一の幕 後騙り-4 裁きの光 星屑の核にして啓示の先触れ

さて、一部については無理に語らないことにしよう。

わたしはそう思いつつ、仕上げに移る。

この戦いの幕引きへ、此の一幕で終わらせよう。


・・・・・・


「さて続き。だが、彼女らが駆けだしてからしばらくは見えなかった」

「なんせ、三か所くらいで砲声がして、私の視界は土煙に埋もれたからね」


「おい、あいつらは無事なのか」


「騎士は駆けだす大本営に、でも、私はしばらく見失った」

「連中、幾らかの知性を持っていたか。一番の脅威に目を向けたのさ」

「けど、そいつも半刻も立たず止んだ」

「理由が分からないで首をかしげてたんだけどね、あとになって分かった」


「理由?」


「それぞれに立ち塞がった勇士がいたのさ」

「勲一等のツァイス一党と、鋼球のテュール達、そして未だ名乗らざる君主達」


「ん、最後のは何があったんだ?」


「さぁねぇ、街の評判も自分からの披露もとんと聞かないのさ」

「もしかするとごくわずか、なんなら一人だったのかもねぇ」


「おいおい、隠してないで教えてくれよ」

「この人に追加で酒を一杯、な、これでいいだろ」


「ありがとう、だが本当に知らないのさ。申し訳ないけど」

「さて、テュールの相対するは後方の一塊」

「片角剛腕なる【暴牛の】タウロスに追いやられ、”前に逃げた”奴ら」

「穿たれた鎧はもはや役立たず、ただ打ちのめされていた」


「ん?傭兵は囲われて総崩れになったんだろ?」


「あぁそうさ。けど、あの暴牛は鬼神か何かの血を引いているんだろう」

「その大鉄球は何重もの鉄を重ねても穴をあけ、一人でいくらでも戦えた」

「後退した傭兵のうちでも、粒ぞろいの奴らは仕留め損ねた奴を食い荒らした」

「死肉喰らいと侮るなよ、鎧こそなくとも、鉄塊たるその腕は骨を割るんだ」


「へぇ。あいつらにも見せ場あったんだな」


「そして勲一等のツァイス一党が合いまみえるは主攻たる”大群塊”」

「賢にして勇なる先触れスーノが見つけ、果敢に切りかかった連中」

「今更語るまでもないだろう、あるいは、じきに誰もが語りだすさ」

「盾兵アルスの活躍も含めてね」


「あぁ、聞いたことあるぞ、あいつらの話」

「ツァイスってあの眼帯の兄貴か、そりゃあ強ぇよなぁ」


「で、よく分からなかった連中は本陣に最も迫った一群でね」

「倒され方は派手だったけど、どうしてそんなとこにいたか分からなかった」

「えらい急いで進んでいたようだったから何かを追っていたようで…」

「つまり、誰なんだかさっぱりわからないんだけど、確かにいたのさ」


「いったいだれなんだろうな、そいつ」


のちに、わたしは彼に会うことになる。

敬虔なる星屑の信徒である、彼に。

けれど、その時のわたしは知る由もなかった。


「ま、テュール以外はまだどう戦ってたか聞いてないんだよねぇ」

「なんにせよ、彼らなしにゃ流石の騎士アレシアも黒い土に埋もれてたかもしれぬ」「だが彼らがいたことで、攻勢の時はすぐさま来た」

「それを伝えた駿馬たりえるのは、彼女を置いて他にない!」


「そうか、まさに彼女らはこの戦いの英雄ってとこだな」

「ところで、嬢ちゃんはあの戦場で何をしていたんだい」


「あー……ま、派手なこたなにも?」

「ひたすら柵や囮を直して、穴をほっては泥濘に水を通してたよ」


傭兵として前に出て、隊長に追いつけずバラバラになってから私は後退した。

そして、敵の目を引き付けるための戦場づくりに駆り出されていたのだ。

まぁ、言わないことがあってもいいだろう。


「町の防衛のために働いていたということか」

「地味だがまぁ、あの危険な戦場で働いてたのか。よくやったよ」


「そりゃどうも。ま、敵を減らしてくれるって信じてたからね」

「それに、あの景色を見れるなら命を懸けるのも悪くない」


「あの景色?」


