三の幕 壇上にて-2 檻に坐するは魔境の主

私達は魔境の主を目指して魔境を進む。

崩れた灰色の楼閣のはざまに、伏兵がいるのかを探りつつも。

割れた舗装の裏に仕掛けられたものが無いか、念入りに、しかし急ぎ探りながら。


けれど、風化した街並みは時として姿を変えていた。

崩れた残骸が進む道を塞ぎ、最短を行くべく力自慢の従騎士に瓦礫を除かせた時。

銀朱の主は、一人の金剛の従騎士に声をかけた。


「今回の作戦指揮、あなたに任せます」


その言葉を聞いて、彼は銀朱の主を見上げた。

先ほど、本体に伏兵の存在を告げた時よりも、一層に驚いた顔をして。

しかし銀朱の主と幾らかの言葉を交わすと、彼はその表情を変えた。

そして彼は、呟くような声で銀朱の主に何かを言うと共に首を縦に振った。


「皆さんのその力、この戦いの間だけ、僕に貸して下さい!」


それから彼はこちらに向き直り、頭を下げた。

いくつもの陣営の混ざり合った今回の部隊の中でも、反対する者はなく。


「よし、下にも何もなかった。行けるぞ」


道を塞ぐ瓦礫の側からの声に駆られて、私達は再び走り出した。


・・・・・・


魔境の街を進むと、背丈の高い楼閣のない一角にたどり着いた。

そこに唯一ある建物は幾枚かの花弁のように、大地からくすんだ壁が伸ばしていた。

楼閣の六割ほどの高さにして斜めに伸びるそれは、内部から見上げた光景を遮る。

恐らくがここが、魔境の主の座する場所なのだろう。


ところどころに空いた穴越しに内部へ忍び込むと、天井のない空間が広がっていた。

かつて闘技場だったかのように。壁の傍には無数の椅子の残骸が散乱している。

けれど観衆なき今は、ただ魔獣を閉じ込める檻のようだった。


そして、その中央に巨大な機械獣が鎮座していた。

竜界ドラコーン、あるいは巴斯克神界アララール翼なき竜シュガールに似た、鋼鉄の獣。

それまでのどの機兵よりも巨大で、小さな建物を優に超える巨大な敵であった。


「あんな大きな鉄屑が動くんですね、さっさと片付けてやりましょう」


眼帯をした従騎士が、籠手越しの拳に力を込めて睨みつけていた。

隊長とヒトガタの戦いを目にしたためか、その言葉には力がこもっていた。


「前は一体しかいなかったのに、今は、確認出来るだけでも五体……」


その一方で空を窺っていた、小剣を提げた星屑の従騎士が呟いた。

見上げると、侵入者を主に変わって探らんとする機械仕掛けの翼竜ワイバーンが滑空していた。


(探索の時に見つけていなければ、不意を突かれていたかもしれないな)

