三の幕 壇上にて-1 往かん、灰色の街

鋼球と、銀朱の指揮官に率いられ、従騎士たちは街を出た。

この街カルタキアから出るのも、何度目になるか。

街のささやかな城壁を越え、歩き出した時にふと考えていた。


最初の大仕事を前に、気心の知れた同輩と敵を探るために街を出た。

迫る機兵を前に、先陣を切る暴牛においていかれた時もあった。

働きづめの従騎士に息抜きを勧め、肩代わりの警邏として来客の誰何に立った。

機兵の根拠地を探るべく、他所属のものと歩みを共に荷物を背負い出立もした。


そして遂に、浄化を目指して灰色の城墟を目指す。


踏みしめられ、固められた街の周囲は幾許か穏やかな風が吹いていた。

かつての防衛戦のあとも、目を凝らさなければ気づくこともないだろう。

もっとも、街を直接脅かす脅威は様々に形を変え、今も止むことはないけれど。


(だから、私は無力なのか?)


違う、と、ふと浮かんだ思いに首を振る。

果たせたことがあると、勲語りに喜んだ者達の顔を思い浮かべる。


(彼らは、わたしのごまかしに気づかなかっただろう?)


自らの行為に思い当たり、私は生唾を飲みこんだ。

一人表情を変えていることを気取られぬように、日除け代わりの頭巾を深くかぶる。


(期待を裏切った。答えられなかったのがわたしだ)


踏みしめた足の感触が変わった。

まるで飲みこまれていくかのようなそれに驚いてみれば、たいしたことはない。

ただ、街の域を超えて未開な砂原に踏み込んだだけだったのだ。

乾ききった砂が足を取る、それだけのことだった。


(怯える理由は、そうじゃないだろう?)


