一の幕 後騙り-1 くろがねの群れ、前に立つもの

「よぉ嬢ちゃん、生きてたんだな」


酒場で安酒を頼んだわたしに、街の住人と思しき男が語りかけてきた。

少し赤らんだ顔はそこそこに酔っている様子、相手をしても害は無さそうだ。

生きてたなどと言ってくるとは、先の戦いに居合わせた不幸者だろうか。


「な、あんた君主様方がやりあってるとこから来てただろ、どんな感じだった?」


記憶を呼び起こそうとするわたしに構わず、酔いのまわった調子で男は話し続ける。

誰だったかも分からない相手に対して活躍できなかった話をしたところで……


「なぁ頼むよ、なんなら奢るからさ」


……まぁ、ただ飲み続けるより相手をしてやるのもいいか。


「あいよ、そう急かさないでくれ。ちゃんと話してやるからさ」


軽くため息をついて面倒ぶって、一席ぶとうとする内心は浮かれていた。


・・・・・・


私と男の会話を聞いてか、興味を持った幾人かが酒杯を片手に集まってきた。


「嬢ちゃん、あんま見ねぇ顔だな」

「前に来たことあったぜ。あんときゃ、どこぞの御曹司殿と一緒だった」

「つぅと大陸の御貴族様かね」

「や、商売相手みたいな感じだったし……」


「あー、はじめてもいいかい」


詮索されるのもなんだ、仰々しく、盛りに盛った話で忘れさせてやろう。

そう思い、あえて演技ぶった口調に変える。


「この地に迫る投影体、出でし故郷は如何な魔法師も知らぬ異界なり」

「その身は鉄に覆われ、流るる血液は黒々な油に置換されし異形なり」

「そして、その前に立つは鋼球走破隊とヴァ―ミリオン騎士団が騎馬隊」

「それは、此の地を救うべく海を越えし異郷のものなり」


「おぉ……なんか吟遊詩人みてぇだ」

「いいぞいいぞ。どんな奴がいるんだ?」


聴衆の反応も悪くない、ならばと口元を緩めわたしは続ける。


「そうさね。まぁ全員知ってるわけじゃあないけども」

「鋼球走破団。その名の由来は大鋼球を振るう隊長にあり」

「【暴牛の】タウロス。混沌交じりなれど示す聖印に一片の陰りなし」

「後ろに続く勇士も、一番槍のファニルこそ不在なれどいずれも劣らぬものばかり」

「【隻腕振るい】のテュール、【臓腑穿ちの】アレス、【膝砕きの】マルス」

「そして、それを支える従者も皆意気を上げていた」


「ほぉう。あの片角付きの、あの若さで隊長だったのか」

「隻腕の奴なんていたか?」

「どうだかな、あの傭兵たちなんだかんだ近寄りにくいからな……」


まぁ、私もその一員であることは言わないでおこう。

後方に下がらざるを得なかったとはいえ、こういうのは秘するが花だ。

幸い隊錬を見たことのあるものはいないようだし。


次は騎士団だが、彼女だけでは流石に隊長に及ばないか。

ならそうだな……増やすか。


「ヴァーミリオン騎士団。進取の気風は薫陶受けし英才を加えて織り上げたるもの」

「本陣を守る主に代わり、愛馬と駆けるはアレシア・エルス」

「決意を共にし死地を駆けた三騎もまた、いずれ劣らぬ名士なり」


実際のところ、あの時前線を押し上げた騎兵は彼女位だ。

だが、伝令に走っていた彼らも死地を掛けたのは事実。

一緒くたに紹介しても不満を言うこともあるまい。


「見張る高楼高きより、眼下を埋めるくろがねの群れ」

「意気高き勇士達へと、本陣より下る合戦の合図」

「走り出した彼らは誰に止められようか」

知識の高楼バベルの従僕共に、聖印の一撃を振り下ろす」


「おぉっ、いいぞー!」

「で、どんな活躍をしたんだ」


「急かすな急かすな。さて、わたしが最初見ていたのは鋼球だった」

