四の幕 後のこと-1 路地裏隅での告白

洞窟での一件を終えても、彼女フォリアはなおも態度を変えずそそくさと逃げまわっていた。

何か他の手を考えるほかないと思案していた時、ふと私は二人のことに思い至った。

ここに来て以来、四人部屋にする前から部屋を同じくしていた二人。

考えてみれば、あの二人もあの日以来、彼女の話題を避けるようになっていた。


「で、いい加減あの子と顔合わせたら?避けられてるんでしょ」


わたしが言い放つとともに二人の表情に苦さが差す。


(大当たり、か)


彼女ら二人には心当たりがあったようだ。

わたしに、何を言うわけでもなく抱え込んだまま。


(まったく。本当にみんな、言ってくれれば……)


四人部屋のうち、わたしには一枚の書置きで全部説明した気になっている。

しかも、他の三人全員から。


分かってくれると思われているならいいことか?

まさか、わたしがわかってないことを察してくれなかったのだから。


だが、まぁ、構うまい。

うち一人は散々不安にさせた上でのことだと思うとはやる気持ちもあるが構うまい。

うち一人は命がけの場所で力になってもなお逃げ回っているわけだが構うまい。

手を出して悪化したとして、わたしを放っておいたのが原因だと知ればいいのだ。


さぁ、悪だくみを始めよう。


・・・・・・


露天商店の並ぶ表通りから、一つ日陰の路地に入る。

単なるごみか禁制品か、雑多に積まれた木箱が誰も中身を知らぬまま積まれ。

自称辻占いに物乞い、あるいは娼婦すらうろつくここは、日陰者どもの巣窟。


「……、果たしてみなさんにどう顔を合わせたものでしょう……」


青髪を揺らして、彼女フォリアはいつの間にか路地の奥に入り込んでいた。

市場、港、広場と行く先々で見かけたわたしを避けてここにたどりついたようだ。

一方頭の言葉こそ聞き取りそびれたが、彼女なりに思い悩んではいたらしい。


「……観念なさい。どれだけ望まなくても、時は満ちるものなのだから」


棍棒を片手に、わたしはふらりと躍り出て声をかける。


「っ……アルエットさん」

「……観念、ですか」


ひっ、とか細い声をあげて、彼女はわたしの名前を呼んだ。

それから、聞かされた言葉をじっくり飲み込むかのように間をおいて。

たどたどしくも彼女は私の言葉を反芻した。


「えぇ。逃がしはしないわ、此処はどこにもつながらないもの」


ようやく言い終えた彼女ににこりともせず、突きつけるような調子で言葉を重ねる。


「けれど隠したいなら嘘をつけばいい、わたしに向かって」


そう言いつつ、それとわかったなら手に持ったものを振るう素振りを匂わせて。

けれど、彼女はそんな私の言葉には竦まなかった。

彼女が思い悩んでいたのは、自分自身。


だから、いつの間にか変わっていた彼女の言葉は、予想よりずっと強い言葉だった。


「ぼくの本当は、あなたには知られたくなかったけれど」

「敵と思っていた人に希望を見ることができた」

「……あなたを信じる覚悟をしましょう。きみだからこそ、信じたい」


彼女が何を体験したのかは知らないけれど。

口を開いてくれるのならと、わたしはただ、黙して頷いてみせた。


・・・・・・


「エーラムのことは、ご存じですよね。そこに、セイルという魔法学生がいました」


大陸最大規模の都市ながら、諸陣営に対し中立を標榜する魔法都市エーラム。

そこでは日夜数多の魔法師の育成が進められている。


「今は魔法師になっていると思いますが、彼はなんらかの禁忌を犯そうとしました。それをすれば”選別”を受けるなにかです」


進学を果たした学生でも、規定違反などでその過程から姿を消すこともある。

選別と呼ばれるそれは、時に消息を絶つような措置も含まれるという。


「当然、何の準備もなく行うはずがありません。でも、彼を慕う後輩がいました」


彼女の言葉に、ほんの少し感情の色がにじんだ。

他人を語るゆえの乾いた調子が、ほんの少し変化した。


「セイルは少年を呼び出し、とても簡単な頼みごとをしました」

「"少しここで待っていてくれ"、たったそれだけです」

「後輩にその意図はよくわかりませんでしたが、先輩の役に立てと喜んでいました」


自分のことのように、彼女は話す。

セイルという者の頼み事を、まるで聞いてきたかのように真似をして。


「後輩が何かおかしいな、と思った頃には、彼は破戒者の烙印を押された後でした。今となっては先輩がどうやって罪を着せたのかは分かりません。ぼくに分かるのは、彼が必死にエーラムから逃げて、紆余曲折の後に傭兵団に入ったことだけです」


そんな由来のある男は、わたしが知る限りいない。

けれど、彼女ははっきりと断言する。


「彼の名は、フェルモといいます」


その男の名前を、わたしは知らない。

けれど彼女は知っている、それはつまり。


「調べれば大罪人として記録が残っているかもしれませんね……そう、つまるところフォリア・アズリルの中身は闇魔法師なのでした。まぁ、魔法はもう使えませんが」

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