、杞憂だったようだ。
一方で、カリーノは既に大剣を抜き、担ぎ上げて先陣を切らんと構えていた。
「殺してしまって、良いのだな?」
一瞬躊躇いを見せたが、指揮を仰ぐ言葉にトレニアは、いつもの笑顔で答えた。
「はい、どうぞ」
言葉とともに、放たれた矢のようにカリーノは躍り出て小鬼たちに斬りかかった。
幾人かの従騎士が彼女の後ろから小鬼を追い立て、彼女の切り開いた勢いに乗る。
一方、私とトレニアは正面から相対せず、脇を縫って北への道を閉ざす。
激しい剣戟の音が誘うであろう増援と合流させず、背を見せる前に仕留めるために。
だが、それもほとんど杞憂で終わるであろう勢いをカリーノは作り上げていた。
「魔境の怪物と言っても、この程度か。ぬるい戦場だ」
得物を横薙ぎに振るえば粗末な防具をあっさりと引き裂き、
獲物を叩き付ければ頭蓋が割れる。
とはいえ、それゆえにあっさりと砕けた戦意が、私達の側に小鬼を追い立てる。
(耳をそばだてろ、鉄球と疾駆の足音に比べればここは静かだ)
(目の前の敵を相手に驕るな、刃先に毒があるものと思え)
「焦らず、冷静に、無茶をせず。そう、"あいつのように冠を取るな"、だ」
誰に言うでもなく、ただ、浮かんだ言葉を連ねていく。
こんな持って回った言い回しなど、知るわけもないことに疑問を感じないまま。
そして、私が逃げる足を止め、乱雑に振るう腕を捌いていればいずれ小鬼は死ぬ。
既に一度相対したことのある大鎌を振るうトレニアによって。
彼女の笑顔は絶えない、まるで張り付けているかのように。
だが心中で何を考えていようと、最後の一匹に至るまで気を抜かない姿は頼もしい。
「さて……、これで終わりではないんだろう?」
だが全滅させたのち、不満そうな顔を隠さない言葉にまで答えさせる必要はない。
「あくまでも憶測だが、この先には更に上位種の
私の言葉に満足したかのようにカリーノは不敵な顔を浮かべる。
その反応は同輩たちにも似ていたが、彼らのような野卑さはやや薄い。
そのまま足早に北へ向け進むと、前回見つけた三差路で北からの従騎士に出会った。
「おぉ、アリス。お前も来ていたのか」
「カリンの戦いぶりを、間近で見たかったからな」
気づけば誰とわかる声。
それは機兵との戦いで戦場を共にした協会のアレシアのものだった。
彼女を見つけ、最初に口を開いたのはカリーノ、どうやら旧知の仲だったようだ。
「君が来てくれたのか。心強い」
「君達が前回調べてくれた情報のおかげで、ここまで難なく進軍出来た。礼を言う」
「ということは、巨大ムカデは無事に倒せた、ということか」
水を差すのも無粋に思われたが、かといって旧交を温める場でもない。
そう思いこちらが話しかけると、彼女もあっさりと脅威を排除したことを告げる。
「あぁ。それについては……」
(足音?百足のそれではないが……)
「……彼の陽動のおかげだ」
「ほう……」
彼女が指をさした先には、同じく機兵との戦場で幾度か姿を見た従騎士がいた。
思わず嘆息する私にかまわず、彼は一人先行した先で見たものについて告げた。
曰く、道は広まり空洞となっているが、木箱を積み上げて遮蔽を築いているという。
(どうやら、思った以上に借りを作っているらしい、な)
「おそらく、南側の入口の様子を見に行った小鬼の先遣隊が戻ってこないことで、警戒して防壁を立てたのだろう。問題は、そこにいるのが『ただの小鬼』なのかどうか、だ」
彼の見た光景は、大剣使いの実力を見なければ逃げもしない小鬼の策とは思えない。
”大当たり”でないにせよ、それはいくばくかの知識を備えているとみていいだろう。
「つまり、この先に待っている敵の中で一番要注意なのが、そのダークエルフということか」
「待て。まだそのダークエルフが敵とは限らない。まずは彼女の真意を確認すべきだろう」
「確認している間に襲って来たら、どうする?」
「まぁ、その時は仕方がないが……、少なくとも、前に遭遇した時に衝突したのは、こちらが先に手を出したからであって、彼女自身は敵対的な姿勢ではなかったのだろう?」
血気にはやるカリーノをアレシアが制しつつ、トレニアに確認を取る。
北側は彼女が差配しているようだが、彼女の意見を重んじたようだ。
あるいは、自分の言葉よりもカリーノに効くと思ってのことだろう。
「そうですね〜。彼女は、わたしたちには用はないと言っていたので、彼女の方から何もしてこないなら、わたしも関わりたくはないです」
笑顔のままで応えるトレニアだが、明らかに声音に別の意図が混じっていた。
それは、会敵した結果ゆえかあるいは別のものか。
いずれにせよ、交戦を窘めたいという意思を感じて、私も助け船を出した。
「実際、もしこの先にいるのが、ロードス島における伝説級のダークエルフ『ピロテース』だとするなら、戦って勝てる保証はない。戦わずに済むなら、それが一番だが、一応、最悪の事態も想定した上で、戦術を立てておこう」
そうして、いくらかの時間稼ぎを兼ねてこの先ありうる可能性を潰していった。
もしもそれが現れたのならという目論見もあったが、それが姿を現すことはなく、
一通り案が出尽くしたところで、私達は先へ進むことを選んだのだった。
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