第23話 第二十回HS-1 本戦

「それでは! 日本一面白い高校生は俺だ! 若き笑わせ屋たちの頂上決戦! 第二十回 ハイスクール・ワン・グランプリを開始致します!」

「……俺たちもこの舞台に立ちたかったな。アイツと一緒に」

「ああ。でも今回は仕方がないさ。また次があるよ」

 二〇××年五月五日夕楽園ホール。

 収容人数二〇〇〇人のお笑いのイベントをやる場所としては、非常に大きな会場である。

「それではさっそく登場していただきましょう! エントリーナンバーイチバーーーン! 三年連続五度目の出場となります青光高校! カモンオーバーヒイイイイイイイア!」

 第二十回HS-1は『デスティーノ』『ハイフライ』『レインメイカー』を初めとして、後の大スターを多く輩出した大会としてお笑い好きの間では語り草になっている。

 しかし。その裏でもっと歴史的な大事件が発生していたということは殆ど知られていない。

「ううむ。この青光高校……すさまじく面白い。これはやはり我々は出場しなく正解だったかもしれんな」

「かもなあ。俺たちが予選で負けた湘西高校よりさらに上か?」

「間違いないな」

「でも数年後には必ず追い抜いてやる」

「二人ともよく普通におしゃべりできるね。ボクさっきから足が震えちゃって」

「大丈夫。命綱あるから」

 俺たちは夕楽園ホールの天井にいた。正確には天井近くの細い鉄骨の上。

 一応サングラスをかけてサシャの能力に備えている。簡単に落ちてしまわないように、水泳のゴーグルのようになっているものを用意した。

 会場の音は淳に頼んで設置してもらった、盗聴器の音声をイヤホンを通じて拾っている。

 舞台の音声や観客たちのウケっぷりは伝わってくるのだが――

「むう。このネタは音だけだとなにをしているかさっぱり分からんな」

 しかし。舞台上の芸人たちは豆粒みたいな大きさにしか見えない。とりあえずなんかわちゃわちゃやっているなあ、というぐらいしかここからではわからなかった。

「えっ? 見えないのか?」

「都子は見えんの?」

「視力二・五あるからな」

「フィジカルのバケモノ」

「むっ? 今気づいたが、あの最前列にいる男。ロナルド・トリンクではないか!? サングラスをしているが間違いない!」

「ホントに二・五か……? 八・九ぐらいあるんじゃないの?」

 などと言っている内に――

「どうもありがとうございましたーーーー!」

 九番目の学校のネタが終了して審査が始まった。

「――いよいよ次か」

「ああ……」

「緊張してきたね」

「あいつもきっと心臓バクバク言わせてるだろうな」

 審査は終了。司会者の男が再びマイクを握る。

「えーそれでは続きまして入場頂くのは! エントリーナンバーテン! 初出場のダークホース! にしいいいマチカワアアアハイスクーーーーーール! カモンオーバーヒイイイア!」

 ファンファーレが鳴り響き、ド派手なスポットライトの演出が舞台を照らした。

 そして。舞台後方の床が徐々にせり上がってくる。

 地面の中からは金色の頭をした、星条旗柄の和服を着た女の子が出てきた。

 客席からは大きな拍手が送られる。

「和服か……これはいよいよなぞかけで来るかもしれんな」

「そうかもね。よーし! 勉強の成果を見せるぞ!」

「しかしあんなにガチガチになっちゃってまあ……」

 表情まではわからないがマイクの前に走るぎこちない動きからして、ガチガチに緊張していることは明らかである。

「ど、ど、ど、どうもー! に、に、に西町川高校お笑い研究会のサシャと申しマス!」

 ぐだぐだに噛みながらもオープニングの挨拶をおこなった。

(――いよいよだな)

(――来るぞ)

(――OK!)

