五の幕 壇上にて-1 地の底に灯りを掲げ

カルタキアより西方、山々の連なる中にはいくつかの坑道がある。

何を採るためかは忘れ去られたこの場所に、混沌の産物―大百足と妖魔―が現れた。

わたしは斥候を志願し、兵舎の一角で同じ依頼を受けた者たちのもとに向かった。

南北の入り口で雑然ながら別れる中、同じ側に先日顔を合わせた従騎士もいた。


「こちらに来たのか。心強い」

アタシとしては、ムカデの毒に興味があったんすよ。もしかしたら、未知の毒の可能性もあるんで、この機会に一早く採取した方がいいかと思いましてね」


(小鬼が毒を使うかに意識が行ったかと思ったが、虫の毒も懸念していたのか)


彼女―潮流戦線のハウラとは資料探しの折に会い、この魔境について話をしていた。

薬師であるらしく、魔境の概要を伝えると真っ先にそれを気にしていた。

そんな彼女も私と同じく斥候を志願していたらしい。

そうして二人で任務について話していると、別な従騎士から声をかけられた。


「あ、はじめまして。トレニアっていいます。今回の魔境探索計画で、南側の調査隊の隊長を任されることになりました。よろしくお願いします~」


声をかけてきたのは白い髪飾りをつけた、着古した装いに大鎌を担いだ女性だった。

髪飾りと鎌のせいか、柔らかな印象にも関わらず時たま違和感を感じさせる。


アタシはハウラ。北側の担当っすけど、よろしくお願いするっす」

「わたしはアルエット」


(彼女がどこからかは伝えているし、名前を名乗るだけでいいか?)

(いや、もしかするとということもあるか)


「わたしも北側だけど、廃墟の中で無事に合流出来ることを祈っている」


わたしたちの言葉に彼女は会釈で返し、南側の面々の中に入っていった。



・・・・・・



松明を片手に、斥候として従騎士二人で坑道の中に入っていった。


「魔境化してるかも、って話でしたけど、今のところ、見た目は普通の炭鉱と変わらないっすね」


「あぁ。だが、確かに混沌濃度は上がっている……」


「そうなんすか?」


「もともとカルタキアは混沌濃度が若干高い以上、微々たる変化ではあるが、これまでに足を踏み入れた魔境と遜色ないくらいの濃さだな……」


砕けた調子の彼女の問いに、死角を警戒しながらは素っ気なく答えた。

明らかに変異律が生じていてもおかしくないここを、敵地としか思えないせいだ。

もとより君主の巡回が少ない街外は混沌濃度が高いが、この坑道はその比ではない。

そんな中警戒しつつ進んでいると、不意に彼女が押し殺した声で問うてきた。


「ムカデが一匹……、どうします?」


松明の火で一匹の大百足の影を引き延ばし、彼女は私に問いかけてきた。

見やれば樽のごとき太い胴体と、腕より太い無数の肢、

金属めいた艶が灯を照り返してキラキラと輝く体表に、

地や藪に潜むにはふさわしくない、明瞭に危険さを感じさせる色合い。

そのどれをとっても異常なそれは、明らかに混沌の産物だった。


「我々の役割は斥候。ひとまずここは退いて本隊に……」


一匹なら二人掛かりで倒せないこともないだろう。

刃物が刺さるかはさておき、動きを封じて所々を焼けばいい。

そんな考えを巡らせる中、鏡のように照っていたあれの体に黒い影が落ちた。


「なに!?」


目線をあげて、私とあれの間にあるはずの何かに目をやろうとしたとき、

私の何かの重さがのしかかる。


「アルエットさん!?」


もう一匹の大百足が、私の頭上から落ちてきたのだ。

火種を持ったままで身をかがめるわけにはいかず、翻そうと体をよじらせる。

けれど、もとよりそれの狙いは私の首元にはなかった。

左腕、松明の火を飲み込もうとでもするかのように、その口から牙が挟み込む。


「くっ……」


その牙が食い込んでくるよりも早くに、私は松明を取り落とした。

裂傷の痛み程度でと疑問がよぎる前に、自分が取り落とした理由に気づく。

じくじくと、無数の針が肌の上を擦るような感覚が傷口からあっという間に広まる。


「麻痺毒っすか!」


利き腕の棍棒を振って百足と距離を取りつつも、両の腕で握れないままの私。

彼女がそんな私の異状から、自身の鞄に手をやる。

しかし一方で、もう一匹の大百足が私たちの側に近づいてきていた。


(いけない、そっちに……)


口元を動かしても舌がもつれてとっさに声は出ず。

近づいてくるそれにかまれた彼女は、まず自身の傷に何かを塗りこめた。

手を伸ばせない私は効いてくれと祈りつつ、せめてもの思いで後方に声をあげた。


「本隊! 聞こえるか! 巨大ムカデと遭遇した! 今すぐ突入を!」


舌先に不意に訪れる痺れのせいか、吐き出したのは文というよりは単語の塊だった。

だが、結果として叫び声が百足を牽制したのもあって彼女が私に駆け寄ってきた。


「まずいっすね……。突破口、開けますか?」


「厳しいな、仮にどうにか通路側に回り込めたとしても、逃げようとすれば入口までついてくるかもしれない。足は彼等の方が早そうだから、どうにか足止めするか、あるいは……」


落ちていたたいまつが、壁の間に影を落としていた。

そこにある隙間を、もしも奴らが使っていないとすれば……


「……一旦、『向こう側』に逃げるか?」


あるいは、ねぐらに飛び込むことになるかもしれない。

だが、私の叫びが届いたと思えなかったのは彼女も同じだったようだ。


「そうっすね……、どっちにしても、今のままではジリ貧っすから」



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