一の幕 後騙り-3 降りてきた天恵 潮目の変わるとき

あの戦場で、事前に立てられた策があった。

だが、わたしはそれを語らない。

第一に、それを直接聞いたわけではないから。

そして正直に言えば、彼女がいればより良い立案もあったと信じているから。

だから、こうして私が語るのは戦場に立ったものの騙り事に過ぎないのだ。


(今度は随分と盛り上がっている、この調子で続けたいものだな)


騎兵の活躍に興奮する姿を見て、騙りを楽しむ自分を受け入れて。

君主の隔絶を如何に騙るか、わたしは思案する。


・・・・・・


「さて、敵の侵路は決し、その全軍は、此方の築き上げた陣地に迫らんとしている」

「足を取る泥濘、積み上げた堅土、突き立てた馬止柵の向こうに射手の陣地」

「しかし未だ一手がたりぬ、一騎当千の戦士に迫る万の軍勢を退ける一手」

「此度の戦を左右するそれは、祈り続けた一人の乙女のもとに下された」


「彼女の名を私は知らない」

「彼女が何処から来たかを私は知らない」

「彼女にその力を下された理由を私は知らない」

「けれどそれが何かは知っている―君主の偉大なる力、天恵ギフトだと」


「世界を救う秩序の鉄槌、この世界の備えるこの世界を超えた奇跡の力」

「その力は君主の祈りに答える」

「その力は君主の心を映し出す」

「その力は、彼女の願いに応え、その姿を顕した」


「その手を挙げ、祈りの言葉とともに顕れた聖印は空に星を呼んだ」

「儚く、瞬きの間に消える一瞬の光」

「しかしそれは見紛うこと無き天恵の一撃」

「混沌を討つ聖罰者パニッシャーの如き聖弾である」


君主ロード有り様スタイルは、いくつかの類型によって大別される。

聖罰者パニッシャーは混沌に由来するすべてを標的とし、それを挫く力を振るう者達を指す。

実際のところ、今の彼女はそれに値するほどの力の持ち主とは言い難いようだが。

これは騙りごと、あまり細かいところまで気にすることはない。


「聖弾は鉄殻を赤熱させ、その奥に潜む珪素の目を白く濁らせた」

「そう、いかなる刃も衝撃も通じぬ鉄の殻。されど熱は止まらず最奥に至る」

「精錬され、洗練された文明の産み落とした存在故に、ただの火矢すら致命となる」

「鉄殻を貫けぬ射手達によってすら、彼の敵を仕留める術がここに示された」


もっとも、これは彼らが投影体だからに過ぎないのかもしれない。

投影体はこの世界に入り込んだ虚像であり、本来備える性質そのままとは限らない。

それ故にこの世界では維持できない技術も保持しうるが、再現できないものもある。

そうした歪みなのか、彼らの備えた欠陥なのか、それは判断できないのである。


「そして、希望の星に気付いた君主がいた」

「疾く戦場を駆けたもの、よくよく戦場を眺めたもの、そう、それは」

「騎兵アレシアその人と、愛馬アクチュエルであった」

「馬首を翻し、ひたすらに乙女のもとに駆けた」


「いいぞー」


「しかし、それこそが最も大きな隙である」

「忘れたか諸君、彼の機兵はある向きに進む者を根絶やしにせんと動き出した」

「聖女の目が、騎士と目を合わさったその時、後背に迫る敵をも見た」

「騎士アレシアを守らんと、奇跡を掲げた乙女に敵の牙が迫る…!」


「おいおい、どうなっちまうんだ!?」


「そりゃあ、彼女がそこで死んだなら、銀朱は弔旗を掲げてるだろうさ」

「けれど……けれどそうはならなかった」

「敢然と立つ凛々しき乙女。掲げた聖印から燐光が放たれ、鉄の殻を焼き穿つ」

「それはまるで極光の如く、敵を覆い尽くす天幕のように」

「それはまるで烈日の如く、敵を刺し貫く聖なる光」


「おおぉぉ」


「ここでつかんだ勝利の手掛かり、無くしてしまうわけにもいかぬ」

「騎士は背中を見せぬもの。それでも、行かねばならん時がある」

「聖女に手を伸ばし騎士は言う」

『死地を駆ける、どうか我が手をお取りください』

「聖女はただ、その手を伸ばす」

「さぁて行くは大本営。待つは指揮官、愛馬はかける」


「……ここらで、のどがかわいてしまったなぁ」


・・・・・・


「格好いいぜぇ。このまま進めどこまでも」

「喉が渇いたってなら一杯奢ってやらぁ」

「そうだな。だから続きも頼むよ嬢ちゃん」


「ありがたい。千夜語れる詩人でも飲まずにやるとはいえないからね」


ひといきに飲み干して一度辺りを見回す。

続きをせがむ顔に満足し、わたしは次を如何に語るか思案する。

正直に言えば、ここからの混戦を全て理解しているわけではない。

とくに勲功一等たる一党について、さっぱりわかっていないのだ。


中でも一歩抜けたる船団の盾兵ツァイスと、彼と行動を共にした金剛の剣士スーノ銀朱の盾兵アルス

そのうち二人と面識はある、そのうち一人の戦法は知っている。

しかし、彼がいかに連係するか、二人の盾兵がどう前に出たのか。

それが全く浮かばないのである。


双剣の担い手はある意味で完成を見ていた。

それを高め、彼を追い抜くほどの動きを語ることができないならば。

いっそ黙して他人の語りの糧としよう。

やむを得ず、そう決断したわたしは次の幕に移るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る