第24話 エピローグ
――――――――それから。
半年の時が流れた。
今日は十月七日の日曜日。
俺は。なんとか殺されずに生きていた。
その日の朝。俺は悪夢を見ていた。もうなんども見ている『あの日』の夢だ。
意識は半分目覚めているがその悪夢から逃れることができない。
俺は夢の中で叫んだ。
(――サシャ! やめろ! やめてくれ! 誰かあいつを止めてくれ!)
すると。
「も――――まだ寝―――デス――――」
誰かの声が近づいてくる。
どうやら現実世界からのものらしいと夢の中で気づいた。
声の主の足音が近づいてくる。そして。
チュッ――。
唇に当たったやわらかい感触で目を覚ます。
俺は飛び起きた。背中には大量の汗。さっきまでの恐怖の感覚がまだ残っている。
だが。
今俺の目の前にいるのは。
――――――サシャだった!
俺は思わず彼女を抱きしめた。
「キャッ! なんデスか朝から! …………ショータロー。泣いてるの?」
「怖い夢を見ていたんだ」
「またあのときの夢デスか?」
「ああ」
「もう。いつまで引きずるつもりデスか?」
「すまん。なんでだろうな?」
「心配しなくてもサシャはちゃんとここにいて。キミと一緒に笑ってますから。ね」
そういって俺の背中をポンポンと叩いた。
それからゆっくりと体を離す。
「早く朝ごはんを食べマショウ! オカーサンも下で待ってマスよ!」
俺は頭をボリボリとかきながら階段を降りた。
『おはようございます。NNKニュースです』
俺とサシャと母親の三人でテーブルを囲み、トーストとサラダとコーヒーの朝食を取る。
テレビからは本日のトップニュースが流れていた。
「サモンドロ共和島国とアメリカ合衆国の国交正常化がついに正式決定、両国の首長が会見を執り行いました」
画面には笑顔で握手をするロナルド・トリンクとラタム・サモンドロの映像が流れる。
「あっ! パパだ!」
サシャは嬉しそうに叫んだ。
「おーおー。サモンドロのあの素晴らしい笑顔。まるで恵比寿さんだな」
サモンドロは「五・五」の事件以来、アメリカに対するスタンスを急激に軟化させた。またロナルド・トリンクもそれに歩み寄りを見せ、ついに両国の関係は正常化された。
ロナルド・トリンクがサモンドロに対して歩み寄りを見せたのは、俺のあのリング上での必死の説得のおかげだ。それは本人の口から直接聞いた。
そしてサモンドロの態度が急激に軟化したのは――
「サシャのおかげデスね!」
今、イスの上に立ち上がってドヤっと腰に手を当てている少女の能力『ラフタートゥーデス』のおかげであろう。
彼女は母に立つなと怒られて、おとなしく席に座った。
「しかし――考えてみれば」
俺はトーストをかじりながらつぶやく。
「どうしてこうなったかね」
あのとき中継をみていたサモンドロは、あまりに爆笑しすぎて緊急搬送。そして一命をとりとめて起き上がったときには、別人のように穏やかになってしまっていたという。
俺の疑問にサシャが答える。
「『笑い』にはもともとストレス軽減効果、リラクゼーション効果、さまざまな効用があるデスよ。彼の場合は通常ありえないレベル、死ぬ寸前くらいまでに笑ったことでその効用が爆発。人格が変わっちゃうくらいの影響を受けたんでしょうね」
俺はそんなもんかな? と首をひねる。
「あー信じてませんね? 実際欧米ではその効用に目をつけて、ラフターセラピーやユーモアセラピーなんていうものが盛んに行われています」
「うーん。まあそれはわかったけど」
テレビ画面を指さしながらサシャに問う。
「なんであいつは生きてたんだ? だって実験じゃあ必ず死に至るはずだったんだろ?」
「うーん。それにはいくつかの要因がありマス」
サシャはなぜか照れくさそうにアタマを掻いた。
「まず。ネタが少し弱かった。わかりづらかったっていうのがあるかも知れません。パパのツルツルアタマを利用したのはいいけど、古い千円札の裏に鶴が二羽いるなんていうのは、普通の人ならそういえばそうだったかなってぐらいの話でしょう?」
「たしかに」
「あとは。迷ってしまったんデスよ」
「迷った?」
「ええ。あなたはあのとき言ってくれたじゃないデスか。サシャのことが好きだって」
「ああ……」
「だから。ショータローが好きになってくれたサシャのままでいたいな。なんてキモチがラフタートゥーデスの力を弱めちゃったんだと思いマス」
顔を真っ赤にしながらそんなことを自供する。
俺も自分の顔が熱くなってゆくの感じた。
すると母が、
「おいおい~人前でそんなにイチャイチャするんじゃねえよ!」
などと顔を手で煽いでみせた。自分のことを棚にあげてよく言う。
「それに。一体なんの話してんださっきから。マンガの話か?」
母は未だにサシャの能力や親が大統領だという話を信じようとしない。ある意味タフな人だ。
