三の幕 壇上にて-3 突進、苦闘、その末の後退

(あぁ、これは……)


明確にそれまでと違う、翼なき竜シャガールの突進。

敵意を持っていたはずの長剣使いではなく、私を狙った動き。


(よく来てくれたよ、意図したとおりに)


私の足では逃げきれぬ必殺の動作。

全身鋼に身を包むとはいえ、それの備える瞬発力は人間よりはるかに高い。

私の耳に入る地を蹴る音が、だんだんと大きくなっていく。


(間に合ったな、


そう、翼竜を相手すべく駆けていた騎兵ならあるいは傷を与えられるはず。

翼なき竜の咢が私を砕くより早く、馬上より振るわれた長剣がその眼を打ち据えた。

初めての竜の突進は、初めての身震いに変わった。


(突進は止められたか。だが、しかし、あぁ……化物め)


けれど、けれど削り取られた鋼鱗こそ散らばれど、その頭殻に傷はなかった。

打ち据えられた眼も、瞳に似せた何かをぐるぐると回して健在さを誇示していた。

一方、こちらは騎兵突撃を不意打ちに使うことはもはや叶わない。

それどころか翼竜の介入を抑えるべく、彼女は既に私の元から離れていた。

代わりに元から翼なき竜を相手すべく割り振られた従騎士が油断なく距離を詰める。

陣形こそ機能し続けていたが、攻撃の糸口は見つからないままだった。


・・・・・・


それからも弱点を見つけられないまま、膠着状態が続いていた。

放たれた矢の音も、気付けば音を減らしていた。

翼竜に対する側にも被害が出たか、あるいは戦況を伝えるべく下がったか。


「一度後方に行く。弓使いが伝令に走ったが、翼竜に気取られたかもしれない」


疑問に答えるように、銀朱の主が私達に声をかけた。

そしてそれは、疲労しつつある私達独力で翼なき竜をいなせという指示だった。

しかし不平を言うものはいない、その余裕もなかったが。


(手負いとはいえ、翼竜の殆どは健在)

(指揮官たちもこちらを見ている、陣形を変えるとの指示になるだろうが)

(持ちこたえなくてはな、そこの翼竜のように形が残っているかも分からん)


気づけば私達と翼なき竜のすぐ近くに、最初にはじけた翼竜の欠片が転がっていた。

一方翼竜と違って、従騎士の遺体はどこにも見当たらなかった。

爆発で焼かれて分からなくなっているか引き裂かれたか、あるいは生きているか。

最後であると祈りたいところだが、戦場全てを俯瞰する余裕などない。


(諦めて楽になりたいところだが、私達の隊長もまだ死んではいないのではな)


この手に宿る聖印は、未だ彼の一片として私に力を与えていた。

それはつまり、数に勝るヒトガタを相手に一人で戦い続けているということだ。


(一番楽な勝ち筋は、隊長が勝って合流すること)


そしてそれが不可能でないことも知っている。

それでは、諦めるのはあまりに勿体ない。

苦戦にあり、おそらくは出ているであろう犠牲を目にしても、戦意は衰えなかった。


・・・・・・


数を減らした私達は、それまでの攻め方を少しずつ転換した。

それでも基本は指揮官の決めた役割分担―翼竜狙いと別に戦う―を守ったままだ。

攻め口こそ見つからないものの、根底の発想に問題があるわけではない。

守りの要である銀朱の主が欠けたからこそ、敵をまとめて相手はできないからだ。


だが結果として、こちらの攻めは緩慢になる。

一方で翼なき竜の放電や擲弾は尽きないのか、執拗に長剣使いを狙い繰り出される。

数度、騎兵に近づいたところで先ほどのように突進を誘ってみたが反応は無かった。

最早、私は狙う価値をなくしてしまったらしい。


致命傷を避けるために、無理に懐を狙わない。

それゆえに、闘士の拳が鋼殻を叩く回数は明らかに減った。


放電と腕の振り下ろしを同時に受けないよう、前半身を狙う人数を減らした。

結果、突剣使いは完全に痛打を与えられなくなっていた。


急な突進を起こさせないために、四方を取り囲むようにして仕掛けるよう心がける。

長剣使いが警戒されるために、私は無数の擲弾を避けるべく走り続けた。

しかしその時、ふと翼なき竜の動きにある規則性に意識が向いた。


(こいつも、擲弾から熱を浴びないように動いている?)


