一の幕 後騙り-2 銀朱の名を背負うもの

「さて、再開するとしよう」

「なに、敵の牙はお前達に届くことはない。安心してわたしの語りを聞くといい」

「よもや、怖気付いたわけでもあるまいな」


暫しの時を置いて、あえて揶揄うような口調でわたしは再び口を開く。

……よもや、ここまで重苦しくなるとは。


「よし、とことんまで聞いてやらぁ」

「つまんねぇとこで終わらすなよ!嬢ちゃん」


覚悟を決めたのか、あるいはこんな小娘に挑発されたことに吹っ切れたのか。

まぁ、付き合ってくれるならよしとしよう。


「では始めよう、銀朱の名を背負う者が如何に駆けたかを」

「押しつぶす群れを前に、人は如何に戦ったのかを」


・・・・・・


「歩みを止めない大群がこの街に迫る」

「それを知っていた我々は考えることを止めなかった」

「なにを手掛かりにこの街を目指すのか、いかにしてこの街を目指すのか」

「しかし答えは見つからない。あれがいかなるものか、あまりに知らなかったから」


「故に彼女―騎士アレシアと意志を共にする騎兵は”それ”を求めた」

「アキレウスを蹲らせる術、バルドルを傷つける術」

「即ち、死より遠きものを死に至らしめる手段」

「精鋭を束ねてもなお駆逐しえぬ敵を、退かせ、殲滅する方法を」


「そういや、騎士団長は何してたんだ?馬に乗ってたのか?」


「いや、あの人は本陣の守りに勤めていた」

「あの方なら、城壁への砲撃を一人でさばけるらしいからね」

「ま、結局そうならなかったんだけど」

「どんな曲芸をすればできるかわたしにはわからないけど、誰も疑ってなかったよ」


「チェッ、そいつは残念だ」

「よせやい、そんなことになったら俺たち死んじまうぞ」


そんな話を他所に、騎士アレシアについてわたしは語りだした。


「彼女は愛馬に鞭をうち、馬止の柵をも飛び越えて駆ける」

「彼女はその手に槍を持ち、馬上槍は風を切って音を立てる」

くろがねの群れに幾度ぶつかれどその脚を止めない」

「彼女は答えを探し、愛馬はそれを支えるべく進む」


「彼の騎士たちは傭兵たちと同じく、一騎にして数多と戦いうる」

「しかし彼らが傭兵と違ったのは、一騎で敵の群れを突破できたことだ」

「足を止めその武器を振るわねばならぬ傭兵達と違い、風のように騎士は駆ける」

「彼らは傭兵の戦い方を見つつ、一騎毎に新たな戦訓を見出した」


歓声を上げる酒飲み達、存外簡単に盛り上がるものだ。

そう思いつつ一旦間を置いたところ、そのうちの一人が問いかけてきた。


「なぁ嬢ちゃん、結局なんで騎兵は敵を切り抜けられたんだ?」

「む……。馬を見たことや、騎乗したものを見たことはあるな?」

「そりゃあな、珍しいけれども領主ソフィア様とかが乗られるこたある」

「馬の重量と全身鎧。そんな重量の塊が、駆け足程度であれつっこんで来れば……」

「なるほど。つっても奴さん、鉄の殻を持っているんだろう?」

「鉄の殻”だから”だ。避けられず、さりとて砕けず中身から衝撃を逃がせないのさ」

「なるほどぉ、悪ぃな止めちまって」

「なに、気にするな」


代わりに一杯と言いかけるのを抑え、再開しようと身振りで他の意識を向ける。

得心した様子の男は何もせずこちらを見ている。

……まぁ仕方ない、再開といこう。


「さて、騎士たちの見出した戦訓のうち最も迅速に使えたものがあった」

「まず第一に、敵は皆歩いていた」

「その身体についた奇怪な四肢は、段差の類では止まらない」

「奴らは目的地まで最短の経路を好み、足を取られる泥濘にも構わず立ち入った」


「そしてもう一つ、敵は街の人間を殺すことを最優先にしていた」

「故に街から遠ざかる動きは無視していた、後方が押しつぶす算段だったのだろう」

「だから傭兵達は無視され、実際に分断されてしまった」

「それに気づいた騎兵の助けで、一部の囲まれた兵は敵方に進んで陣形を整えた」


「一方で、街に向かう向き、あるいは巡回する動きはどうか」

「これは目にも明らかだった、奴らは即座に人間めがけて進路をずらしたのだ」

「敵の合流を防ぎ協力することを許さない為だろう」

「だが冷血な彼らには知識こそあれ知恵はなかった」


「最後の一つ、奴らは水流と矢の雨を区別しない」

「彼らにとっての脅威でなければ、何があろうと気にしない」

「彼らにとっての脅威になるなら、我々の用意した意図を探らない」

「即ち、例え泥濘が間にあろうとも敵の姿を見ればたちまちに殺到する」


「よって彼らはその進路を操作された」

「馬止の杭を打ちたてて、即席の堀に諸々を流し込み待ち構えた此方の陣地」

「時間がなく、故に本来ならば穴だらけの布陣だ」

「しかし銀朱の騎兵がその弱点を覆い隠した」


「敵陣に突進した騎兵は敵の両翼を覆うように動き、しかる後に反転した」

「これまでの突撃で、奴らにとっては十分に脅威に見えるそれが街を目指す」

「そう、討ち果たさんと追いすがるうちに奴らの先陣を操るのは銀朱となった」

「敵の突端は絞り込まれ、こちらの築いた陣地に殺到したのだ」


歓声が上がる、傭兵の活躍からの苦境で落ち込んでいたのが嘘のようだ。

従騎士アレシアの名を上げて乾杯に勤しむ者さえ出てきた。

まだ彼女の出番はあるのだが、はてさて。

とはいえ、これなら”盛った”甲斐もあるものだ。


実際のところ、ここまで挙げた戦訓に気付いたのは騎兵に限らない。

敵方に進めば無事だと言うことに気付いて陣形を整えたのは【隻腕振るいテュール】だ。

だが、先の話で侮られている彼を出すよりは銀朱の手柄にした方が聞こえがいい。

どうせ、彼の活躍の場はもう一度ある、幾らか事実を差し出させても構うまい。


「奴らとて街を包囲するには数が足りなかったが、街を守る数はさらに不足だった」

「しかし銀朱の戦場の知恵により、数の優位の一端が崩れた」

「即ち彼我の戦力は今、一塊となってぶつかり合おうというのだ」

「だがそれだけでは一手足りぬ、一騎当千を百並べても、百万の敵には足りない」


「けれど今この時が示すように、我々は勝利した」

「さて、戦場を懸けた騎兵に見抜けなかったもう一手とは何か」

「次はそれを見出したものについて語るとしよう」

「ただ少し休ませてくれ、こうも喋り通しではいくらか辛いのでな」


そう言ってわたしは息を整え、飲みさしを空ける。

わたしの意図に気付いた一人が麦酒を一杯、別な一人が何かを頼んだ。

どうやら森界の投影体エルフの焼き菓子を真似たものらしい。

とはいえ紛い物では、確かに腹を膨らませるにはいいかもしれないが……

そう思っていたわたしの予想は良い意味で裏切られた。

溶かしたチーズを加えたそれは程よい食感で、麦酒を流し込めば幸福に満たされた。


活力を取り戻し、意気を吹き返したわたしに彼らの視線が注がれる。

さて、残りは半分といったところか。

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