陰鬱な思考が止まない、けれど足を止めることはない。

行軍の時に、行動と思考を分けるのには慣れていた。

せいぜい、けれど確かに四年、傭兵として生きるうちに覚えていたことだった。

厄介な砂に幾度足を取られても、止まることはなかった。


だからこのときは、思いはいつの間にか掻き消えていた。


・・・・・・


砂原の光景さえも魔境に近づけば様相を変えた。

一度歩いた、ひび割れた土瀝青アスファルトの道を踏みしめる。

舗装の下にあるものは、ここではないどこかを真似た土の色。


その一切を無に帰すために、我らの世界を取りもどすべく足を進める。


「み、みなさん。戦闘の準備を!」


斥候役を名乗り出ていた従騎士の一部が、息を切らして駆けてきた。


「伏兵?ただの機兵ならお前たちで十分だろう?」

「い、いえ。ぼ……私達の交戦したことのない、特殊な個体です!」


気怠そうに隊長が答えるも、やってきた者達はすぐに言葉を補う。


「それとわかる特徴はありましたか?」

「直接目にしたわけではないのですが……混沌と異なる力を感じました」

「魔法ってことか」

「いえ、むしろ……聖印のような感覚を得る、奇妙な混沌核です」


銀朱の主は、自らの発した問に対する答えに困惑したようにも見えた。

一方でにやりと、隊長は笑った。


「よし、早い者勝ちだ。もっとも、あんまりにも雑魚ならくれてやる」

「タウロス殿、既に街内です。隊列を延びさせるのは」

「なに、分断されるような奴はここの主相手じゃ役に立たないだろう」


そう言って、一番に彼は駆けだしていった。

銀朱の主も彼の行動にため息をついたものの、直ぐに追いかける。

置いていかれるわけにもいかない、そう思い従騎士たちも足早に後を追った。


・・・・・・


人並みには行軍に合わせられるほどに鍛えてある。

それでも、ことに戦闘が待ち構えているという中では足どりも鈍る。

首魁に遅れるまいと駆けていった者もいたが、私は追いつこうとはしなかった。

あるいは同様に考えたか、あるいは単なる惰性故か、同輩の中に同様のものもいた。


だが先行した者から困惑した響きの声がきこえたとき、私はすぐさま足早に進んだ。

けれど私が追いついたころには、隊長は得物を振り上げていた。


「全員連れてけ。俺は今から『全力』を出す!」


銀朱の主に私達を任せ、彼は四体のヒトガタを相手に飛び込んでいく。

敵の姿は、あたかも大陸の名だたる君主の如く。

異界における邪紋使い―蜃気楼か、英雄纏いか、のようなそれが構える中。

聖印が獰猛に輝きを増し、振るう鋼球は光を吸い込んで風船のように膨らんだ。


「おおおおっ」


鬼神の如く、鬼気迫る声をあげて四体の中央に立ったかとと思えば。

目にもとまらぬ速さで巨大化した鋼球が振り回される。

幾度もヒトガタの武器と打ち合ったからか、あるいは吸い込んだ光を噴き出したか。

鋼球の切り裂いた空気がごうごうと音を立て、火花が散っていた。


だが、緑髪の青年を模したヒトガタが、他三体への攻撃を受け止めいなしていた。

万軍撃破、鬼神・修羅と称される聖印の力の果て、それを受けても立っていた。

隊長は楽しげに笑い、ヒトガタ達も躊躇わず応戦した。


双つ剣を嵐のように振るう褐色肌のヒトガタは、あたかも暴風の如く。

一つ剣を構え、丹念に避けがたき場所を突くヒトガタはあたかも疾風の如く。

三つの刃筋をかいくぐり、息をつかんとすれば振り下ろされる大斧は土瀝青を割る。

そして、それらを打ち砕こうとすれば阻む盾一つ。

それでも、隊長はなお互角に渡り合う。


それを見て銀朱の主は後続に事態を伝え、この場を隊長に任せさらに進んでいった。


全力を出すと言ったのだ、彼の傍には誰も立つべきではない、立ってはいられない。

銀朱の主―聖盾士パラディンの聖印を擁する者も彼の意図を理解して駆けていく。

私を含め、従騎士たちも、銀朱の主について駆けていく。

隊長と十分に距離を取りながら、けれど切り裂かれた風を頬に受けながら。


(刻まれていく疵に、堪えられるわたしじゃない)


彼らの戦いを感じたせいか、ふと思いがよぎる。

あるいは聖盾士の抜かれなかった得物の鞘にある、古びた矢傷を見たせいだろうか。

日焼けに差す陽光か、風に乗った砂が切りつけたのか、ちりちりとどこかが痛む。


後方に置き去っても尚響く剣戟は、刃金を傷つけあって互いの得物に火花を散らす。

ヒトガタは、恐らくは魔境の主に命じられた通りに、あの暴牛を前に立ち塞がる。

あの武器のように、ためらわず鉄火の最中に振るわれるもので在れているだろうか。

ヒトガタのように、身を削らせてその役割を果たすものになれているのだろうか。 


ふと、此処にいない同輩のことが頭によぎった。


涙を流して、わたしと共に過ごすことを喜んでくれた子がいた。

私は、あの子のためにできることがあるのだろうか。

あるとして、本当にできているのだろうか。

湧き上がる思いが、止まらないままでいた。


彼を置いて、私達は魔境の主を目指して走り出した。

私がいたところで何も変わらない、けれど分かっていても後ろ髪をひかれていた。


(……その前に、生きてないとね)


何故か、彼らの面影を重ねていた、重なっていた。

その予兆なんて、無いと思っているはずなのに。


『この世界は勝ったやつが全てだ』

『だから誰よりも強くならねぇとな』


(思い出す言葉に、応えられるわたしじゃない)


何故だろうか、浮かぶ思いを止められずにいた。

力をもらったはずの言葉が、私の足を止めようとしているようにさえ思えた。

渦巻く何かに身を取られ、足が幾度ももつれそうになる。

なれているはずなのに、足を止めてしまいそうになる。



(行かなければいけない所は、そこなのか?)


きっとこれが、本当の……

そうして、同じ調子で走っていた同輩に遅れそうになった時



《そっちは、任せたぞ》



確かに、声がした。

けれど、声の主ははるか後方で、聞こえるはずの剣戟の音はもはや届いていない。


「いや〜、そんなこと言われても困りますよ〜、タウロス様〜」


しかし、苦しげにも見える顔で、隣を走る同輩も虚空に向かって呟いていた。


 ならば、これは決して幻聴ではない。

 だから、わたしは応えなければいけない。


「行こう」


思いよりも先に、口から言葉が出ていた。

彼の顔は見えなかった。

けれど、誰の足も止まらなかった。


(行ってきます)


心中に浮かんだこの思いも、足を止めることはなかった。

そして、私達は魔境の主に相対する。

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