一の幕 先触れ-1 刃通らぬもの
砂塵が舞うばかりで、そこには何もない。
けれど、かき消されんとする足跡が、交易路としての価値を示すらしい。
もっとも、私には吹き消されたそれは消滅を意味するように思えたが。
(幽玄の血盟は周囲の集落からも参入者がいるといっていたが……)
(街以上に何もないぞ、何処に住むというのだ全く)
「おい、本当にこの辺りなんだな」
・・・・・・
「当面の敵は、二つの魔境と街中の維持、街に迫る投影体だ」
血盟の構成員や街の住民、そして宿舎の掲示板の伝聞から、わたしはそう推測した。
聞かせているのはどちらかといえば古株の、錬成に引っ張られることもない隊員達。
「で、俺らに回るのは外回りか」
「おそらく。魔境の調査は時期をまとめるだろうし、警邏に余所者を使うまい」
「すると街の外の斥候か。照り付ける日差しで火傷しちまいそうだ」
「だがよ、それを知ってたからって何になる?水甕しょってく訳にもいかねぇだろ」
「そうさな、なんでまた俺たちに聞かせたんだ?」
「先回りだ。二三度街の外に出向いて、手を抜く当てを探すのさ」
にやりと笑って私が言うと、彼らも食い付いてきた。
訓練場まで誂えてくれたこの街に来たとはいえ、そこまで熱心でない隊員もいる。
そんな彼らにとって、手を抜くための苦労なら受け入れられるのだ。
そして実際のところ、私の目的はそこにはない。
確かに安全な道の一つ二つは知っておきたいが、それよりも知りたいのは敵対者だ。
異界の機械兵団、古株である彼らにとってどれだけ厄介なのかを図りたいのである。
「にしても、俺達に土地勘なんてねぇぞ」
「街の外、奴らの残骸を集めたいといっている奴がいてな」
「残骸?なんかの役に立つのか?」
「僅かばかりだが油がとれるそうだ、燃料の足しにするらしい」
「で、俺らを護衛にってか?」
「いいや、なんでも一度現れたところにしばらく顔を出さないそうだからな」
「つっても外回りじゃそんなとこにゃ行かねぇから」
「どこなら日除けになるか探るには、別なところにも行かねばということだ」
「まっ仕方ねぇな、いつ行くか決まったら教えろや」
「俺は止めだ、今度二三本おごってやっから」
それぞれに反応を返し、行くことにしたのはわたしを含め五人。
大勢になるなら大手を振って斥候に行くといえるが、これでも悪くない。
そうして、住民の言う交易路に赴くことにしたのだった。
・・・・・・
そして、砂塵の中でわたしは案内人に声を浴びせた。
頭を隠す頭巾に、みすぼらしい見慣れぬ装束をした案内人。
ここまでの案内に違和感はなく、けれど何故かこの男はわたしを不安にさせた。
「えぇ。んでもってあっしはこっから太陽の逆に、あんたらはお好きに」
「そうか、帰りは自力なんだな?」
「えぇ。チョチョイと油を集めたらもうすぐに帰りますんでねぇ、ハイ」
些かうさん臭くも思うが、彼もわざわざ死にに来たわけでもあるまい。
いらつきに言葉少なになる私の態度に、気付いていないようだが。
ともあれ嘘を言うこともあるまいと、他四人も同じ結論に達したか、異論はない。
「そうか。案内感謝する」
「えぇ、お気持ちもこの通り頂いたんで、ネェ」
そう言うと、彼は言ったとおりの向きに駆けて行った。
彼を見送りつつ、私達五人は改めて来た道について確認する。
目印は僅かだが帰りに不足ないことを確かめ、私達は先に進むことを決めた。
とはいえ交易路の果てまで行くわけではない、あくまで”手を抜くため”なのだから。
「とりあえず、見晴らしのいいとこを探すかね」
「砂に足をとられっちまいそうだ。下手打つなよ」
「だったら軽いやつだな。アルエット、頼むわ」
急かされて私は少し小高くなっている場所を目指し歩く。
言い出しっぺな故止むを得まい、そう思いつつ歩き回っていると違和感がした。
何か、あってはならぬものを感じたのだ。
「おい、なんか見つけたのか?」
「混沌だ、向きを探る」
「こういう時のあいつは勘がいいからな、どこだ?」
二人は黙ったまま死角に向き直り、呼びかけた二人はわたしの側を見る。
目ではなく、感じるものを使って探る私に、見落としたものが無いように。
しかし結局、最初に気づいたのは私だった。
「っちぃ。砂の中だ、テュール!」
私の叫ぶ声より早いか遅いか、砂中から金属の擦れる不快な音と共にそれは現れた。
「黒妖犬?いや、んなわけねぇよ……なっ!」
片腕を剣に変えて、彼は即座にそれに打ちこむ。
かつて失った腕に代えて、振るう義肢を武器とするゆえの”隻腕振るい”のテュール。
けれども彼の自慢の武器は、甲高い音を立てて弾かれた。
「っだぁっ。こいつ、全身金属製かよっ。だがなぁ、このテュール様にはっ」
「備えろ、次が来る」
「アルエット、テュールのとこまで来い。そいつらは俺が」
「おい、アルエットの後ろからも来てる、片っ端からやるぞ」
駆け降りていく私の背後からも、軋む鋼糸の音が鳴る。
けれどその形は削ぎ落された人型の……躯のごときそれだった。
(二種混成か、全くもって厄介だな)
ぶら下げていた棍棒を両手に持って、私も振り返り叩きつける。
テュールの武器も弾かれた以上、骨に当たる部分を避けて関節と思しき場所を狙う。
一度目こそ同じように弾かれたが、二度目で軋み、三度目で折れた。
「ちぃっ、なまじっか壊せるからイラつくなぁ。手間がかかりすぎる!」
「何体やった?俺だけで10体潰したぞ」
「数に限界はある。壊し続けるぞ」
「そいつはどーも、お前の勘だと後いくらだ?」
「ぐだぐだ言ってねぇでさっさと殺るぞ」
私達の連携に声はいらない。
故に、そのうちにただ金属をへこませる音だけが戦場に満ち。
それは終ぞ、そのすべてを打ち壊すまで続いた。
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