空を舞う翼竜も、翼なき竜に比べれば小型とはいえ馬車のように巨大であった。

しかしそれと知っていなければ、落とす影に違和感を感じることはなかっただろう。


「気付かれた、来るぞ!」

「矢弾を飛ばしてくるか?」

「なかったはずだ、だけど突進だけで洒落にならない!」


「従騎士たちは後ろに、聖印で対処します」


誰かの叫びとともに、一匹の翼竜がこちらに滑空してきた。

従騎士たちは対応すべく言葉を交わすが、私達が動くより早く銀朱の主が前に出た。

銀朱の主の言葉に従い、私達は刀の一振りと共に打ち立てられた光の壁の陰に回る。

速度を増して翼竜は銀朱の主に迫るが、しかし光壁にぶつかって勢いを殺された。

するとその翼竜はその身を膨らませ、


強烈な衝撃と、金属の軋む音とともに、光の壁を越えて残片が舞う。


無数の残片に貫かれると覚悟したが、私は一片の傷も浮けていなかった。

聖盾士の偉業、城塞の如しと称される、銀朱の主の守護の力によって。

そして従騎士たちの傷全てを引き受けてもなお、銀朱の主は立っていた。


煙が薄れるとともに、巨大な金属の軋む音が響く。

翼なき竜がその首をもたげ、動き出したのだ。

空を舞う機械仕掛けの翼竜も、皆この決戦の舞台にその目を下ろしていた。


「皆さん! 散って下さい。おそらくあのワイバーンは……」

「侵入者が固まっているところに突撃・自爆する命令を受けています!」


そんな敵から目を逸らすことなく、指揮官役を任じられた金剛の従騎士が叫んだ。

その声を聞くとともに私達はそれぞれに散開し、決戦は始まった。

翼竜を抑えるべく騎兵と弓兵、そして船団の闘士が割かれた。

私は、同輩と共に翼なき竜に対峙する。


・・・・・・


「敵の総戦力は想定以上でしたが、ひとまずは皆さん」

「当初の予定通りに動きつつ、適度に牽制しながら、敵の動きを確認して下さい」


まずは皆、翼なき竜の鼻先から前腕に散って様子をうかがう。

彼の立てた第一の作戦、”様子見”を果たすために。


相対す翼なき竜はまさしく翼なき竜と形容すべき姿だった。

トカゲのごとき長い体躯に四つの短い四肢。

しかしその躰は堅固な鋼殻に覆われ、頭には鶏冠に似た盛り上がりを持つ。

しかもその鶏冠は装飾ではなく、網状の放電を引き起こす武器の要である。


「なんとか、装甲の継ぎ目を見つけたいところですが……」


突剣を提げた従騎士が、幾度も翼なき竜の懐に迫っては忌々し気に呟く。

機敏な動きで身を翻し、何度彼女が鋼殻にその突剣を突き立てたことか。

けれど幾度突剣を突き立てても、不安げなたわみを生じるばかり。


そう、堅固な鋼殻には継ぎ目が見えず、表面は拳大の鋼鱗が無数に覆っていたのだ。

手慣れた動きですぐさま剣を手元に引き戻すが、無論さしたる傷にもならなかった。


(これでは棍棒でも変わりはあるまいが……とにかく反応を引き出せとの指示だ)


私も、駆けよっては片手で棍棒を振るって一打し速やかに距離をとるのを繰り返す。

他の従騎士もそれぞれの得物―籠手越しでの殴打や短剣で連打を仕掛けた。

だがそれらも鋼鱗の下の鋼殻に和らげられ、翼なき竜に傷を与えられなかった。


(これでは大して変わりがないな、重量のある長剣といえばヨルゴか?)

(にしても奴め、仕掛け時を図っているのか?いや……)


長剣使いの同輩に目をやれば、彼は明らかに翼なき竜に警戒されていた。

眼前に出れば雷撃が、側面に回れば擲弾が、死角狙いで背に回れば尾が。

私が盛んに仕掛けられたのは、彼が嫌気を買っていたからでもあったらしい。


(なるほど、私達には単調な仕掛けしかしないと思っていたが……知恵も回るか)


しかも、単調な攻撃であっても一発で使い物にならなくなるだけの威力だ。

どれだけ集中していても、時たま訪れる切れ目に翼なき竜の腕が迫ることもある。

まだ誰も倒れていないのは、銀朱の主がひたすら援護に回っているからに過ぎない。

無論、それでは聖印の力を攻勢に注げはしない。


(攻めかかるのに向く力ではない、先の傷の治癒にも力を割いているはずだ)


そう納得できても、これを繰り返すだけとなればいつ穴が開いてもおかしくはない。


(少しでも早く策を思いついてくれよ、指揮官殿)


口に出す余裕もないままに、徐々に漫然とした思考が集中に割り込む。

それでも銀朱の主や他の従騎士と連携し、私はその鋼殻に棍棒をうち当てていた。


・・・・・・


そうして半刻ほどたったころだろうか、事態は動いた。

だがそれは、決してわたしたちの望むところではなかった。

視界の”外”で、翼竜の攻撃と思しき鈍い打撃音が響いたのだ。


(誰がやられた!)


翼なき竜を相手に、目を逸らすだけの余裕も声を発する余裕はもはやなかった。

そして、声なき問いに答える者もいなかった。

だがじきに、私も誰が欠けたかに気づいた。

翼竜の動きに気をかけていた短剣使いの従騎士が姿を消していたのだ。


(弓使い達も押されているのか……?)


翼なき竜の動きを意識して耳を澄ませる中、いつの間にか蹄が地を叩く音があった。

翼竜の相手を任された従騎士の中にいた、銀朱の従騎士のそれであろう。

翼竜を近づけさせないために離れていたはずだが、その音が大きくなっている。


(このまま動いていては翼竜に挟撃されるな)


突剣使いの少女も、眼帯の拳士も少しずつ疲労の色が見えてきた。

そしてそれ以上に、長剣使いの彼ヨルゴが何の仕掛けもできないままにいる。

この中で最も仕掛けを繰り返した私は、徐々に翼なき竜の嫌気を買っていた。


(意図に気づいてくれよ)


私は攻撃の調子を少しずつずらし、少しずつ翼なき竜と距離を取り始めた。

その結果、翼なき竜の前腕は、少しずつ私を捉えるのにずれが生じてきた。

そして、従騎士たちもそれによって仕掛けの”間”が変えられていく。

二三度、翼なき竜の攻撃が明らかに空を切る。


そして、翼なき竜は長剣使いに擲弾を飛ばした直後私に突進してきた。

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