「みなさまはじめましてデス! と言ってももしかしてワタシのことを知っている人もいるかもしれません。この間の昇天の生放送で観客席からなぞかけに回答して座布団貰っていた変なアメリカ人。アレがワタシです」

 客席からどよめきと共に「あーそういえば!」などという声が上がる。

「あんな風に私がうまい答えをいうことができたのには理由があります。それはネ。私の母国アメリカのジョークにも『リドルジョークと』という近いものがあるからなのです。これは『○○は××なんだって? なんでだと思う?』→『それはね』→『オチ』という形式のもので、なぞかけとだいたい一緒ですね。今回はそれを披露させて頂きマス!」

(――そう来たか! いいな二人とも! オチが分かったら飛ぶぞ!)

(了解!)

(こ、怖いけどOK!)

「えー。先日初めて知ったのですが、日本の遠足で持っていくお菓子には三〇〇円以内とか五〇〇円以内とかの値段制限があるそうデスね。それで「先生! バナナはおやつに含まれますか!?」と質問するのが定番なんだって。ちなみに『含まれる』とする学説が一般的だとか」

(――――――――分かったぞ!)

(昌太郎!?)

(嘘でしょ!?)

 サシャの話の途中で、俺は鉄骨の上から飛び降りた。

 ――落下。不思議と恐怖感はなかった。

 空間を切り裂く感覚、全身に当たる突風がむしろ心地よい。

 イヤホンからはサシャがしゃべる音声が聞こえる。

「でもね。ウチの学校には西町川のハードゲイとリアルゲイと言われる仲良し男子二人組がいるんだけど、彼らに言わせるとバナナはおやつには含まれないんだって。なんでだと思う?」

(やはり! 思った通りだ!)

「それはね――――」

 サシャがオチを言おうとした瞬間。

「ああああああ!?」

「どうした?」

「なんか降ってきた!」

 天井から落下した俺の顔がサシャの眼前に迫った!

 そして!

「「バナナはオカズだから」っていうつもりだろ! 最低だわーーーー! 最低のシモネタだわーーーーー!」

 襟元につけた高出力マイクロマイクを通じて俺の声が会場に響き渡る。

 これぞ! バンジーツッコミ!

 かつて文化祭を極寒のるつぼに叩き込んだ必殺技だ!

 俺の体は何回かビヨンビヨンと空中を跳ねたのち、サシャと最前列に座っていた大統領の間に宙づりになる。マイクロマイクがポトリと落ちた。

 二人ともハトが豆鉄砲食らったような顔。そりゃあそうだわな。

 こんなときだが、サシャの和服姿かわいいなとか一瞬だけ考えてしまった。

 客席は一瞬シーンと静まり返ったのち、

「なんだこれ!?」

「こういうネタか……?」

「いや、そんなわけねえ!」

 すさまじいブーイングを俺に送る。

(――よし。とりあえず『笑い』が生まれるような空気はブチ壊してやった! あとは!)

 と思った瞬間。

「America First!」

 大統領が動いた!

 奴はグラサンを放り投げて舞台に乱入すると、宙吊りになった俺の首を掴み――

「You Are Fired!」

 キメゼリフを叫びながら大きくジャンプ。自らの肩に俺のアゴを叩きつけた。

 これは俺がBBQのときに喰らったのと同じ技、『スタナー』である。

「ぐえええええ!」

 バンジーの紐がぶっちぎれて俺は舞台上に叩きつけられた。

 客席からはすさまじいドヨめき。

「なんだあの男!」

「おい! アレ! トリンク大統領じゃねえのか!?」

「RGじゃなくてか!?」

「いやホンモノだろ!」

 さらに。

(――うわ!)

 それはわざとだったのか。それともプロレス技なんかかまして暴れたための事故だったのか。

 大統領の頭からはカツラが取れツヤツヤした頭皮が覗いていた。

 ――ドッッッ!

 会場は大爆笑に包まれる。

(まずい! この空気は――笑いの空気が戻ってきてしまった!)

 と同時に警備員が舞台に上がり、

「なんだおまえは!」

 俺を羽交い絞めにした。

 大統領は俺を指さしながら叫んだ。

「HEY! BOY! キミはサシャの仲間じゃなかったのか! どういうつもりだ!」

(くそ! ここでやるしかない! 無理かもしれねえが!)

