回想 ハイデルベルグの思い出-4

スュクルさんの混沌操作にきづけなかったわたしたちは、とってもくやしかった。

もちろんわたしたちは、もう一回と言おうとしたけれど。


「さて、続けてやるのは止めておきましょう」

「「えぇーっ」」

「今度こそ、というのは元気でよろしい。けれど、そろそろ……」


スュクルさんが理由を言いおえるより先に、混沌核がゆらめいた。


「っ、まずい。ローザさん、モーゼスさん」

「「任せてください」」


答えるより早く、二人の聖印が混沌核から混沌をはぎとっていく。

みんなも混沌を外に向け、混沌核をくずしてしまおうとしていた。


けれど、あるいはそれがまちがいだったかもしれない。

きっと答えはわからない、ないから混沌というのだろう。

収束した異界律どこかはわたしたちのまわり全てをぬりつぶした。


光がとじこめられ、目の前がまっくらになる。

わたしはふあんにならないために、させないために、キルトの手をにぎった。

キルトの手もわたしの手をにぎって、だからなんとかできると信じられた。


・・・・・・


空は青く、けれどとってもせまい。

地面は灰色で、まるでよろいをきているみたいだった。

現れた人々はわたしたちを見ると、見なかったことにしてどこかに行く。

ここはどこかのマガイモノ、混沌の生んだにせものの世界。


「厄介ですねぇ。いやはや、こんな収束をするなんて」

「その割に気楽だなスクレ君、”何処”だと思う。専門だろう?」

「間違いなく”蒼星”の要素を含み、そして主たるそれではありませんね」

「根拠は?」

「試しに、魔法を使ってみればよろしいかと」

「……なるほどな」


父上は魔法をとなえたように見えなかった。

もちろん父上だってだまって魔法を使える。

けど、魔法を使ったならぜったい何か起こる。

スュクルさんのを見た後で集中してたわたしとキルトがきづけないのはおかしい。


「この世界の理は、逸脱まほうを許さないわけか」

「えぇ、彼ら自身が理外の存在だというのに」

「ふむ、このままなら我々は無力だが」

「期待しましょう、そのために呼んだのですから。無論助力もしますが」


ふたりはローザさんとモーゼスさんを見る。

ふたりはうなずいて、自らの聖印をかかげた。

ふたりは君主、混沌を治め世界を取りもどすもの。


「聖印に問題はありません、いかなる脅威も撃退しましょう」

「しかし我々では魔境を出現させたあの混沌核、それを把握できません」

「まーかせて、そこはボクらの出番さ。そうだろうホスファットちゃん?」

「肯定。ワタシたちの最善を尽くしましょう」


ふたりの君主に、ふたりの魔法師が答える。

ふたりの虹色ウィザードは、魔法なしに世界へ耳をすませた。


「うん、目標は随分と派手だね。もう察知できたよ」

「追加。おそらく何かに取り込まれているようです、恐らく生物に」

「妹よ。確認したい、それの速度は分かるかい?」

「確認。今のところ、歩くような速さAndante と形容できるところ」

「結構。鋼鉄の荷馬車の類ではないなら、追いつけそうなのは良いことだ」

「どうしようか騎士さんたち、ボクらがいればちょっと遠いけど案内はできる」

「ではすぐに参りましょう。しかし……」

「しかし?」

「この子たち二人も連れていきますか?」


ローザさんがわたしたちを不安げに見る。

確かに、こどもたちを連れていくのは心配かもしれない。

だけど、キルトもわたしも置いていかれるのはいやだった。


「無論、連れていくべきでしょうな」

「よろしいのですかエンブロイダリー師。二手に分かれることもできますよ」

「いや、戦力の分散をするだけ無駄だろう」

「……」

「不満かね。なら、雇い主の横暴と思われよ」

「いえ。騎士として、同志たる魔法師の助言を無下にはしません」

「そうか」


モーゼスさんの反論も、ローザさんの沈黙も、なんでか心がいたんだ。

だけど、父上がわたしたちの気持ちをくんでくれたことに、安心もしていた。


「じゃあ行こうか。あの荷馬に乗られたりしたら、ボクらに手を出せないだろうし」

おばさまの調子は変わらない。

もしかしたら、落ちこませないための気づかいなのかもしれない。


・・・・・・


その世界の空はわたしたちと同じで、どこまでも青かった。

けれどそこに住むひとたちはわたしたちとちがっていた。

何も考えずに空をあおぎみることなんてせず、うつむいて手元を見るばかり。

手の中にあるなにかがそんなに楽しいなら、苦しい顔をしなくたっていいのに。


その世界の大地は灰色に塗り固められて、そこから牙のように建物が伸びていた。

そしてそこに彩られた文字はわたしたちの知らないものだった。

何かを伝えるために光り輝いても、それを見上げる人はまばら。

目に飛び込んでくるそれがつまらないものなら、いっそすててしまえばいいのに。


「ねぇねぇ」

キルトがわたしに呼びかけてきた、わたしたちはずっと手をにぎり合ったまま。

まじめな顔をして、わたしをみていた。


「どうしたの?」

「なんでここのひとたち、わたしたちを無視するんだろうね?」

「そりゃあ、あの手の中のものが気になるんじゃない?」

「あの板の中、わたしたちみたいな恰好の人の絵もいっぱいあったよ」

「そうなの?よく分かったわね」

「あそこの看板と同じ人がいたからわかったんだ」


指さした先には、キラキラと着飾った随分と独特な絵柄のに人々が描かれていた。

みんなあれは見ていないけれど、手元に目をこらせば確かに同じような絵があった。


「ほんとだ、なんでだろうね」

「やっぱりわかんない?おかあさまなら知ってるかな?」

「そうかも、でも今いそがしそう」

「そうだね、はやくここから出なくっちゃね」


うなずいたわたしにキルトは安心したように笑った。

もしかしたら、心配されていたのだろうか

つないでいた手が、ふるえていたつもりはなかったのに。


「ふふっ、ボクらは幸運みたいだね。もう少しだ!」

おばさまは興奮したように、もうすぐだって伝えてきた。

きっと、わたしたちのおしゃべりを聞いていたんだろう。


・・・・・・


ふいに、景色がかわって、どこかふんいきもかわっていた。

ずっと同じようだった建物はなくなって、目の前には大きな建物があった。

神殿のようなその建物の前には、あざやかな服を着た人が並んでいた。


「貴様たち、何をしに来た」

横柄えらそうな声で、一番目立つ服の人がわたしたちに声をかける。

だけどみんなは何も言わず、ローザさんがひとり前に出た。


「惑わすものよ、偽りのものよ」


あの人は、かれらに向かってしゃべっていなかった。


「私は世界を癒すもの、もはや傷を癒せずとも……」


あの人がてのひらを高く挙げると、まばゆい光がかれらに降り注いだ。


「汝ら世界の綻びを断ち、正しき世界を織り上げん」


それは聖弾、投影体をけしさるもの。


目をくらませた光が消えて、世界の姿をこの目で見ると。

目の前にいたものたちは、溶けてしまったかのように姿を消していた。

わたしたちが帰るために、除かなければならないものに向ける光。

わたしたちの世界から、受け入れられないものをほろぼす光。


「建物の中だ」

父上が一言、みんなはうなずく。

そして、わたしたちは正しいことをしに行くのだ。


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