四の幕 後のこと-3 そして、一歩踏み出して

「腹を割って話しなさいな、想像したどっかの誰かじゃなくって」


わたしは提げていた棍棒を放り、雑多に積まれていた一個の木箱を叩き落とした。


「え……っ!?」


フォリアの視線が、放った木箱の側を向く。

すると、打ち砕かれた木箱の中から白い腕が伸びた。


「ひっ!?」


「…腹を割って話せ、ね。全く耳が痛い話だよ。」

そんな言葉を発した腕には、複雑な、"彼女"の色をした髪が垂れていた。


「……あぁ、全くだな……」

そして、相槌を打ちながら褐色の長い腕も伸びる。そこには赫髪が垂れていた。


「こ、これは……」


それから、もう一本白い腕が伸びて木箱のへりを掴む、が。


「ん……」

「んんんー!…はあ…はあ…駄目だファニル。先行って、筋力、足らない…。」


「……仕方ないな……ほら、持ち上げるから」


赫髪の女性が、もう一人を持ち上げて木箱から出した後、おもむろに出てくる。

なんとか這い出たもう一人はいつの間にか木箱の上に乗り、私達を見下ろしていた。


(まったく、締まらないわね。ま、急なお願いだったから仕方ないけど)


それはわたしと同室の二人、ファニルとフォーテリア。

辻占いに立つフォーテリアがよく使うこの場所へ、わたしはフォリアを誘導した。

予め二人に隠れているように言ったこの場所で、フォリアの言葉を引き出すために。


「ありがとう。さて……」


「ずっと、聞いてたんですか」

フォーテリアが何かを言い終えるよりも早く、フォリアが口を開く。

咎めるような口調に、ばつの悪そうな顔で言葉を遮られたフォーテリアは押し黙る。


「まぁ、そうなるな……済まないとは思うが。悪い、そそのかされた。」

軽く頭をかいて、ファニルは苦笑する。


「いえ、ぼくがしたことに比べればそんな……」


あっさりと謝られたせいか、かえってフォリアはもじもじと言葉に詰まる。

これまでは、よしんば話せたとしてもこうして行き詰ってしまったのかもしれない。

だが、今度は二人とも、フォリアが何を思っていたのか知っている。


「ふむ……言いたい事は同じ。任せた。」


目を伏せて軽く笑ってから、フォーテリアはファニルの背中を軽く押した。


「あぁ……俺は、俺達は許すよ。だからこれからも一緒に居てくれないかフォリア」


その言葉に、フォーテリアは満点だとでも言わんばかりにほほ笑む。

それは、フォリアにも明らかに伝わる言葉だった。


「ぼくは、そんな……っぐ……っ」

「簡単に許されて、いいのですか……?」


それでも、少し身体が強ばらせ、震えながら、フォリアはなおも問う。


「いいんだ。俺達が許すって言ったんだ。だからそれをそのまま受け止めればいいと、俺は思うよ」


「そう、ですか……ぼくは、一人でいなくていいのですね……」


「ま…原因を知った今じゃ、むしろわたし達と行動を共にする方がきみの想像を拭うのに役立つだろうしねえ。事情を知った今、わたし達が傍に居るのと、誰にも言えないなか一緒に居る前とじゃ天と地だろ。」


木箱に座り込んで足をプラプラとさせながら、フォーテリアが補足する。

補足というには随分と長く、随分と理屈っぽい相手を説得しようという程の言葉で。


「はは……ぼくは、こんな人達と会う幸運を見落としていたのか……」


やっと、彼女は笑った。

やっと、彼女は気づいたようだ。

自分は、決して置きざりにされた彼ではないと。


「こんなものよ。頭の中の誰かじゃなく、目の前に立った人と話してみることね。

さてと、ご飯食べにでも行きましょうか」


わざとらしく笑って、わたしは三人に呼び掛ける。

そして、何でもなかったかのようなそぶりをしてみせる。

なぜって、私は結局、最後まで他人事なのだったから。


「舞台誂えるのにちょっと苦労したし、お腹すいちゃったわ」

それでも、これぐらいは言ってもいいだろうと、ねだるような目線を向けて。


「そうですね……お騒がせしました。もう大丈夫です」


フォリアの側を見やれば、うっすらと就いた水の跡は乾いていた。

二人の側を見やれば、フォーテリアはほんの少しばつの悪そうな顔をしていた。


「ちっ、流石にアルエットに奢らなくちゃいけないかなぁ、これは。悠長に待っているのは悪手だったろうからね」

「俺も折半するさ。アルエットには良い酒を奢らなきゃな」

「えっ、ぼくも払いますよ。迷惑の原因がぼくなのは間違いないんですから」


はは、と軽く笑いながら、フォーテリアが言えば。

くすくすと笑いながら、ファニルも同調する。

そしてフォリアも、するりとその会話の輪に入る。


「はいはい。じゃあ仲良く三等分で殊勲者に報酬を与えようじゃないか。」

「そうだな。そうするとしようか」

「では行きましょうか」


そのまま三人は私の側によって、四人で路地の外を目指す。

日の当たる場所、いつもの酒場に向かって。

なんてことない、いつも通りの日々をまた始めるために。

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