 俺はまさに火事場の馬鹿力で警備員を振り払うと、リングにひざまづき頭をこすりつけた。いわゆるジャパニーズ・ドゲザの体勢。そして彼を説得するための言葉を紡ぎだす。

「頼む! 大統領! いや! サシャの親父さん! サシャに人殺しなんかさせないでくれ! わかってる! 世の中は人が人を殺して成り立ってる、人を殺す役の人がいてなんとか世の中回ってるって! そんなことはただのガキの俺でもわかるさ! でも! その子は! あんたの娘はそうじゃないんだ! そいつは人を楽しませて、幸せにして幸せになる側の人間だ! だってそうだろう! そいつの能力は『人をたくさん笑わせる』ことなんだぞ! こんな幸せな能力はそのためだけに使うべきだろう!」

 大統領もサシャもその顔に驚きと困惑を浮かべていた。

「……いや! そんな理屈はどうでもいい! 俺はサシャのことが好きなんだ! あんたも彼女を愛しているんだろう!? 見ていればわかるよ! だったら! そいつに人殺しなんかさせないでくれ! 父親ならなんとかしてみろよ! 娘のために! 死ぬ気でサモンドロと仲直りしやがれえええええええええ!」

 マイクロフォンが取れたせいであまり内容は聞こえていなかったそうだが、観客たちは俺のあまりの剣幕にざわめきたった。

 そして数秒後。

 俺の方に歩み寄ってきたのはサシャ。彼女は俺の頭にポンと手を置き、優しく微笑んだ。

「ショータローありがとう。嬉しいな。サシャもキミのこと大好きだよ。だから。キミを守るため。やるべきことをやるね」

「――サシャ!?」

 サシャがマイクスタンドの前に立った。

「えーちょっとトラブルがありましたが、気を取り直してもうひとつリドルジョークを披露させて頂きたいと思います」

 すると客席からはザワめきと歓声が同時発生する。

「や、やめろ!」

 サシャを止めようとするが、今度は警備員二人に取り押さえられる。

「昌太郎!」

「サシャ―――――――!」

 天井から都子と淳も降りてきたようだが間に合わない。

「えー。アメリカの大統領は日本の古い千円札が大好きなんだって。なんでだと思う?」

 そういって懐から、あのとき買った古い千円札を取り出す。

(あいつ。こんなときまでアレをお守りに……)

「それはね――」

(サシャ――!)

「どちらもツルツル(鶴が二匹)だから! HAHAHA!」

 そういってサシャは大統領のハゲ頭をペチンと叩いてみせた。

 ――――ドドドドドドドドドッッッ!

 会場全体が揺れた。客席の全ての方向から、津波のように大爆笑が押し寄せた。

(終わった……)

 俺は無力感に体中から力が抜け、その場にひざまずいた。

 目の前が真っ暗になる。涙がこぼれた。

(サシャ。俺はおまえを。おまえの笑顔を守れなかった)

 そんな俺に対して――現実は容赦をしない。

「オラ! なに座ってんだ! さっさと退場しろ!」

「こいつ惚けてんのか!」

 警備員は俺をムリヤリ引っ立てると顔面にビンタを食らわせる。

 脳みそが揺らされ、意識が簡単に飛んで行ってしまった。


「ギャーーーーーーーハハハハハハハハ!」

 遠く離れたサモンドロの地。

「ざまあみろトリンクのクソハゲ野郎! 大恥かきやがって! 本物だかニセモノだか知らねえがいずれにせよメシウマだぜ!」

 ラタム・サモンドロは自室で腹を抱えて笑い転げていた。

「ガハハハハハ! しかしあの娘はオモロイ! ありゃあ逸材だ! グヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! ヒーヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ! ブヒャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! なんか幸せーーーーーーーーーー! ブヒャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! 楽しいいいいいいいいいいいいいいいいいい! やべ! なんか飛びそう!」

「閣下!?」

 あまりの凄まじい声に、部下たちが血相を変えて部屋のドアを開くと。

「死ん………………!?」

 彼は目、鼻、口すべての顔面器官から体液を垂らして、アホな小学生のごとき緩みきった寝顔でソファーに仰向けになっていた。

 アメリカ合衆国対策庁長官のガミィはこれを「恐怖を覚えるほどに凄まじい安らかな寝顔」と表現した。

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