二の幕 先触れ 次なる任務、探るべき物への糸口

機兵からの防衛戦から一週間余りが過ぎ、街は少しずつ緊張の糸を緩めていた。

一方、隊舎の掲示板には次なる任務の指針が張り出されていく。

中には見覚えのあるものも残っていた、困難さゆえか完遂できなかったのだろう。


「どうする?同じやつを相手しなくてもいいそうだ」

「というより他所に回したいんだろう。機兵の弱点も見抜けたことだしな」

「隊長もしばらくは街中にいるんだと。食堂?だか何だか作る手伝いだそうだ」

「隊長が?珍しいなぁそりゃ」


掲示を見たものはそれぞれに感想を述べつつ、時に添えられた染糸をもっていく。

少人数で活躍した事例もあり、そのために用意された目印のようだ。

もっとも身分を隠す都合や美意識から、使わない者も多そうだが。


「で、お前はどうするんだアルエット?」

「隊長についてくんなら街か?お前炊事もできるしな」

「いや、機兵の巣に行く」

「珍しいな、うっかり死ぬんじゃないぞ」

「なに、わたしでも壊せた相手だ。深入りしても逃げるだけならなんとかなる」

「ほーん。だがまぁ、ファニル達も核探しは上手く行ってなかったし気ぃつけとけ」

「あぁ」


潮流の長による偵察は酒場ではさほどの尊敬を集めなかった。

だが当事者たちにとって重要な情報であり、敵についての情報もある。

他の理由もあるが、勝手知ったる相手の方がやりやすい。


「それにしても隊長が飲食街造りか、らしくないな」

「やっぱそう思うか。飯の美味い連合のが音頭をとるのは分かるけどな」

「今は仲違いしているそうだし、どっちかっつうとなだめ役かね」

「それこそらしくないな、想像できるか?」

「それもそうだな。決着付けるために喧嘩しようぜとかのがらしいよな」

「ならマジで舌をあてこんだのかねぇ」


あるいは、貴族趣味に逸れることを敬遠したのだろうかとふと思う。

此の地の者に向けた店に限らないとはいえ、この街に来る貴族は稀だろう。

比較的民草に近いのは教会や海賊達だろうが、上客にはなりにくい。

傭兵も大概だが、これからも兵力の幾らかをそうした者で充てるなら悪くない。

もっとも、単なる憶測に過ぎないのだが。


「施設といや、女男爵が書庫を開けたそうだな」

「血盟の従騎士が張り紙をくっつけてたなぁ、俺は本が読めねぇから行かねぇが」

「一応聖印持ちなんだし、もう少し文字やら覚えたらどうだ」

「面倒だなぁ、肉か魚か、剣か農具かわかれば十分だろ」

「そう言うな、アルエットでも読めるんだぞ」

「いやあいつ協会にいたんだろ?比べんなよ」

「……そもそもわたしの頭の出来はこいつと同じ扱いか、おい」

「あぁいや……あーっと」

「何だ、どっちに失礼だと思った?」

「そりゃあその……えーっとなぁ」

「「今度おごれ」」

「わかったよ。まったく勿体ねぇことしたなぁ」


ばつの悪い顔をしているが自分の浅慮を恨め、全く。

ともあれ、書庫は依然訪れたもののすっかり頭から抜けていた。

協会に比べれば蔵書の質に難はあるものの、貴重な情報源なのは間違いない。


(あるいは、何か見落としに気づけるかもしれない)


そう思い、わたしは彼らと別れ、一人書庫に足を運ぶことにしたのだった。


・・・・・・


幾つかの書架に、簡素な装丁の本が並べられている。

そのほとんどが血盟が成立して以来の10年に書かれた物だ。

この街が記録を安全に保管できるようになったのは、やはり最近のことなのだろう。


(あるいは、禁書とされた中にはあるのかもしれないけれど……)


率直に言えば興味はある。

けれど、いっそ過剰なほどに巡回する従騎士もいる中で危険を冒すほどではない。

少なくとも今回、機兵の巣についての情報のためには。


(ともあれ、最初に手を付けるとするなら)


蔵書をどう分類しているか、それは前回後輩を手伝った時に見当をつけていた。

ここに記された多くの記録は誰かの回顧録で、著者毎にまとめられていた。

つまり、求めている事物を書きそうなものに目星を付けなくてはならない。


(あの時は街の拡大のために探索に出た者達を狙った、だけど)


彼らの記録は今回は役に立たないだろう。

既にわたしも機兵と戦ったのだから、その時の経験と大して変わらないはずだ。

だいたい、本陣で指揮を執った者たちがそれらを閲覧していないはずはない。

あのとき、熱への弱さが見つけられなかったということはそれらの質も知れている。

陣地構築の呼びかけをした従騎士たちも閲覧していた以上、調査不足の線もない。


(交戦や遠征の記録でなく、見落とされているもの……か)

(市場の動向?いや、そもそも価値のある記録なら公共の場所から遠ざけるだろう)

(訪問者の言行録から風変わりな異物を探す?ろくに交流のなかったここで?)


そうして、探すべき本の目星をつけようと思案している最中、ふと歌声が聞こえた。

子供たちの遊び唄、その中出てきたのは先日の”英雄”達。


(あぁ。質は悪いが、見落としになりうるものがあったな……)


ときに真実を記すべく、記録は残される。

だが如何に言葉を尽くせども、世界の断片を完璧に記述することなど叶わない。

まして混沌という揺らぎ以外に共通することのないものに連なる事象ならば。


しかし、それでもより良きを求めるものだ。

手段を尽くし、後世のものに教訓を伝えるべく。

だがどうやって?


 例えば、信頼に足るというために基準を設けて。

 例えば、信頼に足らぬという付言を添えて。

 あるいは、真実といえぬものを捨象して。


公式な記録として、書庫に残せなかったものがある。

しかし、この地に残るのはモノだけではない。

なら、わたしの得意なことをしようか。


・・・・・・


「機械兵の魔境を見たことある奴を探してる?ボケた爺くらいしか知らねぇなぁ」

「小さい頃、言いつけを破って入ろうとしたけど……塔くらいしか覚えてないわ」

「あの魔境?近づこうとしたらでかい声で喚かれたんだよ、誰かって?さぁ?」


街を巡り、わたしは生き残った人々の曖昧な言葉を集めた。

それ自体の正しさは不確かだ、なるほど記録とする価値はなかった。

けれど、彼らの垣間見たものを織り合わせていくと、曖昧ながら風景が浮かんだ。


 天を衝く、混凝土コンクリートの高楼

 地を覆う、土瀝青アスファルトの舗装

 ヒトなき街に鳴り響く、知識の高楼バベルに下された保護と殲滅の命令)


知識の高楼バベルと呼ばれた知識持つものを、わたしは知らなかった。

けれどわたしは知っていた、異界の文明が築いた街並みのことを。

奪われた多くの中に残った、不確かで曖昧な過去の中に。


(では、どうやってそれを打倒する?)


今回の目的は探索だ、何もこの手で魔境をどうにかする必要はない。

けれど何のために探索するかといえば、混沌核を浄化し魔境を消し去るために。

敵意のみ宿る灰色の街を如何に踏破するか、考えを尽くさねば命は尽きるだろう。


(会敵を避けるべきか?交戦やむなしと諦めるべきか?)


街に迫った鉄の奇兵が街に溢れる様を空想して、一人嘆息する。

彼の暴牛すら流れに掉させなかった敵に、この細腕で何をする?

けれど彼は彼の地に行かない、任されたのは、委ねられたのは従騎士わたしたち


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