第22話 三巨頭作戦会議

「もしもし。都子か? 寝ているところ悪いのだが、できれば今から家に来て欲しいんだ。ん? いやいやそんなことしないって。おまえをそんな都合のいい女扱いしたことないだろ? ってゆうか淳も来るし。ああ。そうだサシャのことだ。すまない。気をつけて来てくれよ。徒歩一分とはいえ物騒だからな」

 ――深夜二時。

 俺は都子と淳を家に呼び、サシャから聞いたこと、それから自分の想いをすべて話した。

 淳はハンカチで涙を拭きながら、都子は腕を組んで天井を仰ぎながら話を聞いていた。

「――――長くなっちまったが、そんな感じだ」

 俺の話がすべて終わったあと、しばらくの沈黙が訪れる。

 それから。珍しく都子が口火を切った。

「昌太郎。おまえの気持ちはわかる。わかるけど」

 こめかみをつまみながら溜息をついた。

「おまえの計画は。めちゃくちゃもいいところだよ」

「――そうか?」

「そうか? じゃない! いいか! たくさんおかしいところがあるがまずは一つめ!」

 そういってひとさし指をたてた。

「まずおまえの計画は根本的に実行不可能だ! サシャのジョークを滑らせるって話! まあ最初のひとつはなんとか成功したとしよう! でもその後はどうする! 一発目の時点で間違いなくおまえはつまみだされるぞ!」

「それはおそらく大丈夫だ。一発目が俺の乱入なんかでどっちらけになった時点で、間違いなくおかしな空気になる。そうなればあとは笑える状態じゃあなくなるさ。笑いってそういうデリケートなもんだろう?」

 都子は納得したようなしないような顔。それからさらに疑問を投げかけてくる。

「……まあじゃあそれは仮にうまくいったとしよう。だがそのあとはどうする? おまえはおそらく大統領に始末されるだろう。彼も見に来るんだから、下手したらその場で殺されるな。そして。仮にその日はうまくいかずに日を改めるとしても、サシャを使った暗殺計画は継続されるぞ。それはどうする?」

「それは――」

 俺はその点について正直一ミリも自信はなかったので、小さな声で言った。

「大統領を説得しようと思っている」

「なっ!?」

「幸い日本語通じるしな。サシャに暗殺させる以外の方法でどうにかしてくれと頼んでみる」

「ムチャクチャを言うな!」

 俺につかみかかろうとする都子を淳が制止する。

「まあまあ。可能性が低いってことは昌太郎もわかってるよね。でもそれがたったひとつ、サシャちゃんがハッピーになれる方法だから、それに賭けようっていうんでしょ?」

 淳は俺の顔を覗き込んで笑った。俺にはそのカワイイ顔がなによりも頼もしいものに見えた。

「そうだよ。ありがとうな。理解してくれて」

「いえいえ! そんなキミにひとつだけグッドニュースを伝えたいと思います!」

「――!! なんだそれは!」

「実はHS-1の会場の夕楽園ホールはね、ボクの父の会社が運営してるんだ。だから。多少のムチャくらいならできるよ!」

「そうか。待てよ……。それなら!」

 俺はある計画を話し、淳にそれが実現可能であるかを尋ねた。

「それくらい、お安い御用だよ!」淳はウインクをしながら力強く親指を立ててくれた。

「――よし! ある意味で俺の鉄板だからな! よかった! 観客席から野次るぐらいじゃ弱いかもと思っていたんだ」

 そういって俺と淳は抱擁を交わす。

 都子はこんなときまでこのHGとRGは――と溜息をついた。それから。

「ちなみに。滑らせるっていうのは具体的にどうするつもりなんだ? ガナりたてて妨害する感じか?」と鋭い質問を投げかけた。なんだかんだ言いながらも協力してくれるつもりらしい。なんども言うようだが、俺はそんな彼女がとても好きだ。

「いい質問だ。そこも考えてある」

「それは?」

「俺が考えた滑らせる方法。それはな、オチを先に言ってしまうことだ。やつの得意なアメリカンジョークはオチてなんぼの笑いだ。先にオチを言ってしまえば面白くもなんともない」

