隊錬光景 ”暴牛”と私
「なんだそれは」
始める前に、隊長が私に呼び掛けた。
隊舎を離れ、住人の近づかない場所に作った我々用の訓練場。
隊錬の終わり、くたびれた隊員を集めて始めるのは演武。
そこに、私はとても武器に見えないものを持って隊長の前に立っていた。
疑問はもっともだろう、私が構えたのは目印を付けた3 mの木の棒。
長さを三分する位置をそれぞれ両手で持ち、1 mずつの長さが見分けられる。
両手で持った場所から5 cm毎に印をつけて、手に持った位置がずれているか示す。
「勝つ気がないのか?」
「勝機など、一軍を揃えてももとより薄いでしょう」
「当然だな、ならなんでそんなもん持ち出した」
「これから起こることから、少しでも学んでほしいからです」
「そうか。なら、『最後まで立っていろよ』」
隊長がそう言って、演武が始まる。
まず一撃、彼は力任せに得物を振り下ろす。
まず一撃、聖印の力も、技巧すらもないただの力任せ。
それでも、私は避けきれない。
訓練用の模造品、刃のないもののはずなのに、掠めただけで皮鎧が削れる。
削ぎ落すことのできない彼の経験が、わたしの体力の半分を持っていく。
「ぐ、う゛っ」
「おい言ったぞ、『最後まで立っていろ』ってな」
隊長は余裕どころではない、始まったばかりなのだから。
にもかかわらず、私の息は整わない。
直撃こそないが、心臓は恐怖に高鳴り落ち着いてくれない。
膝こそつかなかったが、もう一発同じことになれば斃れるだろう。
だから、続けるのだ。
自分達の前に立つものが、どんな存在なのかを示す、その為の演武なのだから。
私は落ち着いた風に装おうとし、隊長に応える。
「ええ。予定通りに……次をどうぞ」
「あぁ、お前に言われるまでもない」
聖印が輝く、淡く、けれど確かに。
武器に一瞬だけ、輝きが宿る。
「動くなよ、一歩も!」
彼は狙いを定め、私の目の前に得物を振り下ろす。
動いてはいけない。
彼は外すために狙いを定めたのだ、目測が狂えばどうなるか。
迫る得物に目を閉ざすわけにはいかなかった、少しでも動かないために。
折れるほどに歯を噛みしめて、彼の得物が通り過ぎるのを待つ。
得物が大地に突き刺さる、土がまるで噴水のように湧き上がる。
30 cmも食いこんでいなかっただろう、それでも、吹き飛んだ土は私よりも重い。
聖印の力、大軍を吹き飛ばす暴威の拡散。
暴風と例えられる、
抉られた領域は、彼我の間全て。
私の手にしていた木の棒は、印をつけた部分から先95 cmが無くなっていた。
微動さえしていたなら、私もそうなっていただろう。
「見たか」
私は、特にここに来てから加わった者達に向けて告げる。
「怯えるな、震えるな。これから、お前たちはこの後ろを進むんだ」
それが、私達だ。
慣れることのできなかった者は、置いていかれる。
・・・・・・
それから、隊長は一つずつ、自身の戦技を見せていった。
1 mと少しになった木の棒を片方の端のみ握り、私は予定通りに動く。
演目に合わせ、時に用意していた鉄板を持つこともあった。
演目によっては、敵兵に見立てた案山子の間に立つこともあった。
そして演武の終わるころ、用意した全てが元の形をとどめていなかった。
両手で持ち上げるのがやっとの鉄板は、守勢を穿つ破断の力に。
隊員総出で用意した50余りの案山子は、”暴風”の前に木っ端みじんに。
身の丈より短くなった棒も、連撃の前にちょうど印毎にへし折られた。
「次からは、壊したくなくなる見た目にしましょうか」
「馬鹿言え、いちいち区別なんて俺はつけない」
そう、彼の聖印は配下と犠牲者を区別しない。
もしも一歩遅れ、彼の統率から外れれば、同じものになって転がるのだ。
だから決して、足を止めてはいけない。
・・・・・・
「演武はここまでだ。よく見て、よく学ぶことを期待する」
全ての演目を終えて私がそういうと、新入り達はほっとしたように息をついた。
苦笑はしない、私には息をつく余裕もなかったとしても。
どれだけが気付いたのだろう。
隊長の暴風は、動きながら繰り出されることはないと。
行軍の瞬間敵が組みつく隙に、彼以外が備えねばならないことに。
どれだけが気付いたのだろう。
彼の一撃がどれだけを吹き飛ばすか、どこにいれば死なないか。
もしも一歩でも遅れたなら。彼から逃げねばならないことに。
(勝ったやつが全てだ。)
いつか交わした、同輩の言葉が浮かぶ。
私は知っていることを尽くして、生き残ることができるだろうか。
私の勝利とは、ただ生きていることだけなのだけれど。
(生か死か、それが問題だ)
それはあまりにも単純で、どうしようもない難題だった。
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