五の幕 先触れ 次の依頼は

同輩たちのわだかまりを解消してから、わたしは次の依頼に悩んでいた。

宿舎の掲示板や、酒場での噂話、それらを聞いても、どうにも決めかねる。


(一応、海魔の案件を追うことはできるけれど……)


喫緊の課題だった人命救助を終え、かつ洞窟への侵入が阻害されている。

そうなると、必要とされるのは待ち構える敵を倒せるだけの戦力となる。

開けた場所なら数は力と言えるが、そうでないなら足手まといになりうる。

そんな中に、わざわざ突っ込んでいく必要を感じなかった。


(けれど、依頼を受けないというわけにもいかない)

(とはいえ、他の依頼もねぇ……)

(空のかなた、終わらぬ善悪の相克、神にニセたるもの)

(どれも、随分とかかっている割に終わりが見えないし……)


遂行中の依頼に入る面倒さは、前回で身に染みた。

必要であればまたやるが、不要であれば避けたい。

そう思っていた時、真新しい一つの依頼を見た。


(用途を忘却された廃坑が魔境化した、か。厄介な話ね)


曰く、南北二つの入り口を持つ魔境に、妖魔ゴブリンと、巨大な百足が現れたとのこと。

一方のみの攻撃による流出を避けるため、二分した戦力で臨む。

必要性は理解するが、求められる戦力は質よりもむしろ数が必要なもの。

従騎士でない者さえ求めるこの依頼は、わたしには丁度よいものだった。


(となると、あとは魔境の性質を知る必要があるか……)


敵の種類からすれば、少なくとも撲殺はできるだろう。

小鬼に知性がないとは限らない、ならば北から百足を狙うとしよう。

勿論、人員不足で聖印持ちを等分するよう求められるかもしれないが。

そう思うと、調べておくに越したことはなさそうだ。


(ここでそういうものを調べられるというと……女男爵の書庫か、結局)


・・・・・・


書庫についてから、魔境についての記述のある冊子をあさる。

同じ資料に手を付けるのももう何度目になるだろうか。

おかげでまだ発生していないものもうっすらと読みおぼえがある。


(そのせいかしら。廃坑の小鬼が、剣の世界のそれな気がしてならないわ)


小鬼の存在する、あるいは存在しうる世界は無数にある。

人に近い矮躯、成人に劣る知性、そしていくらかの倫理観の欠如。

それらを有してさえいれば小鬼と呼ぶ世界のなんと多いことか。

一方で、その起源を語らせれば世界ごとに大きく異なる。


一書に曰く、それは人と同じく神の被造物。

一説によれば、それは堕落した知性あるものの成れの果て。

あるいは大鬼が人と交わって生まれたと語るものもいれば。

その世界の外側より招来され、厚かましくも定着したというものもある。


廃坑に現れた人工物と、刻まれた意匠から顕れたのは剣の異界らしい。

剣の異界の場合、小鬼の由来は……


”人の住まう世界とは別個に、精霊界とされる領域があるそうだ”

”彼らの理解はどうやら、三方と時間の次元を超えたものを想定するらしい”

”だからひばりちゃんLa petite Alouette、僕らの住まう世界もその一部なのかもしれないよ?”


「……っ」


不意に、誰かの声が聞こえた気がした。

声の主に聞き覚えがあるが、記憶が結びつかない。

けれど何故だろう、その声が、いくつもの単語を思い出させる。


(忘却魔法が弱まっている?此処に来た時に消えなかったって言うのに?)


カルタキアでは、魔法を新たにかけることはできない。


それは混沌濃度の高さゆえに安定した変異律の操作ができないためだとか、

それは女男爵が張り巡らせた結界が魔法師による変異律を拒むせいだとか、

様々な仮説こそあれ、その理由は明らかではない。

ともかく、魔法解除ディスペルの魔法を含めてここではそれらは通用しない。


一方で、その外側でかけられた魔法が効果を失うこともない。

魔法師一門ハイデルベルグを離れ、その知識を消されたわたしが思い出すことはないはずだ。

しかしなぜか存在する確信が、それを幻想だと振り払えない。


(何かしらね、この違和感は……)


その答えにたどりつけないかと、資料を読み直しても答えはなかった。

範囲を広げて、これまで現れた魔境についての記述にも有益なものはなく。

いつしかそれを追うことに疲れ、つい、わたしは他のことを考えていた。


「空のかなた、剣の尖兵、終わらぬ善悪の相克、神にニセたるもの、断片ばかりあるというのに、此処は結局、どれだけの兵力を集めても押しとどめられはしない」


ぽつり呟いた言葉と同じくして、戸を開く音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る