「彼らの陣形は矢のごとし、突き進む隊長に聖印持ちが付き従う」

「従士は数人を除いてその後に二列ほどになって追う」

「君主のうちに弓矢や礫を使うものはあまりいなかった」

「故に、敵に正面からぶつかることになる。さて、どうなるか」


「あぁ?そりゃ乱戦になって」


いいやNon!、敵の一群に触れて最初に起きるのは『暴牛に引きちぎられた』だ」

はっきりと否定し、二の句を継ぐ前に語りだす。


「彼を【暴牛】たらしめるのは、戦線をずたずたに引き裂く暴風のごとき力」

「彼の片角に敵の刃が届く前に、彼らはその殻を穿たれ、叩き潰され、押し黙る」

「よしんば一撃を耐えたところで、【暴牛】は疾うに駆け去っている」


「さて、幸運な生者、といっても奴らは機械仕掛けだが。彼らもその末路は悲惨だ」

「頭を垂れたか、吹き飛ばされたか、地に伏した頭が見上げるのは彼の配下」

「振り下ろされた片腕か、臓腑を穿つ短鑓か、震える足を砕く戦斧か」


「いずれにせよ、整然なる機械仕掛けの行軍は反撃を許されず一方的に乱された」


次々と飛び出したわたしの言葉に、聴衆はごくりと息をのむ。

打倒されるべき敵であるはずなのに、彼らには薄く同情の表情すら見える。

……まぁ、踏覇者の君主の活躍を聞かせれば大概こうなるのだが。

とはいえこれは彼らに勝った英雄の話、敵の恐怖を思い出してもらうとしよう。


「とはいえ、一方的な蹂躙で終わるならばそもそもこの戦いが起こるはずもない」

「先んじて全て踏みつぶし、此の地に近寄ることすら許さなければよいのだから」


「ならばなぜそうならなかったか」

「力に劣る敵勢が、いかにして此の地に到達したか」

「答えは極めて単純だった、『彼らはただひたすらに多く、それゆえ止まらない』」


気付けば合いの手もろくになく、みなわたしの言葉だけを聞いていた。

故にこの一言がどんな意味か、酔った頭でもなお考えてしまったのだろう。

続く言葉が出る前に、幾人かは敵の恐ろしさに気付いていた。


「鋼球が道を阻むすべてを吹き飛ばしたとて、届かざる者は足を止めなかった」

「傷つく同胞に流す涙も縮む歩幅もなく、彼らはただ進む」

「取り囲むように進む敵へ、三度、五度七度と鋼球を振るい、傭兵はやっと気付く」

「『もとよりこちらを見ていない、ただ、この街を蹂躙すべく進んでいるのだ』と」


「一歩足を遅らせ、敵を打擲した【隻腕振るいテュール】が三列の敵に阻まれ引き離された」


「その壁を穿つべく突進した【臓腑穿ちアレス】に五列の敵が甲殻を重ね受け止めた」


「さしもの【膝砕きマルス】さえ、この敵勢に足を止められた」


「ただ一人【暴牛タウロス】だけが、敵の最奥に残された」


「敵の歩みは、止まらない」


「……おい。連中、どうなったんだ」

恐る恐る、気付いてしまった酔客の一人が問うてきた。


「私もこのとき殺到する敵兵をどうにかするので手一杯だった」

「おかげで、しばらく彼らの姿は見えなくなったよ」

「だからちょっと場面を変えて、もう一団、この戦場を駆けた者を語るとしよう」

「なに、この物語の結末は知っているだろう?」

「ただ、そこで何があったかを語るだけさ」


気休めの文句も入れたが、少し脅かし過ぎたか。

まぁ、わたしもここだけ聞かされたらこうもなるか。

さて、これから盛りに盛る英雄譚に、彼らの震える心はどう動くか……


あぁ。

気付けば、わたしは随分と語るのを楽しんでいるようだ。

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