「そうそう。マンガだよマンガ」
――まあともかく。
そんなわけで大統領の一大計画は当初予定したのとは全く異なる形にて終了した。
彼の支持率は当然のことながら爆発的に上昇。盤石の地位を築き上げたそうな。
サシャの今後についてはいろいろ検討されたそうだが『とりあえず! ショータローたちと一緒に高校を卒業したいデス!』という本人の希望により、日本で変わらぬ生活を送っている。
その後はどうなるかわからないが、大統領ですらサシャには頭が上がらない状態であるらしいので、彼女にとって不幸なことにはならない。と思う。
「そんなことより。おまえら今日は大事な日なんだろ? 早く飯食って準備しろよ」と母。
「おっとそうでした」
「なあオカンー。会場まで乗せてってくれよー」
「方向まったく逆なんだがなー。まあしょうがねえ」
「「やったー!」」
ちなみに。俺とサシャの存在は、あのとき会場にいた者だけが見た謎の人物として、お笑いファンの間で語り草になっているとか。
あと会場にアメリカ大統領のそっくりさんが来てたとかいうのもちょっとウワサになってるんだって。
――そして。
俺とサシャのコンビ『ジャパンバッシング』は半年に一度の素人ネタ大会『HS-1』秋大会の舞台裏で待機していた。
今現在、俺たちの一つ前の順番のコンビが漫才を行っている。
「そろそろだね! 頑張ってよ!」
「私たちの前に会場を冷やすなよ」
淳と都子の「オトコオンナとオンナオトコ」が背中を押してくれた。
俺たちは十数歩ほど歩き、舞台袖の待機スペースに並んで立つ。
前の奴らのネタはそろそろオチに向かって行きそうな雰囲気だ。
サシャがぽつりと口を開く。
「ねえショータロー」
「なんだ」
「手を握って欲しいデス」
……握ってやると、サシャは少しだけ頬を染めながらはにかんだ。
「なあサシャ。ちょっと思ったんだけど」
「なんデスか?」
「おまえの能力をさ、もっとこうガンガンに使って平和利用することってできねえのかな? サモンドロを改心させたみたいにもっといろんな奴を改心させてさ」
サシャは首を捻った。
「まだそれは難しいですね。あのときはサジ加減がたまたま――いやショータローの想いのおかげかな?――とにかく奇跡的にうまくいっただけデスから」
「まあそうか」
「でも――」
そういって俺の手を強く握った。
「いつかは笑いで、世界中を幸せにしたいデスね!」
などと話しているウチに――
『次は『ジャパンバッシング』のお二人の登場です! どうぞー!』
「あっやばい! 出ないとデス!」
「わっ馬鹿! 手をつないだままじゃまずいだろ!」
「ソッカ!」
一瞬だけタイミングがずれたが、俺たちはマイクの前に立った。
「どうもー! ジャパンバッシングですー! 僕たち日本人の昌太郎とアメリカ人のサシャでやらせて頂いております。よろしくお願いします!」
「はいヨロシクですー。ねえねえザ・イエローモンキー」
「おっ、いきなり人種差別かな? それともバンドの名前かな?」
「日本に来て半年。最近すっごく思うんですが、ニッポンジンみんなユーモアのセンスが足りませんネ!」
「この場所でそれを言うとはいい度胸だな」
「デスから。キミたちにサシャが本場のアメリカンジョークを披露してあげますよ」
「上から目線が気になりますが聞いてみましょうか」
俺は漫才をしながら、なんとなくサシャがさっき舞台袖で言ったことを想い出していた。『笑いで世界中を幸せにしたい』。
「えー。アメリカ人とかけましてジャンボジェット機と解きます」
「そのココロは?」
(凡人の俺にはそんなことはできそうもねえな。――俺は)
「どちらもジョーク(上空)を飛ばします」
「おお! これはウマイ!」
――俺は。
「って! そりゃなぞかけだろ! バキバキのジャパニーズジョークじゃねえか!」
会場が笑いで包まれる。
俺はせいぜい自分の周りのちょっとの人を笑わせるだけでいいかな?
目の前にいる観客と。それから。隣に立つ相方を。
サシャは俺にひっぱたかれたアタマを抑えながら、一点の曇りもない笑顔を浮かべている。
俺があのとき、命をかけてでも守りたかったものがそこにはあった。
彼女はいつかきっと、世界を笑いで満たしてくれるはず。俺はそんな風に思った。
「ミステイク! 次はちゃんとしたアメリカンなヤツやりマス!」
「頼むよ。楽しみにしてるんだ」
「OKOK! えーっと。こういうのがありマス! ある日ボブが…………。ボブが……。えーっと……。なんだっけ?」
「だあああああああ! ネタ飛ばしてんじゃねーよ!」
……とはいえ。それはだいぶ先のことになりそうだ。
HAHAHA!アメリカンジョークデス! しゃけ @syake663300
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