前半身に近寄らないよう、大回りして側面に回り込むと必ず焙烙を飛ばしてくる。

一方で、振り回される尾と後肢の外側を回り込むときは決して打ち出してこない。


(とはいえ、鋼鱗に熱を与えたところで装甲の向こうに達するわけではないか)


傾向に気づき、頭から尾に駆け抜ける際後肢に擲弾の破片を浴びせても変化はない。

どうやら、熱は鋼鱗越しに空気に抜けていくようだった。


(先頃鋼鱗をはがした頭殻に熱を与えられれば……)


しかし、それだけの熱を込めた聖弾を使えるものはここにいない。

星屑の総帥は別に現れた魔境の核、”凶星”を打ち落としに向かったのだ。


(手の届かない場所に核を持つ魔境に比べれば、などとは思えんが)


目線どころか手の届くところにいる魔境の主に、歯が立たない。

そうしてじりじりと消耗をつづけながら、指揮官の声を待ち続けた。


・・・・・・


「皆さん、後退してください。」

「弓兵は歩兵より先に、出入り口からの援護を」

「先に上がった者は二階に上がって注意を向けさせろ、後続を狙われないように」


指揮官達の選択は後退だった、しかし、撤退とは言っていない。

闘技場に残っていた弓兵―幽玄の女従騎士―が退いてから、私達も退路を探る。

大きく伸びた楕円形の戦場ここから、出入り口といえるのは六か所。

それに加え、最初の翼竜の爆発で崩れ二階とつながった場所もある。


(直接二階に行くのは無理だな)


指揮官たちに最も近い経路故に銀朱の主の力も届くだろう。

だが、あの聖印の力はそう多くは使えないことを知っている、過信はできない。

一方弓兵が退いたことで、翼竜はこれまで以上に盛んに接近してくるようになった。


先の翼竜の爆発はそのほとんどを銀朱の主が受け止め、建物への被害すらも抑えた。

次の爆発によってはさらに崩れれば瓦礫に足を止められる恐れもある。

それを思えば、幾らか遠回りであってもいずれかの出入り口を行くべきだろう。


(指揮官達から最も遠い入口三か所は論外)

(となると、崩れた場所を挟む二箇所か、少々遠い一か所か)


翼なき竜を囲んで私を含め三人が残っている。

さらに、翼竜を相手していた二人が援護の為かこちらに近づいている。


(俊敏さに勝る騎兵が一番遠い場所からだろうか、この向きなら駆け抜けられる)

(それ以外はいくらかの差こそあれ、大して足の速さに差はないだろう)

(なら、あとはいつ出入り口を目指すかだな)



私より機敏な動きをしていた者もいるが、皆疲労のせいか動きが悪くなってきた。

一目散に走るだけなら、長剣使いとの差はもはやない。


「次に仕掛けてくる翼竜は右後肢からだ、その次は左前方!」


不意に、指揮官達の所から声が上がった。

探索の時同行した金剛の青年が、翼竜の動きに何か気づいたらしい。

そして、彼の言う通りに翼竜がこちらに降下してくる。

身を翻してから翼竜の動きを追うと、翼竜は一度に一体かつ順に攻めてきていた。


(それなら、頭が指揮官達の逆を向いたところで、右前肢側に降りてきた時……か)


合流した従騎士と共に動きを誘導し、私達は翼なき竜の向きをずらしはじめた。

当初は後退時に擲弾を撃たせないために頭を頭部に向けさせたが事情が変わった。

翼竜の動きが擲弾の射線と重なるなら、雷撃を撃たれない向きが望ましいだろう。


「今だ!」


翼竜が狙った位置取りで近づいてきたところで、船団の従騎士が声を上げた。

それに合わせ歩兵は一目散に尾の側に駆け抜け、騎兵は一気に翼なき竜から離れた。


翼なき竜は尾を振り回して後退を阻んだが、慣れてしまった私達は苦も無く避けた。

すぐさま振り向けなかった翼なき竜から、擲弾の発射音はなかった。


・・・・・・


出入り口の先には、幅の狭い廊下が広がっていた。

視線から私達の姿が消えると、しばらくしてから翼なき竜の駆動音も止んだ。


「お見事でした」

「皆さん無事でしたか!わたくしだけ先に後退して申し訳ありません……」


息の上がった私達に、幽玄と潮流の弓使いが声をかけてきた。

そちらに目をやると、斥候として街への侵入を先導した二人もいる。

どうやら彼らが翼竜の意識を引き付け、駆けだした私達を援護していたようだ。


「皆さんご無事でなにより、僕たちはまだ誰も斃れていません」


感謝の言葉を言う間もなく、指揮官を任じられている従騎士の声がした。

その言葉に違和感を感じて辺りを見回すと、短剣使いの従騎士もそこにいた。

そして彼にけがの程度を問おうとした他の従騎士の言葉より早く、次の指示が出た。


「そして一仕事です。見極めbig thinkはここまで、翼なき竜に体当たりbody checkを仕掛けましょう!」

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