「なるほど」

「だから。当日までにアメリカンジョークのパターンを死ぬほど記憶してどんなパターンにも先回りしてしまえば!」

 淳はそれだ! といってさっそくスマートホンで検索サイトにアクセス、「アメリカンジョーク」と入力した。

 だが都子が反論する。

「いや。サシャがアメリカンジョークで来るとは限らんぞ」

「なに?」

「あいつは昨日の『昇天』の観覧で、なぞかけをエラく気に入っていただろう。それでくるかもしれん」

 なるほど。ありえる話だ。

「そうなると。なぞかけのパターンについても頭に叩き込まないといけないな」

「うむ。それについてはウチにたくさん蔵書があるから、それを使えばいいだろう」

「そうか。ありがとう助かるよ」

「よしそういうことなら」淳が手をパチンと叩いて提案する。

「ボクはもともとアメリカンジョークには結構詳しいから、あえてなぞかけを徹底的に勉強する。都子はなぞかけには詳しいだろうからアメリカンジョークの勉強。晶太郎は両方。っていう分担はどうだろう? アメジョーの本はボクが持ち込むから場所は都子ちゃんの家で――」

 淳の言っていることが意味不明で口をポカンとあけてしまう。

「なにを言ってるんだおまえ? おまえと都子がなぜ勉強する必要がある?」

 淳は心底不思議そうな表情でその質問に答える。

「えっ? だって当日は三人で待機しておいて、サシャちゃんのジョークのオチがわかった人が突撃するっていう作戦じゃないの?」

 俺と都子が同時にえええええええええ! と叫ぶ。

「なに言ってんだ! そんなことしたらおまえたちの命まで危険になるぞ!」

「えーいいよ別にー。昌太郎とサシャちゃんのためだもん。都子ちゃんもいいよね」

 当たり前のように、実にさわやかにそう言った。

 それに対して都子はほんの一瞬考えたのち、

「うん。いいよ」

 と仏頂面で答えた。

 ホントにいいのかという俺の問いに対して都子は実に彼女らしい答えを返してくれた。

「どうもおまえたちの馬鹿がうつってしまったようだ。それに。子供の頃からずーっと呪われたみたいに一緒だったのに、いまさら昌太郎にだけ命を張らせるってのもどうもな」

 淳はそれを聞いてパアっと表情を輝かせる。

 そして俺と都子の間に入ってムリヤリ肩を組んだ。

「そうだ! ボクたち三人はまさに一身同体! 三つ首宇宙超怪獣キングギドラだ!」

 だれが怪獣だ! と都子が淳の頭をはたく。

 俺は――。

「ありがとう二人とも。俺のために」と頭を下げた。

「へへへ。まあ僕たちにとってもサシャちゃんは大事な仲間だからね。当然だよ」

「ふん。別に仲間だなんて思ってないが、まだせっかく買った誕生日プレゼントを渡してないからな。生麺だから賞味期限も近い」


 その後。俺たちは都子の家の書庫に籠ってアメリカンジョークとなぞかけの猛勉強を行った。

 都子の父がなにしてんだおまえらと様子を見に来た。どうせ信じないと思って目的を正直に話したら、おもしれーから高座でしゃべってもいいか? などと言っていた。


幕間劇 それぞれの決戦前夜


「ククククク――」

 ラタム・サモンドロは一人でバーボンなど傾けて、上機嫌な様子であった。

 毎回ミサイルを発射するたびにしつこく食って掛かってきていたアメリカから、今回のボストン沖のミサイルについてはなんの声明もない。これはアメリカが我が国に対して屈したという証拠に他ならない。と彼は考えていた。

「ふふふ。明日はHS-1もあるし。このところいいことばかりだな」

 などとひとりごちながらインターネットに接続し、動画投稿サイトを開いた。

「さてお笑いの動画でも――ん? なんだこれは」

 サモンドロは『昇天に謎の金発美少女乱入!?』というタイトルの動画の再生ボタンをクリックする。

「く、くくくくく! ブハッ! ハーハハハ! ブハハハハ! 誰だコイツ! 面白れえ!」

 彼は冷酷非道であると共に、実は結構な『ゲラ』であるという一面を持っていた。


★★

 その晩サシャはジャパニーズホワイトハウスの庭にいました。

 あのBBQをやったお庭です。

(あれ楽しかったナー)

 このときはもうなんか色々考えるのに疲れちゃって、ボーっと空を見上げていました。

 月がキレイです。これは英語で言うとアイ・ラブ・ユーの意味になるそうです。

 そういえばこういうジョークがあります。

『トム。私が作ったお弁当食べてくれた?』

『ジェニー愛してるよ』

『……ん? それは分かったけど。お弁当は食べたの?』

『食べたさ。それでもキミを愛してる』

 ……あんまり関係ないか。

 私は肌身離さず携帯している『お守り』をポケットから取り出して、それに透かして月を見上げてみました。

(明日もこれ忘れないようにしないと。ツルさんかわいい)