「おっと、急ぎ過ぎはいけないよ。先の楽しみが奪われる」

「とはいえ、悠長にするのもなんだ。再開しよう」


「騎士の一報は本陣を揺らがせた。此度の戦いを終える最高の手掛かり故に」

「選ばれたる人員は信心深き騎士たち、それを統べるは決心せし修道士殿」

「……即ち、十字軍の総帥レオノール・ロメオ卿その人だ」

「この地の主、血盟の長たる閣下すら超える巨大な聖印の持ち主」


「その手に宿るは聖罰者の聖印」

「先に語りし乙女と同じといえど、その差は明らか」

「織り上げたる輝きはいかな教会のイコンも及ぶまい」

「そして、まず一度、流星が裁きを下した」


「おー、それが最大の聖印か。格が違う。」


「星の降りたる跡がどうなったかは、私より敵のが知ってるだろう」

「なんせ、三つの砲火の一つを止ませたのがそれだ」

「それと忘れちゃいけないのが火矢勢だ」

「潮流の長も銀朱の長も弓の得手でないから、多分従騎士の有志なんだろう」


「ん?火矢が必要だったのか?」


「彼の修道士殿も、目の届くところにしか裁きの礫を下さなかったようでね」

「おそらくは、傷ついたものが取り残されていることを憂いたのさ」

「そうすると生まれる間隙があるわけだが、それを埋めていった者達がいた」

「まぁ、目の届く限りは聖弾の雨が降り注いだわけだが」


「さて、そうなると様相は掃討戦だ。」

「加護深き流星が鉄の殻を破り、火矢は悪意を炙る」

「もはや勝利に疑いはない」

「そして、正義が悪を討つ激流の中、一騎飛び出す者がいた」


「おっ、またあの騎士様か?」


「騎士アレシアなら勲一等は彼女だったろうが、流石に疲れ切っていたらしい」

「では誰か、東方より来るもの、潮流の長ジーベン殿だ」


「ん、今更後始末に出るのか?」


「いや、彼は”その先”を見ていたんだ」

「逃げ惑う敵を打ち壊す”暴牛”のその向こう、幸運な逃走者を彼は許さない」

「脱兎が巣穴に逃げ込むその直前までその脚は止まず、辿り着くは無人の魔境」

「そう、砂に眩む敵の本拠を、ただ一人その目でとらえたそうだ」


「そこまで考えてたのか!!さすが部隊長、格が違う。」

「そしたら次は本拠の壊滅作戦か」

「「いいぞいいぞ」」


「で、だ。およそ総ての剣戟が止み、勝鬨の声が響く頃」

「私はやっと、願っていたその景色を見た」


「その景色とは」


「世界が取り戻される様さ」

「混沌によって乱された景色は、混沌核の浄化か消滅で消えるとよく言う」

「だが、わたしはそう思わない」

「混沌の浄化の後、必ず一息の風が吹き、世界に入り込んだ乱れが戻る」

「その瞬間があるんだ。すべてを知る風が、世界の復活を告げるように」


これを霊感と呼ぶのかは分からない。

けれど、確かにそれはあるんだ。

これだけはずっと、確信している。


「世界が取り戻される様子...か。俺にもわかるのか?」


「ん、まぁどんな人も必ずそれを知る機会が来ると、わたしはそう思ってるかな」


そう、全ての混沌の消える時。

皇帝聖印のなったときならば、世界は鮮烈に変わるだろう。

わたしはそう信じている。


・・・・・・


「と、まぁこんなところで」

「若き君主たちは見事この地に迫る奇兵の群れを打倒したわけさ」


そういって私が締めくくると、聴衆からの声は止まなかった


「良かったぜ嬢ちゃん、楽しかった」

「風の吹くとき、か。楽しみだな」

「お礼に酒をもう一杯どうだ?」


「あっはっは。他人から貰えるならよろこんで」


「よしわかった、酒を一杯」


そうして私の前に集まる杯から目をそらすと、彼女がいた。


「やあ、アルエット。首尾はどうだったんだい?」


彼女と、我らが先触れとの話は残念ながら語れない。

注がれた酒の中に沈んで行ってしまった、ということにしてほしい。




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