五の幕 壇上にて-2 潜り込んだ先で
逃げ込んだ狭い通路の先には、がらんとした空洞が広がっていた。
そこで彼女から念のための毒の吸出しと、消毒と解毒になる薬剤を塗りこまれた。
そのせいか、舌先の痺れは薄まってきた。
「どうにか、身体も動くようになってきたようだ」
「あまり長時間続く毒ではないみたいっすね」
毒の効きは短く、百足が追ってくることはない。
そのことを把握した私達はしばしこの場で体を休めつつ、構造の把握に努めた。
どうやらこの空洞から南方には、まだ更に狭い坑道が続いているらしい。
「さて、どうします? 体調も戻ったところでムカデに再戦か、それとも……」
「いや、今の私達だけでは、戦っても結果は同じだろう」
彼女の問いかけが終わる前に、言葉を遮る。
一体のはずが二体になった。その時点で、どれだけの数がいるかもわからないのだ。
そんな中で、倒し方を考えるのは不毛だろう。
「本隊か、もしくは南方部隊が来てくれるまで、ここでしばらく様子を……」
そう結論を出す間に、南の通路の先から足音が聞こえてきた。
言葉を止めた私のふるまいから彼女も音に気付いたのか、耳をそばだてている。
(一人だな……、軽く駆け足で走って、こちらに近付いて……)
(いや、遠ざかった?)
「なんか、途中まで来て、戻ってしまったみたいっすね」
「とりあえず、そっちを確認してみるか」
「了解っす」
彼女の松明を頼りに南方に進むと、坑道は南西方面へと折れ曲がっていた。
そこから先は横幅が急激に広がり、まっすぐと掘り進められている。
坑道を道なりに直進していくと、途中で北西方面と分かれる分岐点があった。
分岐点の一方、まっすぐな道の先からは、かすかな光があるように見えた。
「ははぁ、なるほど。多分、さっきの足跡は、このどっちかから来て、もう片方の道へと向かった、ってことっすね」
「さて、どちらから来て、どちらに向かったのかは分からないが……、とりあえずは、光のある方面から調べてみようか」
南西、光のある方面へと続く道を直進すると、やがて異臭が鼻を突いた。
それと前後して坑道は広い空洞へと変わり、そこには見覚えのある顔がいた。
「あ、えーっと、アルエットさんとハウラさん、でしたよね?」
重傷を負った部隊員達の手当を終え、指揮官のトレニアが私たちに声をかけた。
部隊長である彼女に私達の状況を伝えると、彼女から何があったかを伝えられるた。
曰く、褐色に笹穂耳をした女戦士の投影体が出現し交戦したという。
こちらの従騎士は歯が立たず、あわやと思われたが犠牲者は出なかった。
代わりに、それから警告を受けたという。
「なるほど、多分、私アタシ達が聞いたのは、その『異界の女戦士』の足音っすね」
「だとすると、先刻の分岐の先がどうなっているのかが気になるところだが……」
意気の高いものは先ほどの戦闘で負傷し、それを見せつけられたものだけが戦える。
これでは、追いかけることは困難だろう。
「この場にいる者達の戦力だけでは厳しいな。ひとまず、大回りにはなるが、一旦南側の出口から出て、外から北側の入口に向かって、こちらの本隊と合流してから考えるか」
「了解しました。では、一旦ここから撤収することにしましょう」
彼女の判断に賛意を示しつつ、私達は来た道を戻り入り口を目指すことにした。
おそらく投影体が街に出ることは警戒しなくてもだろう。
警告は内部に干渉することを戒めたものだった、ならば街を目指すことはない。
それに仮に誤って坑道の外に出たとしても、北側には本隊がいる。
交戦の末勝てるかはともかく、街を目指すことは断念させられるだろう。
だが、望ましいの速やかに合流し対策すること。
よって、道を把握している私達二人は来た道を戻る方がよいと考えたのだ。
・・・・・・
再び裂け目を抜けた先に生きた百足の姿はなかった。
だが引き裂かれた脚の一部と、体液と思しき異臭を放つ液体が転がっている。
(本隊が入り込んでいたのか。もしかすると、あの時の声は届いていたのかもな)
そんなことを考えつつも、単に天井に潜むだけかもしれないと気を引き締め直す。
そうして二人で入り口まで向かうと、何人かの負傷者を含めた北口の本隊がいた。
「お前達! 生きてたのか!?」
無事な、北側の指揮官を務める従騎士が私たちに声をかける。
こちらの状況を伝え何があったか尋ねたところ、彼らは我々との連絡が取れないことから坑道の脅威を排除すべく中に入り、百足との交戦で大きな被害を出したそうだ。
「こっちもこの状況なら、これ以上の捜索は無理っぽいっすね」
「仕方ない」
負傷者を見ながら、彼女の言葉に同調する。
だが成果のないことを強調しては士気にも関わると思い、すぐさま付言した。
「坑道の中の構造がある程度把握出来ただけでも、収獲と考えるべきだろう」
その言葉の効果のほどはわからないが、次の遠征の日程は速やかに決定された。
少なくとも、街は"警告"に従わないことを決断したのである。
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