 そこへ。

「HEY! ダブルダディだよ!」

 お庭に二人のアメリカ合衆国大統領が現れました。

 サシャはすかさず、

「パパ! どうしたのロボットなんか連れて!」

 とロボットの方に抱きつきました。

 実にアメリカンジョーク的な行動です。

 パパはGAHAHA! と笑ってくれました。こういうところがけっこう好きです。

 ロボットから体を離すと――

「サシャ。いよいよ明日だな」

 アメリカ人はこういうときあんまり前置きみたいなことを言いません。いきなり本題をぶっこんできます。

「ウン……」

「大事な仕事の前に。サシャに私が本当に思っていることを伝えてもいいかな」

 パパは落ち着いた声でゆっくりと語りました。演説でもこういう風にしゃべればいいのに。

「サシャの能力のことを部下から知らされて、初めて面会したときのことを今でも覚えているよ。私はあのときなぜかビビっときたんだ。この子はきっとサモンドロ打倒の切り札になる」

「……そうだったんデスか」

「と同時にこういう風に考えた。この将来必ずや英雄になる子を俺の養子にしてしまえば、俺の地位は盤石なものになる。と。サシャは養子縁組の話を聞いたときどう思った」

「パパとママができて嬉しいなって思ったよ。本当にそれだけなんだ」

 大統領は夜空を見上げました。

「私は自分の地位のためにキミを利用して人殺しまでさせようとしている。そんな私のことをどう思うかね」

「スキだよ」

「そうか……私もキミを愛している。最初は愛してなどいなかった。でもキミの心と触れ合って変わった」

「ウン。なんとなくわかるよ」

「それで。今まで一度もこの質問をしたことはなかったが」

「うん」

「キミはどうしたい?」

「どうしたいって?」

「もしキミが。やりたくないのであればやらなくていい」

 サシャはちょっとだけ考えてから言いました。

「やりたくはないよ。でも。やる」

「そうか」

「サシャね。守りたい人がいるから」

「それは私かい」

「んーん違うよ」

「そうか。まあ年頃の娘というのはそういうものだ」

 そういってパパはサシャを抱きしめてくれました。

 ちょっと暑苦しかったけどイヤではなかったです。


★★★

「なあ都子」

「なんだ?」

「もし明日死ぬとしたら夕飯はなにが食いたい?」

「愚問だな。ラーメンだ」

「ほうか。淳は」

「ボクもラーメン。昌太郎は?」

「ミートゥーだ。じゃあ今日は一応、夕飯はラーメンにしておくか」

「賛成」

「さんせー」


「じゃーん!」

「おおすごい!」

 俺はラーメンに具材全種類をトッピングした。チャーシューに煮玉子、もやし、コーン、メンマ、白髪ネギ。などなど。多種多様な具材が鎮座している。最後の晩餐になるかもしれないので大奮発、というわけである。

「ちょっと欲張りすぎじゃないか?」と都子。

 俺はそれを聞いて少し考え込む。

「どうした?」

「いや。俺って欲張りなのかなーと思って」

「どういう意味でだ?」

「この何日かおまえたちと一緒に勉強して。キツかったけど楽しかったよ。こんなにいい仲間がいて十分幸せだと思う。その上これ以上なにかが欲しいなんて」

 そういうと都子は――

「――!? あーーーーーーーっ! なにしやがる!」

 俺のラーメンからチャーシューを三枚まとめて取り上げ、ヒョイっと口に入れた。

「俺のチャーシューを! しかも全部!」

「馬鹿なことを言ってるから教えてやったんだよ」

「はあ?」

「人生なんでもかんでも手に入れることはできない。時にはあきらめも肝心だ。でも。白髪ネギとかメンマならともかく。チャーシューを諦める馬鹿はいないだろう」

「都子……そうか……。確かにそうだよな」

「わかればいい。だが」

 そういって都子は自分のラーメンの煮玉子をレンゲで掬い、

「いつかわからせてやる。チャーシューなんかよりも煮玉子のほうがずっとおいしいって」

 その煮玉子を俺の口に流し込む。

「はあ??」

 淳がハハハハ! と笑い声をあげた。

「都子ちゃん! もっと直接的に言わないと昌太郎はわかんないよー?」

「うるさい!」

「??」

「まあいいや。ねえ昌太郎。秋のHS-1ではさ。サシャちゃんと漫才やるんでしょ? それ楽しみにしてるね」

「ああ。そういえばそんな話もあったな。すべては明日うまくいけばの話だが。ってゆうかおまえの許可なく勝手に決めてすまん」

「いいよ! でも文化祭ではまたボクとも組んでよね! 都子ちゃん。秋のHS-1は僕と都子ちゃんのコンビで出るっていうのはどう?」

「面白いかもな。……それまでに客前で喋れるようにならないとだが」

 ――夜は更けていく。

 なぜか豚のきぐるみを着たサシャと、鶏のきぐるみをきた都子がケンカをする夢を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る